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第十四話~伏見城の夜~

大坂城を出陣した徳川家康率いる上杉征伐軍は、その日、山城国伏見城に宿を取った。

「此度の御出陣、おめでとうございます」

「うん。彦姉も留守居役御苦労です」

今回の家康の遠征によって空になる大坂城西の丸と伏見城の留守居役はそれぞれ佐野綱正と鳥居彦右衛門元忠と決められていた。

元忠の出迎えを受けた家康は、伏見城の本丸に入って汗を流すと、元忠が用意した夕食に舌鼓を打った。同席しているのは元忠だけで、夫の聖一も本多忠勝や井伊直政といった重臣たちも誰もいない。

「さぁ、彦姉も飲んで下さい」

「ありがとうございます」

元忠の酒杯に酒を注ぎながら、家康は彼女とのことについて回想していた。






鳥居家は徳川家の前身である安祥松平家に代々仕えてきた譜代の重臣の家柄である。元忠の父である伊賀守忠吉(いがのかみただよし)は今川家支配下時代の苦境の家康を支え続け、家康の帰還後に使ってもらうために岡崎城の蔵に武器弾薬や金銭を蓄え続けた話は有名である。

その忠義の老臣の娘として生まれた元忠は、家康が幼少の頃から仕え続け、家康の初陣となった寺部城攻めから様々な合戦に従軍。夫の北条氏直と死別したあと、亡くなった兄の子を養子に引き取り、自らの跡取りとした。

「・・・今まで色々と彦姉と忠吉には苦労をかけました。この家康、深く、感謝しております」

頭を下げた家康に元忠は穏やかにほほ笑む。

「私はこの後会津に向かい、上杉退治を行います。その間この伏見城の守備は彦姉と松平近正に頼むことになりますが・・・」

家康の口調が、徐々に途切れ途切れのものになる。

「・・・その・・・この、伏見城には、あまり兵を残す事は出来ません。それに・・・」

ついに家康は言葉を紡げなくなる。目は潤み、瞳から涙を零した。

「よいのですよ」

元忠は笑みを浮かべたまま、家康を抱き寄せた。

「殿はこれから天下泰平の為の大戦をなされます。この城の守りならば私と五左衛門殿のみで事足りますゆえ、一兵でも多くお連れ下さいませ」

幼きあの日のように、元忠は妹分をあやしながらゆっくりと語った。

「この伏見城は何があろうとも死守いたします。殿は安心して会津に御向かいなさいませ」

「うん・・・うん・・・絶対に、帰ってくるから・・・」






翌日、伏見城を出立した家康を見送った元忠を待っていたのは三人の男たちであった。元忠とともに留守を命じられていた大給松平五左衛門近正(おぎゅうまつだいらござえもんちかまさ)はともかく―――

主殿助(とものすけ)殿と金一郎殿・・・あなたたちは何でここに?」

「何故って、それは・・・」

「我らもお城の守りを託されたからに決まっておりましょう」

深溝松平主殿助家忠(ふこうずまつだいらとものすけいえただ)内藤金一郎家長(ないとうきんいちろういえなが)が、松平近正を挟んで談笑をしていた。

「殿には私達だけで十分だと申しましたのに・・・」

腰を下ろしながら苦笑する元忠に「そういうわけには参らぬ」と家忠が笑う。

「我らも功名を挙げ、後の世に名を残したいしの」

「左様。御両名だけにいい思いはさせませぬ」

彼らとて、伏見城とこの城に残る自分たちに遠からず降りかかるであろう出来事が理解している。

「殿の御志を成し遂げる礎となり散るは、三河武士の本望にござる。それに―――」

近正は悪戯っぽく笑った。

「彦右衛門殿のような美しい女性を守って死ぬのは、男冥利に尽きる!」






太閤秀吉が山城国に築きし巨城・伏見城。金城鉄壁のこの巨郭に、密やかに、しかし確実に戦火は忍び寄ってきていた―――

「家康が大坂城を発ったか」

大坂に忍ばせている密偵からの書状を受け取った佐和山城の三成は、「時、来たれり」と呟いた。書状を数通認めると、数名の密使に預けさせた。

「これは広島の毛利殿に。これは岡山の宇喜多殿に―――」

すでに筋書きは完成した。後は役者がそろうだけである。

「これは天下を巻き込む大乱とならん。だが必ずや勝利をおさめ、豊臣家を守って見せようぞ」



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