第十二話:どうしようもない彼は、好きなジャンルの物語には出演できない
チンと、なんだか見た目の割には随分と古めかしい音がして、エレベーターのドアが開かれました。
のっちゃんは、辺りを怖々と見渡しながら箱を飛び出します。
のっちゃんを吐き出したエレベーターは直ぐに上がっていって。
上から人がどんどん来るのを恐れたのっちゃんは、慌ててどこへともなく駆け出しました。
実の所シェルターなど、ここの住民が避難する場所は10階より上にあって、ここに人が押し寄せてくる事はなかったのですが、そんな事は当然知る由もありません。
むしろ、ここには初めて来て階層構造など知らないはずなのに、どうしてマナが10階を指し示したのか。
のっちゃんはまず、その事を考えるべきだったのかもしれませんが……。
当然、のっちゃんがそんな考えに至る事はなく。
来そうで来ない人の気配に逆に不安になりながらも、のっちゃんは地下10階を散策し始めました。
元々、能力によりキラキラしているので灯りいらずではあるのですが。
まず目に付いた長く細い廊下は、人が使用していないはずの場所であるのに、一定の間隔を置いて不思議な色合いの灯りがともっていました。
ぼうっとそれに見とれるのっちゃんは、今更ながらライフラインってどうしているんだろうと考えていたのかもしれません。
実際は、戦いからライフラインの供給まで何でもありな【曲法】と呼ばれる力によるものなのですが。
似たような力を持たされているとは言え異世界人であるのっちゃんには、とんと見当もついていなかった事でしょう。
「そう言えば……こんな世紀末っぽい話、あったな」
10階は廊下ばかりの、迷路のように複雑な場所で。
エレベーターホール以外の場所は基本的に狭く、白い横壁はのっぺりして高く、どこか閉鎖された雰囲気があって、気づけばのっちゃんはそんな事を呟いていました。
それは、のっちゃんの好きなジャンルの物語からは少し外れていた事もあって。
取るに足らない……どうして思い出したのかとのっちゃん自身が首をかしげる、そんな記憶です。
簡単に言えば不治の病にかかった主人公が、治療を未来に賭け眠りにつき、目覚めたた同じく病気で未来を待っていたヒロインに会う、というものです。
それだけなら、のっちゃん自身すぐに忘れてしまう事柄だったのですが。
最後のどんでん返し……落ちが、のっちゃんの好きなジャンルに近い外連味があって、それで覚えていたのでしょう。
ヒロイン……その話に出てくるヒロインは、好きでもないけどいつも読まされていた作品たちの中では珍しい部類の、大人で生っぽいヒロインでしたが。
その単語で、のっちゃんは不意にマナの事を思い出しました。
「……」
正直に言ってそのヒロインとマナは結果的に見れば真逆と言ってもいいくらい似ても似つきませんでした(むしろよっし~さんの方が雰囲気は近かったかもしれません)が。
何故か思い出してしまうくらい何かがどこか似ていると、のっちゃんは気づかされます。
「……そうか、演技だ」
あの馴れ馴れしさ全てが、本当か嘘かと判断しろと言われると断言はできませんでしたが。
マナはのっちゃんに対して常にキャラを作って演じているように見えたのです。
もしかして、あのヒロインのように主人公を騙す意味があるのではないか。
ヒロインの嘘は、結果的に見れば本人のためでもあったのですが。
その過程が余りにも納得できず、普段あまり熱くならないのっちゃんでさえ、許せないと憤ったものなのです。
仮にマナもそんなヒロインと同じだとしたら。
そう思いかけ、のっちゃんは一人首を振ります。
「……あいつに限ってそれはないだろ」
まだろくにマナの事など知りもしないのに、一時離れたマナの事を全くもって心配していないくらいにはそう確信を持っていて……。
そんな珍しくも、自身と他人の事について考え耽っていたのっちゃんは。
無骨で飾り気のない鉄扉を開けては鍵がかかっていてままならずを繰り返すこと11度目。
ついに鍵のかかっていない部屋を発見しました。
「……っ、し、失礼します」
そしてすぐに、どこかの事務所のような生活感のある部屋である事に気づき、遅ればせながらそう声をかけました。
