第百三十三話、今更ながら、遅きに失して思ってたんと違うとぼやく
そんなやりとりもありつつ。
本日も『時』クラスでの授業が始まりました。
今回は、試験前と言う事で、実際に試験にも使うというダンジョン……
実はこのジャスポースの世界にいくつもあるという場所のひとつに向かっています。
『時』クラスの担任であるアルガ先生曰く。
「此度の実践授業は試験会場と同じ、『異世界への寂蒔』の上層にて行う。同行クラスは、『氷』と『水』だ。第一目標は君たちの今後に役立つであろう希少アイテムの入手だ。各自協力するもよし、ソロで行うのもよし。ダンジョンにおける危険に対しては、最大限の配慮がなされているが、これに加え我ら教官、教師たちは別室にて俯瞰、監視している。ダンジョン内にてサポートする存在はいないが、本番の試験の予行練習として好きに動いてもらって構わない」
とのことで。
アルガ先生は、一見すると強面な感じではあるのですが。
あるいはサウザン理事長先生と同じく、マナさんに頭が上がらないと言いますか。
極力関わらないようにしているのをさておいても、言葉が硬いだけでやさしい先生と言えるのでしょう。
更に聞くところによると、ドラゴン族の血を引いていらっしゃるらしく。
その実力は折り紙つきで生徒のファンも多い、とのことで。
そんなアルガ先生を含めた三クラスの先生方は。
先程述べられた通り、別室にて……正しくのっちゃんの内なる世界にいて外を私たちが見ているように、
ダンジョンの様子を逐一観察する、とのことで。
手厚い先生方の支えに感動しつつやってきたのは。
シャーさんのラボめいたダンジョンの入り口。
一度入ると最低限の装備品以外は持ち込み不可で。
レベル(のっちゃんの言うところのスキルレベルや、わたくしたちギフトのレベルを指しているのでしょう)も最低値まで落ちてしまうといった、中々に大変そうなダンジョンです。
とりあえずのところ、15階層まで到達できれば戻ってこられるとのことで。
途中で所謂攻略失敗となっても、今いる場所へ戻されるだけ、とのことですが。
虹色の水のない移動装置『虹泉』の入り口めいたものを超えたが最後、パーティーを組んで仲間として近くにいても、バラバラにされてしまう可能性がある、とのことで。
わたくしとルプレは、のっちゃんの内なる世界へと。
トゥェルはいつものようによっし~さんのお胸……と言うよりは所謂ふところマスコット。
あるいは最低限の装備としてよっし~さんのそばにいることになりましたが。
「むう~。これってどう見たってわたしがひとりはぐれちゃうフラグじゃないの」
「ふむ。だったらルプレかマインのどちらかがマナのところにつくか?」
「ええーっ。それはちょっとなー。マナさんが嫌ってわけじゃないんだけどさぁ、あたしとマインはセットじゃないと意味ないんだぜ」
「まあ、そうだな。先生方のバックアップ万全とはいえ、何が起こるか分からないのも事実。とは言え、個々に攻略しろと言われている訳ではないし、共に行動出来る方法があるはずだな」
これからの授業はあくまで試験の予習であるからして、確かにそれほど危険はないようにも思えますが。
それでも『死に戻り』を引き起こすような厄介事を招く事が多いのっちゃんです。
わたくしたちがそばにいなくて、『死に戻り』ができない、なんて事になったら取り返しがつきません。
少しの間、考え込んでいたいたのっちゃんはしかし、異世界への寂蒔、所謂不思議のダンジョンと呼ばれるものに明るいようで。
すぐに顔を上げました。
「上手くいくかどうかは未知数だが、三人で手をつないでいくのはどうだろう。よっし~さんとおれでマナを挟む形になれば、マナだけがひとりで取り残されるって事はないんじゃないだろうか」
「なるほど。いい案ね~」
「うはあ。ほんと? ほんとに!? 言ってみるもんだねえ。正に両手に花ってやつじゃありませんかっ」
「よっし~さんはともかくおれはそんなタマじゃないだろう。……とりあえず、それでいってみていいってことだな?」
「おっけー! さいこうです! それじゃあ早速行こうよ!」
「これでうまくいかなかったら……まあ、しょうがない。入る前にセーブしておくから、何か問題があった時に戻ればいいしな」
「それはダメっ! ……やや、セーブするのはもちろんいいんだけど、戻るってそれって『死に戻る』ってことでしょう? そんな事になるようだったらすぐにリタイアしよ、ね、ねっ!」
「あ、ああ。分かった。マナもよっし~さんも危ないと思ったらすぐにギブアップしてくれ。何せ本番の試験でもないし、無理することはないからな」
もしかしたら、マナさんは。
わたくしたちと同じように、のっちゃんが繰り返した過去、あるいは枝葉の分たれた別世界のことをある程度認識できているのかもしれません。
のっちゃんも、その事に気づいたようで。
戸惑い顔をしかめつつも、縋るマナさんに深く柔く頷いてみせたのっちゃんは。
あくまでも軽く優しい調子で、そんなマナさんに応えました。
「マナは、ひとつ勘違いをしているようだから言っておく。ここ最近、レベルアップしたんだが、どうやらセーブポイントに戻りたい場合、所謂『死に戻り』が、キーとなる仕様はもはや過去のものになっているようなんだ。故に、どうしても戻らねばならないような時はその、『死に戻り』のようなリスクを負わず戻れるようになったんだ」
「ええっ!? そうなの? のっちゃんすごいじゃない!」
「べつに今までも能力について秘密にされていたわけじゃないけど、よくよく考えてみたらとんでもないのよねえ」
「のっちゃ、かみも」
「うおわっ!? 反撃されただろむぎゅう」
わたくしから見ても、ただただ素直に驚き賞賛しているマナさんと。
それってあまりオープンにすることじゃないんじゃないかしらと心配している様子のよっし~さん。
恐らく、本来ののっちゃんとしての能力がわたくしたち三人が揃うことで完成されるという事に気づいていらっしゃるのかもしれません。
「まぁ、お察しの通りウィークポイントがないわけでもないが。そう言う意味ではトゥェルをよっし~さんに守ってもらえるのは有難いことではあるな」
「本当はわたしの愛用の得物、なのだけど。もちろんそのつもりよ」
「あれっ? ちょ、ちょっ。ひとが感心してたらいつもの間にかいちゃいちゃしてる!」
「ふふ。言っておくけれど、引く気はないから。マナさんも遠慮しないでいいのよ~」
「ええっ!? ええーっ!!?」
のっちゃんが、そんな訳ないだろうと口にしようとするのを。
留めるように、不意に対等のライバル宣言をするよっし~さん。
得意げで眩いよっし~さんと、慌てふためいてあわあわ言っているマナさん。
可愛らしいです。
そんな風に見守っているわたくしたちからすれば、微笑ましく。
今後の展開がわくわくどきどきではありましたが。
困ったように頭をかいて、ここ最近馴染んできた口癖を呟いた後。
のっちゃんは、わたくしたちくらいにしか聞こえない声で。
「勘違いしていたのは、こちらの方だったのか……」
そう零したのが、何だか印象的で。
停滞していた何かが動き出すような。
その時その瞬間こそが今であったのだと。
気づくことになるのは、もう少し先の事で……。
(第134話につづく)