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第三十一話~関ヶ原の戦い(二)~

関ヶ原の戦い東西両軍対戦構図

・笹尾山方面

西軍

石田三成

東軍

細川忠興・田中吉政・加藤嘉明


・小池村方面

西軍

福島正則

東軍

島津豊久・筒井定次


・天満山方面

西軍

宇喜多秀家

東軍

松平忠吉・井伊直政・黒田長政


・天満山北方面

西軍

小西行長

東軍

織田有楽斎・古田重然ら東軍中小部隊


・藤川台地山中村方面

西軍

大谷吉継(指揮下に戸田重政・平塚為広ら)

東軍

藤堂高虎・京極高知


・松尾山方面

西軍

小早川秀秋・朽木元綱・小川祐忠・赤座直保・脇坂安治(朽木・小川・赤座・脇坂は小早川指揮下)


・南宮山方面

西軍

毛利秀元・吉川広家・安国寺恵瓊・長宗我部盛親・長束正家

東軍

池田輝政・浅野幸長・山内一豊・有馬則頼父子


・大垣城方面

西軍(大垣城守備)

垣見一直・福原直高・高橋元種・秋月種長・相良長毎

東軍

堀尾忠氏・水野勝成・津軽為信等

「おお、始まったか!」

天満山麓に一万七千の兵を率いて布陣する宇喜多秀家は、興奮した様子で口を開いた。しかし、その興奮は、次の使者が報告をするとともに不機嫌なものに代わった。すなわち、小早川隊の抜け駆けである。

「・・・あの殺人狂め。布陣を崩す将がどこに居る!」

遠くで高笑いを挙げながら太刀を振り回しているであろう女に悪態をつくも、秀家は気を取り直して東軍の動きを確認した。すでに自身と対峙している松平・井伊・黒田の三隊とは鉄砲隊同士による撃ち合いが始まり、もう間もなく槍隊による接近戦が始まろうとしている。

「馬ひけい!わしも出るぞ!」

秀家もまた馬上の人となり、太刀を抜いた。大恩ある豊臣家の為、豊臣の子として負けるわけにいかない大戦に身震いしながら、兵士たちに激を飛ばした。

「進め!進めぃ!我らは豊臣家を守護する正義の軍勢なるぞ!今こそ内府に鉄槌を下すべし!」






小池村に布陣する福島正則は、東軍の島津豊久・筒井定次らと相対しながらも、陣に籠って積極的に動く構えは見せていなかった。自陣に攻めてくる東軍部隊を応射でいなして対応。それを見た東軍も陣を後退させての撃ち合いに徹している。

「非常につまらん戦じゃ」

福島隊の陣の中を苛立たしげに闊歩する大柄な女性武将がいる。彼女は福島正則の家臣、可児才蔵可長(かにさいぞうよしなが)。巷では『笹の才蔵』と称される百戦錬磨の豪傑である。その由来は彼女が背負った大きな笹。戦場で討ち取った敵の首にこの笹の葉を噛ませて目印にしたというのが始まりで、元々は「討ち取った敵の首を持ち歩くのが重くて面倒くさい」という物臭な理由からであった。

彼女は苛立たしげに特徴的な赤毛を掻き上げ、陣の奥に足を踏み入れた。

「大将殿!」

才蔵の主君・福島正則は床几に腰かけてボンヤリと戦況を眺めたまま。いつもの勇猛果敢な様などどこにもなかった。

「・・・どうした」

「どうしたではござらん!眼前に敵がおるというのに、何故出陣の命を下されぬ」

家臣の抗議にも、本来激情家のはずの正則は大きくため息をついて沈黙するばかり。

暫く前から変わらぬ主君の様子に、才蔵もまた溜息をついて本陣を後にした。







天満山北に陣を構える小西隊の大将・小西摂津守行長は敬虔なクリスチャンである。床几に腰かけた彼女は部隊の指揮を家臣に任せ、ロザリオを握りしめ、一心に祈っていた。

彼女は元々、東軍として参戦している寺沢広高とともに家康の取り次ぎ役を務めており、家康に近い立場の人物であった。

(この戦い、徳川殿が勝つ可能性が高いのは百も承知。なれど、私は治部殿に・・・)

後世の人々は、自分を愚かと笑うだろうか。馬鹿な女だと嘲るだろうか。

行長の父はキリシタンの日本での活動に協力的であった人物であり、彼女も熱心なキリシタンであった。

かつて行長は自らの失態によって窮地に陥り、死を覚悟した出来事があった。しかし三成によって命を救われた過去があり、彼女はその恩に報いる為、不利と知りながらも家康と敵対する道を選んだのである。

「治部殿と・・・我が軍に主の御加護を・・・」






現代人藤津栄治扮する大谷吉継は、山中村に構えた大谷隊本陣の奥に控えていた。遠くから響く怒声・悲鳴・絶叫、そして血なまぐさい臭いに吉継は終始顔を青ざめさせ、すでに数回嘔吐を繰り返していた。

それも仕方ない事ではあった。彼はこれまで戦などの血なまぐさい事はすべて他人に任せ、本格的に前線に出るのはこれが初めてであったのだ。

大谷隊とその配下の平塚為広隊・戸田重政隊の指揮は家臣の湯浅五助が執り、彼はいわばお飾りの大将ではあったが、五助に強く乞われ、こうして戦場に立っていた。

「それがしはあくまで臣下に過ぎませぬ。このような大戦に大将御自ら御出馬頂かねば、兵の士気にも関わりまする」

こうして説得に折れた吉継だったが、早くも後悔し始めていた。

(クソッたれ・・・!手の震えが、止まらねぇ!)

