第一話:どうしようもない彼は異世界転移させられる
―――20××年、ゾロ目の日。
ある事故に巻き込まれ、命を落とした一人の少年がいました。
運良く眠っていたことで、それほど痛い思いをする事なく死を迎えられたのがせめてもの救いでしょうか。
そんな彼の事は、歌にあるように愛称で呼ぶことにしましょう。
『のっちゃん』。
それが、暫定的に与えられた彼の呼び名です。
使い慣れて親しみを覚えるくらいなので、異論反論は受け付けませんが。
のっちゃんは肉体を失い魂だけの存在となり、本来ならそのまま輪廻の輪に入り来世の道へと進むはずでした。
しかし、たまたま近くにいた人間が、死後は異世界転生を、ファンタジーの世界で生きる事を頑なに望んでいたせいなのか、とばっちりを受ける形で転生の神に目をつけられてしまったのです。
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。よく来た! 勇気と好奇心溢れるものよ!」
衣装を着ていないサンタさん。
あるいは、一般的にイメージする顎髭の長い仙人のおじいさん。
自分で呼んでおいてよく来たも何もありませんが、ファンタジー脳を持つみなさんなら一目でプロローグに出てくる神様某であると理解できたことでしょう。
のっちゃんが連れて来られたその場所は、薄ぼんやりと明るい、四方八方が真っ白の世界です。
たとえ自らの死に気づかず夢だと勘違いしていても、神様の言葉に対して何らかのリアクションを取るのが普通と言うか差し障りのない展開なのですが。
「ぅえっ!? な、何? ごめんなさい、ごめんなさいっ」
「ぬ? お、おいっ」
普通なんてちゃんちゃらおかしいのっちゃんの行動は、逃げの一手でした。
趣味などでは惜しげもなく発揮できるはずの状況理解の力は、これっぽっちも出てきません。
のっちゃんは自分が何故逃げ出しているのかも分かっていないのでしょう。
恐らく、常時発動している人見知りのスキルに従っているのではないでしょうか。
出鼻をくじかれ、ぽかんとする神様を尻目に、のっちゃんはみるみるうちに離れていってしまいます。
その背中は、現在進行形で壊れ崩れそうなほど華奢なのですが、意外とスタミナはあるのでその足は止まりません。
のっちゃんが現状を理解するまでしばらくかかりそうなので、彼の容姿について補足したいと思います。
いつでも自分に自信のない彼は、背中を丸めながら走っていますが、平均よりは背が高いようです。
その代わり、ひょろりという表現がまさしくぴったりなほどに痩せています。
いくら食べても太らないようで、ねたま……羨ましい限りです。
髪は、短めの薄いブラウンで、瞳は限りなく黒に近い青色をしています。
美少年かどうかは好みの差なのでなんとも言えませんが、紅顔である事は間違いないでしょう。
よく外国人の人に間違われて、青い制服を着た人たちに囲まれたりするのはご愛嬌、と言った所でしょうか。
しかし、のっちゃんを語る上で何より外せないのは、やはり駆ける今でものっちゃんから生まれ、風に舞う『キラキラした星のような何か』でしょう。
所謂、漫画的表現……存在感のあるもの、あるいは主人公っぽい雰囲気を出すそれ。
傍目から見ると、星を纏っているようで綺麗なのですが、現実では受け入れられるはずもなく。
彼の卑屈さと孤独な自分、という思い込みを助長してしまったようで。
会うなり逃げ出したのには少なからず訳がありました。
神様を名乗る以上、その辺りの機微を読み取れなかったわけでもないのでしょうが、ある意味のっちゃんの行動が、神様の読みすら上回ったとも言えます。
などと考察していると、痺れを切らした神様が瞬間移動をしてのっちゃんの前に立ちはだかりました。
当然、急には止まれないどころか前を見ていなかったのっちゃんは……。
「ひぃぐっ?」
「うごぉがっ!?」
猫背の前傾姿勢のまま突進。
見事にのっちゃんの頭は神様の鳩尾を抉り、二人してもんどりうってごろごろと転がっていきます。
「ひいぃぃぃっ! ごめんなさいごめんなさぃぃっ!」
「ぐぅおっ。に……逃がすかあ~っ!」
更に神様にのしかかった状況で立ち上がり踏みにじり前へ前へ逃げ出そうとするも、そこは神様の面目躍如。
のっちゃんの足首をがっちり掴み、肩をいからせて叫びます。
「異世界転移を望んだのはぬしじゃろう! 何故逃げる!」
「ごめんなさい、ごめんなさぃ~っ」
はたして、それが神様の勘違いだったとしても、何かしら反応がしかるべき台詞。
