第十三話:どうしようもない彼は、結局約束を守れない
「とりあえずここで待っていればいいか」
上の騒ぎをマナやよっし~さんが何とかしてくれるまで。
のっちゃんは自分に言い聞かせるみたいに呟くと。
前の部屋に戻ってやはり事務机と比べたら埃などが溜まっていなかったソファに腰を下ろします。
そのまま書類棚をよくよく見直すと、好きなジャンルの本があったようで、律儀にお借りしますと一言告げた後、おもむろに読み始めたまではよかったのですが。
「……あーっ」
それは当然長続きしません。
さすがののっちゃんも、他の人がみんな危機に立ち向かっている中、いくらそうしていろと言われても大人しく暇を潰せるほど図太くはなかったようです。
声を上げて立ち上がり、しばらくは落ち着きなく歩き回っては星をふりまいていましたが、もう一度ソファにどすんと座り込んだかと思ったら、先ほど拾った紙切れを取り出しました。
誰宛に書いたかもわからない、とりとめのない一文。
どうやらのっちゃんは、暗号か何かだと判断したようです。
しばらく貧乏ゆすりしつつ星を飛ばしうぬうぬ考えていましたが、やがてふっと顔を天井に向けました。
「……確か、さっきのエレベーター、10階までだったよな」
それはすなわち、秘密の地下がもう一階あると言う事で。
「秘密の隠し場所か」
基本下世話なことが苦手なのっちゃんではありますが。
流石にそれが何を意味するのか察したようです。
「……品が無い。書き手とは仲良くなれる気がしないな」
ぶすくれつつ立ち上がり、ベッドのある場所へと向かいます。
のっちゃんのある意味凄いところは、男ならば必ずあるであろう欲望的なものをほとんど周りに見せない、というところでしょう。
あるいは紳士的なそんなところが、もの好きさんたちが好ましいと思っているところなのかもしれませんが。
「……うおぉ、ほんとだ、地面に切れ目がある」
思わず声を上げてしまったのは、現実で(少なくとも今を現実と認めているだけ進歩と言えるでしょう)こんな好きな物語みたいな展開が、自分の力でもたらされたことなどほとんどなかったからのようで。
のっちゃんは何時になくテンションを上げつつ星を飛ばし、簡易らしきベッドを動かしました。
はたして、隙間に手が入るのか。
何か使えるものはないだろうか。
のっちゃんのテンションは際限なく上がっていくようでしたが……。
おそらくベッドを動かす事が何らかのスイッチになっていたのでしょう。
「ぎょわっ」
のっちゃんが恐る恐る切れ目に手をかけるよりも早く、床が持ち上がりその先をのぞかせたではありませんか。
思わず変な声を上げてしまった自分自身に凹みつつもそっと現れた階段に手を伸ばすのっちゃん。
触れた指先に感じたのは、硬いコンクリートの如き感触。
大丈夫そうだと意を決すると、のっちゃんは立ち上がり抜き足差し足で階段下へと向かいます。
幸いにも、螺旋を描く階段はそれほどの距離ではなくて。
たどり着いたその先は。
「……」
思わずのっちゃんが言葉失う程に別世界でした。
その場を一言で表すのならば、狭いコクピット(飛行機などではなく、二足歩行のロボットのような)でしょうか。
しかも、電源が入っている……生きているようで。
きらびやかに光っているのが余計に今までの灯りの少ない場所と比べても場違い感があって。
そのような機械的なものは、実の所全く不得手というわけでもなかったのですが、流石に近未来仕様のものでは手も足も出ません。
しかも、猥雑な機械の中に鉄棚が備え付けられていて、そこだけさっきの誰かの私室……その続きのようにロボット、あるいはフィギュアめいたものがいくつも目を光らせていました。
そう、文字通りきょろきょろと視線を彷徨わせ、明らかに闖入者であるのっちゃんの事を気にしているようなのです。
つまるところ入ったら何をされるか皆目見当も付きません、という事で。
慎重で臆病なところが強みなのっちゃんは、即座にそう考えをまとめ、後退しその場から逃げ出そうとします。
『……フハハ、同志よ! よくこの秘密の部屋にたどり着いた!』
「「「タドリツイター!!」」」
そのタイミングでその狭い部屋に轟いたのは。
どこかで聞いた事のああるようなそうでないような、そんな声と。
復唱するそれぞれのロボットたちの声でした。
「……っ」
当然、その後ののっちゃんの行動は逃げの一択でしたが。
そんな事すら読まれていたのか、いつの間にか入口が塞がれています。
触れようとして、七色に明滅する壁に気後れし(いつもより余計に星が舞います)ていると、鉄棚に鎮座ましましていたバスケットボール大のロボたちはお構いなしにしゃべりだします。
「ココハエラバレシモノダケガ……」
「アルイハ、ドウシデアリ……」
「ほんのちょっとの幸運を持つ者だけが訪れることができる……」
一人だけやけに流暢なひとがいましたが、その様はまるで輪唱。
振り返り背中に壁を付け追い詰められた某のごとく、震えるのっちゃん。
当然のごとく彼らの語る言葉は頭に入っていませんでしたが、ロボットたちは構わず言葉を続けます。
「サテ、ドウシヨ」
「ナニヲノゾム?」
「過去へ遡るか」
