第百三十一話、君は雪の妖精かと、訊かずとも分かる佇まい
「君は……ええと。ああ、自己紹介がまだだったな。おれは【時】クラスに後発で入ってきたのっちゃんだ。こっちはマイン」
「あっ、このような状態で申し訳ありません。ご主人さまの使い魔、従属魔精霊が一子、マインと申します」
色々と大きに過ぎる翼持ちし天使さんの相棒、あるいは保護者的存在とお見受けするのは。
正しく雪の妖精を思わせる、これまたのっちゃんが好みそうな美少女さんでした。
わたくしが、そんなのっちゃんのギフトである云々は説明が難しいとのことで。
心苦しくも似たような境遇であることを説明しますと。
雪の妖精めいた彼女は、納得していただいたのか、こてりと首をかしげて見せて。
「【氷】クラスに所属している。わたしのことは『えっちゃん』と呼んで欲しい」
髪を梳かれている途中での自己紹介は少しばかり失礼だったでしょうか。
あるいは、のっちゃんの照れが伝播して、わたくしも照れてしまっていたのがいけなかったのでしょうか。
その、大きな大きな茶色味がかった瞳ひとつ……いえ、茶色いのは右目だけで、左目は色の薄い白銀色をしていて。
そんな、綺麗で絶妙なバランスを保っている、だけど眠そうな瞳に。
のっちゃんとわたくし、交互に見つめられて。
二人して戸惑っていると、それでもどこか意を決したみたいにえっちゃんさんは口を開きます。
「のっちゃんと、まいんちゃんは、どのようなご関係で?」
「……初めは妹のよう、なんて思っていたけれど、やはり今は、うん。家族っていう言葉が一番しっくりくるな」
「おお、家族。すごい。わたしにも妹がいる。今は遠く離れているけど」
「そうか。ここをなんとか乗り切って、早く会えるといいな」
「……うん。がんばる」
そんなのっちゃんの言葉を、どう受け取ったのか。
改めて家族と言われて幸せに浸っているわたくしをもう一度見つめられた後に。
えっちゃんさんは、何だか嬉しそうにご自身のお話までしてくださっていて。
「……って。えっちゃんさんがここへやってきたのは、おれたちに挨拶をしにわざわざ来たわけじゃないんだろう?」
「……っ」
のっちゃんにしては珍しい感じの、からかいまではいかずとも、冗句めいた口調で。
あえて視線を上へと向けるのっちゃん。
わたくしが息をのむのとほとんど同じくして、えっちゃんさんもその大きな瞳をしばたかせていて。
「……知っていたの? だったらどうして」
「これはおれの悪い癖というか、ここ最近になって自覚したことではあるんだが、どうやらおれはかわいい(ねことか)のが好きみたいでね。どうにかしてもふもふさせてもらえないかな、と。一計を案じたんだ。真下にいることでその交渉のきっかけにならないかなって」
「はふう」
魔法の櫛で梳いたからなのか、のっちゃん自身の腕の良さが故なのか。
わたくしの髪はすっかりつやつやになっていました、
のっちゃんのそんな言葉は、それも含めて大分説得力があったことでしょう。
ですが、少しばかり言葉が足らぬところ(わたくしには見えていますが)があったようで。
樹の上にいる猫耳天使さんは何やらうにゃうにゃごろごろしていて。
今にも落っこちてきそうな勢いで。
正しく、それがのっちゃんの目的出会ったのかとわたくしが見上げる中。
のっちゃんは視線逸らすことなく一心にえっちゃんさんを見つめていて。
「……ほほう。そんな風にみゃこにちょっかいをかけようとするひと、ぎんさんにつづいてふたりめ」
「ぎんさん? ギンヤくんかな。えっちゃんはギンヤくんを知っている、友人なのかい?」
「ぐふふ。ぎんさんはわたしのいうことだいたいきいてくれるふれんず」
「ふむ。それは素晴らしいね。おれはどうなんだろう。こちらとしては友人だと自負しているが、アニキとか師匠とか言われているからなぁ」
「う? のっちゃんはぎんさんとも、もっと仲良くなりたいの?」
「そうだね。せっかくここへ来たのだから、ギンヤくんだけでなく出会えた人みんな、もちろんミャコさんやえっちゃんとも、だけど」
「ふうん。……ええと、その。ぎんさんならとくにかわいい女の子が大好きそうだったよ。この前女子寮にいたし。あとたぶんだけど、きっとぎんさんはとくにみゃこのおっぱ」
「うにゃぁああああっ!? ご、ごごごめんなさーーい! 今日はこのくらいでかんべんして~っ!!」
「わわぁ」
なるほど、ギンヤさんがえっちゃんさんに弱みを握られているのは確かなようで。
のっちゃんもそう思ったかどうかはともかくとして、ついには落っこちてきてしまったミャコさんでしたが。
その翼と猫爪でうまいこと勢いを調整されたらしく、わたくしたちの方へ落ちてくることもなく。
正しく小動物を狙う猛禽類のような動きでえっちゃんさんの首根っこを掴んだかと思うと。
引き続きうにゃうにゃ言いつつ、その場から飛び去って行ってしまいました。
のっちゃんは、それを焦らず騒がず動くことなく見送った後。
ようやっとまとまった、とばかりに一息ついてみせて。
「すまなかったな、マイン。きみの願いを利用する形になってしまった。今どくから、ちょっと待っていてくれ」
わたくしの方がのっちゃんの、ご主人さまのお膝をお借りしている状況であるのに。
立ち上がってわたくしを置いていずこかへ行ってしまいそうになられたので。
そんなのっちゃんについていくのが当たり前であるはずなのに。
その時ばかりは、とっさにのっちゃんにひし、としがみついてしまいました。
「マイン……?」
「すみません。ご主人さま。お願い事、もう一つ聞いていただいてもよろしいでしょうか」
「ああ。それは構わないが」
「このままでいさせてはもらえませんでしょうか」
「うん。……マインがいいのなら構わないよ」
「はいっ。ありがとうございます」
しばらくの間、この数少ない二人きりを堪能させていただいたら。
すぐにのっちゃんの内なる世界へとかえって。
どうやら大きな山を超えて一段落ついたようなので、セーブをルプレにお願いしますから。
思わず出てきてしまった、わたくしのそんな我が儘。
その理由を、きっとのっちゃんは理解してくださっているのでしょう。
故に、改めまして座り直して。
軽くわたくしの髪を手櫛で梳きつつ苦笑している……そんな背中越しの様子に。
束の間の至福を覚えたのは確かで。
後で戻ってお寝坊していいたルプレとトゥェルに。
一人だけずるいと怒られてしまうのはまた別の話、という事にしておきましょう。
(第132話につづく)