第百一話:満を辞して、一番目と二番目なんて決められないヒロイン登場
「う~ん。シャーさんってば、そんなひとじゃないって、言い切れないのが正直なところなのよねぇ~」
そんな、内々なメンバー紹介をよりにもよって地の文でしていると。
緊張感があるようでないような、そんな呟きを発したのは『よっし~』さんでした。
結果的に見れば。
紆余曲折あって心動かされて(オーヴェの力による部分も少なからずあるとは思いますが)のっちゃんと共に在ること……まぁ、今回の場合、よっし~さんとよっし~さんの故郷の事情に、流されるまま逆らえず、付き合うことになったのは、のっちゃんの方だとも言えますが。
今現在オーヴェが扮している、そのものになっている『トゥェル』さんを、その心を救い上げたことにより、異世界冒険に、いっしょに同行してくれることとなったよっし~さんは。
翼はあるけれど、オカルティックな人形よろしく念動的な力でねむみに負けつつも、浮いていたオーヴェをひっしと捕まえつつ。
たわわと言うにはあまりにも暴力的すぎて、未だにのっちゃんがまともに顔を合わせられない理由となっている胸元にかき抱きながら、辺りをもの珍しげに見渡していました。
黒髪ボブの、かつてはアイドルっぽいアーティストとして活躍していたのが分かる、同じく黒色……黒真珠のような大きな瞳。
女性らしい包容力に富んでいて、むっつ……そう言うこともあまり表に出さないようにしているのっちゃんですら、目を見張るどころか、やっぱり直視できないほどの美少女っぷりではありますが。
「……って、ここまで色々と苦心して助けてもらっておいて、結構ひどい言い草じゃないか?」
直視さえしなければある程度ツッコミができるくらいには、のっちゃんも慣れた……心を開いているようです。
わたくしたちも含めて、マナに対してもまともに会話できるようになるまで時間がかかったっていうのに。
そんなマナが密かにハンカチを噛むくらいには、のっちゃんとよっし~さんの相性が良さそうなのは確かで。
「いやや、ここまで大それたことができるからこそ、なのよ~。わたしも諸悪の根源だとか思ってるわけじゃないけどさ。何があっても遠目で見守っているだけっていうか、蚊帳の外感を出してる感じがね、ずるいって思っちゃうのよ~。加えて言わせてもらえば、わたしの大親友のひとりのこと、憎からず思っているはずなのに、随分冷たいっていうか、すげなくしてるっていうか……仕事人間なのかしらねぇ。あの娘、見ていて可哀想だったもの」
「お、おお。そ、そうか。それじゃあ仕方ない……のか?」
そんな二人がお互いに愛称呼びなのは、仕様です。
真名を知ることで、お互いだけで完結しないように……例えるなら、告白されたら終わってしまうから、なぁなぁでいたい。
自分で言っていてかえってよく分からなくなってきましたが。
とにもかくにも愛称呼びができるくらいには心の襟元を開けるようになっていることは。
物語の進まなかったのっちゃんにしてみれば、大きな進歩、といったところでしょうか。
慣れてくるというか親密度が上がってくると、ある程度は饒舌になってくるのっちゃんに対して。
2倍、3倍返しとなって、今の今まできっと溜めに溜めていたらしき、シャーさんに対しての愚痴が返ってきます。
余計なとばっちりを受けたらたまらないというか、やっぱり『そういうこと』に疎いのっちゃんとしては、そんなおざなりな台詞しか出てきようもなかったわけですが。
きっと、聞いてもらいたかっただけで。
そこから特に議論が白熱するような返しは必要なかったのでしょう。
ある意味運良く、珍しくも空気を読むことに成功したのっちゃんでしたが。
そんな空気を振り払い打ち破る……と言うわけでもないのでしょうが。
何故か、わたくしたちとは一拍遅れて、魔法陣の向こうから飛び出してきたのは。
のっちゃんとわたくしたちと、一蓮托生になった最後の一人、マナでした。
のっちゃんの、初めての異世界転移の時から、謎の水先案内人を名乗り、のっちゃんを追い掛け回し……失礼、追い求めてきていた少女。
規格外なよっし~さんには及ばないものの、トランジスタグラマーを地で行く、金髪ロング碧眼といった、ベタだけどストライクゾーンを外すことはないだろうといった、これまた美少女さんです。
フルネームどころか、『マナ』といった名前が本名かどうかも実の所定かではありませんが。
どうやらマナは、前世……故郷でのっちゃんのことをよくよくご存知の様子で。
だけど、分身のわたくしたちに彼女の記憶はなく。
当ののっちゃんときたら、知らないって言うなら知らないんだろ、だなんて。
あきらかに本意ではないすげない感じで。
ある意味よっし~さん以上にのっちゃんに懸想しているのがわたくしたちから見れば丸分かりなのが。
かえっていたたまれないというか、けっして口には出しませんが、何だか申し訳ありませんと思わずにはいられないわけですが。
「よいしょうっと! って、あらら? わたしが最後なの? というか異世界転移にありがちな人っ子一人いない深い森の中ってやつかしら。この場合新しき世界の洗礼というか、チュートリアルな感じで野良モンスターとか出てきそうじゃない?」
「モンスターっ!? 前の世界のファミリア、紅さんみたいなヤツか? こっちにもいるのかぁ」
「そりゃぁいるでしょう。だってシャーさん、勇者だけ英雄だかを育む魔法学園があるって言ってたじゃない。そう言うファンタジーな学園モノに、モンスターとのバトルとラッキーなスケベはつきものでしょ」
「……ああ。そう言えばそこに天使、いや、理事長さんの娘さんがいるんだっけか」
勢い任せのマナとルプレに、やはり多少なりとも慣れたのか、僅かばかり笑みを浮かべた後、のっちゃんは敢えて突っ込むこともなく、幸せそうに眠りこけるオーヴェ(トゥェルさん)をみやります。
「私たちの世界を救う方法、知っているのかもしれないのよね。……まぁ、会えたとして、そう簡単にうまくいくとは思えないけれど」
のっちゃんの言う天使とは、当然オーヴェのことではありません。
よっし~さんの故郷、のっちゃんが最初に異世界転移することとなった世界を滅ぼさんとする災厄……黒い太陽こと、『完なるもの』を。
なんやかやあって一時的に封じたまでは良かったものの、根本的な解決、それを滅したりするのではなく、愛をもって昇華するための、その方法を知っている(かもしれない)天使さんの娘さんのことです。
正確には、その『災厄』を封じる運命にあった天使さんの娘さんですが。
たとえ会えたとしても確かによっし~さんの言う通りトントン拍子にうまくいくことはないだろうというのは、間違いないように思えました。
何せ、その『災厄』を封じた天使さんの輪っかは、のっちゃんが持っているのです。
様々な意味合いを持って話が進まない事に定評のあるのっちゃんにしてみれば。
これからきっと一晩や二晩では語り尽くせないようなドラマがあるのでしょう。
それでも、その『死に戻り』の先にめでたしめでたしの終わりがあることも、疑ってはいませんでしたが。
(第102話につづく)