第46話 そこに現れた者・・・
「確かに雑魚ばっかりだとはいえ、ここまで使えないとはな」
「そうですわねぇ・・・全滅するにしても、もう少し敵を減らして欲しいですわねぇ」
目の前に現れたのはスラリとした優男風の魔族と、妙に艶めかしい女性の魔族だった。
二人は味方が全滅したにも関わらず、全然気にした様子はない。
「むっ、お前達はヴィンとリリィか!」
二人の姿を確認したルクスが相手に向って叫んだ。
「あら、これはこれは・・・魔王シャーターン様のご息女ルクス様ではございませんか」
「ふむ、近くにシャーターン達も来ている様だな」
味方が全滅しているにも関わらず、二人はルクスを目の前にし、近くにシャーターンがいる事がわかっても動じる事がない。
この余裕はどこから来るのか、それほど自信があるというのだろうか・・・
「ルクスはあいつらを知っているのか?一体何者なんだ?」
俺はルクスと目の前の二人のやり取りから互いに知っている事が伺えるため、ルクスに直接疑問を投げかける。
「ああ、あいつらは元々私達の仲間だった・・・」
なんと、元仲間が主犯となって襲ってきていたのか。
ルクスの話の続きはこうだ。
彼らはインキュバスとサキュバスで、ルクスが生まれる前からシャーターンの下・・・いや、正確にはイブリースの部下として一緒に戦っていたそうだ。
それを聞いたとき、例の件もありイブリースが企んでいたのかとも考えたのだが、イブリースは全く関係ないとの事。
話が反れたが、彼らは俺がイメージするインキュバスやサキュバスと違って、戦闘においてもかなりの強さを誇るらしい。
それにも関わらず彼らは、直接闘う事よりも相手を魅了し意のままに操る事に楽しみを見出した。
ルクス達にとっては意外でも、そこは俺のイメージ通りである。
それでもシャーターン達は、この地を守るのであればとあまり気にはしていなかったようだ。
しかし、襲ってくる魔族の頻度が下がってきた上に、魔族を魅了してもあまり面白さを感じなくなってきた。
そんな中、魔大陸でのゲートの守護にあたると、人間の侵入者を発見した。
その人間を見た時に人間の欲望の奥深さを知り、表の世界の者達を魅了した方が面白いのではないかと考えてしまったようだ。
その人間を魅了し、元の場所に返そうとした所に、たまたまベルゼバブが来て事なきを得た。
そのまま万魔殿に連行されると、シャーターン達による審議会にかけられ、ゲートへの接近禁止と万魔殿追放を言い渡された。
制裁に不満と言うか表の世界に執着を見せていた彼らなので、すぐに何かを仕掛けてくるかと考えていたのだが、思いの他それから姿を現す事は無かった。
それが今回、裏で糸を引いていたのが彼らである事がわかり、少しだけルクスが動揺してしまったようだ。
「うふふっ、お話は終わりましたか?ルクス様」
意外にもルクスが話している最中は何もせずに傍観していた二人だが、ルクスが話し終わると同時にリリィの方が言葉を発した。
この場には俺達だけとはいえ、少し離れた所にはシャーターン達がいる事がわかっていながら、この余裕の態度に釈然としない。
「お前達は、なぜこんな事をしでかしたんだ!?」
「なぜ?これは面白い事をおっしゃいますわね」
「追放された俺達が恨みを持っていないとでも言うつもりか?」
ルクスも内心ではわかっていながらも、問わずにはいられなかったのだろう。
二人はルクスの言葉を一笑に付していた。
「お前達がそんな事を気にするような奴らじゃない事はわかっている。そんなに表の世界を混乱に陥れたいのか!?」
「うふふっ、随分と私達の事を理解してくれているようで、涙が出てきますわねぇ」
「まったくだ。しかし理解しているのであれば、その質問は愚問だな」
リリィは涙が出ると言いながらも、ずっとクスクスと笑っている。
ヴィンもニヤリとしながらルクスに言葉を返している。
「なあ・・・味方が全滅し、近くにシャーターン達がいる事がわかっていながら、あいつらのこの余裕はなんなんだ?それほどまでに奴らは強いというのか?」
俺はさっきから気になっていたことをルクスに小声で尋ねた。
「確かにあいつらは強い。だが、父様の足元には及ばないどころか私にも劣る。ただそれは、その当時の事でありその後どうなったのかはわからない。ただ、それ以上に厄介なのは魅了だ。私でも抵抗出来るかどうかは怪しい所だな・・・」
なるほど。
確かにあれだけの軍勢を魅了できるほどの持ち主なのだ。
ここにいる俺達だけなら、どうにでも出来ると考えているのだろう。
下手をすると、ルクスを魅了しシャーターン達への対抗策と考えているのかもしれない。
なんにしてもこのまま見過ごすわけにはいかないな・・・
「さっきから、そちらばかりでお話をして、こちらを無視しないでいただきたいですわ」
「まあいいじゃないか。あいつらにとっては、これが最後になるのだからな」
どうやらあいつらはやる気のようだ。
「悪いが、お前達の思い通りにはさせるつもりはないぞ」
俺は剣を抜きヴィンへと向けて突進する。
そして俺は一瞬にしてヴィンの死角へと周り、首筋に向けて剣を振るう。
ヴィンは反応出来ていない様で、身動き一つしていない。
殺った!と思った瞬間・・・
ガキィン!!