当然返事は返ってきません。
こんな時、どうすればいいのか。
初めは戸惑っていたのっちゃんでしたが、すぐに好きなジャンルのお話の事を思い出し、取り調べをするがごとく辺りを物色し始めました。
鉛筆たてや、コンパクトメジャー。
砂時計に電卓。
灰色の事務机には、いつ座る相手が帰ってきてもおかしくないくらい細々としたものが置いてありました。
それらに、ねずみ色の埃がかぶっていなかったのならば、という注釈がつきますが。
「大分時間が経ってるな……」
人差し指で埃をなぞりつつ考え込むように自身にそう言い聞かせるのっちゃん。
ただ、事実を述べただけで何かの謎の解明を表す電球が浮かぶ事はありませんが、そう動いたわけでもないのに煌き散らばる星が、入り込んでいるのっちゃんの心情をよく表していると言えるでしょう。
そんな、ある意味ご機嫌なのっちゃんは、引き続きデスクの背後にあった書類棚へと視線を向けました。
「仕事場ってより私室、かな」
よく見ると、そのガラス戸には鍵がかかっていませんでした。
パソコンの雑誌、経済の雑誌、音楽の本に加えて漫画本や雑学の本、果てには下の棚を全て使ってギターが並べられていました。
高そうなのにこんな所に置きっぱなしでいいのかなと思いつつも。
興味が無いと言うより、下手に触って壊れたらどうしようといったのっちゃんらしい理由でそれらをスルーして、上のガラス棚を開きます。
のっちゃんが読んだ事のある漫画本などもあって、いくつかパラパラめくっていると、その合間に随分と年季の入ったアイドルらしき写真集を発見しました。
それは、実際アイドルというよりは、この世界での懐メロにあたるガールズバンドの写真集なのですが。
基本的にそういう生で俗なものを忌避する自分がかっこいいというのがのっちゃんの基本なため、ちらりと目にしただけで中身を精査するような事はありませんでした。
もし、そういうところまで気が回るようなら、のっちゃんも大好きなジャンルの物語の登場人物(主役ではないところがミソなのです)になれたかもしれませんが。
それでもなかなかにカワイイ娘たち(当時)であったため、無意識に手にとったところはさすがと言うべきところなのかもしれません。
結果的に、写真集の中に挟まっていたのか、ひらりと一枚の紙切れが舞い落ちました。
「ん? 何か落ちたな。ノートの切れ端? 何か書いてある」
わざわざ口に出し、拾った紙には一言こう書かれています。
『―――同志よ、よくぞこれを見つけた! 何か用命があれば地下11階にて待つ。ヒントは男の秘密の隠し場所だ』
あからさまというか、暗号でもなんでもないそんな一文。
しかし、好きなジャンルの登場人物にはなれなかったのっちゃんには、この後の行動……その展望が浮かんできません。
「よく分からないけど、一応もっておこう」
それでも、こんなのいらんと捨ててしまわなかっただけよかったかもしれません。
のっちゃんはそれをポケットにしまい、棚のガラス戸をきちんと閉めた後、もう一度部屋を見渡します。
「……ん? よく見ると奥に部屋があるな」
まだまだと呟き、のっちゃんはソファとテーブルを迂回しつつ見つけた扉のない、隣部屋へと向かえる場所にやってきました。
そこには粗末なという表現しかしようのないパイプ式のベッドがありました。
しかし、手前の部屋にあった事務机と比べればそこそこ生活感のある代物です。
以外にもどこかで嗅いだ事のある、近づきたいけど恐れ多い気もしなくもない匂いがある気がして、そわそわしつつものっちゃんは今更ながら現状を把握しようとします。
「う~ん。何もない……っていうか俺、そもそも何を探してたんだっけか」
マナにとにかく避難してと言われて。
確かシェルターなるものを探していたはずだと。
のっちゃんはそこまで考え、改めて部屋を見渡します。
「とりあえずここで待っていればいいか」
上の騒ぎをマナやよっし~さんが何とかしてくれるまで。
のっちゃんは自分に言い聞かせるみたいに呟くと。
前の部屋に戻ってやはり事務机と比べたら埃などが溜まっていなかったソファに腰を下ろしたのでした……。
(第13話につづく)