第38話 万魔殿内にて
ガブリエルも胸のつっかえを話した事により元気を取り戻したようなので、これからどうしようかと考えていた。
「せっかくだからこの万魔殿を見て周りませんか?」
その時リーエがそう呟いた。
「・・・そうだな。それもいいかもしれないな」
という事で、俺達はルクスの部屋の前まで来ていた。
コンコンとノックをすると、中から「なんだ?」と声が聞こえてきた。
「すまないが万魔殿を周りたいんだが、案内を頼めるか?」
声は聞こえてもドアが開かれないのでドア越しに声をかけると、面倒くさいという表情を隠しもせずにルクスが部屋から出てきた。
どうやら俺達が部屋に近づいてきた事には気づいていたようだが、面倒だった為に気づかないフリをしてやり過ごそうとしていたようだ。
「面倒な奴らだな。見たいなら勝手に好きなだけ見てくればいいだろう」
「いや、そうは言われてもだな・・・どこに何があるがわからないで見て周るよりは、案内があった方が効率的だと思ってな」
俺がそう伝えると、はぁっと溜息を吐いていた。
「仕方が無いから案内してやるが、さっきも言ったがお前達と馴れ合うつもりはないからな」
「ああ、わかったよ」
なんとか渋々ながらも案内を引き受けてくれた。
まずは王宮内から。
とは言っても、王宮内はほとんどが魔族幹部(ベルゼバブ達以外にも何かしらの役職についている魔族はかなり居るようだが)や近衛のような者の居住であるようなので、見ると言っても会合部屋や大広間、食堂、大浴場くらいだったが。
ちなみに食堂に関して魔族は基本的には食事を取る必要がないらしいので、気が向いたときの戯れとして酒や食事を楽しんでいるようだ。
風呂に関しても同様で、人間の物真似をして楽しんでいるだけらしい。
ちなみに建物の造りはほぼ全て石造りで出来ている。
そしてどこに行ってもそうなのだが、ゲームやマンガの様な重苦しく暗い雰囲気は一切なく、これまで見てきた王宮や城とそんなに変わらない雰囲気だった。
床にはカーペットや、壁や廊下には装飾品などが飾られていて煌びやかでもある。
資源も何も無い魔界で、こんな建物や装飾品などはどうやったのだろうと疑問に思っていたのだが、どうやら建物に関してはシャーターンやベルゼバブ達くらいになると、魔法で簡単に作る事もできるらしい。
増設も可という事だ。
装飾品も造る事が出来るらしいが、さすがにそれではつまらないという事で、たまに人間に化けて人間が作った物を買ってきて置いているのだそうだ。
これ以上は王宮内で見せられる場所はないと言われたので、今度は街の中を見て周る事にした。
最初に来たときも軽く見てはいたのだが、じっくり見てみるとあまり人間と変わらない生活をしているようだ。
家も王宮に近い場所だと石造りなのだが、離れていくに従って土造りに変わっている。
これはシャーターンが階級によって決めたのではなく、魔族自らが望んだ結果こうなったらしい。
シャーターン自身は身分など作りたくは無いようだが、しかし秩序を守るためには役職というものがどうしても必要である。
その為、役職のある者が必然的に王宮もしくはその近くに住むようになる。
その役職付きの者が石造り、それ以外の者が土造りと自分達で納得したのだそうだ。
人間だとそれでも嫉む者がいそうなものだが、強いものが全てと考える魔族にとっては、特に気なる事ではないそうだ。
階級によっての区別はあれども差別をするでもなく、対等な関係を築いているからこそ成り立っている部分もある。
問題は小競り合いの方。
戦いを好む魔族は、相手が気に入る気に入らないという理由ではなく、ただ単純に戦いたいという欲求に勝てない時があるそうだ。
それを抑えるというか、他の者に被害が出ないようにするのが役職に就いている者の役目。
