第四十話~縁に縛られし者~
関ヶ原の戦いの決着と前後して、各地で東西両軍に別れて繰り広げられていた戦いにも決着がつきつつあった。
東北にて東軍の最上義光・伊達政宗と西軍の上杉景勝との間で戦端が開かれており、最上・伊達連合軍は上杉軍によって最上家の居城である山形城近くまで迫られていたものの、関ヶ原の西軍の本隊の敗北により、最上領奥深くに迫っていた上杉軍は窮地に立つことになるだろう。北陸では西軍の丹羽長重に浅井畷にて一度は敗れた東軍の前田利長が、再び体勢を立て直して南下中。関ヶ原での東軍勝利により、丹羽家の小松城以南の諸大名は次々と利長に降伏していった。四国・九州でも東軍が優位に立ち、形勢は決しつつあった。
長島城で籠城を続けていた福島正則兄弟も、城を攻囲していた黒田長政の説得でついに開城を決意。一方、居城の近江国水口城に逃れた奉行のひとりである長束正家は弟とともに自刃して果てている。
大坂城で西軍本隊の壊滅を知った反家康派の増田長盛は狼狽し、慌ただしく居城の大和国郡山城に戻り、残された前田玄以は東軍に恭順の姿勢を示した。攻略した大津城から戻った西軍の総大将毛利輝元は大坂城から毛利氏の軍勢を引き払わせ、大坂の屋敷に籠って沈黙を続けている。
西軍の副将であった宇喜多秀家はいまだに逃亡を続けているが、すでに居城の岡山城は東軍に引き渡され、遠からず捕縛されるものと思われた。
東軍が表向き追っているのは、表向きは宇喜多秀家のみとなった。しかし、徳川家参謀鷹村聖一と彼が率いる隠密部隊は、『本当の』西軍首脳を追っていた。
越前国敦賀城、大谷吉継こと藤津栄治の居城は無血のうちに東軍の前田利長によって制圧された。前田軍の探索によって、城内の地下牢で一人の娘が保護された。小田原の陣以降、姿を消していた太閤豊臣秀吉であった。
「あはは・・・久し振りの外は気持ちいいね。ゆっくりと温泉にでも入りたいなぁ」
救い出された秀吉は栄治によって嬲り者にされていたせいか、衰弱こそしていたが意識もはっきりとしており、大津の家康と連絡を取ってしばらくこの地で養生してから大坂に戻る事となった。心の傷は小さくはないはずだが、それを表に出さないのはさすがの天下人の心の強さと思えた。
「読みは外れた、か」
隠密部隊を率いて敦賀までやって来た聖一であったが、空振りであったことに落胆を隠せなかった。徳川の隠密部隊が手に入れた栄治の消息筋は、彼が自身の行方を眩ませるために撒いた偽の情報であった。
(きっと奴は、次の手、またその次の手を打ってくるはず。徳川を倒すために。私を倒すために)
上田の秀忠の陣に向かう途中に襲撃を受けた聖一は、確かに一度死んだ。しかし―――
(神様みたいな人から蘇生させられる?その代償として徳川家と生死を共にせよ?ライトノベルみたいな馬鹿馬鹿しい話がまさか本当に自分に降りかかってくるなんて。まるで徳川家の守護霊みたいじゃないか)
―――帝王は大戦に勝利し、数多の武門を率いる立場となる。そなたは帝王の子々孫々を支え、導け。蘇生の代償は『永遠に大切な者達を見送り続ける』運命を背負う事じゃ。
夢の中の老人、『黄石公』と名乗ったあの老人は聖一にこのように告げた。聖一はやがて妻を、子を、孫を、曾孫を見送り続けることになるだろう。徳川家との縁に縛られ生き続けるという人であり、人ならざる者になってしまった故に。
(いいだろう。栄治、いくらでもかかってこい。私は必ず徳川家を守り抜いてやる。お前などに大切な者達が築いたものを崩させてなるものか)
女忍びの初芽が姿を消した。彼女は徳川家に見切りをつけ、自身の力で仇を追う事を決意したのだろう。彼女の力に慣れず、約束を違えた事を心の中で詫びた。
二度と彼女のような乱世に振り回される人間を生み出さないようにと、聖一は固く誓った。




