プロローグ
先週投稿し忘れたので、火曜日の投稿になってしまいました。
次回は3月4日投稿です
京・三条河原―――古より六条河原にて斬首された政治犯たちが、その首を晒される場として主に使用されていた。保元の乱では平忠正一家と源為義、平治の乱では藤原信頼や源義平、源平合戦の後は平氏の総帥平宗盛の子平能宗などが著名である。
そしてその三条河原にて、見物人が思わず顔を背けたくなるような処刑が実行されていた。天下人・豊臣秀吉政権の打倒を図ったとして、関白豊臣秀次の妻子らの死罪が実行されていたのである。
当主の関白秀次はすでに切腹して果て、その首が見下ろす前で妻子らの処刑が行われた。未だ幼い子らが首を討たれる。側室らが、乳母らが、侍女たちが次々と首を討たれる。子の遺体の上に母の遺体が無造作に重なる。それがどんどん重なっていく―――
権力者らの刑死を見慣れているはずの京の人々でさえも顔を顰め、見物を後悔し、処刑を指揮する奉行らに罵声を浴びせる。
奉行―――石田治部少輔三成は、浴びせられる罵声はもちろん、その凄惨な処刑場の光景を眉一つ動かさずに見守っていた。
「酷い光景でした」
伏見・徳川屋敷。徳川家家臣・鷹村佐渡守聖一は、先ほどまで目にした光景を主君や重臣たちに報告を行った。
「関白殿に謀反の意があったかはさておき、幼児や側室にまで手をかけるとは尋常ならざる事・・・」
「そ、そうですよ。なんで、どうしてそこまで・・・」
酒井宮内大輔家次が呟くと、となりで青い顔をしていた大久保治部大輔忠隣も声にならない声を上げる。
「巷では、関白殿が太閤殿下打倒の為に真っ先に頼りにしていたのが我ら徳川だとか・・・万千代、あなたはどう思うかしら?」
「埒もない。たかが噂に過ぎないだろう」
鳥居彦右衛門元忠が困ったように頬に手を当てながら発言すると、万千代こと井伊万千代直政が冷たく切り捨てる。
「『火のないところに煙は立たない』とも言います。豊臣家にとって我らは仮想敵のひとつ。これ幸いと何か仕掛けてくるかもしれません」
「石田ら側近どもが、か」
小田原征伐以降、病と称して表に出て来なくなった秀吉に代わり、彼女の意を汲むと称して政を司っているのは側近の五人の大名たち。彼らは『五奉行』と称して主不在の豊臣政権を牛耳っていた。
近江国佐和山城主・石田治部少輔三成
同国水口岡山城主・長束大蔵大輔正家
若狭国敦賀城主・大谷刑部少輔吉継
丹波国亀山城主・前田徳善院玄以
大和国郡山城主・増田右衛門少尉長盛
それぞれ秀吉のもとで辣腕を振るった有能な官僚たちであるが、主に前線で活躍してきた武功派は一切政権から排除され、また徳川をはじめ、前田や毛利ら大大名たちも政権から遠ざけられた。大谷に至っては陪臣扱いであったにも拘らず、いつの間にやら政権枢要の地位に置かれ、特に武功派の豊臣譜代大名からの反発の声も根強い。
「このたびの一件で、関白殿と近い大名、家臣団は大いに叩かれました」
「一柳殿に服部采女殿、前野殿父子らか。大名では浅野左京殿が配流、父君の弾正殿が蟄居。山形の最上殿はご息女が関白殿の側室であられましたな。細川殿と伊達殿も危のうございました」
秀次の家臣であった一柳可遊直秀や服部采女正一忠、前野但馬守長康と子息の出雲守景定らが切腹を賜り、娘の駒姫が秀次の側室になっていた最上出羽守義光は、駒姫を失った上に蟄居。伊達越前守政宗は自己弁護をして事なきを得たものの、伏見城下の屋敷に人質を常駐させることを義務付けられた。秀次に金を借りていた上に、娘が前野景定に嫁いでいた細川越中守忠興は家臣松井佐渡守康之の奔走で事なきを得ていた。
彼らが一様に頼ったのは大大名徳川家康であった。遠ざけられたとはいえ豊臣政権下随一の大名である家康の意向は五奉行といえども無視はできず、秀次派大名の徹底排除を狙ったのであろう彼らの意図を少しなりとも挫く事は出来ていた。
「連中としては面白くないでしょう。何か次の手を打ってくるものと思いますが・・・」
その時、ドタドタと大きな足音を立てて渡辺半蔵守綱が転がり込んできた。『槍の半蔵』の異名を誇る彼女は、聖一の傍に仕える第一の家臣でもあった。
「大変です!大変なんですよぉ!」
「落ち着いて半蔵。何があったの?」
家康に落ち着いた声をかけられた彼女は、しばらく時間をおいて呼吸を整え、その震える口を開いた。
「大坂城より諸大名に陣触あり!関白殿謀反の張本たる徳川家康を討つべしとのお達しがありました!」
「なんだと!?」
騒然とする一同。家康は聖一と目を合わせ、厳しい表情で頷きあった。
夢か現か分らぬ真っ白な空間。そこで佇む老人は面白そうに長い髭を扱きながらひとりでに呟いた。
「もうすぐ天下を巻き込む大火があがる。彼らはそれを消せるのか。それとも火の手が上がる前に斃れるのか。またまた炎に巻き込まれて消えていく運命か」
「それとも―――大火を消し去り、新たな道を切り開くのか」
ニンマリと笑みを浮かべ、クルリと背を向けた。
「さてさて、高きところからお手並み拝見と行こうかの」
老人はトコトコとゆっくり歩みを進め―――そして、風のようにフッと消えた。