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第百十八話、確かに少し踏み入れてはならなそうな、プリティ空間




「ほへぇ。ここががっこへ通うための寮、なのかぁ」

「女子寮とつくりは同じようですけれど、こちらの男子寮? でいいのでしょうか。何だか小さく見えるのは気のせいでしょうか」


そんな訳でして、案内図に乗っていた寮らしき棟の管理人さんに事情をお話して。

(いかにも生き字引めいたおばあさまでした)

306号室と書かれた鍵をもらい、浅葱色の絨毯の敷かれた、橙のカンテラ灯が夜を演出する、そう多くはないもののいくつもの扉の並ぶ廊下を進んでいきます。



示しあってトゥェルたちの様子も逐一確認しながら、わたくしとルプレはいつものようにのっちゃんの内なる世界へ引っ込んでいました。

思ったよりマナさんの説得に時間がかかったからなのか、ほかの生徒さんの気配はありません。

(どうやら、ちょうどお夕飯とお風呂の時間で、ほとんどの生徒さんが席を外しているみたいです)


のっちゃん曰く、男子寮ならばもっと雑多で色々うるさくて臭いものなのだそうですが。

ここは、むしろそのような気配はまったくなくて。

どこぞの高級ホテルのようで、緊張する、とのことで。




「306……ここだな。うん、さっきのさっきで悪いが、二人とも出てきてくれ」

「ほいさーっ」

「どうかしたのですか、ご主人さま」


ノックをするよりも早く、何かに警戒しているかのように間を取って。

のっちゃんは、わたくしたちにそんな呼びかけをしてきます。

ある程度予測していたこともあって、そのお呼び出しがあってすぐに二人して顕現すると。

此度の作戦を発表する、とばかりにのっちゃんは、頷いて見せて。




「まず、おれがノックをする。返事があったら、二人で声をかけてみてくれ。許しが出たら、最新の注意を払って侵入。中にいる人物と交渉を試みて欲しい。その際、相手の事については一切言及しないこと。

もし、危険が及ぶようだったのならば、すぐに戻って来てくれて構わない」

「おいおいっ、何だか随分と大仰なかんじだなぁ」

「……なるほど。それが幾度となく繰り返したのちの最適解、なのですね?」

「あぁ、恐らくはな。今回は難産だった。状況を理解するのに大分かかってしまったよ」



そして、眉間にしわを寄せるのっちゃん。

マナさんが危惧していたのは、このことだったのでしょうか。

いつの間にやら繰り返していたのは、もはやいつものことですが、相当苦労なさったことが伺えます。



「脅かすなよぉ。主さまってば。……まぁ、あたしたちって魔法も物理攻撃もくらわないし、行けと言われてば行くけどな」


あるいはそれ以外の、能力そのものに関与できる力があるのならば、話は別ですが。

それならばまず、のっちゃんがわたくしたちを矢面に立たせることはないでしょうし、単純にのっちゃんが足を踏み入れることに問題があるのでしょうと判断し、わたくしたちは頷きあってのっちゃんの元から飛び出します。



わたくしたちが、扉の前までやってきたところで、のっちゃんがノック。

そのまま素早く下がったタイミングで、わたくしが代表して声をかけることにしました。



「は~い」

「夜分遅くにすみません。今日からこの部屋を利用させていただくものなのですが」

「え? 女の子? ここは女子寮じゃぁ……って、ちょっと待ってくださいですっ」



すると、どこか慌てた様子のわたくしなどよりよっぽど女の子らしい声が聞こえてきました。

わたくしはルプレと、顔を見合わせ、どういうことなのでしょうと後ろを振り返ると。

大分離れた所の曲がり角の影に、のっちゃんの姿が見えて。

その方がかえって怪しいのでは、などと思っている間にも、どうやらお着替えの最中であったらしい部屋の主が、わたわたしているのがよく分かる感じで、まろび出るように306号室のお部屋から、顔を出しました。




「わわっ。何ですか。ふぁみ……妖精さんがお二人いるです?」

「申し遅れました。わたくし、本日からこちらのお部屋にご厄介になるご主人さまのしもべがひとり、マインでございます」

「ども、こんちわ~。同じく主さまのしもべがひとり、ルプレだ。今日からあたしたち、ここでお世話になるはずなんだけど、話通ってるか?」



世界を破滅に導かんとする災厄にも、何だかんだで怯まなくなったのっちゃんが恐れ警戒する者とははたして一体どういったひとなのか。

少し考えればというか、改めましてよくよく観察すれば、直ぐに分かりました。

 


