第百十話、真白の姫は、めざめて印象が180度変わる。それこそのっちゃんが逃げ出すくらいに
「……うん。主さまがたまらず逃げ出すの、分かるわぁ。ぶりぶりぶりっ子は距離が近すぎて逃げたくなるタイプで、よっし~さんはどこもかしこもダイナマイトでやっぱり逃げ出したくなるけど。この子はなんて言えばいいのかなぁ、視界に自分が入るのが申し訳なくなって逃げ出したくなるカンジだな」
「確かに少し、近寄りがたい雰囲気はありますね。こうして眠っていても高貴さというか、神秘さというか、身に纏う【光】の魔力がそう思わせるのでしょうか」
ルプレのやけに細かくて詳しげなその言葉は。
正しくものっちゃんの心の本音を体現していると言えるでしょう。
触れたらその瞬間、壊れて儚く消えてしまいそうな空気感。
そこだけ花々の咲き誇る天然のベッドで眠る彼女を見ていると、とてもじゃありませんが一撃滅殺な拳が不意に飛んでくるようには見えません。
「……よ、よし。ここは覚えたてのあたしそのものでもある【リアル・プレイヤー】に新しく実装された機能を使ってみよう」
「ほほう、新しい機能ですか。結局あまり使われていないマップ機能関連ですか?」
「おぉい、そゆこと言うなよぉ。だからこそ今お披露目するんだろがい。あたしだって、少しは役に立つこと、見てもらわないと」
そんな風にちょっぴり嘆きつつもルプレは。
何やらむにゃむにゃ唱えてから、レベルが上がったことで新実装されたと言うのに、のっちゃんにはあまり響かなかった薄青のウィンドウを呼び出します。
「ほら、これ。アラーム、スヌーズ機能」
「あら、一体何のためにこのようなものが」
「たぶんあれじゃね。ダンジョンとかを攻略するのに泊まりになったりして、ダンジョン内で寝たりすることもあるじゃん? そういう時の目覚ましとか、魔物が来た時の警報とかに使うんじゃないかな」
「成る程、です」
まぁ、ご主人さまがダンジョンを攻略するような展開になって、そんな時に使ってくれるかどうかはまた別問題ですが。
ルプレ自身は二分の一でデッドエンドな結果をもたらす、自分ひとりでは役に立たないどころかマイナスにしかならないギフトだって悲観に暮れていたのでみなまでは言いません。
ただ、実際は冒険を現実のものとして楽しむためのあらゆる機能が実装されている、とっても便利で素敵なギフトなのです。
得意げに胸を逸らし自分自身を自慢するルプレを、微笑ましく見守っていると。
それに気づいたのか、それでも気づかないフリなどして。
早速とばかりにその新しい機能、能力を発動しました。
「……おや、これは」
アラーム、と言うことでしたから目覚まし時計にありがちな金属を打ち鳴らす音が響きわたるのかと思いきや、金属は金属でも金色白銀色な金管楽器によって奏でられる、正にめざめに最適な軽妙なメロディで。
「あたしが……っていうか、主さまが大好きな音楽だよ。お姫様のめざめに相応しい……かどうははあれだけど、悪くないだろ?」
「そうですね。無機質な金属のものよりよっぽど素敵です」
その、爽快で勇壮なメロディ。
眠り姫だけど実は『お転婆な』彼女によく似合っている感じがするのは確かでした。
きっと、そのめざめはきっといつもより良いものとなるでしょうと。
そのまま二人で眠り姫な彼女を引き続き少し離れて見守っていると。
そう時間がかかることもなく、その長い長い白銀の睫毛が震えたかと思うと。
予想に違わない大きさの、だけどさっきまでとも、イメージとも違った黒い瞳が顕わになって。
そこに意思の光が然と灯り、遠目で伺っていたわたくしたちをきっかり見つけ出したのでしょう。
手をついた様子もないのに、常在戦場のごとき身のこなしで、純なる真白に染まりし姫のごとき彼女が飛び起きたではありませんか。
「……っ、おはようございますっ! 妖精さんとお人形さん!」
「うどわぁっ、びっ、びっくりしたぁ」
「ちょっ、ルプレっ。わたくしの後ろに隠れないでくださいよっ」
すごい速さでわたくしたちのことを捉えたその黒曜石のごとき瞳の動きが、怖かったのでしょう。
ぴゃっと声を上げてわたくしを盾にしようとするルプレと場所の取り合いをしていると。
やっぱり少し見た目の印象とは異なる、快活で礼儀のしっかりしていそうな声が響きます。
「わたしの暴走を止めてくれたのはあなたたち……じゃあないですよね? あ、申し遅れましたっ。
わたしはヒロ。ジャスポース学園に通う生徒です。よろしくお願いしますね」
「これはこれはご丁寧に。わたくしはご主人さまのしもべがひとり、マインと申します」
「あたしはルプレ! なんだ、やっぱり寝てた時とぜんぜん違うなぁ、あんた」
やはり、先程までの彼女はその身に秘められし何らかの力を、制御できずにいたのだと見受けられます。
あるいは、たまりにたまっていた力を、ああして吐き出していたのかもしれません。
それでも、ある程度は意識はあったらしく、その暴走を結果的に止め、発散につきあってくれたのがのっちゃんであることも分かっているようで。