「アルイハミライハへムカウカ」
「アルイハコノバトハコトナルセカイヘムカウカ」
「同志の思う儘を示すといい」
「ホンライナラバ」
「バクダイナルダイカヲヒツヨウトスルガ……」
「この場を訪れし幸ある同志よ! どれか一つ一度のみ、その選択を行使する権利を与えよう!」
この世界でなくともそうですが。
メタリックに光るロボットたちの示すそれは神の領域であり、常人が扱えるものではありません。
そういった意味では、この部屋のロボット……ファミリアたちの主は、その領域にまで達しているとも言えますが。
その時テンパって追い詰められていたのっちゃんの耳に入ったのは。
異なる世界へ向かう、と言う言葉でした。
のっちゃんにとっては、この場こそが異世界。
それを選択すれば、故郷に帰れるんじゃないのかといった考えに至ります。
「おれ、家に帰れるのか?」
今のこの状況とかマナの事とか、気になる事はたくさんありましたが。
どこまでも正直について出たのは、そんな言葉でした。
何せ、のっちゃんは自分の意志でここに来たわけではないのです。
逆に、こうして別世界で夢のように生きながらえてしまったからこそ、のっちゃんは自分の死を認めたくなかったのです。
帰れるものなら帰りたい。
心配してくれているだろう家族だっている。
そんなのっちゃんを、どうして責められましょう。
人知れず戦っているマナも、一言いって欲しかったと文句は言うでしょうが、そんなのっちゃんを縛る権利は当然なくて。
「カエルノカ?」
「カエロウ、ノゾムママニ」
「同志よ、どこへ帰ろうか。……三つの選択におさまり、かつ所在が分かれば示すと良い!」
見た目は無機質なロボの群れでしたが、人と対する位には汎用性があるようです。
彼らとのやり取りにも慣れてきて、うまくいけば帰れるかも知れない。
そうのっちゃんが思った、その瞬間でした。
正しくのっちゃんを翻弄し絡め取る呪いであるかのように。
自身のギフト……【リアル・プレイヤー】が発動したのは。
《 青空世界喜望ビルが、七つの災厄の一つ【ノーマッド・レクイエム】によって壊滅しようとしています。 防衛戦に参加しますか? はい いいえ 》
「……な、なんで、こんな、今更っ」
悪意の塊としか言えないようなそれ。
50パーセントの確率でデッドエンド。
しかも少し前に出たものとは僅かながら聞き方が変わっていました。
この選択肢の聞き方だと、どちらも選ばないと言うやりかたができないのです。
混乱し、かっと熱くなって叫びだしたい衝動に駆られるのっちゃん。
そこに、さらに畳かけるがごとく、激しい揺れがのっちゃんを、部屋を襲いました。
「エマージェンシー! イジョウジタイ!」
「キボウビル! ジュッカイマデセンキョサレマシタ!」
「相手は七つの災厄、ノーマッドレクイエム! 想定よりも早く侵入された模様! 原因は不明!!」
―――ぴろん。パッシブスキル、【挑発】のレベルが上がりました。
―――ぴろん。パッシブスキル、【挑発】のレベルが上がりました。
―――【挑発】スキルのレベルが∞になりました。
「……あー、もう! なんなんだよぅ!」
どうやら、マナと離れた事でオフにしていたはずの【挑発】スキルが、いつの間にやら発動していたようです。
その威力はすさまじく、災厄と呼ばれる存在すらも引きつけてしまうようで。
「サイシュウライントッパマデジカンノモンダイ!」
「ドウシヨ!」
「至急の選択を!」
揺れが増し立っていられないほどになり、その場の明滅も激しくなってくる。
こうなったらもう、しょうがないじゃないか。
のっちゃんはそう誰かに言い訳しつつ、叫びました。
「家に帰してくれっ! 場所はN県■■市だっ!」
未来とか過去とか異世界とか、そんなつくりもののおとぎ話に出てくるフレーズなどクソくらえだと。
うんざりだと。
つくりものたちに対し不遜にもそう宣言するのっちゃん。
「……ウケタマワッタ」
「ドウシノイクスエニサチアレ! ジゲン、テンソウソウチサドウスル!」
「同志よ! 時間がない、急いでコクピット中央へ!」
のっちゃんは自分が何を口にしたのか自覚もないまま、言われるがままに部屋の真ん中に立つ。
見ると、そこは確かに僅かに浮き上がり、円形の台のようになっていて。
「テキセイシンニュウマデアトジュウビョウ!」
「テンソウヲカイシスル!」
「同志の行末に幸いを!」
輪唱に続く、繰り返しの言葉。
それはお互いを意図せず、皮肉なものとなるわけですが。
その時ばかりは、当然わかるはずもなくて。
そんなロボットの彼らに対し、のっちゃんに気の利いた言葉が浮かぶよりも早く、
七色の光浴び、包まれたかと思うと……のっちゃんは既にそこにはいませんでした。
正しく、転生の神がのっちゃんにした仕打ちと同じように。
そしてもれなく、輪唱するロボたちの部屋にも無数の虫たちが迷い込み。
喜望のビルは本当の意味で陥落してしまうのですが。
それは、これからすぐになかったことにされるものであるからして。
その全ての引き金を引いた、のっちゃんの今を追ってみる事にしましょう。
追ってみると言っても、語れる事は多いようで少ないのですがね……。
(第14話につづく)