亜麻色のふわふわのボブの髪に、くりくりと大きくキラキラしている、ブルーベリー色の瞳。

この学校は、生徒の年齢はあまり考慮しないと聞いていましたが、けっこう幼く見えたヒロさんよりさらに年下に見える、とんでもない美少女です。


極めつけは、ダボダボで色んなところが見えて見えてしまいそうで。

別の意味で危うい水色のパジャマ……ではなく、肩の上の方にちょこんと浮いている天使な羽の存在でしょう。



「あっ、そうでしたっ。もしかして『のっちゃん』さんの、妖精さんたちですか? はなし、聞いてます。えと、その。当のご本人は……」

「あ、はい。わたくしたちがまず先にご挨拶をと、伺ったのです」

「あたしたちで先に部屋の確認したくてさ。だから入っても大丈夫か? ええと」



危うく、この世界へやってきたそもそもの目的である人物を見つけたと叫びそうになるのを。

のっちゃんの言いつけを守って、なんとか回避。

こっそりもう一度振り向けば、本当にのっちゃんの姿はなく。

引き続き任されているのだと判断して、ルプレがさりげなく作戦に抵触しないようにそう聞くと。



「あ、そうでした。名乗っていなかったですね。わたっ、ぼくはすぅ。スゥラ・オージーンです。この世界での名前ですけれど、『すぅ』って呼んでもらえると嬉しいです」



やはり素性を隠しているのか。

にこにこしつつ、そう名乗る、どう見ても天使さまの娘さんな彼女。

どうして女の子なのに、男子? の寮にいるのか。

名前を伏せている割に、その目立ちに目立つ羽を隠そうとしないのか。

疑問に思いつつ二人して首をかしげていると。

それに気づいているのかいないのか、楽しげで嬉しげなまま、言葉を続けてくださいます。



「あ、それじゃぁどうぞ。のっちゃんさんのお部屋へと案内しますね」

「頼むよ、すぅさん」

「よろしくお願いいたします」


のっちゃんの、推敲を繰り返したことによる作戦の成果なのか。

特に危険なことは起きませんでしたが。

きっと今目の前にわだかまる疑問を解決することが、今回わたくしたちの与えられた本当のミッション、なのでしょう。



そんな事も思いつつ羽をぱたぱた、ぴこぴこ鳴るスリッパを履いているすぅさんに案内されたお部屋は。

まずは玄関的なものがあって、真ん中にパーテーションと言うか、二部屋あることを示しているらしく、

それなりに厚い壁がそびえ立っていました。


どうやら、後で聞くところによると。

この寮棟は、男女に限らず色々訳あって性別すら公にできない人たちが入るところらしく。


のっちゃんは、特段見た目からして性別不詳と言うわけでもないので。

十中八九、内なる世界へ引っ込んでついてきてしまうわたくしたちに対する配慮だったのでしょう。

 

 


「右側の部屋は、ぼくが使っているので、左側のお部屋でお願いします」

「おぉ、了解だ。マイン、ちょっと部屋の中見てきてくれ」

「わかりました」

 

はたして、正真正銘、正解の選択肢を選んだのか。

今のところ、『死に戻り』しかねない危険は特に感じられません。

それでも、一応念のためにとすぅさんのお相手はルプレに任せて、のっちゃんに宛てがわれし部屋を見に行くことにしました。

 

「あ、そです。のっちゃんさんたちが今日やってこられるって聞いていたからお菓子つくったのです。よかったらどうぞ」

「おぉう、そういうことなら任せてくれー。お菓子にはちょっとうるさいぞ」

「ふふ。お手柔らかにお願いしますです」


ほんの一瞬だけ、ルプレが言葉に詰まったのは。

お料理で兵器を作り出しちゃう系ヒロインを想像してしまったからなのでしょう。

のっちゃんはあぁ見えて、特に好き嫌いはありませんが、所謂毒物の耐性は初めはなかったはずで。


また、ステータスを確認する必要がありますが、食べることはできても、本来食事を必要としないギフトなわたくしたちには毒は効きません。

それでも、面白リアクションをするかもしれないルプレにも注目しつつ。

わたくしは、部屋の方へと向かうことにしたのでした……。



   (第百十九話につづく)







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