第百十二話、いつかどこかの枝葉に、あったかもしれない勇者と魔王の相対
いつの間にそんな、軽妙に何の迷いもなく。
まるで主人公のような動きをしつつ、のっちゃんが空へ飛び上がるまでに至ったのか。
きっと今へ至るまでに幾度となく繰り返しただろうことはやはり想像に難くありませんでしたが。
もしかしなくとも、ヒロさんとの出会いからの延長で。
学校の入口までやってきたところで、中空から突如襲いかかられ『死に戻り』へと至る羽目になったのでしょう。
目前ののっちゃんの迅速果敢な行動は、未だ認識することができないでいる『死に戻り』による経験のまさに賜物でもあって。
「うおおぉっ!? ちょ、なんなんっ!? コントロールがでけへんっ。急にどないしたぁぁっ!?」
かなりの勢いをもって近づいてきたのは。
赤髪が特徴的な、恐らくは人間種……ではないかもしれない、少年でした。
恐らくなのは、普通の人間さんにしては少々強大に過ぎる魔力をその身にに秘めていらことと。
のっちゃんが言うように、その背中には天使さまの翼とは大分様相が異なる金属めいた羽があって。
腰下の後ろ辺りに、かつてシャーさんも装備していたジェットらしきものまでついていたからです。
しかし、何故かその翼とジェットの制御が効かなくなっている様子でした。
のっちゃんがすぐさま自らが目的であろうと口にしたのは……一度体験していると言うのもあるのでしょうが。
オフにしなければ何びとたりとも誘引してしまうスキルに昇華してしまっている『挑発』スキル∞をこっそりオンにしたせいもあるのでしょう。
もしかしたら、そうしなければ。
例えば、マナさんあたりがのっちゃんを庇って飛び出してしまって、なんて可能性もあったのかもしれません。
それはもちろん、のっちゃんが何においても一番嫌がることで。
故にそれからののっちゃんの行動は。
やはり有無を言わさずわたくしですらこうして見て解説しかできないくらい迅速なものでした。
まるで、物語の主人公……勇者めいた存在と、その仇敵である魔の王と呼ばれし存在のぶつかり合い。
どっちがどっちかは敢えて申しませんが。
仮にそのどちらかが異性であったのならば、登校中の角でぶつかる運命のふたりのように、新たな展開もあったのでしょうが。
かたや熱血でまっすぐな冒険少年(見た目からの印象)、かたや目立たないモブだと言い張っているけど、存在感がいろいろ派手過ぎて埋もれられないひねくれた少年? です。
展開の速さに、ルプレやマナさんは呆気にとられ、オーヴェはびっくりして鼻ちょうちんを割ってしまって。
ヒロさんは、これから始まるかもしれない熱い展開に手に汗握り。
よっし~さんは違う意味でアツアツな展開を想像したのか、ヒロさんとは別の意味合いをもって何やら真っ赤っかになっていましたが。
後に親友となるのっちゃんとしては、本当はどう思っているのか、ついぞ口にすることはありませんでしたが。
二人のぶつかり合いは、予想と期待に対して、そう長くは続きませんでした。
硬いもの同士がぶつかりあって、ぎりりとつばぜり合い……押し合いへし合いが続くのかと思いきや。
「……うわぁっ!?」
のっちゃんが、すかすように後ろへと倒れこみ前傾姿勢となった赤髪の少年を包み支えるように甲虫たちがまとわりついたかと思うと。
そのまま、巴投げの容量で足をお腹に添えて、そのまま驚きの声を上げる少年を、のっちゃんが投げ飛ばしてしまったからです。
「うわ、きれいっ」
その、洗練された技(実際は何回も試行錯誤があったのかもしれませんが)に、ヒロさんが感嘆の声を上げます。
「確かに、さすがのっちゃんね~」
一方でよっし~さんは赤髪の少年を投げ飛ばした後ののっちゃんのフォローに感心しているようでした。
