第十一話:どうしようもない彼は、ヒロインの決死の決意に気づけない
よっし~さんに促され、やってきたのはガラス張りに部屋があった地下、病院の待合室のような横長の椅子がある場所でした。
人がいれば、賑やかで憩いの場だったのかもしれませんが、地下独特の暗めのリノリウムがなんだか静寂を助長している、そんな場所です。
「あなたたちの故郷と違うところはいくつもあるのかもしれないけれど。私たちの世界の特徴としては、『曲法』と呼ばれる力を人間が持っていて、人間を……その社会を滅ぼさんとする『世界』に立ち向かった、と言うところかしら」
間延びする事はなくなりましたが、よっし~さんの語るものは、全てが過去形でした。
嫌な予感しかしないマナでしたが。
流石に空気を読んでのっちゃんも聞き入っていたので、大人しく先を促します。
「たぶん、この世界の人間は増えすぎたのね。人を滅ぼしかねないいくつもの災厄が私たちを襲ったけど……そのおかげか人は進化したの。基本的の人の想像できる事ならなんでも再現可能な力をね。もっとも、それを扱える何故か芸術に秀でたものばかりだったけど」
ちなみに、私は歌が得意なの~と笑うよっし~さん。
そんな言葉の合間の補足一つとっても、悲しみのようなものが滲んでいて。
のっちゃんの無意識による星飛ばしも、その場を和らげてくれることはなく。
「想像できるものなら……だからこそ、だったんでしょうね。『世界』がその力に目をつけたのは。私たちの暮らしに降された7番目の災厄。通称黒い太陽。ここからそう遠くない場所に落ちたそれは、考えたくもない多くの命を奪ったわ。ちょうど、その場所で愚かにも能力者同士が抗争をしていたこともあって、多くの有能な能力者の命が奪われた一方で、生き残った能力者たちが、皆一様に疑われる事になったの。
世界を破滅させる首謀者が、そこにいるんじゃないかって」
一気呵成な語り口は、まさにその全てを身を持って体験してきたように見えました。
淹れてもらったお茶をよっし~さんが口にしたのにつられてのっちゃんが一気飲みするくらい手に汗握っている事からもそれが分かります。
「その首謀者ってのは……」
「時間もかかって紆余曲折あったけど、最終的には見つかったわ。首謀者を探る能力者の集まり、『喜望』と呼ばれる派閥だったんだけど、その頭が優秀でね。首謀者を暴き追い詰める所まではいったのだけど……」
マナの問いかけにだんだんと重く、沈んだ様子で答えるよっし~さん。
そこには、様々な感情がこもっていました。
語らずとも彼女が、その集まりに参加していた……マナの言うお話の登場人物であったことがよく分かって。
「首謀者は、私たちのリーダーにとって唯一の天敵だったの。結果的に、二度目の黒い太陽がこの世界に落ちる事になって……もう、この喜望の元本社ビル以外に、人が生き残っているのかもわからないくらい、
世界そのものがダメージを受けたの。皮肉なものね。自分を守るために災厄を起こしたのに、それが自らに返ってくる羽目になったのだから」
測りきれない自棄と、世界に対して降りた溜飲。
よっし~さんは、その結果を既に受け入れているようでしたが、全てが終わってからここに来る事となった二人……厳密に言うと、事の重大さをのっちゃんが理解していないようなので、マナ一人になりますが、
彼女にとってみればはいそうですかとそのまま受け入れる訳にもいかない話題で。
「ちょ、ちょっと待ってください。その言い方だと、この世界って……」
「ええ。ちゃんと調べたわけじゃないから絶対とは言い切れないけど、遠くない未来に崩壊が始まると思うわ~。ここにも地下シェルターがあるけど、それで助かるかは疑問ね~」
焦って滅亡するんですか、などとストレートに言えなかったマナに対し、すっかり全てを諦めたのだと主張するみたいに、間延びしたよっし~さんのにべもない言葉が返ってきました。
それはつまり、のっちゃんの道行きに制限時間までもが加えられた事を意味していて。
ならば、これからのために何を聞いて行動すればいいのかとマナが考えあぐねていると、更に続けたのはよっし~さんでした。
