第百二十二話、自らはけっして攻勢に出ないその姿勢が、結構好き
気づけば二人の間に流れる、柔らかい雰囲気。
中庭らしき場所を包み覆っていた、セツナさん個人の世界も。
いつの間にやら溶けるようになくなり、元に戻っていて。
「そうですね。ヒロさんだけと言うのは思うところがありますので、よろしければわたくしの修行の方にも力を貸していただけるとありがたいのですが」
「あぁ、それは構わないけど、今はもういいのかい?」
「えぇ。そのような気分ではなくなってしまいました。これでもクラス委員長をしていますので、朝の準備もありますし」
「そうか。それじゃあ細かいことについてはまた連絡しよう」
「はい。お願いいたしますわ」
それでは失礼しますと。
生真面目同士、お互い頭を下げ合って、だけどまたすぐに会えるだろうことを確信しているみたいに、特段連絡先など教えることもなく、そのまま解散、とばかりに別れていきます。
「あれ? 結局あたしたち呼ばれなかったな」
「そうですねぇ。何事もないというか、ただただご主人さまが新しき女の子をロックオン、目をつけただけですね」
「まじかっ。おかしいとは思ったんだよなぁ。主さま、なんでこんな朝っぱらから中庭にって思ってたら、待ち合わせしてんだもんな。この真っ白い世界、すっごい目立つし」
新しき強かなライバル出現にテンパっていると言うよりは。
まだまだ選択ぬいた正解の道しかはっきり認識できないわたくしたちにしてみれば。
のっちゃんとセツナさんの、何も起こらない、むしろお互いちょっとばかり好感度が上がった朝の挨拶と出会いに拍子抜けつつ戸惑ってしまうのは仕方がないことなのでしょう。
そんなわけで、一体どんな流れでこのような答えを導き出すことになったのかと。
直接のっちゃん、ご主人さまに伺うべく、じっと呼ばれるのを待っていると。
ある程度は内なる世界のことも分かるようで、呼ぶかもしれないから待機していてくれ、なんて言って忘れていたのを思い出したのでしょう。
のっちゃんは一息ついて、声をかけてきました。
『……あぁ、すまない。ルプレ、マイン。彼女……セツナさんは可愛いものが大好きみたいでさ。自己紹介、話し合いがこじれそうだったら二人にフォローしてもらうつもりだったんだが、存外上手くいったらしい』
「むむっ。主さまの物言いが優しいっ。マナさん相手にしてる時とぜんぜんちがうっ」
「……もしかしなくてもご主人さまはセツナさんのようなお方がタイプなのですかねぇ」
生真面目なやまとなでしこ。
友達想いで、雪と和服の似合いそうな美少女。
のっちゃんでなくても惹かれる人は多いことでしょう。
美少女レベルならば、マナさんやよっし~さんも負けてはいませんが。
ああいった、のっちゃん自身に似通っているタイプであるからこそ、好ましいとも言えて。
これはちょっと帰って、ガールズなトークの作戦会議をする必要がありそうです。
……なんて思っていると、まだ登校の時間より早いからなのか、寮の方へ引き返しつつ。
そう言えば思い出した、とばかりにのっちゃんが口を開きます。
『あぁ、そうだ。ルプレ、ここでセーブしておいてくれ。……ぶっちゃけると今日、今までの流れは、運が良かった部分もあるからな』
「了解っ……って聞こえないか。いったん外に出るぞっ」
「そうですね。そうしましょう」
同じことをもう一度繰り返せと言われても恐らくできないかもしれないから。
のっちゃんの言葉には、そんな達成感、安堵感が含まれていて。
そうであるのならばと。
ルプレと頷き合い、わたくしたちは何だか久方ぶりに、のっちゃんの内なる世界を出ることとなって。
「……びっくりした。やはりまだ慣れないっていうか、不思議だよなぁ。二人はおれの内側? にいて、窮屈だったりしないのか?」
