第43話 響也の特訓
次の日からしばらくは魔力操作の訓練をしていた。
俺は一週間くらいで完璧に出来るようになり、リーエは5日ほど、タマモとフェンリルが10日ほどかかった。
随分時間がかかってしまったなと思っていたのだが、元々出来ていたリーエや魔力の扱いに長けたタマモ、無意識レベルで出来ているフェンリルは別として、何も知らない状態から一週間程度で完璧に出来るようになる方が異常なのだとか。
魔族でもきちんと訓練してから数ヶ月はかかるそうだ。
魔力操作が出来るようになった頃には、ルクスやリーエと実戦形式で手合わせをする事でさらに洗練させた。
そしてタマモとフェンリルの魔力操作が完璧になった頃、俺はダグレスに再戦を申し込んだ。
ダグレスは快く引き受けてくれ、また同じ訓練場所で戦った。
あの時はダグレスの動きを捉える事が出来なかったのだが、自分も同じ事が出来るようになると、相手の魔力で気配を探り目だけで追っていたものが、わずかな音や空気の動きとそしてここに現れるだろうという勘が働き、相手の動きがわかるようになった。
魔力操作が出来れば五感をフルで活用できるようになり、さらには第六感も研ぎ澄まされていたのだ。
最初ダグレスは驚きの表情を浮かべていたのだが、戦っているうちに面白いとばかりに笑顔へと変わっていた。
防御や回避を高める為に、しばらくは攻撃をせず受けに回っていた。
そんな俺を見たダグレスは、「余裕だな」と一笑に付しさらにギヤを上げる。
俺もそれに合わせ、感覚をどんどん研ぎ澄ませて行く。
そしてかなりの攻撃を受けきった頃、ダグレスに少しだけ焦りの色が見えた。
それを皮切りとばかりに、今度は俺が攻撃へと転じる。
俺もダグレスのように、段階を踏んでギヤを上げていこうと思っていたのだが、数回攻撃した時には完璧にダグレスの背後を取り首の横で剣を止めていた。
ダグレスは両手を上げて「参った」と一言だけ言った。
悔しがっているかと思ったら、振り返ったダグレスは笑顔だった。
良くも悪くも戦いが好きな魔族であるから、好敵手を見つけたとでもいわんばかりだったのだ。
また再戦する事を約束し、俺達はその場を後にする。
それからは王宮に戻り、俺とタマモ、リーエ、フェンリルと後はルクスを交えて、実戦形式で1対1や2体2、多対1などの戦闘訓練を数日間繰り広げた。
その間の食事は、持って来た食料は本当なら10日くらいは持つはずが、たまにルクスがやって来て一緒に食べていたので、5日ほどでなくなってしまった。
ルクスも人間の食べ物を気に入ってくれたようで、残念そうにしながら「また食べさせてくれ」と俺の両手を握り懇願していた。
もって来ていた食料が無くなると魔大陸へと抜けて、野生の動物や植物・果物を採りに行く。
その時にも訓練が役に立ち、獲物に気づかれないように近づく事など容易かった。
採った食材で加工出来る物は加工してからストレージにしまっておく。
ルクスは、気づけば俺達の中に溶け込んでいる。
訓練や昼間の行動を共にするだけでなく夜もなぜか俺達の部屋に来て、ここで寝る事など当たり前のようにナチュラルに寝ていた。
ルクスが加わった事もあり、寝る時や風呂に入る時など、色々なハプニングや女性同士による壮絶な戦い(?)が繰り広げられ、精神的に削られながらもなんとか乗り越えている。
さらには時々イブリースが現れて、ちょっかいを出していくからたまったもんじゃない。
ガブリエルとは今までよりも一緒にいる時間を作り、話を聞いてやったりする事にしていた。
もうすっかり元の元気さを取り戻してはいたが、ふと気づけば陰りのある顔を見せる事があったからだ。
何か思う所もあるのだろうが、少しでも気をまぎれさせる事が出来ればと思っている。
そんなこんなで色々ありながらも半月が過ぎた頃。
野良魔族数体がゲートに向かっているという、魔力によって拡声され万魔殿全域に響き渡るシャーターンの声が聞こえた。
他の魔族の国の侵略ならまだしも、野良魔族程度なら迎撃部隊が出張る程度で十分なのだそうだ。
そのため、シャーターン達が赴く事は無いとの事。
俺は、これはチャンスだとばかりに真っ先に向かう。
俺の力が本当に魔族相手に通用するかどうかを試したいと考えた為だ。
タマモやフェンリルはもちろんだが、意外にもリーエまでが乗り気である。
