第十二話~敵と味方~
加賀征伐の騒動も一段落し、天下に少しずつ平穏が戻ったころ。尾張国清洲城に来客があった。城主・福島正則は客人の名前を家臣から聞かされると、驚きで目を見張った。
「治部めが参ったと!?偽りではあるまいな」
「間違いなく石田治部少輔殿にございます。殿に面会し、お話ししたき儀がござるとの由」
報告に来たのは福島家では重臣の地位にいる人物。三成とは何度も会ったことがあり、顔を間違えるという事はないだろう。
「如何いたしましょうか」
「・・・斬り捨てろ。と言いたいところだが、あのクソ真面目な男が禁を犯してこの清州までやってきたのだ。話だけでも聞いてやるか」
正則は対面の場に三成を通すよう命じ、自らも足を進めた。
しばらくぶりに会った三成は少しふっくらした様にも見えた。穏やかな蟄居生活を送れている証拠だろうか。
「貴様を嫌っている俺のところに単身現れるとはいい度胸だな」
『窮鳥懐に入れば猟師もこれを撃たず』という言葉もある。殺したいほど憎んでいるとはいえ、自らやってきた者を殺害するほど彼は短慮でも乱暴者でもなかった。
「お主がわしを八つ裂きにしたいほど憎んでいるのも分っておる。だが、それでもお主には聞いてもらいたい話があったのだ」
三成は口を開いた。
この後行われる国を分けての大戦の事。
その戦いの後、天下を簒奪した徳川家によって豊臣家が滅ぼされる事。
そして福島正則は千年の後も後悔する選択をするという事―――
しかし、その内容は正則にとって大凡信じられない物であった。
偽りというには現実的で。
信じるには荒唐無稽で。
言葉を失った正則が口を鯉のようにパクパクとさせていると、その様子を見た三成は苦笑いを浮かべた。
(まぁ、わしも初めて刑部から初めて聞かされた折はこのような表情だったのだろうな・・・)
「市松よ。わしの話が信じられるのも無理はない」
三成は静かに語りかけた。
「皆が申す通り、内府殿に野心はないのかもしれぬ。だが、わしは一寸でも豊臣家に害をなす可能性のある者の存在を許せん」
静かに、しかし闘志を込めての語り口は、歴戦の勇者である正則すら圧倒された。
「わしはたとえ一人でも内府殿に決戦を挑む。刺し違えようとも、内府殿を討ち、豊臣家をお守りしたいのだ」
此度わしが来たのはお主に我が本心を伝えたかったためじゃ。かつての僚友に佞臣と思われたままで果てたくはなかったのでな―――
そう言い残して清州城から去っていった三成。正則は三成と対面した部屋でまるで置物のように呆然と座り込んで微動だにしなかった。
―――わしはこのままでよいのか。
―――己の感情のままに三成を討ち、内府殿と組んで豊臣家を滅ぼす可能性を高めてもよいのか―――?
―――しかし、彼奴が殿下を幽閉しておるのは事実。これこそ不忠ではないのか。
―――いや、しかし奴が私欲のままに殿下を幽閉しておるとは思えぬ。
彼の思考は自問自答の海に沈み、いつまでも戻らない主君を訝しんだ家臣が呼びに来るまでその場から全く動かなかった。
清州城を出た三成は、所領である近江国佐和山を目指して人目のつかぬ山道を騎馬で駆け抜けていた。彼は蟄居中の身である。それが所領を抜け出して他の大名と会っていたとなれば大変拙い事態となる。
(フフフ。市松めとああして語り合ったのはどれぐらいぶりかのぅ)
感傷に浸りながらも、三成の頭脳は冷静に回転していた。
(あの男は短慮な乱暴者ではあるが、情に厚く、武断派諸侯の信頼も厚い。刑部の知識によれば、奴は黒田ら豊臣恩顧の諸大名を徳川方に結束させる牽引車になったという。ならば奴さえ味方に付ければ武断派の者達もわしに味方するに違いない)
古今、合戦は多くの者が味方した多数派の勢力が勝利を収めてきた。三成が家康という巨大な敵を倒すには、味方を束ねて立ち向かわなければならない。
正則との極秘会談は上々だったように思う。彼さえ味方に付ければ、武断派諸侯は挙って味方に付く。勝ったも同然だ。
来る日に向け、三成は闘志を滾らせながら一路、佐和山を目指した。