しかし、テンパったままののっちゃんは、じたばたしつつ謝るばかり。
何を言っても暖簾に腕押し糠に釘ののっちゃんに、流石の神様もおかしいなと思い始めたようです。
普通の転生希望者ならば、もう少し理解力もあって空気も読めるはず。
とにかく、確認したほうがいいかもしれない。
そう思った神様はむぅんと何かを念じ、何もない所に背もたれ付きの大きな椅子を出現させました。
未だに謝り続けていたのっちゃんをそこに押し込むと、ジェットコースターについていそうなバーを下ろし、ベルトを締めます。
完全に捕らえられ涙目になっているのっちゃんを脇目に、新たに神様が無から取り出したのは、一冊の本でした。
神様はパラパラとページをめくり、目的のものを見つけたのか、しばらく凝視しのっちゃんと見比べ、うぬうぬと唸り出します。
その本にはのっちゃんの人となりから始まって、死亡原因まできちんと書かれていました。
それは、転生者の事が記された本のようです。
そこに名前が乗っていると言う事は、転生して、おれつえーではーれむを作ってうはうはな異世界生活を送れる資格があるはずなのですが。
資格があってもそう言った物語の始まりにおけるお約束をのっちゃんは知らないのでしょう。
いつの間にやら拘束された事で、完全に怯えきってパニック状態になっています。
のっちゃんが暴れる度に少しばかり黒色系統の強いキラキラが飛び交い、そのうちキラキラに埋まっていきそうな勢いです。
と、そこではたと気づきました。
のっちゃんのキラキラは、どうやらその身を削ってできているようなのです。
このままにしておくと、小さくなって抜け出してしまうでしょう。
実際、常に全力で逃れようとくねくねしていたので、バーが緩み出していました。
このままだとまた面倒な事……話が進まないなぁ、なんて思っていると。
何か別の事に気づいたらしい神様が再び問いかけます。
「ぬしの友は、ぬしより先に転生の波へ乗ったようじゃ。特に希望がなければ同じ世界で構わぬか?」
その時既に、神様はのっちゃんの相手をするのが面倒になってきていました。
神様にあるまじき事ですが、この後も何人も転生予定者をさばかなくてはならず、のっちゃんばかりに時間を取られるわけには行かなかったので仕方ない部分もあります。
きっと、転生や転生にあたっての神様特典などの解説は、同郷の友人に任せようと思ったのでしょう。
「た、たすっ……誰かっ!!」
「な、なんじゃとっ!?」
友人……親友と呼んだっていい存在。
同じように事故に遭って同じようにここに連れてこられて転生してしまったというのに、のっちゃんは反応すらしません。
―――『俺の大切な親友に何する気だ!』
そんな熱い展開はのっちゃんの辞書には載っていないのです。
その『どうしようもなさ』が、逆に『もえる』所なんでしょうけど。
案の定、身を削る勢いで戒めから逃れたのっちゃんは、芋虫のようにずるりと滑って椅子から抜け出し、逃げ出していきます。
「ぬうぅっ。特典の話もまだというにっ……もう知らん! 好きにせいっ」
堪忍袋の緒が切れるとは、正にこの事でしょう。
神様はどこからともなく、今度は年季の入った杖を取り出し、何やら念じだしました。
すると、既に大分小さくなっていたのっちゃんの背中を追うようにして虹色の稲光が走ります。
「ぎゃっ」
逃げ足の速いのっちゃんでも光の速さには叶いません。
悲鳴を上げ、パタリと倒れたかと思うと、気持ちいいくらい大の字に倒れ伏したのっちゃんを囲むようにして同じく虹色の魔法陣が浮かび上がりました。
「加護と能力は適当にいくつか選んでおくかの。……なんにせよ、新たな人生の旅立ちに幸あれ、じゃ」
それはきっと、魔法陣発動……異世界転移の合言葉。
地面が光り、熱くなって。
びっくりして飛び上がり、やっぱり逃げ出そうとするも時既に遅く。
どこから出したのかと驚くくらい甲高い悲鳴を上げ、虹の光り蒔いて霞がかったように消えていくのっちゃん。
中々に衝撃的なその一瞬。
それを飽きるくらい何度も口にすることになるなんて。
その時ばかりは思いもしませんでしたが。
「後は……任せるとしようかのう」
何もない虚空を見つめ、先行して異世界へと旅立ったのっちゃんの友人に丸投げな発言をする神様。
薄情に見えますが、休みなく次の転生者のための準備をしているところを見ると、ご苦労様ですとしか言えません。
その代わりと言うのもなんですが。
そんなわけで本人の意思も自覚もないまま異世界へと飛ばされてしまった、のっちゃんのその後を追ってみるとしましょう……。
(第2話につづく)