戦いを途中で止めさせるとかえって欲求が溜まる為、結界を張ったりするとの事だ。
もちろん、他の魔族や種族が攻めて来た時に作戦や指揮を取るのも彼らの役目。
家に関して、家族を持たない彼らは1人1軒というよりは、数人で1つの家を造り一緒に暮らしている方が多いらしい。
その為に大きな家が多い。
1人で住んでいる者は、大体の者が職人なのだそうだ。
職人と言っても販売する為の物を造っているわけではない。
飲食を取る必要がなく、美術品や着飾る為のアクセサリーなんかには興味がないため、お金も特に必要はない。
では何を造っているのかというと、ここは戦闘が多い為に武器や防具などを造っているとの事だ。
後で是非とも見てみたいものだ。
案内をしてもらってはいるものの、実際見る所は少なかった。
さっきも言った事が原因で、買い物や食事の店などあるはずも無く、娯楽などは以ての外。
生活の中で楽しみを見つけようとするのは、人間くらいのもんだ。
タマモやリーエなども俺が教えれば興味を持つが、今までの暮らしの中で必要なものではなかったらしい。
せいぜい身の回りにある物を使って、何かする程度で十分だったそうだ。
広い空き地に訓練所かつ闘技場があちこちにあるらしいので、興味もあるしそこを見に行く事にして一番近くにある訓練所を目指した。
訓練所と言っても特別な施設ではなく、分厚い塀で囲まれたグラウンドといった感じだ。
訓練に使うための武器も沢山置いてあり、自由に使う事が出来るようだ。
実戦に近く無いと意味がないという事で、置いてある武器は全部本物だが。
グラウンドではすでに何人もの魔族たちが訓練をしている。
見ていると、訓練というよりも殺し合いをしているように見えるな・・・
まあ流石に最後の一線だけは守っているようだけど。
魔族は流石に好戦的な種族なだけあってかなり強い。
見ているだけでも戦いの勉強になりそうだ。
そう考えていると、訓練が終わった1人の魔族と目があった。
「なあ、お前がシャーターン様に会いに来た人間だよな?」
「ああ、そうだが・・・」
俺を見た瞬間にニヤリと笑ったから、嫌な予感がしたがやはり思ったとおりか・・・
「そんなに身構えるなよ。人間を見下しているわけじゃない。ただ単純に、ここまで来れる人間がどのくらいの力なのかを知りたいだけさ」
「大して変わらない気がするがな」
まあ人間の酒場で絡まれるよりは少しはマシ・・・なのか?
「ははっ、確かにそうかもしれねえが、まあ気にすんな。しっかし、お嬢が案内しているなんて珍しいじゃねえっすか」
俺に離しかけた後、ルクスに向き直り声をかける。
「うるさいダグレス、黙れ!私も不本意なのだが、父様に言われて仕方が無かったのだ」
目の前の男はダグレスという名前のようだ。
ダグレスは若干気取ったような感じに見えるものの、こうして向かい合っていると全く隙がない。
かなりの実力者であるという事はわかる。
しかし、彼は役職付きではないようなので、強さは魔族の中ではそんなに上の方ではないのだろう。
「まあ、そうだよなあ。お嬢が好き好んで、しかも人間の案内なんてしねえっすよねぇ」
ダグレスはうんうんと頷きながら納得している。
ダグレスはルクスが人間を嫌いだという事を知っているようだな。
確かに魔王の娘なのだから、ここに住んでいる魔族で知らない方がおかしいのか・・・
「それはいいとして・・・なあ人間、俺と手合わせしないか?」
「それは構わんが・・・その前に、俺はキョウヤだ」
別に人間と言われる事にイラつくわけではないが、流石に人間人間言われるのはどうも釈然としなくて名乗っておいた。
「ん?ああ、すまんかったキョウヤ。俺はダグレスだ、覚えておいてくれ」
「ああ、わかった」
ダグレスは好戦的ではあるものの、俺達を見下したりしているわけではなさそうだ。
