第百二十八話、主の居ぬ間にこそ明かされる事情もあると
それでは、ルプレが気を引いているうちに。
わたくしめは内なる世界に戻って地の文をお送りする任務に戻るとしましょう、なんて考えていますと。
(……こっちはいいから、マイン……マナというか、あの天使さんをよくよく注視しておいてくれ)
(はい、了解しました)
すかさずご主人さま直々の命令がくだりましたので、それに従うことにします。
そうなってきますと、もしかしなくても今までほとんどなかったのっちゃん不在の視点でお送りすることになるのでしょうか。
でもまぁ、確かに男性ばかりなのっちゃんサイドよりも。
女性ばかりの体育の授業の方が受け取る側にもメリットがあるといいますか、表現するにやさしいかもしれませんね。
そんなわけでして、転入二日目二時間目の授業。
12クラスのうちの3クラス、わたくしたちの場合、『時』と『氷』と『光』クラスの合同のようで。
体育と言うよりは、魔法の実践授業な様相を呈していました。
魔力の扱い方、そのこつなどを教わりつつ。
ありがちといえばありがちな、的に魔法を当てていく様子でしたが。
普通と異なるのは、英雄を育てるといったこの世界へと選ばれてやってきた生徒さんであるからなのか、ただ的を破壊すればいいというわけでもないようで。
いわゆる所の、ダメージコントロール。
数値もしっかり出るそうですが、むしろ的やかかしをいかに無傷で形を残すかなどといった展開になっているようでした。
初めてで慣れていないとはいえ、力があり余っているタイプには見えないよっし~さんや、一見すると直情的なタイプには見えないマナさんが、こたびの暗黙の了解事などガン無視して的をかかしを跡形もなく消し去ってしまっている中。
この授業が得意なのか、とても目立っていたのはユサさんでした。
ユサさんは、無傷であるどころか、得意魔法であるらしい『時』魔法でほかの人が与えたダメージまで回復していたくらいで。
その他に目立っていたのは、『光』クラスに所属しているマナさんの妹(自称ではなく本当らしいです)であるヒロさんと。
ヒロさんと親友であるらしい『氷』クラスのセツナさんでしょうか。
セツナさんはセツナさんで、ダメージを与えるどころか近くまでルプレが寄ってみないと分からないくらい薄い氷の膜で的を包んでいて。
一方のヒロさんは、一見するとマナさんにも良く似た力任せの正拳突きから出る光弾めいた真白の飛び道具がメインであるのに、炎弾めいていたマナさんのものとは違って、それこそ的に当たったかかしさんが、キラキラに光り出すほどで。
そんなマナさんは、ルプレに。
よっし~さんは変わらずトゥェルに任せ(と言いますか、見守っていると言うよりは、面倒を見てもらっているわけですが)、今のうちに『時』クラスの女生徒たちとの交流を深めることにしました。
まずは、よっし~さんと同郷であるという方達からでしょうか。
「すみません。ご主人さまに変わりましてご挨拶に参りました。『のっちゃん』のファミリアの一人、マインと申します」
よっし~さんと同郷とのことでしたから、ギフトや使い魔などといった名称を使うよりはいいでしょうと、頭を下げます。
天使の妹さんほどではないですが。
教室で様子を伺った際には、よっし~さんに対しては恐縮しつつも親しい感じながらのっちゃんに対しては警戒していた様子でしたので。
いつものことではありますが、言葉遣いにも気をつけつつ。
浮いたままなのも失礼ですから、ふわっと降り立ってペコリと頭を下げます。
対面する形でそこにいらっしゃったのは。
相変わらずふわとげの竹箒をお持ちではありましたが。
よくよく見ると、ヒトミミとケモミミ(ふちが白いろで中がピンクなのが可愛らしいです)がついていて。
天使な妹さんに引けを取らぬ可愛らしさでしたが。
もしかしなくとも、天使なお姉さんに引けを取らないくらいにはのっちゃんのこと、
のっちゃんの背中にあるものに気づいていたのかもしれません。
よって、中々すぐには警戒を解いてはくださらないかと思っていましたが。
それもよっし~さんのフォローで大きく様相が変わる運びとなりました。
「ええと、私はこし……アズサよ。よっし~さんには前世界でお世話になりました」
「あ、これはご丁寧に。向こうにいるルプレと、ここにいるトゥェルともどもよろしくお願いいたします」
