第十九話:どうしようもない彼は、会って数秒でマグマの巨人に憎まれる
「……ん、なんだぁっ」
一体いつの間に気を失うような事があったと言うのか。
それは、マナの『魔法』により遮蔽物のある向こうへと、強制的に移動した事による反動なのですが。
当然そんな事はやっぱりのっちゃんにはわかりません。
マナの抱き抱える感触が無くなったと思ったら、いきなりほとんど真っ暗闇の、足元がゴツゴツとしてぬかるんでいるどこぞに立っていたのです。
それは、死に戻りする時の感覚とちょっと似ていて。
だけど目の前に広がるのは全く知らない場所。
パニックになりかけたのっちゃんでしたが、なくなった背中の気配の代わりに、後ろから聞こえてくる大きく息を吐くようなマナの存在感に、ハッとなって振り返ります。
「お、おい? どうした、平気か?」
「……ふうっ、ふう。あ、ごめん。久しぶりにちょっち大技使ったものだから疲れちゃったよ」
何時ものように何でもない風を装って笑みを浮かべるマナでしたが、立てないのか、膝から落ちたような体勢のままでいるので、流石に気遣う様子を見せるのっちゃん。
マナにはそれだけでも嬉しくて、なんとかカッコつけて立ち上がろうとしますが。
久々と言いつつも実の所初めて使役したと言える上級魔法に、身体が言う事がきかなくなっていました。
こんな事なら何度か訓練しておくべきだったとマナは反省しつつも気を取り直し、何とか膝立ちして辺りを見回します。
「……ええと。これでうまくマグマの下にやってこれたかな?」
『―――災厄、【ボレロ・アンフラメ】ノ領域、ソノ内部……コア付近に移動シテイマス。コノママココニ待機デキレバ、30分程デ【ノーマッド・レクイエム】ヲ行動不能ニデキルコトデショウ』
「ふふ、勝った! ついにデレたわね」
「……?」
ついにはのっちゃんではなく、直接マナの言葉に返事をするルプレ。
ルプレとしては、これは学習の結果仕方のない事であって、勝ち負けなど存在しないし、あなたを喜ばせるつもりもない、と言った所でしょうか。
そんなツンデレなセリフを口にできるほどにはまだこなれてはいなくて、いきなり何を言い出すんだと首を傾げるのっちゃんがつれなくて。
マナはおほんと一つ咳払いすると、誤魔化すように辺りをぐるりと見回します。
「それにしてもよくもまぁ、こんな都合よくマグマのないスペースがあったものね。山の下に洞窟って、なんだかイメージは沸くけど」
よく見ると、すぐ近くに闇色に紛れた水溜りがあって、天井はそれほどではないものの、そんなマナの感嘆を含んだ声はよく響きます。
そのせいではないのでしょうが、ポツンと一つ水粒から天井が伝い、波紋を作りました。
それは、止まっていたものが何かのきっかけで動き出すかのごとく、いくつもいくつも続いていって……。
『―――【ボレロ・アンフラメ】、そのコアヲ守る守護者が接近中! 【ノーマッド・レクイエム】行動不能マデ後28分。作戦遂行ノタメニ、この場に待機シ、耐えてクダサイ!』
「……っ。なるほど。お話としては最高に理にかなってるってやつね。のっちゃん、来るわよ! 水溜りの下の方! 気をつけてっ」
水面がざわざわと不自然に騒ぎ出すのと、ルプレの無機質が剥がれ僅かばかり本性の溢れ出した声と。
マナの自棄とまではいかずともテンションの高い声が、のっちゃんをステレオ攻撃します。
つまりは【ノーマッド・レクイエム】を倒すと言う目標に立ちふさがるボス戦と言う事になるわけですが。
そんなお約束を常に悟れないのっちゃんは、おろおろとするばかりでした。
特に心構えもできないまま、それでも水面から何かがやってくることだけは把握し、キョロキョロと辺りを見回した後、何故かのっちゃんは水面に近づきます。
「ちょっとのっちゃん! そこからくるのよ、危ないって!」
『作戦遂行のためニ、30分待機シテクダサイ。ガーディアン、またはコアノ撃破も、30分経つマデハ自嘲ヲオススメシマス』
続いてのっちゃんの背中にかかるは、まるきり正反対に思える言葉。
マナは、どこまでものっちゃんの心配を。
ルプレは主がその気になれば、守護者の撃破をも可能であると見ているようです。
「……っ」
のっちゃんにしてみれば、どっちも人の気も知らないでヤーヤー言うなという感じでしょうか。
前に出たのは、未ださっきの瞬間移動の魔法でろくに動けないでいるマナを守れる……かどうかはともかく、何とかしたかったからで。
戦って倒すのではなく、【挑発】スキルを使ってできるだけ逃げてやる、なんて考えたからこその結果でした。
最も、のっちゃん自身それができるとは思ってなかったので、正しく気づけば身体が動いていたと言うのが正しいのかもしれませんが。
そんなのっちゃんの行動にみんなが視線を引かれているうちに、水面は噴水のように盛り上がり、今の今まで深い闇色をしていた水面が、赤く明るく色付き始めます。
同時に白煙がかかり出している事から、確かにそれが熱を持ち出しているのがよくわかって。
『―――【ボレロ・アンフラメ】の守護者ト対峙、30分ヨリ早く撃破スル。30分後マデ耐え切ル』
その瞬間、何だか久しぶりな気がしなくもない、ルプレ……というより、【リアル・プレイヤー】の選択肢が現れました。
「はっ。わかりやすいじゃない。耐えきれば勝利。初めて正解の選択肢に辿り着けるってことね」
うぎぎと歯を食いしばり、のっちゃんがやらかす前にと、何とか立ち上がり宣うマナ。
しかし、当ののっちゃんは集中していて、そんな二人のやり取りを聞いてはいません。
ただ赤く橙色に色づいた向こうからやってくるものを待っていました。
そしてすぐにのっちゃんの期待に応え、それは現れます。
「……ィィィイイイイイイイイッ!」
「人型……マグマのゴーレムっ?」
マナの言う通り、聞き取りづらい生き物のようでそうではない物の声。
表現しようのない声を発したそれは、溶岩でできた二メートル程の人型でした。
当然、全身にマグマをコーティングしています。
星を撒くのっちゃんと、マグマ纏いし異形の人型との対峙、邂逅。
それは長いようでいて、一瞬だったのかもしれません。
「ギィィィィオオオオッ!」
「……っ!」
ここであったが100年目。
まるで、長年溜まった恨み辛みの、その相手に会えた事による歓喜のように。
マグマの人型による咆哮が響いて。
先のあるかも分からない、二人の追いかけっこが始まりました。
……あまりにあまりなのっちゃんの、【挑発】スキルの凄まじさに呆気にとられる、マナを置き去りにして。
「ちょっ、まじっ!? 決死の思いで立ち上がったのにぃっ」
それでも、のっちゃんの駆け出したいった、洞窟めいた道行きがどこまで続くかもわかりません。
自分が引きつけて逃げている間に、後ろからやっちまえ!
乗っちゃんの突然の行動をそう判断したマナは。
はっとなって慌ててその後を追いかけていくのでした……。
(第20話につづく)