第百二十話、さんざんばら体験していたから、思ったほどの動揺はなく
まだ今は。
のっちゃんの繰り返し、『死に戻り』を完全には知覚できないため、あくまでも予想の範疇を超えませんが。
このようないい感じで一日を終えられるようになるまで、のっちゃんは幾度となく試行錯誤を繰り返してきたのでしょう。
よっし~さんや、すぅさんの故郷において、不倶戴天な敵性であろう『完なるもの』。
それと同義な、黒い太陽のかけらを、背中にしょっていたのっちゃん。
そのまま魔力やら何やら覆い隠してしまう着ぐるみがなければ。
交渉も虚しく『挑発』のスキルも効いてしまって、戦いは避けられなかったはずで。
ヒロさんの時も実はそうでしたが、いざ刃を向けられてしまえば。
特にすぅさんのような子に決死の思いで向かってこられたら、のっちゃんならば反撃などできるはずもなく。
成す術なくやられてしまって。
きっとすぅさんの心に消えない傷を残してしまったことでしょう。
それもこれも、今はまだ。
知っているのはのっちゃんばかりで。
たった一度目の邂逅にて、正しい答えを導き出してしまったのっちゃんのことを。
すぅさんはどう思うのでしょうか。
いつでも選択を間違わない、初対面でありながらも完璧な人のように見えているのかもしれません。
そんな流れで気を許し、ふところに入ることに問題があるどころか、ある意味運命の仇敵、宿敵の如き立場であることを考えると。
それを打ち明けて物語を良い方向に進めていくためには最善ではあるのでしょうが。
のっちゃん的には少しばかり引かれるくらいのつもりでソーカさんのきぐるみを纏ったようですが。
物分かりの良さに加えて、ソーカさんの、ずんぐりむっくりでつるりと光るデザインは、すぅさんにとってみればたいへん好評だったらしく。
「えと、その。改めましてお願いしますですっ。それで、もし良かったら明日、がっこの案内とか、すぅがしてもだいじょぶですか?」
「……あぁ、それは確かにありがたいが」
せっかくわたくしたち三人で、所謂ひとつの候補わけをしたというのに、更に増えそうな予感がしてきました。
のっちゃんは意識していないというか、そこまで求めてはいないのでしょうが。
相手に取ってみれば違うのでしょう。
まぁ、心に決めた人がいるのならば問題ないわけですが。
……なんて、益体もないことを考えつつ。
どういたしましょうか。
いやいや、ファミリー……嫁候補に入れるのには少しばかり幼すぎるだろう。
何言ってんだ、それがいいんじゃないか。
なんて、テレパスにもならないやりとりを、ルプレとしていると。
すぅさんのお誘いに少しばかりもったいぶっている様子ののっちゃんがそこにいました。
わたくし的判断で、最良の選択をし続けたのっちゃんにとってみれば。
永遠にも近かったであろう一日が終わったかと思いきや、一日が終われば次の日が待っているように続きがあるようで。
はてさて、のっちゃんはどのような選択をするのかと思っていると。
すべてとは言わずとも、そんなのっちゃんの筆舌に尽くしがたい繰り返しが。
僅かばかりでもわからないではなかったルプレが、思わず声を上げました。
「ちょっ、主さまっ。まさか明日その格好でがっこ行くのか? マナさんとかにどう説明するんだよ」
「意外とみなさん変わらず受け入れてくれそうではありますけどねぇ」
少なくとも、わたくしたち経由でトゥェルには伝わっているので、密かに可愛いもの好きなよっし~さんあたりはすぐに受け入れてはくれるでしょうが……。
「あぁ……実は勝手にラーニングしているからな。言い訳も必要だし。うん、そうだな。すぅさんが見ての通り、今の姿は仮の姿なんだ。普段は別の姿をとっていてね。つまるところ、すぅさんとおれとルプレとマインだけの秘密ってわけなんだ。だから学校内で会って、別の姿をとっているおれに気づいても、内緒、秘密にしておいてもらいたいんだが、どうだろうか?」
「ひみつ? すぅたちだけのです!? なるほどぉ、わかりましたです! そういうことならしっかり守りますよ!」
どうやらのっちゃんは、今のソーカさん状態を、今この場所……すぅさんとの部屋にいる時だけにしたようです。
後々すぅさんについて聞くところによると、彼女は初め、ここではなく、普通に今のように素性を隠したいのかそうでないのか、よく分からない状態で女子の寮棟にいたらしいのですが。
いろいろな意味でのっちゃんに引けを取らぬほど主人公している赤髪エセ関西弁の少年に、何故だかその女子寮にで鉢合わせてしまったらしく。
そんな彼を折檻すれば話がまとまるといった単純なものでもなかったらしく。
言われずともすぅさんの性別には触れない流れになって。
それでも、隠しているつもりで隠せていないすぅさんが、ありのままで過ごせるように。
この、どっちつかずな、色々と問題のある生徒が過ごす寮に追いやられた、とのことで。
そんなことを言いつつも、この寮に寝泊まりしているのは、すぅさんくらいなものだったそうで。
本来ならば、部屋はいくらでも余っていて、相部屋にてソーカさんになる理由も全くなさそうに見えますが。
のっちゃん曰く、ダンジョン攻略のごとく他の選択肢、部屋は潰した(ダメだった)とのことで。
ついでといいますか、ある意味で自分の欲望に負けてしまったマナさんが強行して、ここへ乗り込んできてしまった回なんて、特に散々な目にあったと、顔を覆っていたのっちゃんがとても印象的で……。
そんなわけでして。
ごく最近まで学園の授業が終わったら一人ぼっちだったすぅさんは、そんな状況慣れているです、とのことでしたが。
これしかない選択肢を突き進んだ結果、ソーカさんとなって正体を隠してここへとやってきたのっちゃんは。
なんとなくですが、出会った瞬間気づいてはいましたが、マナさんと真っ向からやりやっても、相当持ちそうなくらいには好感度が高そうではあって。
そんなのっちゃんことソーカさんに、秘密だぞとなどと持ちかけられたのならば、すぅさんが一にも二にも飛びつくのは必至であると言えるでしょう。
「それじゃぁ、登校とかはべつ行動になってしまうですね。……えと、その。ソーカさんはおゆはん、もう食べましたか? 今すぐ用意できるのはお菓子だけなので、よかったらすぅ、つくりますよ?」
「……あぁ、せっかくだしるルプレにも好評だったお菓子をいただこうか」
「はいですっ」
「そんなこともあろうかと、残しておいて正解だったな」
もうおれははらぁいっぱいだ……ではないですが。
恐らくそんなやりとりが、本日何度目かの……最後の選択であったのでしょう。
お菓子は作れるのに、料理となると兵器的なものを生み出してしまうだとか、
こっそりラーニング(能力の模倣)を、しかもマナさんからしていたということについてもいろいろ聞きたかったりしましたが。
その時ののっちゃんはあまりにも達観していて。
いずこかへと消えてしまいそうなくらいに優しい顔をしていたから。
細かくソーカさんの表情が変わることにも驚きつつも。
これは確かにすぅさんのような得意? な人でなくとも、見た人はぞっこんでしょうねぇ、なんてしみじみ思わずにはいられなくて……。
(第百二十一話につづく)