「ええと、マインさんたちはファミリアなんですね。実を言いますと、私もそうなのです。可愛い妹のファミリアをやっているんですよ。ほら」
「わぁ。猫さんですか。確かに可愛いですね」
「いやぁね。可愛いのは私じゃなくて妹ちゃんの方よお」
案の定、ファミリアであることを口にすると、アズサさんはほころぶような笑顔を見せてくださって。
ほんの一瞬のことではありますが、白いお耳の猫さんに『かわって』もくださいました。
ルプレならばノータイムで触らせてもらいに行ってしまうところでしたよとうずうずしていますと。
その様が見た目通り人畜無害な存在であると理解してくださったようで。
そんな風にプライベートなこともお話してくださいました。
何でもアズサさんには元より家族だけれど、ファミリアとなってしまうくらい大好きな妹さんがいるようで。
そんな妹さん、『ミサ』さんはなんと、よっし~さんと『青空』世界にて班を組んでいた、とのことで。
それ故にお姉さんのアズサさんとも仲良し、お世話になっていたということなのでしょう。
年齢がそれほど変わらないように見えるのに、始めは何だかアズサさんが恐縮しているように見えたのは。
よっし~さんのことを『最強の妹』として大好き……憧れていたからだそうで。
「それにしても、うん。はじめは私の第六感が働いてて、その……あれだったけど。マインさんたち愛されているのね。私のミサちゃんへの愛にはかなわないかもしれないけれど」
「え、えっ? そ、そうですか? それはなんと言いますかありがとうございます」
かと思いましたら、唐突ではないのかもしれませんが、そのような事を口にするアズサさん。
それは正しく家族愛なのか、それ以外の何かであるのかはわたくしには判断できませんでしたが。
嬉しいことには違いないので、舞い上がりつつも。
何とはなしにこれものっちゃんの最善な選択の結果なのでしょう、とも思っていて。
もし、この選択を違えていたのならば、その妹さん愛故にいがみ合うようなこともあったのでは、なんて可能性を考えてしまって。
やはりファミリア……ギフトとしてもっと成長して、ご主人さま、のっちゃんの死に戻り繰り返しをもれなく共存できるようにしなくては。
などと思っていますと、ちょうどあずささんが呼ばれたようで。
新入生とは違って、繊細な竹箒のもふとげ裁きに感心しつつ。
改めましてのっちゃんとともに挨拶に伺いますと一言置いて。
ある意味本題とも言える、すぅさんにとっても良く似た……それが授業を行う際の、あるいは正装であるのか、真白と紺黒のコントラストが美しい、コックさんのような、メイドさんのような服装を身につけた、今は翼を引っ込めていらっしゃる美少女のもとへ向かうことにしました。
よくよく拝見いたしますと、すぅさんと比べるとそのボブの髪色は大分赤色が強く。
顔つきもすぅさんと比べますときりっとしゅっとしていますので、似てはいますが間違えることはないとは思われます。
「おはようございます。のっちゃんのファミリアの一人、マインです。本日はクラスメイトとしてご挨拶に伺いました」
「わわっ。なんばしょおっ……お人形さんが喋って動いていますとねぇっ……って、あっ」
先ほどの教室の件もありますし、わたくしとしましてはいらぬ警戒をされないようにと。
飛ぶこともせずにご主人さまにいただいた(もちろん、わたくしたち三人ともがいただいております)、
お揃いの羽根付きのピコピコ鳴る靴にて存在を主張しつつ。
周りの方や体育の先生にも挨拶をしつつ、堂々と近づいていったわけですが。
よっし~さんと一緒になって今日の授業の結果、その反省会を行っているマナさんを、じいっと音が聞こえるくらいに見つめていたようで。
恐らくは、それこそが彼女の素、なのでしょう。
すぅさんとはまたひと味違ったおしゃべりの仕方であるのに。
その様子を見ていると、確かに姉妹であることがよくわかりましたが。
「って、よく見たらお姉様方の……いえ、あの魔王のような人のファミリアさんにしてはとっても可愛らしいですのね。私は……サマルェ。魔法料理の使い手にして、マナお姉様の妹のひとり、ですの」
「あ、よろしくお願いいたします。……あの、その。色々お伺いしたいことはありますが、わたくしサマルェさまと仲良くしたいと思っているのです。改めまして、ご主人様ともども挨拶に伺うつもりではありますが……」