ルクスも付いて来ているが、今回はルクスには手を出さないように言っている。
他にも、迎撃部隊が魔族を討伐しようとしても、それにも手を出さないように伝えて欲しいと頼んでおいた。
ガブリエルにはルクスと一緒にいるように伝える。
俺達は急いだ事もありゲート付近に着いた時には、まだ野良魔族も迎撃部隊も到着していなかった。
相手は野良魔族なだけあって魔力操作は荒く、俺の魔力感知だけで簡単に補足できる。
それからすると、こちらに近づいてきているがまだそれなりに距離があるようだ。
ただここで待っているだけというのも何だから、こちらから向かうとしよう。
なにせ全員が魔力操作の訓練により、魔力をほぼ感知されないのだ。
実際、どれくらい感知されないのかを試すのにも調度いい。
とりあえず、視認出来る位置までは普通に近づき、そこからは枯れ木や岩などを利用しながら近づいていく事にする。
しばらく走ると、遠くに浮かんでいる人影が見えた。
その数は8。
本当なら俺一人でやりたい所だが、タマモとリーエはやる気になっているし、フェンリルが何もせず見ているだけで満足するわけがない。
それを考えたら、状況にもよるが一人頭2体と言った所か。
その事をみんなに伝えると、やる気満々でありながらも若干物足りなさを感じている様な表情を浮かべながら散開した。
枯れ木や岩に隠れながら移動し、魔族に近づいていく。
物陰に隠れながら姿を確認すると、羽が有り飛んでいるとはいえ思っていた通り人型である。
人の形をした相手を倒す事はさすがに躊躇われるが、魔族は他の種族と違い肉体はただの器でしかないそうだ。
俺は気持ちを切り替えて、目の前の敵を倒す事に集中する。
実験も兼ねているので、まずは魔族に気づかれない事が第一だ。
じっと魔族が通り過ぎるのを待つ。
魔族は俺達のことに気づくことなく通り過ぎていく。
まずは第一段階成功である。
俺はストレージから、シャーターンに貰った魔剣を取り出し魔力を流し込む。
もちろん、これに気づかれてしまっても訓練が意味を成さない。
そのまま魔族に気づかれる事無く、魔剣の全身に魔力を行き渡らせる。
武器に魔力を纏わせる事も成功である。
さて、それじゃあ始めますか!
俺は一番後ろを飛んでいた魔族向かって跳び上がり、背後から袈裟切りで剣を振り下ろす。
その魔族は真っ二つになりながらも最後まで気づく事無く、その後は黒い霧となって消えた。
ただ、仲間がやられた事に気づいた他の魔物たちが振り返り、殺気だって俺に威嚇している。
俺は着地と同時に魔剣をストレージにしまい、今度は魔槍を取り出す。
そしてすぐさま魔力を流し込む。
これは戦いの最中で武器を変えた時、すぐに魔力を纏わせる事ができるかどうかを試したのだ。
俺が魔槍に魔力を流し込んでいる間に、リーエが弓で魔族の一体を討ち取っていた。
そこで魔族達はようやく、敵が複数いる事に気づいたようで、俺だけでなく周りも警戒し始めた。
しかし、そんな事は全く意味を成さず、タマモが鉄扇で1体を叩き落とし絶命させる。
そして2m程の大きさになったフェンリルも跳び上がり、爪で魔族を切り裂いている。
各々が既に1対ずつしとめたので残り4体だ。
こちらが4人いる事を確認した魔族は、こちらに合わせて1体ずつ対峙する事にしたようだ。
俺はすでに魔力を流し終わっているので、対峙している魔族に今度は正面から向かって行く。
何となく槍をクルクルと回した後で横薙ぎに槍を振るうと、魔族はそれを持っていた剣の腹で受け止めようとしていた。
しかし、槍に魔力で強化している上に身体強化をしている俺の攻撃を受け止めきれるわけも無く、剣を真っ二つに折りながらそのまま槍は魔族にめり込んで吹っ飛ばす。
岩に叩きつけられた魔族はまだ息があるようで、フラフラしながらもどうにか立ってこちらを威嚇している。
その魔族に向けて、今度はさらに表面にまで魔力を纏わせた槍を投げつける。
その槍は魔族の腹を貫き後ろの岩に突き刺さる。
そこで完全に魔族は息絶えて消えていった。
俺が魔族を倒し終わった頃には、他の魔族も全員倒していたようだ。
リーエは短剣で接近戦を、タマモはチャクラム4本を使った遠距離での戦いを試していたようだ。
フェンリルは何だか知らないけど、本人的には魔族と遊んでいる内に倒してしまったという感じだった。