俺の剣がヴィンの首を刎ねようとした瞬間、首と剣の間に棒の様な物が割り込み防がれた。
それはリリィの持つ大鎌の柄だった。
「あら、貴方の相手は私ですのよ?」
「ちっ!」
ヴィンが身動き一つしていなかったのは、俺の動きを捉えられていないからではなく、リリィが防ぐ事をわかっていたからだったようだ。
一度離れ距離を取る。
俺の一撃を防いだリリィは妖艶な笑みを浮かべ、しっかりと俺の目を見つめながら対峙する。
俺が舌打ちしたのは防がれたからと言うわけではない。
戦いにおいて性別を持ち出す気はないが、それでも女性と戦うのはやりにくい事には違いない。
俺がヴィンと対峙しようとした思惑が外れてしまった。
それも相手の手の内なのかもしれない。
そう思っていたのだが、俺のすぐ後ろに来たルクスがボソッと呟いた。
「気をつけろ。魅了を使う時、異性・それは肉体的な意味ではなく精神的な意味なのだが、そちらの方が効きやすい・・そのための布陣だろう」
ルクスの言葉を受けヴィンの方を見ると、すでにタマモとリーエの方へと向いている。
「なるほどな。だったらルクスは二人のフォローを頼む」
「しかし・・・」
「俺なら大丈夫だ!」
「・・・わかった。決して油断はするなよ?」
俺はリリィから目を離す事はなくルクスとの会話を終わらせ、ルクスが二人の方に向った気配を確認してから再びリリィへと対峙する。
「あら、よろしいんですの?私は二人がかりでも構いませんのに」
「バカいうなよ。魔族とは言え、女相手に二人がかりでなんて出来るかよ」
「あら、お優しいんですのね。でも、戦いにおいて優しさは命取りですわよ」
「忠告はありがたく受け取っておこう」
「むう、では我がキョウヤの手助けをしよう」
俺が折角無駄にかっこつけたのに、空気を読まないフェンリルが口を挟んできた。
おそらく、あちらは3対1の上、ヴィンに男 (オス)であるフェンリルは相手にされなかったのだろう。
「いや、フェンリルは控えていてくれ。万が一俺がやられた時は頼む」
「むう、我も遊びたかったぞ・・・」
いや、フェンリル・・・
これは遊びではないんだが・・・
「あらあら、フェンリル様まで手を出させないんですわね。全盛期のフェンリル様ならまだしも、何があったか存じませんが当時の力の半分しか無い今のフェンリル様なら問題ありませんのに」
「むう、なんか馬鹿にされている気がするぞ!?」
「いいから、お前は控えていてくれ」
リリィの挑発に乗りそうなフェンリルを抑えて、俺一人でリリィと向き合う。
「ルクスと同じ大鎌か・・・」
「うふふ、勘違いなさっては困りますわ。ルクス様と同じなのではなく、私がルクス様に大鎌の使い方を教えたのですわ。といっても、ルクス様はシャーターン様の娘であるだけあって、強さだけで言えばあっという間に抜かれてしまいましたが」
という事は、強さではルクスの方が上だが、熟練度ではリリィの方が上という事か。
確かに油断は出来ないな。
「それよりも、貴方は人間であるにも関わらずルクス様と対等でいらっしゃる理由が気になりますわね。まあ、それはそれで後の楽しみが増えるというものですわ」
俺はリリィが勝手に納得している間に、チラッとタマモ達を確認すると向こうは既に戦っているようだ。
タマモとリーエがメインで戦い、ルクスはサポートをしている。
3人はヴィンを伺いながら戦っている為、本気を出しておらず今の所は五分五分といった所だな。
ただ、奴にも余裕があるように見えるが・・・
「そんなにあちらが気になりますの?あちらよりも、貴方自身のご心配をなさった方がよろしいですわよ」
リリィがそういった瞬間に姿を消した。
俺達が使っている魔力操作による移動とは違う。
文字通り姿を消したのだ。
すると俺の背後・死角となる空間から大鎌がスゥっと現れ、俺の首を的確に狙ってきた。
俺は大鎌の気配を察知し、ギリギリのところで避ける。
「あら、今のをよく避けられましたわね」
姿を現したリリィが、少しだけ驚いていたようだ。
正直今のは危なかった。
「気配を絶っているのではなく、異空間に姿を消して移動しているのか・・・」
「ふ~ん、今のだけでよくお分かりになりましたわね」
まあ、今のだけって事ではないんだが。
ヴィンとリリィが現れた時も、同じように出現していたからな。
そのおかげで交わせたようなものだし。
ただ今みたいに異空間に移動されると、今の俺には攻撃手段がないから厄介だな。
そう思った俺は駆け出し、一瞬で間合いを詰める。
しかし、次の瞬間には俺の目の前からリリィは消えた。
ちっ!
