第百二十七話、動かずとも創造主がうまいことやってくれると、今までは思っていて
それからまもなくして。
愛の鐘と呼ばれるらしい学校、学園特有のチャイムの音が鳴り響いて。
二時間目の授業……どこか体育館やグラウンドなどといった体を動かせる広い場所へ向かう前の、休み時間。
自己紹介は休み時間に、といったアルガ先生の言葉通り。
まずはのっちゃんの近くにいた、前述した通り、何だかのっちゃんに似ている気がしなくもない少年と、長い金髪に、トゥェルの牙擊めいたドリルを装着した少女に挨拶することとなりました。
「こんにちは。改めまして。僕は『シミズ』といいます。こちらにおわす『ユサ』お嬢様の従僕とつとめております。これから宜しくお願いしますね」
「わ、わわっ。ちょっとシミズ! ……あ、ええと。あのその、『ユサ』と申しますわ。よろしくお願いします」
「ご丁寧にどうも。『のっちゃん』です。飛び回ってるのが『ルプレ』で、後ろに控えているのが『マイン』です。後、向こうにいるもうひとりの新しき転入生、『よっし~』さんが抱えているのが『トゥェル』です。一応おれの従魔ってことになってます」
お互い色々聞きたいことはあれど、まずは名乗り。
みんながみんな、本名を明かさずにニックネーム、コードネームでやりとりをしていることにのっちゃん自身戸惑ってはいましたが。
ここにきてようやく、のっちゃん自身も慣れてきたようで。
「ええと、んと。うちの主さまとシミズさんって実は親戚……いとことかきょうだいだったりするのか?」
「あっ、そう、そうなのですっ。ワタクシもそれを聞きたかったのですわ。だって、あまりにも似ていらっしゃるんですもの」
どうやらユサさんがシミズさんの背中に隠れるようにしていたのは。
シミズさんとのっちゃんがよく似ていて、ドッペルゲンガーのたぐいか何かではないのかと、戸惑い驚いていたから、とのことでした。
基本的にすん、としているのっちゃんと、通常的に笑顔を浮かべているシミズさんとしては、
受ける印象が大分異なってはいるのですが、デフォルトの笑顔以外もよくよくご存知な様子のユサさんにしてみれば、そういった感想、感覚になるようで。
「あはは。うん。確かに似てるかなぁとは思いますけど、親戚とかじゃあないですよね。まぁ、この学校には無数の世界、異世界から生徒がやってきているみたいですから、かなりの遠縁か、違う世界の、という可能性はあるかもしれませんけど」
「……ふむ。この世には同じ顔が三人はいると言うし、そうかもしれないな」
あくまでもかもしれないで、断定はしないしできない。
頷くシミズさんは、数多な世界があるのだから納得できます、といった顔をしていましたが。
のっちゃんの方が、少しばかり考え込む仕草をして見せたのをわたくしは見逃しませんでした。
例えるならば、それは表向きの理由で。
お互いの間にあるものは実際には異なるかのような雰囲気がありました。
(……出さないんじゃなくて、おれが気付かなかっただけか)
(今、なんて?)
(いや、何でもない)
思わずといった風に、心の声が念話にのってしまったらしいのっちゃんは。
そんな風にいいわけしつつ、意味深長な台詞をはぐらかしながら、改めて二人に向き直ります。
「これから共に行動する事もあるでしょう。その時は彼女たちも含めてよろしくお願いします。シミズ君、ユサさん」
「はい。こちらこそよろしくお願いしますね」
「ご丁寧にどうも、ですわ。せっかくですから、女の子同士お茶会がしたいですわね」
「お茶会、おかし!」
素直に飛びつかんとするルプレに、ユサさんもお嬢さま然としつつも素直で正直なところが滲み出ているようでした。
いわゆるところの、お人形さんめいたわたくしたちのことをすぐに気に入っていただいたようで。
何やら身体がうずうずと揺れていて、その手のひらがわきわきしているのが見えます。
一方で保護者的ポジションな二人は、やはりよく似た雰囲気で苦笑し合っていました。
しかし改めまして二人は本当によく似ていますね。
顔つきや髪色といったもの以上に、その魂の色のようなものが似通っているように思えました。
わたくしたちが、人とは違う存在であるからなのか余計に。
異世界の同一人物という表現はやはり正しいのでしょう。
ある意味で物語を、世界を俯瞰しているところのあるのっちゃんからしてみれば。
もしかしなくとも、文字通り世界が違うのかもしれませんが。
