第十話:どうしようもない彼の、できれば避けたい美少女二人のバチバチ
「ちょ、ちょっと。のっちゃん! のっちゃんさーん。どうしてそんな速歩きっていうか、走ってるの? 行き先わかってるー?」
「……だって、何か怖い事言うし」
いつか語られる、などと言ったそばから『喜望』ビル、地下一階。
のっちゃんは、明らかにマナの事を避けていました。
「やや、自分でもあのセリフはないわーって思ってるよ。ほんの言葉のあやだって。ほら、ここから再開……再会できればお互い探し合う事もないと思ったんだよ~」
分かっていた事ではありますが、変な所が真面目と言うか、正直にヘタレだと言うべきか。
男女の惚れた腫れた……恋愛とまではいかなくとも、のっちゃんはそれらを自ら避ける傾向にありました。
そう言う類のからかいなどには、敏感に反応し嫌悪を表すのです。
冗談が通じないと言ってもいいかもしれません。
勿論、口にした通りの理由があるとは言え、勇気を出して口にした冗談ではない本音なのですが、
そんなマナの感情をのっちゃんが気づけるはずもなく。
やっぱりのっちゃんは今までにないくらいゾクゾクするほどの強敵だ。
今までだなんて、これっぽっちもないくせに。
改めてその事のみを心に沁みこませつつ、マナが小走りでのっちゃんを追いかけようとした時です。
「……?」
「わわっ、そこで止まっちゃうのっ! わぷっ」
市庁舎などにある地下倉庫の様相を呈していた狭い廊下が不意に開け、ガラス張りで中が見える……一時期流行ったと言われる市長室のような……そんな場所に辿り着いた事で、のっちゃんが唐突に足を止めたものだからたまりません。
ちょうどスピード上げかけていた事もあって、マナはそのままのっちゃんの背中にダイブ。
取っ付くような状況になってしまいました。
それに意識を奪われつつも、とりあえず面倒になったのか諦めたのか。
逃げる気配のないのっちゃんに一心地ついて肩口からマナが顔を覗かせると、そこには混沌と言うべき荒れ模様が広がっていました。
「何なのここ? 外みたいに荒れ放題じゃん。……って、のっちゃん。やめてよー」
「それはこっちの台詞」
調子にのって、のっちゃんの肩にあごを乗せて喋ったのがいけなかったのでしょう。
ぶすっとしたのっちゃんは肩をいからせてマナを押しのけ、さらに一歩ガラス張りの壁に近づきます。
「……何かいたのか? 壁に鎖がついてるし」
「あ、なんかいかにもナニか封印してましたって感じの陣があるね」
だからと言ってガラスの向こうだけ、地面がむき出しにえぐれ、瓦礫が散乱している理由にはなりませんが、二人がそう思っても仕方がない状態とも言えるでしょう。
「封印……ね。一体何を?」
どうやら、むすっとしているのはマナが取っ付いてきたり、小っ恥ずかしい言葉を投げかけてきたり……
つまる所マナが理由ではないようで。
その半分消えかけた陣のようなものか、あるいはその鎖、いっそのこと部屋そのものに『嫌』な雰囲気を感じているからのようでした。
それを口にしないのは、そんないかにもな発言、ありえないなどと思っていたからに違いありません。
マナはそんなのっちゃんの問いかけに対し、出来り限り答えてあげようとこの世界について分かっている事を駆使し、説明しようとして。
「剣よ~。そこにはね、バラの細工がすっごく綺麗な、剣が封じられていたの~」
「っ!?」
「え?」
唐突に降ってくる、マナでものっちゃんでもない、随分と間延びした第三者の声。
突然現れたそれに、のっちゃんはびくりと竦み上がりましたが、マナの反応はもっと劇的でした。
自称、得体の知れない水先案内人のマナではありますが、その実のっちゃんがこれ以上物語を停滞させぬようにと、常にこっそり気を張っていました。
索敵、危機察知は長年の冒険……自称案内人としての日々によりかなりのものがあると自負していたのです。
それなのにも関わらず、直前まで感知させずにいきなりのっちゃんの前方に現れた人物。
まるで幽鬼のごとく生まれた存在に怖気立ち、のっちゃんと入れ替わり突き飛ばす勢いで二人の間にマナは割り込みました。
「あらら、驚かせちゃったかしら~」
「……あ、はは。すいませーん。ここの人ですか?」
結果的に触れる程の近さでメンチ切り合うような状況になっていました。
初対面の顔合わせとしてはあまりいいものではなかったのかもしれません。
それが、長い長い付き合いになる事など考えもしかなった事もあるでしょうが。
面と向かい合う形となった二人がその時感じたのは、お互いやり合えばただでは済まないと言う物騒なものでした。