「マインさんは何もお聞きにならないんですのね。別に私だって皆さんと敵対したいわけではないんですの。前の授業での不躾な視線は、その、私の不徳の致すところでして。なんて言えばいいのか、何だか悔しくなってしまったのです。私の存在自体、意味があったのか、って」
のっちゃんに対してどのあたりに魔王的なイメージを感じていらっしゃっているのか、とか。
ヒロさんと違って血が繋がった姉妹ではなさそうにお見受けしますが、とか。
お伺いしたいことは多くあったわけですが。
のっちゃん、ご主人様には、サマルェさまに対し何か具体的な指示を受けたわけではなかったので。
わたくしなりに自由に行動させてもらえるのだと判断して。
取り敢えずはのっちゃんに対する勘違いはなんとか正しておきたいところでしたが。
どうやらそのあたりのことは、マナさんがとっくの間にお話されていたようですが。
魔王、などと呼びつつ、サマルェさんがのっちゃんに複雑な感情を持ち合わせているのは確かのようで。
「ああ、安心してください。なんて言うのもマナさんのお気持ちを考えればいたたまれない部分もあるのですが、ご主人様……のっちゃんは、未だ誰かを選ぶことはないと思われます」
サマルェさんのお姉さん? であるマナさんは、まだ誰のものでもありませんよ、なんて言うのは無粋でしょうか。
まあ、常日頃押せ押せなマナさんがどのようにサマルェさんにそんな現状をお話しているのかは気になるところですが。
そこによっし~さんまで加わったのならば、見るからにお姉さま大好きなサマルェさんにとってみれば、面白くはないのでしょう。
わたくしは、サマルェさんの苦悩めいたものを、分かる範囲で取り敢えずそうまとめると。
それは言うほど間違ってはいかなかったようで。
「本当ですの!? 信じますよ! 正直申しましてワタシ、あのような姉さま初めて見ましたのよ! 百合の伝道師……じゃなかった、ワタシたちの中では男に媚びない気高き女として有名だったですのにぃ!」
「ほほう。そうだったのですか……」
少なくともわたくしたちが自我をもってまみえた時には既に、のっちゃんにぞっこんな感じでしたけれど。
半泣きで迫り来るサマルェさんにそのようなことはとてもじゃありませんが口にはできませんでした。
恐らくは、マナさんにもそのように変わるきっかけがあったのでしょうが。
それより何より実は問題なのは、のっちゃんにマナさんほどの深く熱い感情が無さそうに見える所でしょう。
一応繋がっていますので、憎からず思っていることは確かなのですが。
同性の友達のような感覚が抜けていない気がします。
それは、サマルェさんにとってみれば都合が良さそうですけれど。
やはりはっきり口にしてしまうのは忍びなくて何も言えず、もごもごしていると。
ちょうどそのタイミングでサマルェさんの番になって。
「マインちゃんも、その頑張ってです。何か辛いことがあったりしたら聞きますから。ワタシができるのは、おいしいご飯をつくることだけですけれども」
サマルェさんは、むつかしい顔をしているわたくしを見て、そのような優しい言葉を残しつつ授業へと望んでいきます。
未だのっちゃんに対して、何やら勘違いと言いますか、思うところがあるようですが。
どうやらコックさんの服装を身にまとっているのは伊達ではないようで。
ルプレでなくとも惹かれてしまうお言葉にやはり仲良くさせていただきたいたいと。
これからものっちゃんの意志にならって敵対しないように行動、心がけていくことを誓うのでした。
……ちなみに、サマルェさんの的あては、それはもう見事なものでした。
目ではっきりと見える、音符のような黒いものが飛んでいったかと思うと。
大きめのボールくらいの的、その外周だけ見事に、何事も無かったかのように削り取っていたのです。
あれがもし当たったのならば。
もしかしなくとも死に戻りのための細かなキラキラになるよりも早く、消滅させられてしまうかもしれません。
戦々恐々としつつも、それで死に戻りができなくなる……なんてことはないと実感して。
ご主人さまが選んだ最良の結果であるからなのか、それから特に何か起こることもなく。
女子ばかりの実践授業は終わりを告げるのでした……。
(第129話につづく)