「『のっちゃん』、だ。どれくらいの期間机を共にできるかは分からないが、よろしく頼む」
「……『オク』だ。あんたは『虹泉』について詳しいのか? 生きていて意思があると言っていたが」
「あぁ、いや。ここへ来る前に少しばかり利用させてもらったことがあってな。作った本人から話を聞いたことがあったんだ」
「本人……いや、そうか。一応マジックアイテムの延長、と言う事になるのか。できれば詳しく話を聞きたいところだが」
「休み時間で、おれが知り得る範囲ならば。……まぁ、本当に『虹泉』について詳しく聞きたいのならば、適任が他にいる。向こうで女生徒たちと話している金髪の彼女だ」
「……マナさん、か」
そんな事を考えていますと、のっちゃんはシミズさんとユサさんとのふれあいを一旦ルプレに任せつつ。
前の席にいた、一言で申しますと黒くて大きな少年と自己紹介を兼ねてそんなやりとりをしていました。
太陽の下が正しく似合いそうな、明るいにすぎる見た目とは裏腹に、鬱屈した空気をまとわせていたオクさんでしたが。
『挑発』スキルをのっちゃんが、ここしばらくはオフにしていただけあって、思っていた以上にスムーズに会話が弾んでいるようでした。
『虹泉』をつくった人とくればシャーさんのことでしょうかと思い立ちましたが。
適任の部分でのっちゃんが視線を向けたのはマナさんでした。
二人の視線が、正確にはのっちゃんの意識が自身に向けられたことに気づいたようで。
何故だかマナさんはもうひとりのツンツンな天使さまにハグされていることを自慢するように見せつけつつ。
器用にも空いた手をぶんぶんとふってこちらにアピールしていて。
「……よく考えたら、『虹泉』そのものについてはそこまで詳しく知りたいってわけでもないんだ。まぁ、折を見て話を聞きにいくとするよ」
「そうか。……まぁ、改めてマナたち共々よろしく頼む」
良くも悪くも、場をかき回しそうなマナさんを目の当たりにして毒気が抜かれたと言いますか。
鬱屈した……云わば焦りのようなものが多少ながらも和らいだのは確かだったのでしょう。
とにもかくにも、根っこのところは悪い人ではないどころか、優しく気のいいお兄さんであるようで。
特段何かが起こるようなこともなく。
最後にはそのような穏やかなやりとりをしつつ。
そのままのっちゃんは、何処かへ去っていくオクさんを見送ろうとして。
そろそろ次の授業のために移動を開始する必要があることに気づかされて。
「次の授業、『体育』あたるそれは複数クラス合同で男女別、か。
……ルプレとマインはトゥェルとよっし~さんに合流して同郷らしき(よっし~さんの)のクラスメイトのみんなに挨拶しておいてくれ。そんな訳でシミズ君。移動を一緒にしても?」
「あ、はい。もちろんですよ。それではお嬢様。他のクラスの方たちとも仲良くできるように頑張ってみてくださいね」
「あ、そう言えば男女で授業内容違うのでしたっけ。じ、自信はあまりありませんが、頑張ってみます。隣のクラスには『えっちゃん』もいてくれることですしね。えと、その。それじゃあルプレさん、マインさん、一緒に参ってもよろしいでしょうか?」
「おぉ。もちろんだぜ~。よろしくユサさん! 肩口借りてもいい?」
「よろしくお願いします。って、ルプレったら少しは自分の羽を使いなさいな」
「あっ、ええと。もちろん構いませんことよっ」
「うん。できれば対人恐怖症ぎみなお嬢様のためにスキンシップをはかってもらえると助かるね」
「……あまり迷惑をかけないように。まぁ、基本よっし~さんから離れようとしないトゥェルを見ていると、少し運動すべきだとは思うが」
「確かになぁ。よっし~さんのつくったおやつおいしいしなぁ。特にトゥェルってばぶくぶくになりそう一方なんだよなぁ」
そう言いつつも、自信はいくら食べて楽をしても太ることなどないと言わんばかりに。
なんだかんだでユサさんの肩口に降り立っていました。
まぁ、よっし~さんやマナさんたちと合流するまでのつなぎのつもりではあるのでしょう。
ユサさんには申し訳ないですが、それまではルプレの面倒を見ていてもらうことにして。
その間、こっそりわたくしは、のっちゃんの内なる世界へ帰還してしまって。
二画面同時(一方はルプレ視点で)でお送りしつつ、地の文と化す作業に戻るとしましょうか、なんて考えていて……。
(第128話につづく)