投げ出されたその先には、学園のレンガ壁があったのですが、それに叩きつけられる前にやわらかい羽を持つ虫たちがその衝撃を吸収したのを見ていたのでしょう。
「うぉああっ、やられっ……てへん?」
そのまま、支えホバリングしてゆっくり優しく下ろす所までが正にのっちゃんクオリティ。
「もう。襲いかかってきた相手にまでやさしいんだから」
マナさんが、そうやって呆れたようにぼやくのまでがセットでしたが。
のっちゃんはそこで止まることはありませんでした。
「トゥェル、頼む」
「……きたた。ひさぶりのでばん」
「は~い、いってらっしゃい」
「むうぅっ、ずるいぞっ、あたしにも出番~っ」
「……」
恐らくきっと、こうして俯瞰……一歩下がって見ていると、のっちゃんのその一言だけで幾度とない繰り返しがあったことがよく分かってしまって。
それを共有できないことに歯がゆさを覚えましたが。
「ほぁっ、つくも、九十九神がこんなぎょーさん! って、ちょ。なんや。天使、妖精はん、ヴァルキリー? ちょ、ちょっと堪忍なぁっ!?」
ではちょっと失礼しますと。
オーヴェ……トゥェルさんは、それまで半目であった瞳を珍しくかっと見開き、それでも眠たそうな緩慢な動きで。
何だかちょっとなまっている赤髪の少年ににじり寄っていきます。
それでも、抵抗の素振りを見せないのは、きっとのっちゃんと同じで紳士……優しい心を持ち合わせているからなのでしょうが。
トゥェルさんは、そのままむくむくの手を伸ばし、赤髪の少年……ではなく。
少年を包み込み翼を生やし守っていた、鋼鉄の鎧とはちょっと違うのかもしれませんが、おもむろに躊躇いなくぺたぺた触れます。
「ちょいつめ、ままよ。いきます」
「えぇっ、魔力っ!? な、なんっ」
赤髪の少年は、魔力と口にしましたが。
それこそ、日がな文句を口にしているルプレと比べても忘れ去られるほどに出番のなかった、
のっちゃんの三番目のギフトにしてオーヴェに与えられし能力、【ラブシック・メイズ】です。
今でこそオーヴェはトゥェルさんの意志、記憶を引き継ぎトゥェルさんとしてよっし~さんのそばにいますが。
このギフトはそもそも記憶や思い出を与えたり、受け継いだりするものなのです。
「……ん? そうか、なるほど。そこにいるんだな」
ルプレがはたと気づいたように。
オーヴェが与えるのは。
わたくしたち、のっちゃんのこれまでの記憶です。
どうやら、赤髪の少年が装備しているジェット付きの羽には、わたくしたちと同輩な、意志、魂の卵めいたものが潜んでいるようで。
心を持つほどに愛された健気な彼女(予想ですが、間違ってはいないでしょう)は。
よっし~さんの故郷にてのっちゃんが引き継ぐこととなった、新しき『災厄』の気配に気づかれたのでしょう。
そこに、のっちゃんの『挑発』スキルまで加わって。
彼女にしてみれば、のっちゃんは主を守りつつ絶対倒さなくてはならない不倶戴天な敵に見えていたのかもしれません。
故にオーヴェは、紛らわしいけど勘違いですと証明するために。
のっちゃんのこれまでの活躍を伝えんとしているわけで。
「んー……こんなものかな。うゅ、ねむい」
トゥェルさんは、ひとしきりギフトを発動すると。
満足するようにひとつ頷いて。
あくびをし、そのまま踵を返して終の棲家、よっし~さんの規格外なお胸元へとかえっていきます。
シャイすぎるのっちゃんと違って、案の定それを目で追いつつ赤髪の少年は感嘆の声を上げていましたが。
その頃には、せわしなくがしゃがしゃ動いていた羽も、ゴゥゴゥ鳴いていたジェットも大人しくなっていて。
ぼふん! と。
音を立てて真白の煙が、赤髪の少年を覆っていって……。
(第百十三話につづく)