やはりそういう戦い方か。
気配を察知する事が出来ないので、どこから大鎌が現れるかわからない。
俺はどこから来てもいいように、全神経を集中させる。
すると、背後に一瞬気配を感じた。
「そこだ!」
ガキィン!
俺の剣が大鎌に当たった瞬間に、また異空間に消えていく。
「貴方、人間の割には勘が鋭いですわね」
姿は見えないが声だけが聞こえてくる。
そして再び背後に気配を感じ剣を振るう。
ザシュッ!
斬ったと思った物は、木の枝だった。
そして次の瞬間・・・
「うふふっ、こちらですわ」
声と同時に首筋を目がけて大鎌が振るわれる。
「くっ!」
それを間一髪躱す。
それと同時に俺は、リリィが出現した場所に向って斬りかかる。
それをリリィは大鎌の柄で受け止める。
「どうやら、最初の一撃で仕留める事が出来なかったのは私のミスだったようですわね」
俺が力で押し込もうとするのを、リリィは余裕がありそうな顔で俺の目を見つめながら押し返してくる。
そしてそのまま大鎌を下に向けて引いた。
俺はそれに気づき、しゃがんで回避する。
そのしゃがんだ俺に向かって、今度は大鎌を突いてくる。
それを俺は剣で受け止め、大鎌を上方に受け流すように滑らせる。
やはり大鎌というのは、中々にしてやっかいだな。
鎌の両方が斬れるようになっているから、突いても引いても斬る事が出来るし、振り回す事で遠心力を付け威力の上げる事が出来るし、なによりも戦い方が不規則で読みづらい。
それでも、ルクスと模擬戦をしていたおかげで何とか対応が出来る。
リリィは消えて戦う事に意味が無いと悟ったのか、今は消えずに大鎌を構えている。
そのリリィが、構えていた大鎌を下ろした。
それと同時に・・・
「リリィ!」
「わかっておりますわ!」
拮抗した戦いをしていたのはタマモ達も同じだったようで、痺れを切らしたヴィンがリリィに声をかけた。
リリィは言われなくてもわかっているといった風に、ヴィンに返事を返す。
「正直、私はそんなに戦う事が好きではありませんので、そろそろ終りにさせていただきますわ」
どうやら、さっさと終わらせるぞという合図だったようだ。
奴らが何かを仕掛けてくるのだろうと身構えた。
「一生懸命頑張っていたようですけど、貴方達は最初から私達の術中に嵌ってたのですわ」
「何を言っている!?」
「うふふっ、貴方とはもう少し別の事で楽しみたかったのですが、こうして話す事はもう二度とないでしょう」
リリィが少しだけ残念そうに呟きながら、俺の目をしっかりと見つめている。
そしてリリィの口が動くのが見えた・・・
-魅惑-
「しまっ!」
構えていた剣が手から落ちる。
段々力が抜けてくる・・・
「最後に意識が完全になくなる前に種明かしして差し上げますわ。貴方はずっと私の目を見ていましたわね?私の目を一定以上見ると、私の魅惑からは逃れられなくなるのですわ」
何か言っているようだが、遠くの方から聞こえるような感覚だ。
それもどんどんと遠ざかっていくように感じる。
意識が深く沈みこんでいくようだ・・・
どうなってしまうのだろう・・・
そう考えている内にも、意識はさらに深く沈み込み、考える事すら止めてしまった・・・
「どうやら、そっちも終わったようだな?」
「あら、ヴィンの方も随分梃子摺っていたようだけど、なんとか終わったようですわね」
「ふざけるな。俺が梃子摺るわけがないだろう」
「うふふっ、そんなにムキにならないでほしいですわ」
「それよりも、他はどうでもいいとしてルクスがこちらの駒に出来たのは僥倖だな。いくらルクスと言えども、俺の魅了から逃れられるわけはないのに、無謀にも俺に戦いを挑んでくるとはな」
「あら、実際貴方のどこに魅了されるのかしらね?彼が私の魅惑に耐える事が出来ないのはわかりますけど」
「おい、俺を馬鹿にしているのか!?」
「うふふっ、冗談ですわよ。それよりも、いつの間にかフェンリル様がいらっしゃいませんね」
「ふん、どうせ俺達には敵わないと見て、こいつらを見限って逃げたのだろう?」
「あのフェンリル様が?」
「そんな事よりも、ルクスを使ってシャーターン達を倒しにいくぞ」
「・・・そうですわね。やるべき事はさっさと済ませましょう」
お読み頂きありがとうございます。
私事の都合により更新が遅くなっております。
その上、次話で魔大陸編を完結する予定でしたが、
今話に載せようと思って書いていた分が
どんどん長くなってしまったので次回に回します。
なので、魔大陸編完結まで後2話位になりそうですのでご了承ください。




