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第十四話:どうしようもない彼はヒロインのハグに救われる



「……な、なんだよこれっ」



のっちゃんが異世界ではなく、現実の我が家を指し示した事で。

飛ばされたのは、この世界におけるのっちゃんの故郷……家の『あった』場所でした。



そう、異世界などといっても、曲法と呼ばれる超常の力をを取り巻く環境を除けば、ここはのっちゃんの故郷とほとんど同じ世界だったのです。


今はもう、言葉を無くすのっちゃんの通り、地獄絵図としか表現できないあらゆる災厄に飲み込まれた場所のようで跡形もありませんが……。

きっとそこには、のっちゃんの住んでいた家と同じものがあったに違いありません。

 

そうなってくると、この世界にもうひとりののっちゃんがいたのかもしれない、なんて可能性も考えられますが。


こちらとしては、それはないだろうと判断しています。

単純にのっちゃんのような特異な人物がたくさんいるはずがないといった、穴だらけの論法ですが。

 



「う、うわああっ!?」


一寸遅れてののっちゃんの悲鳴。

おそらくは、二階にあった自室をイメージしていたのでしょう。


しかしそこには部屋はなく。

眼下に広がるは粘着性の高い、透明な人がたが無数に蠢く、炎の海が広がっていました。

宙に浮いた状態であったのっちゃんは、なす術なくそこに落下していって。



「ぎぃっ」


落下の衝撃による悲鳴は、炎の海に棲まう何かに一斉にまとわりつかれ、齧られ喰らわれる事で一瞬のものでした。

元々能力により痛みを感じないのっちゃんではありましたが、圧倒的なその数の暴力により、痛いと思うまもなく消化されていったからです。


後には、細かになった星が波に飲まれ沈んでいくのみで。

 


それは、この世の地獄のごく一部だったのでしょう。

空を見る余裕がのっちゃんにあったのならば、余計に絶望し、心軋ませていたに違いありません。

 

空に、世界の名にあるような青空はありませんでした。

夕日の色では決してない赤に染まっていたのです。


その色が示すはまさに終末。



人々が暮らしていた喜望のビルがあった場所は、やはり最後の希望だったのかもしれませんが……。


それでもこのまま世界が終わる事はありませんでした。

何故ならばそこに良くも悪くものっちゃんがいたからです。

 



《  ―――対象をロストしました。これから、セーブポイントまで戻ります   》



それを証明するかのように、響くのは無機質な……だけどどこか誇らしくも聞こえる、そんなメッセージで。





                ※      ※      ※

 




「ぃあああああっ!!」

「っ、うわっ!? ち、ちょっと! そんなに泣き叫ぶほど? いくらわたしでもそのリアクションは傷つくんですけどっ」



何もかもわけがわからなくて、出るのは断末の如き悲鳴だけ。

力の限りの声が、小洒落たカフェテラスに響き渡ります。

 

幸い、近くに人がいなかったからよかったものの、下手すればか弱い? 女性が襲われていると、せっかく逸れていたヘイトが再びぶり返す展開になって、すぐさままた死に戻り、なんて可能性もあったでしょう。


大げさでもなんでもなく、運のないのっちゃんを見ているとそう思われても仕方がないわけですが。

 



「がばっ」

「むぐぅっ!?」


そんなのっちゃんの苦鳴を、マナは間髪を入れず事情を察し、胸元でギュッと抱きしめてみせる事で止めて見せました。


途端、暖色系の星が飛びます。

どうやら、ある程度のっちゃんの感情を表わせるようです。

この場合、もちろんのっちゃんは恥ずかしがっているわけで。



「い、いきなり何するんだっ」

 

のっちゃんにできることは、思っていたよりはありそうなふかふかの胸の感触を堪能する事……ではなく。

センスも大人気もなく、握った手のひらをマナの背中に叩き置くばかりで。



「痛い痛いっ! 地味に爪が痛いよっ」


調子に乗っているといつまでも叩かれそうだったので、処置なしとばかりにマナは離れます。


 

「な、なんだよ一体、おまえはっ」

「おまえ、だなんて年季の入った夫婦みたいねぇ」

「なな、何を」

「でも、落ち着いたでしょ?」


落ち着くどころか星の色は赤くなるばかりでドキドキしっぱなしなのですけど。

……らしくないそんな感情を持て余そうとして、そこでようやくのっちゃんは我に返り、自らの置かれた状況に気づきます。

 


「……そ、そうか。またおれ、死んだのか」

「また、なんだ? もしかしなくてもここに戻ってくるの、初めてじゃなかったりするの?」


マナは立とうとしていた椅子に座り直し、飲み物のなくなったガラスコップをからからと鳴らしつつも、神妙に訪ねます。

 


