第二十七話:どうしようもない彼は、ルーザーを救えるか
のっちゃん一行は、ビルと言う名の人間たちの最後の砦へと入った足で。
書庫や窓ガラス張りの何かの実験室があった、地下二階へと向かっていました。
それはもちろん、マナの言う重要キャラである「よっし~さん」に会いにいくためです。
現在、何故そうする必要があるのか、ルプレが今まで話すに話せなくて溜まっていた鬱憤を晴らすかのように、一からのっちゃんに解説している所です。
「まずは、ものごっそ基本からだな。主サマ。そもそも主の目的はなんだ?」
「え? えっと……家に帰る事?」
相変わらずの、主を主と思わないように見せかけて実は死ぬほど過保護なルプレの言葉。
何か勘が働いたのか、はっとなってきっと中空を睨みつけていましたが、そこには誰もいません。
一方、のっちゃんは一貫して目的など変わっていないはずなのに、にこにこ顔のマナの事を伺いながら、遠慮がちにそう返しました。
やはり、存在しないはずの地下で起きた事が、少なからずトラウマになっているようです。
その辺りの事を変なプライドを持たず話せていれば、もっと話は早くすんだのでしょうが。
さすがはのっちゃん、そうは簡単にはいきません。
「そうだ。主サマはホームシックにかかりまくりで、家に帰りたくて仕方ねぇ。
だが、主のファンタジー脳が足りてねぇ頭で考えたって分かるだろ? 故郷に帰るってことは異世界転移の手段を探さなくちゃならん。例えばそれが召喚魔法のような類のものだとしても、簡単にできることじゃないくらいはさ」
噛み砕いて説明しているので、さすがののっちゃんも理解できたのでしょう。
こくこくと頷く様には、いつものなぁなぁで取り敢えず頷こう、と言う雰囲気はありませんでした。
「実際水先案内人に聞くにゃあ身も蓋もないハナシだが、マナはそれ、使えるんだろう?」
「……え? う、うん。もちろんだよっ」
マナは一瞬何の意図があってとルプレを見つめますが。
気を取り直すように、全くこれっぽっちも膨らまない力こぶを作ってみせます。
そうだったのか。ならなんで言ってくれなかったんだ。
ここへ来たばかりの色々レベルが低かったのっちゃんならば、そう思うだけでなく実際そんな言葉を口にしていたかもしれません。
しかし、その膨らまない力こぶがあまりに頼りなくて不安を誘ったのか。
のっちゃんは伺うように、遠慮がちにマナを見つめるばかりでした。
それはそれでやましい所がないでもないマナにはきつかったようで、誤魔化すように口笛でも吹こうかなんて思い立つよりも早く、ルプレが口を挟みます。
「でもま、あたしの見立てだとマナの命一つじゃ足りねーだろ。同一世界の近距離転移でも死にそうなツラしてやがったもんなぁ?」
心配している。
ただその感情一点張りなのでしょうが、ルプレはその辺りのネタでマナをいびる事にしたようです。
死という言葉を耳にして、はっとなってますますあつぼったく見つめてくるのっちゃんに耐えられなくなり、いよいよ顔を赤くしてマナは反論を開始しました。
「大丈夫だよ。二つもいらないもんっ。わたしの命一つ使えばそれくらいできるんだからっ」
心外ね、とばかりに頬を膨らませるマナの論点はどこかずれていました。
いいえ、あるいはもう開き直っているのかもしれません。
ルプレもマナものっちゃんがそんな事をするはずがないって、わかってやっている部分があったのでしょう。
それは、ある意味のっちゃんの逃げ道を塞ぐ所業。
ゆえにのっちゃんの口からはおおよそ出ようはずもないと、切なくも皆に思われていた言葉がついてでました。
「ダメだ。一つだって使っちゃダメだ。命は大切にしなきゃ」
「のっちゃん……」
少なからず誘導した部分もあったのでしょうが、のっちゃんのその言葉はマナが思っていた以上に衝撃を与えたようです。
まるで一端の主人公のようだと、色々な意味でマナが感極まっていると。
いい感じな空気を破ったのは当然の使命のごとく割って入ったルプレです。
「マンマミーヤ(死に戻り)が趣味な主サマがそれをいうかよ」
自分のはさんざん無駄にしてるじゃないか。
まさしく命を、1機2機と呼ぶみたいに。
ルプレはきっとそう続けたかったのでしょうが。
ある意味そうさせているのは私達であるからして、そこまでで言葉を止める分別はあったようです。
代わりに、意味もなくマナの頭の上にペタンと座り直し、別のことを口にしました。
「異世界転移……家に帰りたい。その代価として生贄はありがちだが、この世界にだって別の方法があるんだろ? マナ、お前はそれを知っているはずだ」
「痛いなぁ、もう。曖昧な水先案内人としては、知らないねって返さなくちゃだけど、せっかくのっちゃんがデレてくれたからね。ステージクリア=この世界からの脱出方法なら、サービスしちゃうよぅ」
何言ってんだお前といった風な、訝しげなのっちゃん。
照れ隠しでなく、マナを気遣った自分に自覚がなかったのでしょう。
それ以前に、マナの言葉を理解していない可能性も大きくありましたが……。
意趣返しだとばかりに頭の上のルプレをむんずと掴み、のっちゃんの頭の上へと返す(流石にそれには抵抗しませんでした)と、こほんと一つ気を取り直してマナは続けます。
「何回か前のループできっと、わたし言ったかもしれないんだけど、この世界から出るためにはのっちゃんがこの世界でやらなくちゃいけないことをこなす必要があるの」
「やらなればいけない事……あの災厄とか言うのをどうにかするのか?」
何度も言いますが、やっぱりのっちゃん、地下での失敗が何かのきっかけになったのは間違いないみたいです。
ちょっと前ののっちゃんなら、それこそ鸚鵡返しで終わった事でしょう。
ですが残念ながらただの主人公でないのっちゃんに、そこまでを求めてはいないようで。
「んー。まぁ、それもありがちと言えばそうだよねぇ。でも、あいつら倒しても復活しちゃうし、本来の御しかたは今この状況じゃ難しいからね。のっちゃんにやってもらいたい事って、ぶっちゃけると【ルーザー】の救済なの」
「あたし的にいやぁ、この世界の物語はもう終わってんだよな。けど、物語から取り残された主役達がいるんだ。それを主のジゴロ力でおとしてもってっちまえってこった」
「ちょっと、身も蓋もない事言い過ぎでしょ」
「敗者呼ばわりするぶりぶり女ほどじゃねえけどな」
「……」
一瞬でのっちゃんを置き去りにしつつ、のっちゃんから見れば何だかよく分からない事を言い合って再び戯れあう二人の図。
しかしのっちゃんは、分からないなりに考え答えを出したようです。
実際、むつかしいことを考えたりするの、のっちゃんは嫌いじゃないのでしょう。
……正しい答えが出るかどうかは、また別問題なのですけど。
(第28話につづく)