「そりゃあ他の奴らの中では人間を差別していたりもするしお嬢の手前もあるが、俺は別に人間を差別したりはしちゃあいない。むしろ面白そうな生き物だと思っているけどな」
「そうかい」
俺の表情に出ていたのだろう。
俺が考えている事がわかっているとでも言うように、自身の人間に対する考えを述べた。
「それに強ければ人間も魔族もねえ。という事で、早速始めようぜ!」
そう言いながらダグレスは俺を誘導するように、広いスペースへと足を運ぶ。
そしてこちらを振り返り、持っていた剣を俺に向ける。
俺は武器を借りる事も考えたが、とりあえずは自分の持っている剣で戦う事にしてストレージから出した。
いつものように剣に魔力を纏わせる。
それを見たダグレスは顔をピクッとさせた。
「むっ、あれは・・・」
「どうかしたんですか?ルクスさん」
後ろで見ているルクスが何かを呟き、それにリーエが反応しているが、ここではあまりよく聞こえない。
魔物から能力を奪った事で聴力も上がってはいるが、常に聞こえすぎると疲れるため、普段は適度にしか音を拾えないようにしている。
まあ、後ろの話を気にするよりも、前に集中しないといけないな。
ダグレスも兵だしこれは死合ではなく試合だ。
だったら魔族相手にどれだけ出来るのか、試せる事を試すべき!
という事で、様子を見るよりも先手必勝。
足に魔力を込め一瞬で間合いを詰め空いている胴を狙って、下から上に向かって剣を振り上げる。
ダグレスは少し驚いた表情をしていたが、俺の振り上げる剣には難なく対応し剣で受け止める。
そのまま鍔迫り合いになったが、ダグレスの力が強くて押し切られそうになる。
その為、直ぐに後ろに下がって距離を取る。
それをダグレスはニヤリと笑いながら見ていた。
「中々悪くはないが・・・じゃあ今度はこっちから行くぞ」
「なっ!」
ダグレスが呟いた瞬間に目の前から消えた。
魔力感知にも捕らえきれないほどの早さだった。
俺が反射的に振り返り剣を構えると、その剣が真っ二つに折れた。
いや、斬られたのだ。
その剣閃は俺の多重結界を物ともせずに、俺の頬をかすめ血が流れる。
そのまま一歩後ろに下がった所に、俺の首の後ろに冷たい感触が当てられた。
「チェックメイトだな」
「・・・ああ、参った」
首筋に剣を当てられた俺は、両手を上げて素直に降参した。
「キョウヤは俺が見た所、強さとしては俺とそう変わらないはずなんだが・・・魔力の使い方がなっちゃいねえな」
「魔力の使い方?それはどういう部分だ?」
確かに魔力の使い方を誰かに聞いたり教えてもらったりしたわけではなく、全て自己流なのだから当然といえば当然か・・・
「俺は自分より強くなるかもしれない奴に、塩を送るほど優しくはねえよ」
ダグレスは「もう少し強くなったらまたやろうぜ」と言い残し、去って行った。
俺は折れた剣をしまいながら、タマモ達の所へ戻っていった。
「・・・お前は誰に魔力の使い方を教わった?」
俺が戻ったと同時にルクスから質問を投げかけられた。
「いや、誰にも教わってはいない。ほぼ全て自己流だな」
「はっ?誰にも教わらずに習得したというのか・・?」
何が言いたいのか要領がつかめない。
「何の事を言っているのかはわからんが、魔力の流れや魔力を抑える事だけはガブリエルから簡単な説明を受けたが」
「お前が使っていた魔力全てに関してだ・・・しかし非常識ではあるが、納得した」
「???」
俺は未だによくわかっていないが、ルクスにとっては納得できたらしい。
「というか、魔力の使い方に長けた天使やハーフエルフが一緒に居ながら、何も教えていないのか?」
(いや~、私は何と言うか~、直感力が大事というか~)
「い、いえ、それはあれですよ!教えるタイミングがあった様な無かった様な・・・そう、キョウヤさんは見て覚える人なのです!」