最も、一方は既にそのような光線的な気概がごっそり抜けていたし、一方はネームドキャラだ! なんてはしゃいでいたので、互いの力を互いで思い知るような展開には、今の所なりようもなかったわけですが。
その時、誰よりも戸惑っていたのはのっちゃんだったのかもしれません。
自分が庇われ守られているのが理解できているからこそ余計に。
一瞬で二人の桁外れな美少女が一触即発なこの状況に対し、早くも逃げ出したい衝動に駆られていました。
金髪に紅を秘めた黒の瞳、派手派手ドレスにトランジスタグラマーな佇まいなイケイケの少女。
対するはどこもかしこもダイナマイトな、黒髪ボブ、蒼を秘めた黒目の、はんなりぽやっとした少女。
服装は、青空色の制服めいていましたが、太ももを大胆に晒した短すぎる短パンがたまりません。
その絵に耐えられず、のっちゃんが行動を移すよりも早く。
のっちゃんにしてみればどこを見ていいかも分からないダイナマイトボディな少女が口を開きます。
「ふふ。確かにちょっと前まではここに通っていたから、ここの人間ってのも間違いないかもしれないわね~。私の事は親しみを込めて『よっし~』と読んでくれていいのよ~」
何かが……恐らくはマナとのっちゃんのやりとりがツボにはまったのでしょう。
笑みをこぼしつつ気安さを纏ってそう言うも、どこか退廃的と言うか、力の抜ける感覚をマナは覚えました。
厭世的な、何かをもう諦めているような、そんな雰囲気。
マナはそれで、やっぱりここはもう終わってしまった世界なのだと理解します。
こちらの目的を話す事は、慎重になったほうがいいのかもしれません。
そう思い至りつつも、その辺りの機微などまったくもって気づいていない様子ののっちゃんがいかにも早く俺らの自己紹介をしろ、とばかりにマナの後頭部を注視しているのに気づきます。
視線で分かるなんて、マナも相当ではありますが。
傍から見ていると、何から何までおんぶにだっこのつもりかよ、などとツッコミを受けそうな勢いです。
麻痺してるマナにとってみれば会うや否や逃げられていた事と比べれば随分と進歩したと言うか、頼られて嬉しいと思ってしまうのだから参ったもので。
「よっし~さんね。はじめまして。わたしはマナ。こっちはのっちゃんです。今日、わたしたちは今のこの状況、わからない事を知りたくてここに来ました」
「……分からない? 一体何が知りたいの~?」
相変わらずその言葉は間延びしていましたが、ぼーっとしていて虚ろにも見えるよっし~さんのその蒼を秘めた黒色の瞳に、僅かに力がこもったのが分かりました。
ヘタを打ては爆発しかねない感情のくすぶり。
思わずマナがのっちゃんを見やると、自分には関係ないですけど何かとばかりに首をかしげ、よっし~の様子に全然気づいていないのっちゃんがそこにいます。
さすがのマナも、内心ではイラっとしたに違いありません。
でも、それすらも慣れてきた事だったので、マナはさっさと頭を切り替え、あなたがそうなら好き勝手やらせてもらいますよと、笑すら浮かべて言葉を返しました。
「信じてもらえないかもしれませんが、わたしたちはこの世界の住人ではないんです。故あって迷い込んでしまったんです。どうも故郷に帰るにはこの世界の事を知る必要があるみたいで……どうしてこの場以外の場所が荒廃しているのか、その原因はなんなのか。ここには本がたくさんありそうだし、よっし~さんみたいに事情に詳しそうな人に聞いてみようと思ってここに来たんです」
「おいおい……」
何もかも言い過ぎだろ、と言わんばかりののっちゃん。
しかし、それにマナがリアクションするよりも早く、よっし~さんの様子が明らかに変わった事に気づいたようで。
触らぬ神に祟りなしを地で行くのっちゃんは、オロオロしてマナの周りを行ったり来たり。
……結局、なんだか泣きそうな顔をしながら元いた場所より少し前、マナの隣に落ち着きました。
おそらく、逃げ隠れしたい自分と、マナを守りたい……ではなく、あくまでも自分本位に前に出ようとして失敗したようです。
つまるところ、どうしたってシリアスな空気になりようもありません。
「へへっ」
「ふふふっ」
二人の少女が、気の抜けた笑みをこぼしたのはほぼ同時でした。
ただ、のっちゃんだけ笑われているらしい事に気づき、しっかりあるプライド故に不満そうな顔をしていましたが。
「……つまり、お二人は異世界人ってことよね~。なら現地の人間としては、今の状況を伝えなくちゃだね~」
実は、異世界の人間めいたものがやってくるのは初めてではなかったと、後によっし~さんは語っていますが。
きっと、よっし~さんも誰かに話したかったのでしょう。
長話ができる場所へ。
連れられ語られたのは、思ったいた以上の、この世界の現状でした……。
(第11話につづく)