「まぁ、この世界の現状についてはこんなところだけど、異世界から来たって言うあなたたちは故郷に帰りたいのよね。何か当てはあるの~?」
帰るのは、終の結果であって例え話を聞いているだけののっちゃんに自覚ゼロだとしても、一応目的はあるのですが。
流石にそれをストレートに口にするのは如何なものかと、とりあえずマナはよっし~さんの言葉に首を振ります。
「異世界からのひとが、あなたたちが初めてじゃないってのは話したと思うけど……少し前までね、天使の暮らすお屋敷があったのよ。何でも、その天使の力を使えば時空を超えて別の世界に行けるらしいわ。私は体験したわけじゃないから、今どうなってるのかわからないけど、行ってみれば手がかりくらいはあるかもね~」
気の置けない気さくな間柄であったのなら。
それまでいい意味で聞き役に徹していたのっちゃんとしても、天使なんていうのっちゃんの人生にとんと縁のなかったワードについての反応があったところでしょう。
よっし~さんのどこか気を抜けた言葉は、のっちゃんの今後の選択肢を広げる重要なものだったのですが。
マナ任せで右から左であったのっちゃんは、話が終わったらしい事を受けて。
何か言え、そしてまとめろ……とばかりにマナを見ていました。
それも、慣れない女性相手だったから、仕方が無かったとも言えます。
ようやく慣れてきた気がしなくもないマナとは違い、普通にしていても目のやり場に困る(ダイナマイトボディ的な意味で)よっし~さんを、苦手にしていたのですから。
そんな事は露知らず、先の道行きへの手がかりを得られそうな事にほくほくしていたマナは、この世界(物語)の主要人物であるらしいよっし~さんとのっちゃんとの仲をいかに深めるべきかを模索していました。
愛と情を得る事が、世界脱出……クリアの必須条件。
とりあえず、その天使のいるお屋敷とやらの案内をよっし~さんに頼めないだろうかと。
マナは笑みを一つこぼし、内心でそうまとめつつ答えます。
「その天使さんの屋敷? 場所って分かります? 外にいるモンスター……はぐれファミリアでしたっけ……も怖いし、よっし~さんに案内してもらえると、助かっちゃったりするんですけども」
かと言って、これはよっし~さん側にメリットなど何もありません。
代価をと言われたら考えなくてはなりませんし、そもそも果たしてのっちゃんの事をよっし~さんが好いてくれるか、というのが問題なのです。
少なくとも、今までのやりとりを見て惹かれる要素があったら、マナ自身が聞きたいところでしょう。
こうなってくると、よっし~の善意だけが頼りです。
ここに来て声をかけてくれた時点で、一縷の望みはあるのかもしれませんが……。
「ふふっ。少なくともマナさんは外の有象無象など、どうとでもなりそうですけどね~」
「いやいや、そんな滅相もない」
流石物語の主要人物。
それくらいの事は分かってしまうのでしょう。
しかも、あまりのっちゃんの存在が入ってきていない様子。
従者か……あるいは人型のファミリアか何かだと思われている可能性もあります。
今の所はちょっと厳しいかも、だったらどうしようかと再びマナが考えを巡らせた時。
のっちゃんがふいにそわそわしだしました。
明らかに何かに不安がっています。
どうかした? とマナが問いかけようとして。
「……ごめんなさい。本当なら案内してあげたいところなんだけど、どうやら『来た』みたい」
「来た? 一体何が……っ!?」
来たのかと、マナが誰何するよりも早く。
細かな……地震にも満たない間断のない揺れがマナを襲いました。
「過去の災厄の一つよ。虫の大群。中にははぐれファミリアが混じっていて、統制して人の住処を襲ってる。……成り行きだけど、一応これでも『喜望』所属の社員だから、ちょっと行ってくるわね。地上で迎え撃つから、あなたたちは地下にいて。確か、地下からの脱出口もあったはずだから」
語尾を伸ばさず、淡々と述べるよっし~さんの言葉に、感情はありません。
もはや、慣れ、義務と化し、幾度となくあった事なのでしょう。
マナ達が、『はい、いいえ』を口にするよりも早く、よっし~さんは駆け出していってしまいました。