倒れた魔族に前足でツンツンしながら「むう、まだ遊びたりないぞ?」とか言っているが、その魔族もすぐに霧となり消えてしまった。
思っていた以上に、成果を試す事が出来なかった。
それはタマモやリーエも同じだったようで、物足りなさを感じているようだ。
タマモはまだしも、リーエが段々好戦的になってきているような気がするな。
全ての野良魔族を倒し終えて、少しはなれたところで待っていたルクスの所に向かうと、調度万魔殿の迎撃部隊が到着していたようで、ルクスが説明をしてくれていた。
迎撃部隊の面々はこちらをちらりと見ると、肩を落とすような素振りをして元来た方向へと戻っていった。
「魔力操作は、もう実戦でも問題はなさそうだな」
(お疲れ様~。と言ってもあんまり疲れてなさそうだけど~)
説明を終えたルクスが近寄ってきて、訓練の成果を褒めてくれる。
ガブリエルも俺達の様子を見て、安心しているようだ。
「おかげさまでな。ただ今回は色々と試すには、相手が物足りなかった。タマモ達も不完全燃焼みたいだしな」
「本当だよ・・・あたしの活躍をきょうやに見せるつもりだったのに」
俺の少し後ろから、少しだけふてくされたような顔でタマモが付いてきている。
リーエもあまり顔には出さずにいるが、拍子抜けと感じている事はわかる。
まあそれでも、彼女達に危険が及ばなかった事を喜ぶべきだろう。
野良魔族も倒した事だし、これ以上ここにいる理由も無いので帰路に着く。
その途中で、気になったことをリーエに質問してみる。
「そういえば、リーエは出会った頃と比べると、随分と好戦的になったような気がするな」
「・・・それは、キョウヤさんのせいですよ」
「俺のせい??」
「そうですよ!だってキョウヤさんは放って置いたら、無茶しすぎるんですから!だったら私も力を付けて、少しでもキョウヤさんの無茶を減らさないといけないんです!」
「そ、そうか・・・決定事項なのか・・・?」
「はい!もう決めた事です」
大事な人達が傷つくくらいなら俺が!と思ってやっている事が、返ってリーエ達が危険に足を踏み入れる原因になってしまっているんだな・・・
それでも、彼女達と一緒にいる事で精神的に救われている部分も多々ある。
だから俺に付いてきてくれるのであれば、彼女達が何と言おうと俺が守ろうと誓った。
それからさらに数日経ち、ルクスも含め手合わせなどの実戦的な特訓に時間を費やしていた。
戦ってみると、ルクスの大鎌というのがこれまた厄介である。
剣や槍などであればある程度の予測は立てやすいのだが、大鎌での攻撃する事など目にした事が無かった為、最初は全く予測すら出来なかった。
鎌で何度も斬りかかってきたと思えば、斬りかかる途中でその動作を止め槍のように突いてくる。
その時は鎌の刃があるので横には避けれない。
俺が間合いを詰めルクスに接近すると、ルクスはそんな事関係なく大鎌を振るってくる。
俺がそれを受けると、そのまま大鎌を弾いて鎌の内側で斬ろうとしてきたりするのだ。
手加減をしてくれているお陰もあり、危ない場面もありつつも何とか凌いでいた。
やはり色々な武器を持つ相手と戦う事は、いい経験になると感じる。
特訓をしている中で、意外な事にシェムハザが現れて俺達と手合わせをしてくれる事もあった。
元々シェムハザは人間が特に女性が好きだったらしく、口では興味ないような事を言いながらも男とは言え人間の俺を気にかけてくれていたようだ。
それからも、たまにシェムハザを交えながら主に武技の特訓を続けていた。
魔力操作の練習は未だに行なっているが、攻撃魔法を新しく覚えたり使ったりはしていない。
身体能力強化や武器強化を使った上で武技のみで彼らと戦っていたが、やはりルクスやシェムハザにはまだまだ敵わなかった。
魔力の使い方から武器の扱い方まで、全てにおいて錬度が違いすぎるのだからとは納得しつつも、悔しく無いという事とは別である。
そのため誰にも内緒で、夜な夜な一人で特訓していたのは秘密だ。
そしてさらに数日が過ぎて、魔界に来てから1ヶ月と少し経った頃。
以前のように、魔力による拡声されたシャーターンの声が響き渡った。
「万魔殿に敵が近づいてきている。今回は私達も出る。敵の魔族は・・・」
お読み頂きありがとうございます。