「ここ? ……あ、ああそうか。セーブしたんだっけ。いや、ここからは初めてだ」



死んで生き返るだけでもかなり上等な部類のファンタジーなのですが、セーブしたことでスタート地点に戻されずに済んだことに、のっちゃんは改めて自分の能力の不思議さを自覚したようです。


それが凄いものだってこと、自覚してないあたりは、何というかのっちゃんらしいと言えばらしいですが。




「とりあえず、死因聞いてもいい? 【リアル・プレイヤー】の選択肢は避けてたんでしょう?」

「あ、いや、それは……」

「何? 選んじゃったの? もう、のっちゃんったら。でもま、それならそれでポジティブに考えられるじゃない。残ったもう一方の選択肢を選べばいいんだから」 



拳を振り上げて舌を出すしぐさがあざとうざい。

のっちゃんがそう思ったかどうかはともかくとして。


そう簡単に言ってくれるなよと思う一方で、のっちゃんはある事に気づきました。



「それはそうなんだろうけど……って、マナさんはおれが死ぬまでの記憶、ないのか?」



死に戻りを知っていたのではなかったのか。

そうは思いましたが、それはあくまでも能力説明を見たからであり、いっしょに行動するようになって死んだのはこれが最初なのです。


どうしてか、今際の際まで知っていると思い込んでいたのっちゃんは、混乱しきりでした。

一方で、戦わずに逃げたり彼女に何も言わずに元の世界へ帰ろうとした自分を見られずにすんで安堵しているのっちゃんがいましたが。


 

「ん、残念ながらね。未来に過去に行けるのは、あくまでのっちゃんの能力だし……うーん、しかしその未来の可能性の一つであるわたしはダメダメだなぁ。のっちゃんを守れなかったんだから」

 


庇うくらいしなさいよわたし、なんてつとめて明るく笑い飛ばすマナに、いたたまれず申し訳ない気持ちで一杯ののっちゃん。

むしろだからこそ、マナはそうあっけらかんと振舞っているのですが、まだまだその辺りの心の機微は伝わらないようです。



もっと努力しなくちゃね。

マナはふんすと拳を握り、気を取り直して話を進めます。



「んじゃ、今度こそ先へ進むための作戦会議よ。これからどういった行動をわたしたちはするべきなのか、どんな選択肢が出たのか、忘れないうちに書き出しちゃって」


ぽん、とコミカルな音がして、猫耳と翼を生やしたのと同じ要領でマナは赤蛍光色のノートを取り出しました。

のっちゃんは恐る恐るそれを受け取り、死ぬまでにあった事を書いていきます。



「……ええと」

「覚えてる事、書ける事だけでいいからね。書き出す事でまとめやすいって事もあるけど、これはちょっと実験的な要素も含んでるから」



考え込み、あまり進まない様子ののっちゃんにマナはそう一言。

選択肢を選ぶ際、きっといろんな葛藤がのっちゃんにはあったはずだから、のっちゃんに都合のいいように書いてくれればいい。


それが伝わったのか、書く手はスムーズに。

空を見上げ諳んじつつ、しばらく書き込んでいたのっちゃんは、ふと顔を上げます。




「その実験ってのは?」

「うん。のっちゃんがのっちゃん自身の能力でここに戻されるでしょ? その時の持ち物ってどうなってるのかなって。もしそのノートが持ち物としてカウントされれば、いろいろ分かって便利だなってね」

「なるほど」

「……選択行動ハ、ログにキオクサレマス」

「お、おうっ?」



その時、久しぶりと言うか、いい加減しびれを切らしたのか、のっちゃんが問いかけたわけじゃないのにも関わらず『ルプレ』が口を出してきました。

マナとしては音声認識を開始したばかりなので、ある程度融通が利くのね、程度でしたが。

今の今まで声をかけることすら忘れていたのっちゃんはその後ろめたさからびくりと跳ね上がります。


と言うより、今回の失敗も、ルプレにお伺いを立てればもうちょっとなんとかなったんじゃなかろうかと、のっちゃんが気づいた事もあるでしょう。




「そのログは、死に戻りしても記録されたままなの?」

『……』

「ぅおーい! やっぱり無視なの!? 無視なのね! ……ま、まぁいいわ。のっちゃん、暇な時に聞いておいてね。それより今度のすり合わせをしましょう」

『……チッ』

「い、今舌打ちした、したよね今! なにこれ、中の人がいるんじゃないの?」

「ははは……」



むきーと肩をいからすマナに、あくまで他人事のスタントして笑うのっちゃん。


内心では今度どうしようもなくなった時は声をかけてみるか。恥ずかしいけど。

なんて思っていたのでしょうが……。




            (第15話につづく)







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