その場には、ただただ言葉を失う二人が残されて。
その時です。
久しく忘れていた、デッドオアアライブを迫る、青いウィンドウが出現したのは。
「うわっ、このタイミング? なんて書いてある?」
自分だって見えるはずなのに、そう言ってずいっと身を寄せてくるあたり、マナらしいと言えばそうなのでしょうが。
「……えっと、喜望ビル防衛戦に参加する。または災厄【ノーマッド・レクイエム】から逃れ、喜望ビルから脱出するって書いてある」
これはつまり、逃げる事も戦う事も50パーセントで失敗する、と言うことでもあって。
「なんとなくそんな気はしてたけど、選択肢に逃げ場がなくなってきたわね。でもまだ、諦めるには早いわ。よっし~さんも言ってたじゃない。戦うのも逃げるのもダメなら、ここに留まっていればいいって」
どうよ、とでも言わんばかりのマナのどや顔。
思わずのっちゃんもそう言えばそう言われていたっけと納得してしまうほどで。
「厳密に言うと、今いる場所より下だと思うのよ。このあたり、吹き抜けであまりシェルターっぽくないし。わたしはよっし~さん手伝うなり、ここから先は行かせないよ的なポジションやるから、下の方見てきてくれる? ……あ、ただし。脱出口とか偶然見つけちゃっても、一人で行かないようにね。致死率50パーセントなんだから」
「……え? あ、おれ一人でいくのか?」
一緒にいて欲しい、一人にするなと言いたいのでしょうか。
あるいは、なんでおれがそんな事しなくちゃいけないの、とか。
ニュアンスの取りようでいくつもの意味がありそうなのっちゃんの返事。
いやだ、おれも一緒に戦うよ。
なんてそれっぽい言葉がのっちゃんの口から出ないだろう事はわかりきっていたので。
マナは念を押すように頷いて見せた後、一人で行かなくてはならない事を説明する事にしたようです。
「もちのろんよ。聞いた感じ、今起きてる災厄ってのは、虫の大群系のパニックムービーとかにありがちなのだと思うの。せめて地上階との階段を塞がなきゃ、ここまで押し寄せてくるかもしれないわ。そうしたら自動的に防衛戦に参加するって方向に選択肢が動くんじゃないかしら。……選択肢、消えたわけじゃないんでしょ?」
問いかけられ、気の利いた言葉も出ずに、こくこくと頷くしかないのっちゃん。
「それじゃあ話はまとまったわね。急ぎましょ」
そして、のっちゃんが余計なことを考えないうちにと、さっさと話をまとめマナが踵を返そうとした時です。
上階から、怒号のような騒ぎとともに、恐らくは避難しに来たのでしょう、
幾人もの人たちがやってくるのが見えました。
「のっちゃん、急いで! たしかここ、地下10階まであったはずだから!」
知らない人波にのっちゃんが紛れたらロクなことにならない。
そんな事話した事もないのに、マナは当然のように理解しているようで。
幸いにもすぐ近くにあった空いているエレベーターのようなものを指さしました。
「お、おぉわっ」
それに頷こうとして、体当たりされる勢いで箱の中に押し込まれるのっちゃん。
途端、いくつもの星がきらきらと舞って。
「んじゃ、気をつけて。ちょっとの辛抱だから」
「ち、ちょっ」
お前はおれの親かよっ。
もう少し付き合いが長ければ、そんなツッコミも返ってきたのかもしれませんが。
それでも言われた通り10階のボタンを押したのか、のっちゃんが何か言い終えるよりも早く、エレベーターの扉が閉まって。
「さぁ、ちょっと頑張っちゃおうかなぁ。よっし~助けにいかないと」
気丈、あるいは余裕、超然でしょうか。
その時、マナの顔には確かに笑みが浮かんでいました。
それはきっと、少しでものっちゃんの役に立てると、一体どこから生まれたかマナ自身も分かっていない喜びから来ているものなのかもしれなくて。
たとえ、それが無駄になるかもしれないってわかっていても。
彼女を否定できるものは何もなく。
邪魔できるものも、のっちゃんを除いては誰もいないのでしょう。
そんなマナにのっちゃんが気づくのはいつの日か。
先はまだまだ、長そうです……。
(第12話につづく)