「ご主人さま。……その方がわたしの面倒ごとにつきあってくださった方ですか?」
「おぉ、そうだぜ。主さまってばあんた……ヒロさんがあんまりにもお姫様みたいでかわいいから、逃げちゃってさ。それであたしかわりにヒロさんの相手をすることになったんだ」
「え? かっ、かわいいだなんて、そんなっ」
ルプレの主観にすぎない、だけどしっかり真実をついているかもしれない言葉を、臆面通り受け取って。
生真面目そうな顔を真っ赤にするヒロさん。
これだけ容姿が整っていれば、そのようなセリフなど聴き慣れすぎているのかと思いきや、そうでもないご様子。
そう言えばマナさんやよっし~さんもそうでしたね。
実際問題、のっちゃんがそんなセリフを口にするはずがないのですが。
言われてテンパって真っ赤になって拳や魔法が飛んでくるのが目に浮かぶようです。
わたくしからすれば、嘘でしょう? と言いたくなりますが。
今こうして最適解……のっちゃんがこの場にいる理由が、ルプレが言うようなタイプだからなどではないのは。
続くヒロさんの言葉で直ぐに分かりました。
「いつもは精も魂も尽き果てて瀕死状態にまで落とさないと止まれないんです。それはそれでいいトレーニングにはなるし、超回復も望めそうなので、それも修行の一環だと思えば、なんて思っていたんですけど。こんなにも穏やかな目覚めは初めてなんです。よろしければまたお付き合いを……じゃなかった。わたしったら、まずはお礼を。感謝の気持ちを伝えなくてはいけませんね」
「あー、なるほど。だから主さまってば……」
どうやらヒロさんは、このような儚い真白なお姫様な見た目で、『ちからこそパワー』的なタイプのようです。
効率のいい修行ができると。
それを受け止めることができるのはのっちゃんしかいないのだと思われているようで。
「いえいえ、ご主人さまはなにか見返りを求めているわけではないので。お気持ちとお言葉だけ受け取っておきます、とのことです」
「そっ、そうですか。……でも、それじゃぁわたしの気が済みません。そうおっしゃらずに何かわたしにできることはないでしょうか」
やはり、純粋で真面目っ子なのか、嘘はつけないらしく。
あわよくば修行に付き合って欲しいといった感情が透けて見えて。
はてさて困った、どうしましょうかと。
わたくしは、ルプレと顔を突き合わせます。
(あぁ言ってるけど、どうすんだ?)
(こればかりはご主人さまに伺ってみないとなんとも。あ、でも。そうですわ)
下手を打たなくても『死に戻り』してしまう可能性の高い修行に付き合うかどうかはともかくとして。
せっかくですからこの世界、学園までの案内、あわよくば天使さまの居場所、ご存知ないか聞いてみるのはどうでしょう。
そう思い立ち、まとめつつ。
二人して頷き合うと、改めてヒロさんへと向き直ります。
「あの、ヒロさんはジャスポース学園の生徒さんなのですよね。わたくしたちはその学園に通っている天使さまに御用があるのです。ヒロさんはご存知ありませんか?」
「つっても、羽の生えてるのはいっぱいいそうだよな。ええと確か……とりうみ、だったか。天使のお母さんの苗字って」
「う~ん。有翼種の方でとりうみさん、ですか。有翼種の方は多くいらっしゃいますが……基本、この世界の、ジャスポースに通う生徒たちは、故あって異世界から集められているとのことなので、本名を名乗る方は少ないんです。……少なくとも、わたしは聞いたことないですね。もっと他に特定できそうな身体的特徴などはありませんか?」
「あー、そっか。ええと、娘さんなんだからお母さんに似てるかな。……ってか、それ以前にそういや名前聞くのすっかり忘れてたぜ?」
「亜麻色の髪とブルーベリィの瞳、でしたか」
「亜麻色? クラスにも何人かいますが。……そうですね、一度戻って調べた方がいいかもしれません。現状、1000人ほどの生徒が集められているようですので」
天使のお母さんこと春恵さんやシャーさんは、行けば分かる的なニュアンスでしたが。
やはりそう簡単にことが運ぶことはないようで。
「それでは、まずは学園まで案内しますよ」
ちょっと遅め、とのことですが。
この世界に訪れる人は、そのほとんどが生徒として学園に通える資格を持ち合わせている、とのことで。
そうまで言われてしまえば仕方がないと。
恐らくは、なんやかや理由をつけて逃げ出そうとしているでしょうのっちゃんをどう呼び戻すべきか。
なんて考えていると。
言われなくとも、とばかりにこちらへ近づいて来る複数の気配。
恐らくは、いつまでたっても変わらずに逃げ出そうとしていたのっちゃんと。
のっちゃんを探して結局降りてきてしまっていた、マナさんたちと鉢合わせしてしまったのでしょう。
ルプレの言うところの、ぶりっ子さんとダイナマイトさんに追い立てられて。
ほうほうの体でのっちゃんがまろび転がってくる。
そんな光景を幻視したのも束の間。
しかし天然の、少しばかり開けた花畑へと足を踏み入れたのは。
のっちゃんではなくマナさんその人で……。
(第111話につづく)