第二十話:どうしようもない彼は小悪魔マスコットすらキレさせる
『―――目標ノ時間マデ、後27分です』
「……長ぇ」
のっちゃんの1.5倍近くはあるだろう、溶岩を纏った化物。
夢であったとしてもそんなのと追いかけっこする羽目になるとは、あまりに自身の人生に対し想定外で。
思わずのっちゃんは苦笑をもらします。
のっちゃんの逃げ足が、日々の死に戻りの繰り返しなどで、鍛えられたせいもありますが。
マグマの人型は見た目の大きさよろしく鈍重で、ある程度そんな余裕はあるようです。
あのマグマの人型が、ここを、この災厄をのものを守るガーディアンであるならば、ある程度離れれば追いかけてこないかもしれない。
……なんて目論見もあったようですが、のっちゃんの【挑発】スキルの前ではあまり関係ないようです。
しかし逆に考えると、守護者であるならば守っているものがあるはずで。
それから十分離れるなり、それが無くなればいいのだと分かります。
さっきいた広い水溜りの場所に、それらしきものはありませんでした。
水の中にあればまた話は別ですが、探してみる価値はあるでしょう。
のっちゃんは、いつ行き止まりになってもおかしくない、上下左右、広くなったり狭くなったりしている、突き出した岩だらけの道をひたすら前に進みます。
例のマグマの人型は相変わらずついてきていて、突き出した岩達をなぎ倒し飲み込み、心なしか大きくなっているような気がしましたが。
それ故スピードも上がらないようで、残り時間が20分ほどになっても、比較的なんとなかっていたわけですが。
マグマの人型がちょうど通れるか通れないか位の広さの2本の分かれ道が現れ、のっちゃんは思わず立ち止まってしまいました。
「あいつは……マナは、いないか」
何やら空飛ぶ魔法で反動を受けていた様子のマナ。
のっちゃんにしてみれば、追撃を頼んだつもりは全くなく。
あのマグマの人型に襲われなければいい、くらいの気持ちでした。
本当に見事なくらいにすれ違っています。
マナが報われる日が来るのは、まだまだ先のようです。
そんな風にマナの事を考えていたからなのでしょうか。
正しく、自分を構えと言わんばかりに、のっちゃんが何か言ったわけでもないのにしゃべりだす、その弊害が出てしまいました。
『―――選択肢。右の道ヘ行ク。左ノ道ヘ行ク』
最初はカタコトじゃなかったのに、ごっちゃになったのか何故か半分カタコトになっています。
しかも単純明快で、のっちゃんにとってみれば最悪といってもいいものでした。
「ざけんなっ、足りないんだよ情報がっ。よりにもよってこのタイミングかよ。……もっとヒントはないのか?」
思わずあまりらしくない、悪態混じりのそんな言葉を吐いてしまうくらいには。
『……独自思考モードに切り替エマスカ?』
それに対し返ってきたのは、のっちゃんの問いかけに対してでも何でもない、のっちゃんにとってみれば、よく分からないセリフ。
「くっそ。何だか知らないけど、やっぱり役に立たねぇ」
流石おれに与えられたらしいギフトだと。
言葉の勢いほどのっちゃん自身がルプレを追い詰めようとする気はなかったのですが。
その、時折付いて出る毒満載な言葉は、今の今まで溜まりに溜まった何かが暴発し溢れ出すには十分すぎるほど十分すぎたのかもしれません。
『―――今の言葉をyesと見做し、独自思考モードに入ります』
「……っ」
頭上から聴こえてくるその一言は。
マグマの人型に追われ、熱くなっていたのっちゃんに冷水を浴びせかけるには十分な力を持っていて……。
「だああぁあああっ! 黙ってきいてりゃ役立たずだとぉ、このクソ主がああぁぁっ!!」
「……ひぃっ」
刹那に起こった、鼻先での怒号。
その苛烈な勢いといきなり目前に現れた虹色の透ける羽を羽ばたかせた、所謂マスコットサイズの少女の存在に、のっちゃんは悲鳴を上げて尻餅をついてしまいます。
例えるなら、ファンタジーな物語の住人である妖精、あるいは小悪魔とでも表現すればいいでしょうか。
七色ののっちゃんの星屑と同じ色髪をポニーテイルにまとめた、可愛らしくも発せられた言葉通り気の強そうな、きりっと釣り上がった紺碧の瞳の小さな小さな少女です。
小さいながらもひらひら透け透けの豪奢なドレスを身にまとっており、どこかのお姫様のようでもありました。
彼女こそが【リアル・プレイヤー】……ルプレそのものなのですが。
その辺りのニュアンスを当の主、のっちゃんがすぐさま理解できるはずもなく。
最早お約束で逆走し逃げ出そうとするのっちゃんでしたが、相手もさるもの。
そんなのっちゃんの分身(とてもそうは見えませんが色々と)であるからして、ささっとのっちゃんの眼前に回り込み更に小さな両腕を握りこんで、のっちゃんの額に叩きつけました。
「いてぇっ」
「人がハナしてんのにちょろちょろすんなーっ! 時間ねえの分かってんだろがいっ。後いっとくけど、選択肢はあたしが決めてるわけじゃないんだかんな。あの天然カマトトぶりっ子もいってたろ! ポイントポイントごとに設定されてるからあたしの管轄じゃねーんだって」
「は、はいぃっ」
その体格のおかげで両腕の力こもった一撃はデコピンくらいの衝撃でしたが、がぁーっと一気にそうまくし立てられ逃げる事も構わず、頷くばかりののっちゃん。
強引にでも情報を与え、引っ張っていけばいい。
やはりルプレものっちゃんの扱い方が分かっているようです。
フォローをすれば、溜まりに溜まったものが暴発、暴走しているだけで、ホントはもっと見た目通りのさっぱりしたとっつきやすい性格をしているのですが。
状況がそれを許していない、と言う事なのでしょう。
事実、立ち止まってそんなやりとりをしているうちに、逃げ足の速さによるアドバンテージもなくなって、熱気と大きなモノの気配がすぐそこまで迫っているのが分かりました。
「おら、もうすぐそこまでやっこさんきてるぞ。主よぉ、戦って勝てる見込みはあるのかい?」
「す、すみません。そんなのないですっ」
「だったら! どっちかに進むしかねーだろがいっ。地味に主は50パーセントの確率でデッドエンドな状況に追い込まれてるわけだ。このままここにいても、100パーセントになるだけだぜ。諦めて、ちゃっちゃとどっちか選んでくれや。せめてものなぐさめに、あたしが先行して様子見に行ってやっからよぉ」
事実、言葉並びは乱暴ながらも、ついて出たのはのっちゃんを気遣っていることがよく分かる、所謂一つのツンデレっぽいそんな言葉でした。
ツンにもデレにも、のっちゃんが全く気づく様子がないあたりが、マナと一緒で浮かばれない所ではありますが……。
(第21話につづく)