ルクスに問いかけられたガブリエルは明後日の方向を向いて口笛を吹いてごまかし、リーエは訳のわからない言い訳を並べている。
いや、二人とも誤魔化せていないから。
まあ、俺も特に聞かなかったせいでもあるけどな。
「そこの天使が何を言っているかはわからんから置いておくとして、ハーフエルフの言っている事も間違いではないが、魔力に関しては見るだけでわかるものはないことは承知のはずだろう?」
「うっ!・・・仰るとおりです・・・」
ルクスに詰められて、リーエは素直に非を認めた。
「まあいい、別に説教をするつもりはない。しかし、人間にしてはあまりに強大なその魔力・・・どういう事だ?」
「ああ、言ってなかったか。シャーターンはわかっていそうだから言わなかったが、俺は異世界から召喚されて来たんだ。それが原因だと思う」
ルクス達なら知られても平気だと考え、異世界人である事を明かす。
「なに!?そうか、それで・・・」
俺が異世界人である事を知ったルクスは、あごに手をやり何やら考え込んでいるようだ。
「魔力の事もそうだが、お前からは普通の人間とは違う何かを感じていたのだが、ようやく理解した」
「そうか・・・って俺は普通じゃないのか!?」
ルクスが何を感じていたかはわからずも納得しかけたのだが、さすがに聞き捨てならない言葉を逃すわけにはいかない。
俺はタマモやリーエ達に、普通だと言ってもらうべく問いかけたのだが・・・
「え?今更何言ってんの?」
「キョウヤさんが普通な訳ないですよね?」
(うん、キョウヤは異常だよ~)
「我が普通の奴について来ると思うのか?」
ガーン・・・
しどい・・・
泣くぞ?泣いてやるぞ?
俺は自分では、それなりに普通だと思っていたのに・・・
てか、ガブリエル!
異常って何だよ!異常って!
「ははっ、面白い奴らだな。気にするな、私が知っている人間とは違うという事を言いたかっただけだ」
俺達のやり取りを見ていたルクスだけがフォローを入れてくれる。
なんていい奴なんだ・・・
「私も魔大陸に来た人間と対峙した事があるが、どいつもこいつも私利私欲に塗れた奴らばかりだったからな。だから人間が嫌いなのだ。でも、お前はそんな人間共とは違うようだ」
確かにこの大陸に来るような奴は、一方的に魔族を倒そうとするか、シャーターンが言っていたように魔族の力を我が物にしようとする奴のどちらかしかいないのだろう。
そんな人間ばかりを見ていたら、そういう人間しかいないと勘違いしてもおかしくはない。
「いいだろう。私がお前に・・・キョウヤに魔力の使い方を教えてやろう」
「・・・いいのか?もしかしたら場合によっては、俺はルクスの敵になるかもしれないんだぞ?」
今の所は魔族の敵になるつもりは一切無い。
しかしこの先、100%という事などありえない。
何があるかわからないのだから、魔族の敵にはならないとは言う事が出来ない。
「・・・ああ、構わんさ。私が今のキョウヤを気に入った。もし敵に回る事があるのなら、それも宿命なのだろうさ」
「そうか。そうならない事を願いたいな」
俺も出来る事なら敵には回りたくはない。
そうならない事を祈るばかりだ。
「それで、ここで教えてくれるのか?」
「いや、ここは他の奴らの目もあるし、王宮内にも訓練場所があるからそこで教えよう」
「そっか、ありがとな」
「気にするな」
俺はルクスに礼を言うと、ルクスは身を翻し歩き出したので、俺達は後に続いた。
お読み頂きありがとうございます。
第33話 いざ魔大陸へ を
今話を載せる前に、すでに読んで頂いた方にお詫び申し上げます。
書こうと思っていて忘れていた事を今頃思い出しました。
ユーリとの別れのシーンで少しだけ付け足した部分がございます。
一部分だけですが、必要な部分でもございましたので。
次回は今週中に載せれる様に頑張ります。




