第二十五話:どうしようもない彼は、ヒロインお決まりな曖昧言葉に濁される
最早恒例なかしましいマナとルプレやり取りを生暖かく見守りつつまもなく。
のっちゃんたちは、喜望ビルにほど近い、この世界におけるスタート地点へと戻ってきました。
「お、そうだ。一応話は一歩前進したはずだし、ここいらでまたセーブするかい?」
今まではのっちゃん本人が気づいて行動に移さなくてはならないこと。
それだけとっても、いかにルプレがお節介であり、のっちゃんの言うマナとルプレの二人は姉妹のように似ているというのっちゃんの言い分も違和感がないように思えますが。
そんなルプレが視線を向けたのは、主であるのっちゃんではなく、マナの方でした。
「ん? わたしに聞いちゃうの? 今のところはうまくいってるんでしょ。いいに決まってんじゃん」
「そうか? 万全の装備と体調を考えるなら戻ったっていいんだぜ。主なら何度か失敗しても、そのうちここまで来れるだろうし」
「……」
一見話題に加わっているようでいてその実蚊帳の外なのっちゃん。
曖昧にはぐらかすその感じに、さすがののっちゃんも不安になってくるというもので。
「体調? もしかしてマナ、何か無理してるのか? ……いや、そうか。セーブをするともう戻れないっていう考え方もあるんだな」
戸惑いはっとなり、おろおろしつつ。
降り立って翼を散らすように消したマナへ、怖々と近づいてゆきます。
のっちゃんに余計な負担をかけたくないから、知らなかった事で後悔するのっちゃんを見たくないから。
お互いの考えている事は、違うようで同じ事でした。
お互いの言い分が十分にかかっているからこそ、マナも慌てふためいてそれ以上言わないの、とばかりにルプレを口止め……もとい、逃げようとするルプレの行動をあっさり先読みし、片手で包み込むようにむんずと掴みとります。
「いだだだっ。おおぉぃっ! ぶり女っ、やめろっ。羽はやわっこくてデリケートなんだぞっ」
「そうやって今度はわたしに病弱設定を追加しようったってそうはいかないんだからね。……確かにちょっと腕は疲れたけど、あれはあれで役得なんだからっ」
そして、誤魔化そうとしてできていない、そんなマナの言葉。
当然、なぁなぁ主義ののっちゃんにしたって、それを看過することはできず、心配そうに伺うように更にマナに近づきます。
「さっき水の中で、ルプレによく見ておけって言われたんだ。瞬間移動もすごいけど、あの氷の魔法? もすごかった。……何か、代償があるんじゃないのか?」
「おいぃぃっ! マジ強いっ。中身出るぅっ」
マナの能力について。
ルプレがどれだけ理解しているのかは分かりませんが、遠からずの事をのっちゃんに教えたのかもしれません。
少なくともマナがギフトを使役する際、代償を必要としている事には気づいてしまったようで。
口悪いお節介な妖精さんめっ。
思わずにぎにぎする力も強くなろうと言うものですが。
「隙ありっ!」
それでもふっと力が弱まった事をいいことに、マナの手から脱出することに成功するルプレ。
そのまま、いつだって狙っていたのっちゃんの頭の上にどさくさに紛れて居座ろうとして、ばしっと叩かれて追い払われる始末。
マナの返事を待っているという事もあるのでしょうが、それにしてものっちゃんはルプレとの触れ合いに隙を見せません。
それはある意味、未だのっちゃんがルプレの事を完全に受け入れている体勢にないとも言えますが。
「……んもう。バレちゃあしょうがあるまいね。その通りですよ。あたしはギフト、一個しかない代わりに、代償を指定することで、わたしが創り、造り出したいろんなキャラになることができるの。代償は、そんなキャラ(ヒロイン)に対するわたし自身の全てよ。過去の自分、未来の自分、記憶、思考、思い出、経験。それぞれに細かくポイントが割り振られていて、必要のなさそうなモノから使って、上手くやりくりしてるってわけ」
元々、のっちゃんにいらぬ負担をかけたくないと思い、聞かれなかった事をいいことに口にしなかったものでした。
気づき、聞かれてしまったのなら話す事もやぶさかではない。
語るその言葉が、必ずしも臆面通りの真実とは限らないのは、人間関係においてままある事なのでしょうが。
「今までの……三つ、か? その代償っていうの、聞いても?」
思えばそう聞く事自体、のっちゃんにしてみればらしくない事なのかもしれません。
やはり、前回の死に戻りの際の、自分勝手な行動を悔やんでいた部分があったのでしょう。
そう言う意味では、今までの死に戻りも、確実にのっちゃんの経験となり血肉になっていると言えます。
「空を飛ぶ天使は、わたしがいつもよく見ていた、空を飛ぶ夢。
瞬間移動できる時の賢者は、わたしが過去、いろんな世界を旅した記憶。
……そして氷の魔女の代償は、大好きな人のぬくもり」
それは、果たして本当の事なのか。
のっちゃんに知るすべはありませんでしたが、少なくとも口に出したその言葉は嘘ではない、そんな気がしていて。
言ってない事があったとしても、のっちゃんが思っていた「最悪」に至っていない事に安堵しているのを確かに自覚していて。
「……ええと。それは大丈夫っていうか、ほら。おれに何かできることはないだろうか」
基本、曖昧でなんだかむつかしい言葉ではぐらかされているだけのような気がしましたが。
それは思えば「いつものこと」だったので。
思わずというか、流れでやっぱりそんな、らしくないことを口にしてしまいます。
それに、ルプレがいやそうに舌打ちをしていましたが。
マナはその瞬間、言質を取ったとばかりににやっと笑みを浮かべていて。
「できること? あるよもちろん。のっちゃん分を充電させてくーださい。ほら、ぎゅーっと」
細い両腕をわぁっと広げて、さぁ飛び込んできなさいといった仕草を見せるマナ。
それが暗に告白めいた言葉であると、マナは果たして気づいているのかいないのか。
少なくとも直接的な言葉であっても気づくかどうか怪しいのっちゃんにしてみれば、そんな行間を読むような真似、当然できるはずもありません。
その場で明確にその事を気づいていたには、あるいはルプレだけだったのかもしれなくて。
「え?……あ、いや。ちょっと。やっぱり今のなしで」
「え~。それはないんじゃないの~? って! もう逃げてるじゃんっ!」
「いひひひっ。ざまぁ。ぶり女の攻撃はきかなか……あだっ!?」
「まちなさーいっ!」
「ひ、ひぃっ。かんべんっ」
前言撤回も甚だしく、脱兎の如く駆け出すのっちゃんに、そうなると思ってたぜぇーとばかりに煽るルプレ。
マナは、そんなルプレをデコピンでピンポイントにおデコを打ち抜くと。
何とか話題を逸らせた事に内心で安堵しながら、もはやお決まりのごとくのっちゃんを追いかけようとします。
「……セーブするぞ。いいんだな?」
「よろしくっ。うざかわ妖精さんっ」
「ってコラ! なんだそらっ」
その後すぐに、そんな二人のやり取りがありましたが。
つれないのっちゃんは逃げ足もレベルアップしていて。
当然その事に気づく事はなく……。
(第26話につづく)