第百六話:死に戻ってなかったはずになって、取り残されてしまったことを知るのは戻る本人のみで
その先にいるのが、マナかどうかは定かではありませんが。
ルプレとマインの言葉を耳にしてすぐ、のっちゃんは自分でも驚くくらいに迅速に。
適性がひしめくであろう場所へと駆け出していました。
「おおい、この先でっかい赤点たくさんなんだぞっ。このままじゃ『死に戻り』しににいくようなものじゃんかっ」
たとえ、その先にいる黄点の人に何かあったとしても。
最悪のっちゃんが『死に戻り』してしまえばなんとかなる。
そうストレートに口にしたわけではありませんでしたが。
しかし、そんなルプレの言葉に対し、返ってきたのはのっちゃんにしてみればその見た目のごとき苛烈にすぎる、珍しくも怒ったような声でした。
「望む……所だっ! 【精霊化】っ、モード【ボレロ・アンフラメ】っ!!」
恐らく、のっちゃんはそうやって危険から遠ざかり逃げることで失い、置き去りとなった人たちのことに気づき、思い出していたのかもしれません。
心配はいらない、とばかりにわたくしたちを内なる世界へと引っ込めて。
溶岩の魔人と化したのっちゃんは駆け出してゆきます。
「相変わらずご主人はやっ。溶岩魔人になってるのに草木が燃えていないのは、あれかな。あのキラキラなご主人のかけらのせいか?」
「異世界の自然にまで気をつかっていらっしゃるということですか。このような溶岩の化身となっても、しっかり自我が……能力のコントロールができるほどなのですから、さすが。と言わざるをえませんね」
星の虹砂をばらまきながらまだ見ぬ世界へ一歩踏み出し、荒々しく駆けていくさまは。
それこそ精霊めいた超常の存在であるともはや疑いようもなく。
のんきにのっちゃんのうちなる世界の瞳の奥、住人となったわたくしたちはそんなやりとりをしていたわけですが。
そんなのっちゃんに慣れきってしまっている……のっちゃんの分け身であるわたくしたちは。
畏怖を体現したかのような炎、あるいは溶岩の精霊のごとき御姿をしたのっちゃんを初めて目の当たりにした人……この世界の人たちにしてみれば、どのように映るのかすっかり失念していました。
シャーさんや天使さまのお母様も、のっちゃんがマグマの魔人となってやって来るなんてことは。
さすがに天使さまにお伝えしていなかったと思われますし、中の人と化してしまった以上、のっちゃんのある意味おどろおどろしく威圧的で憤怒を体現したかのような姿を、妖精的なわたくしたちが出しゃばって緩和することも叶わない状態です。
故に、黄点……味方的立場であろうどなたかを囲むようにして集っている大小さまざまな赤点の方たち。
まるで動物園か、その手の図鑑か何かのように種類様々。
見た事があるものからないものまで、無数の魔物さんたちがのっちゃんの威容に気づいて。
恐れおののいたかのか、そのほとんどが蜘蛛の子を散らすようにして逃げていくまで。
ルプレの選択肢のひとつ……『川を下っていく』ことを選び、行き着く先がハズレのデッドエンドである事に気づけませんでした。
『……天使、なのか? いや、しかし。翼の見た目やつくりが違う。人ちが……なにっ!?』
『あああああぁぁぁっ!!』
夥しい赤点、その中心には。
のっちゃんがそうこぼすように。
長い長い真白の髪の、制服めいた外套を羽織った。
背中に光でできたかのような翼をもった、マナやよっし~さんに比べれば年下に見える、それはそれは美しい息をのむほどの美少女がいました。
通常ならば目が合うか合わないかのところで、のっちゃんならばすぐさま逃げ出してしまうだろう可愛い子です。
マナやよっし~さんにも、未だ心を開く……慣れきっているわけではありませんが。
何だか目の前にいるだけで申し訳なくなってくるくらいですから、そんな彼女のどうしようもないくらいの美人さんっぷりがよくわかります。
しかし、のっちゃんはその背中にある光でできているらしい翼のようなものに目が止まり、逃げ出すことだけは何とか思いとどまったようで。
それこそが、失敗であることに気づいたのは。
そんな彼女の意識が、意志がどこかへ飛んでいってしまっているとお見受けする、焦点の合わない黒い瞳と。
鬱憤を晴らすかのような、淀みを吐き出すかのような、彼女にはどうしたって似合わない叫び声を叩きつけられたその瞬間でした。
事実、彼女は赤点……魔物たちに襲われていたのではなく、その魔性の魅力で彼らを惹きつけ、狩る側だったのでしょう。
予想外の闖入者であったのっちゃんが現れたことで、吸い寄せられるようにして集まっていた魔物さんたちの輪がとけてしまって(恐らく、正気に戻って逃げ出していった形なのでしょう)。
彼女は、せっかくの獲物が逃げていってしまったことに対し、不満を訴えていたのかもしれません。
『あああぁぁぁぁっ! 【ウィルオ・ナックル】っ!!』
のっちゃんが驚愕の声を上げた時には。
そのような力込められし魔名とともに膨大な……太陽のごとき熱をはらんだ光の塊が、彼女のその小さな拳に集まっていて。
わたくしたちが危機を察知しのっちゃんへ伝えようとするよりも早く、その光の拳はのっちゃんのどてっぱらに突き刺さっていて。
「わわぁっ!? 視界がぁっ。マイン! 早くギフトをっ!!」
「もうやっていますわ!」
そんな、てんやわんやな心うちのことなど、知る由もなく。
だけどのっちゃんは声を上げることもなく、バラバラになってしまいました。
……いえ、正確には魔を滅し消滅しかねないその光を、いなし流すようにして。
わたくしの力をもって自壊させた、と言うのが正しいのでしょう。
文字通り視界も奪われてしまったため、偶然やってきた罪のないはずののっちゃんを壊してしまった、彼女のその後は気になるところではあります。
今まで引き寄せ、狩ってきた魔物の一体にすぎないと、気にもとめないのか。
罪のない人間の命を奪ってしまったことを、ずっと悔み続けることになるのか。
わたくしですらそう思ったのですから、きっと間違いなくのっちゃんもそう思ったことでしょう。
それから、何度繰り返すこととなったのかは、わかりませんが。
川を下るといった選択肢が、デッドエンドであることを分かっているはずなのに。
のっちゃんは、マナやよっし~さんの元へ戻る選択肢を選ぶことはなく、ただひたすらに真白の少女へと向かっていったようなのです。
わたくしが、ルプレの力も借りて……【スターダスター・マイン】により『死に戻り』のバーゲンセールのような振る舞いの最中には。
わたくしたちが気づけないだけで、マナさんたちのところへ戻る周回もあったのでしょう。
しかし、ここからはあくまでわたくしの予想ですが。
その選択肢を選んで『死に戻る』事態は回避したものの、のっちゃんがやり直したいと思ってしまうような何かがあったのかもしれません。
とにもかくにも何か思うところがあって、ひたすらに真白の彼女に挑んでいったのは。
たぶんきっと、のっちゃんにとってみれば。
もはや理由など二の次で、意地のようなものだったのかもしれません。
そんなわけでして、恐らくは3けたは繰り返したであろうその後。
当たり前のように川を下る選択をして、マグマの魔人……ではなく、虹を蒔き走るのっちゃんに対して違和感というか、きっと何百回と繰り返した結果なのだろうと最初に気づいたのは、ルプレでした。
(第107話につづく)