「ん? なんで? ぜんぜん大丈夫だよ。むしろ身の危険もないし、快適そのものさ」
「呼吸などを含めた、全ての生命活動が停滞していますからね。まぁ、お昼寝などはできますが」
自身の身体からぬるっとふわっと、わたくしたちが出てくることに、未だ慣れないのでしょう。
ちょっと前に戻ったみたいに自身を卑下しつつのっちゃんは、そんな事を言い出します。
とはいえ、その広さと快適さ、ロボットの操縦席のような場所であることなんて分かりようもないですし、のっちゃん的言い方をすれば、一心同体のつもりではあるとはいえ、別個の意思あるものが、自分の身体の中に住み着いているというのは、あまり気持ちの良いものではないのかもしれません。
故にわがままにいいわけしつつ、のっちゃんの内なる世界について事細かに解説していると。
少しくらい早くてもそのまま学園の教室に向かってしまえば良かったのに、のっちゃんがそうしなかった理由が判明しました。
「……っ」
そこは、男子寮と女子寮の間にある場所。
学園へ通う、初日であるからしてみんなで教室へと向かうと約束していたから。
こちらに背を向け、男子寮の方を気にしているマナさんとよっし~さん、そしてトゥェルの姿が見えました。
思わず、声をかけようとしたルプレの口をのっちゃんが直々に塞ぎます。
そのまま二人でのっちゃんを伺うと、しーっと静かにするように、といったポーズとともに珍しく楽しげな、いたずらっ子っぽいのっちゃんがそこにいました。
今までの積年の恨み……じゃなかった、マナさんにさんざんばらいじられてきたから(きっと本人にはそのつもりはなく、いつだって本気で。それが余計に不憫ではあるのですが)、仕返しで後ろから驚かす腹積もりなのでしょう。
わたくしは、ご主人さまの声を抑えたお言葉にしかと頷き、あたしがやりたかったのになぁと、悔しそうなルプレをなだめつつ。
羽もないのにふわりと浮き上がります。
ターゲットは、当然のごときマナさんです。
よっし~さんに、ではないのは。
うっかりおっかないことになると言うよりも、わたくしたちと同一存在であるトゥェルが、近づいてきているわたくしたちの存在に、鼻ちょうちん膨らませて寝こけていても気づかないはずはなく。
そんなトゥェルを胸に抱いているよっし~さんが気づかないはずがない、と判断したからです。
そんなわけで直ぐにこちらの魂胆を察してくれたよっし~さんと、トゥェルが見守る中。
音もなく近づいて、思ったより小さいマナさんの肩をとんとん。
「ばぁっ」
「ぎゃぴっ?! かっ、かかかかおがぁぁーっ!!」
振り向いたそのタイミングに合わせてわたくし自らにわたくしの能力を発動。
何でも分解してしまうそれは、崩れる積み木のようにわたくしの身体をばらばらにして頭が転がってゆきます。
「……あっ」
「あれ? そのかっこって」
マナさんは、何とも言えぬ面白いリアクションをしてくれましたが。
声を上げるルプレと、後ろを気にしている風のよっし~さんが気になって。
頭だけで再び浮かびつつ振り返ると。
そこにはソーカさん……のお面をかぶったのっちゃんがそこにいました。
「ちょっ、ちょ! 何よもう! 朝も早くからっ! この世界にハロウィンイベントあったの!? 生意気そうな小悪魔ちゃんまで用意して!」
「なにぉ~! あたしは元々いつもどおりだいっ!」
いつに間にそのようなものを用意していらしたのか。
どうやらのっちゃんは、わたくしたちをも少しばかり驚かすつもりだったようです。
じゃれあっているルプレとマナさんを脇目に、逆再生のごとくで元に戻ったわたくしは。
その真意を問うべくのっちゃんの元へと舞い戻ることにして……。
(第百二十三話につづく)