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第四十二話~エピローグ~

第四十二話~エピローグ~

「・・・以上が東照大権現が征夷大将軍に御成りあそばし、徳川家が武門の頂点に立つに至るまでのお話です」

懐かしい思い出に浸りながら紡いでいた物語を語り終え、江戸幕府後見人鷹村聖一は目を輝かせて物語を聞き入っていた将軍家世子である少女・徳川家愛(とくがわいえちか)に語りかけた。

「豊臣家と徳川家は戦乱を再び起こさせてはならないという思いのもとに手を結び、天下に平和を齎しました。しかし、泰平の世は平坦なものではありませんでした」

元の主筋であった豊臣家との破局の危機を迎えたのは一度や二度ではない。諸大名に豊臣征伐の出陣を命じ、聖一自身も幕府軍を率いて京まで迫った事もある。

「今日の泰平の御世は、多くの人たちの犠牲があっての者であるという事を姫様には忘れないでほしい。姉弟仲良くし、一門に親しみ、和をもって天下を治めて頂きたい」

将軍家内部でも波乱だらけであった。姉と弟が対立し、一門同士がいがみ合い、討幕を試みた者もいた。

真剣な表情で見つめてくる少女の頭を撫で、最後に釘を刺す。

「勉学や武芸に励み、家臣をあまり困らせてはなりませんよ」

「はい!」

家臣たちから上がって来ている苦情を伝えておく。返事はいいのだが、なかなかそれを実行に移せないのが困りもの。だが、彼女はまだ高校生。『もう』高校生という声もあるが、家臣思いの優しい面もある。これから父である将軍や後見人である自分がじっくりと帝王学を学ばせていけばいい。

今はまだ、普通の子供として過ごさせてあげよう―――これが、聖一の偽らざる想いであった。






江戸城大奥の仏間。歴代将軍の位牌と肖像画が遺影としておかれているこの部屋に、聖一は毎日欠かさず手を合わせに訪れる。彼の妻である初代将軍家康をはじめ、歴代の将軍たちはいずれも凛々しい衣冠束帯姿で描かれている。

しかし、聖一は知っている。彼らがどんな声で話し、彼女らがどのような笑みを浮かべるかを。






みんな、みんな、逝ってしまった。

自分を置いて逝ってしまった。





置いて逝かれる悲しみ、空しさは味わい尽くした。涙もいつしか枯れてしまった。『連れて逝ってくれ』と何度願ったことだろう。しかし、愛する者達、戦友達が礎となって築かれた泰平の世、徳川幕府と命運を共にする遺された者としての使命を持った身として、泣き言は許されなかった。

聖一はその事を悔やんだことはない。いや、悔やむ権利さえ自分はないと思っている。

(一度死に、生き返って人の理を外れた私を化け物なんて呼ぶ者もいた。本来の歴史を知ったうえで手を打つなんて、卑怯者のすることだろう)

(だけど私は化け物なんだ。人の感情を本来は持つ事さえ憚られる私が『悔やむ』なんてあってはいけない。化け物らしく精々卑怯者として振る舞わさせてもらう)

迷いを持つ事をやめた。本来は偉人として名を遺した者を空しく消し去った事も一度や二度ではない。

「いろいろと問題はあるけど、そっちに逝くのはもう少しかかりそうですよ」

―――だから、もう少しだけ待っていてください。





月の光とともに現れた青年は、葵の紋の下に生まれた乙女とともに戦国乱世を駆け抜けた。その末に戦乱の世を終わらせ、天下を泰平に導く。その後も青年は乙女の子孫とともに天下泰平を守り抜き、新しき運命を作り出した。

~月の光と葵の乙女~

完結

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