第百三十話、それも進化の賜物か、僅かばかり垣間見えるは失った周回
どうも樹の上に陣取っている猫耳天使さんな彼女は。
ピンポイントで真下に陣取っているのっちゃんよりも。
その膝上にしっかと陣取っているわたくしが気にかかっているようで。
「ああ、やっぱり可愛い娘ねぇ。あの子がまるちゃんが言ってた娘だね。……うん。確かに魂までとらわれてる」
……どうにかして、助けないと。
まるでそれが、彼女の使命であるかのように。
のっちゃんを、魔王のごとき存在として、囚われのお姫様を助けたいと願うようなセリフ。
目の前がかっと赤くなって、そんなご主人さまを貶めるような言葉に反論せんと。
『ルプレ』が猫耳天使な彼女に向かってたいあたりを敢行。
もうひとりかわいい子がいただなんて。
何故か無条件で味方だと思われているようで。
そんな子にぶつかってこられてテンパったらしい彼女は。
そんなルプレとともに落下、下にいたのっちゃんが何とか二人を受け止めるも。
咄嗟のことであったからか、実はそれほどまでに繊細なものであったのか。
彼女の翼は壊れてしまって。
激高した彼女は普通ではない魔法や物理攻撃によって、ルプレを傷つけてしまう。
もうそうなってしまえば終わりのない憎しみ合い。
言うことを聞いてくれなくなってしまった彼女を何とかして退けたとて、
彼女を迎えに来た彼女の親友との諍いが始まってしまう…………はっ。
……ルプレ?
そう言えばルプレはどうしているのかと思ったら、未だ寝こけていました。
後期心旺盛な彼女のことですから、トゥェルと違っていつ起きてもおかしくないはずなのに、その様子がありません。
それにより、わたくしはようやく我に返ります。
どうやら、少しずつわたくし自身もレベルアップしたことで、のっちゃんの死に戻りの繰り返しの一端を垣間見えるようになったのでしょう。
今ここにはいないルプレ。
出てこないように言いつけられているのか、お寝坊さんのままでいるのかもしれません。
それすなわち、たった今フラッシュバックしてきたものは、間違った選択肢を選んでしまった……可能性の一つなのでしょう。
そんな、同じような事が起きないように。
少し慌てて小さな分身を帰還させたそのタイミングを見計らったかのようにのっちゃんが口を開きます。
「その、なんだ。マイン、このようなタイミングで申し訳ないんだが。ある意味、今回のようなきっかけでもなければ言えないからなおれってやつは」
「は、はいっ。なんでしょうか、主さまっ」
少々セリフ回しっぷりが強くて。
これが最良の選択の延長であることは、すぐに理解できたのですが。
そんなのっちゃんも緊張しているようで、それがわたくしにもうつってしまって。
思わずわたくしも背筋がぴん、となっていて。
「今こうしておれがこうしてここにあれるのはマイン、きみのおかげだ。能力、という意味ではなく、いつだってそばにいてくれたことが、支えに、力になったんだ。……ありがとう」
「ふぇっ!? そんな、もったいないお言葉です! わたくしたちこそご主人さまがいらっしゃるからこそ健やかでいられるのですからっ」
最良の選択に必要なものだからと。
そう分かっていてものっちゃんのそんなお言葉は。
距離が近かったこともあって、ダイレクトにわたくしに染み渡っていきます。
思わずによによと顔が崩れかかっているのを目の当たりにされたようで。
のっちゃんは少しばかり仰け反りながらも、さらに照れた様子でお言葉を続けます。
「それで、だ。マインに……おれに何かできることはないだろうか」
「ふれっ……じゃなくてですね。えと、そのう。朝起きたばかりなので髪を、整えてはもらえないでしょうか」
ご主人さまに、のっちゃんにできること。
そんな言葉を聞いて、思わず正直な欲望まみれな言葉を口にしてしまうところでした。
何せこちらから勇気を振り絞って突貫しにゆくことはあっても、のっちゃんからというのは滅多にありませんでしたからね。
ですが、よくよく考えてみれば今現在座っている状態ののっちゃんのお膝の上にお邪魔している状態なわけでして、触れる、ということだけなら既に達成してしまっています。
と言いますか、のっちゃんってばほんのり暖かくて。
このまま眠ってしまいそうになるのをなんとかこらえ、咄嗟に出たのがそんな言葉でしたが。
「おお、分かった。それじゃあ櫛がいるな」
「わっ、可愛らしい櫛ですね。それは?」
「ああ、サマルェさんの料理魔法……いや、ギンヤ君の力か。これといってラーニングした覚えはなかったんだが、何故か覚えてな。あまり大きいものは無理だが、イメージできる身の回りのものなら魔力で作り出せるみたいだ」
「身の回りの道具を作り出せる能力ですか。便利ですねぇ」
恐らくは、身の回りの大切なものに魂を付与する力であると思われますが。
あまり人様のいるところで人様の能力を詳らかにすることもないでしょうと思っていると。
上方にいる猫耳天使さんは、何やらうにゃうにゃ悶えていたので、間違って落っこちてきやしないかとヒヤヒヤしていると。
不意にわたくしの髪に、今まで感じたことのない気持ちの良い感覚が迸っていって。
思わずひゃっとはしたない声をあげることとなってしまいました。
「……大丈夫か? 髪の毛、ひっかかってないか?」
「あっ……だ、大丈夫ですっ。あまりにお上手でしたので思わず声が出てしまいました」
「そうか。……普段はどうしているんだ? こういうのは」
「あ、はい。今まではルプレと変わりばんこで行っていましたが、ここ最近はトゥェルも一緒に、よっし~さんに整えていただいています」
よっし~さん曰く身体のメンテナンスは大事、とのことで。
一見そういった事を好まれそうな、めでたくよっし~さんと同室となったマナさんは。
何故か就寝時間が近づいてくると……
「あぁっ、何だかまだ見ぬ桃源郷へと冒険したくなっちゃったな!」
などと、深くありつつも不可思議なセリフを残していなくなってしまうことが多かったので。
それこそここ最近はよっし~さんとわたくしたちの、乙女なメンテナンスの時間が続いていて。
「ルプレはきらきらしてて、トゥェルはピカピカしているが、マインは凄くつやつやしているんだな。とっても梳きやすくて好きだ」
「ふぉわっ!? も、もう! わたくしばかりいじめないでくださいましっ!」
そんなに持ち上げられたらぽかぽかに過ぎてどうにかなってしまいます!
最良の選択上のものとはいえ、やりすぎですと。
猫耳天使さんとシンクロするみたいに悶えていると。
そのタイミングで、唐突に降って湧いてきたように現れる人の気配。
「……すきやすくてすき、ないすジョーク」
「っ!?」
「生憎スルーされそうな所だったが。そう言ってもらえるのは存外嬉しいものだな」
本当に今の今までそんな眠たげな言葉を発する彼女の気配はありませんでしたので。
わたくしの驚きようときたら飛び上がる勢いであったわけですが。
もう何度も繰り返している故か、櫛を入れた髪が無理に引っ張られないくらいにはのっちゃんは落ち着いていました。
そこで改めて新たなる闖入者を、しかと目に入れます。
強いて言うのならばどこかセツナさんに似た気配。
恐らく、【氷】の魔力に明るい方なのでしょう。
トゥェルのように眠たげなお顔をした、栗色の長い長いもふもふな御髪の美少女さんは。
しかしそんなのっちゃんの此度のリアクションが大分予想外であったようで。
何だかとっても不思議そうに、こてりと首を傾げる様が。
正にあざと可愛らしい感じで、とっても印象的で……。
(第131話につづく)