頭巾で顔を隠し、具足に身を包んで床几に座っている為に戦場特有の特殊な雰囲気に震えている姿を家臣らに晒さずに済んでいるが、出来る事なら今すぐにでも逃げ出したい。

だが逃げるわけにはいかない。最早賽は投げられたのだ。






「やれやれ。我が君はよほど皆様に嫌われているものと見える」

石田隊の先陣を務める島左近清興は、自軍部隊が籠っている陣地を目掛けて迫ってくる敵部隊を眺めながら、苦笑いを浮かべた。

石田隊を目掛けて迫ってくる東軍部隊は『九曜紋』『左三つ巴』『下がり藤』それぞれ細川忠興・田中吉政・加藤嘉明の部隊である。いずれも武断派大名で、特に細川隊は目の色を変えて攻めて来ている。

(さもありなん。特に細川殿は細君を我らに殺されているしねぇ・・・)

忠興は開戦前に家臣らに対して『三成・秀秋を討った者には莫大な恩賞を与える』と約束しており、家臣たちの気合も段違いであった。

「同情はしますが、我らも討たれてやるわけにはいかないですからねぇ・・・鉄砲隊構え!」

野戦築城した石田隊の陣地、馬防柵の内側に並べられた鉄砲足軽たちが、号令に従って銃口を東軍部隊に向けて構える。しかし簡単には発射はさせない。この当時の火縄銃は命中率があまり高くなく、的となる敵が遠ければ遠いほど命中率は下がる。

その為、なるだけ近くまで敵を引き寄せる事が火縄銃を運用するうえで必要だった。

「撃てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

並べられた銃口が一斉に火を噴き、東軍兵士たちを薙ぎ倒す。

「さぁ、討って出ますよって!」

左近は騎乗し、小者から槍を受け取った。いつものトロンとして締まりのない表情から、豪傑として知られる猛将の表情に代わる。

「かかれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

怒声とともに左近は柵を飛び出し、敵陣に斬りこんでいく。それに続く兵士たちも、勢いに乗って続いていく。






こちらは関ヶ原東方南宮山。山頂に布陣する毛利勢の先陣を務める吉川民部少輔広家は、手元の銭を弄びながら霧の向こうにわずかに見える敵勢をぼんやりと眺めていた。

「殿。関ヶ原方面では戦が始まったようですぞ」

「そうかい」

家臣の報告を半ば聞き流し、広家は煙管に火をつけて吹かし始めた。

(やれやれ・・・何とか石田らに尻尾を掴ませずにここまでこれたか)

吉継が現代知識をもとに怪しんでいた通り、広家は家康に通じていた。ただし彼も、聖一から自分が怪しまれていることを知っていた。

広家は徳川方と交渉して西軍総大将たる毛利輝元の不出馬を条件に毛利家の所領安堵を約束していたが、輝元はすでに大津城攻略の指揮の為に大坂城を出陣してしまっていた。先日、大垣城での軍議ではあのように言ったが、内心では徳川方にどう言い訳をしようかと必死で頭脳を振り絞っていたのである。

(せめて南宮山の部隊を動かさなかったという事で、面目を保てんかいのぉ)

東軍が不利になれば、家康との約束も守る必要はなくなる。それどころか、当初の予定通り自らが先陣として家康の背後を襲えば、毛利家はさらに地位が上がる。

大老のひとりから、家康亡き後の秀吉の補佐役として天下の政を差配する立場にもなれるのだ。

(まぁしかし。物事には何でも身の丈っていうものがあるけぇ)

毛利家は広家らの祖父である毛利元就が安芸国の一国人の立場から、元就一代にして中国地方随一の大大名に成り上がった。一代にして大勢力を築いた元就だがこれ以上の栄達は望まず、子孫には地位安泰のみを求めた。

(お祖父様曰く、『毛利家は天下を望むことなかれ』。託された我らは毛利の家を保つことを考えなきゃならんのよ)

そんな広家のもとに、山頂に陣取る毛利安芸宰相秀元(もうりあきさいしょうひでもと)の使者が訪れた事を告げる家臣が現れた。

「通さんでええ」

「は?」

要件は分かり切っていた。なぜ未だに自分が動かないのかを詰問しに来たのだろう。毛利勢の先陣たる自分が動かない限り、同じく南宮山あたりに陣取る長束も長宗我部も安国寺も動けないのだ。

「他の家の者には兵に弁当でも食わせてるとでも言わせておけや」

「べ、弁当?」

「『腹が減っては戦が出来ぬ』と言うじゃろうが。どのみち、この霧の中じゃ動けん」

秀元からの使者を追いかえよう伝えると、広家も弁当を用意するよう小姓に伝えた。





それぞれの思い、それぞれの思惑を抱えたまま、関ヶ原での大戦は続く。

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