第37話 ガブリエルの過去
(キョウヤはここに来るとなった頃から、私の様子がおかしかった事に気づいていたんだよね?)
聞いて欲しいといった後、ガブリエルは俺に問いかけてきた。
「ああ、確かにいつもとは違うと思っていた」
(ふふっ、そうだよね。本当はその原因を聞きたかったんでしょ?でもキョウヤは優しいから聞かないでいてくれた)
「・・・別に誰にだって話したくない事くらいあるだろう。話したくないのなら話さなくてもいい」
(本当に優しいよね・・・自分の事しか考えていないようで、常に周りの人の事を考えてるんだから)
「・・・」
(でもね、だからこそ・・・そんなキョウヤだからこそ聞いて欲しいんだ。あたしがずっと目を背け、逃げ続けていた事・・・)
ガブリエルが真剣に話しているのを見てタマモとリーエも座りなおし、フェンリルも興味津々とばかりにガブリエルに向き直った。
「・・・わかった。じゃあ、聞かせてくれるか?」
3人も真面目に聞く体勢になったのを見計らって、俺はガブリエルの話の続きを促した。
(うん、ありがとう・・・)
◇◇◇◇
これは遥か昔、私が4大天使と呼ばれるようになる前の事。
その頃は私に特別大きな役割も無く、神様から指示された事を何一つ疑問も持たずにこなしていたの。
私達天使には感情というものは与えられておらず、それが楽しいとか辛いという事もなく、ただ当たり前の様に過ごす毎日。
そんな私にも、一つだけ心が穏やかになり、わくわくというかうきうきする瞬間があったの。
それが感情だとは、その当時の私は知らなかったのだけれど。
その感情が高ぶる瞬間というのが、大天使長リュシフェル様と会えた時。
そう、魔王となり今はシャーターンと名乗っているあの方こそ、かつて最上位である熾天使の中でも神様に次ぐ存在であり、私にとっては神様以上と思える至高の存在だったの。
後にも先にも彼だけに許された、6対12枚の羽は綺麗で誰もが憧れていたよ。
私が創造された時にはすでに大天使長として存在していて、私を・・・私達3人 を育て見守ってくださっていた方。
育てると言っても肉体は成長しないから、学習という意味でね。
彼は何も知らない私達に、色々な事を教えてくれたし優しく包み込んでくれた。
私達にとっては、リュシフェル様がいらっしゃればそれだけで何もいらないと思えるほどの存在だったんだ。
その当時リュシフェル様には、彼を慕い神様ではなく彼の為に命を捧げる事を誓った6柱の大天使がいたの。
リュシフェル様と同じ熾天使だったアシュトレトとバアル・セブル。
そしてその直ぐ下の第2位階である智天使だったサタナエル、アシエル、ウザ、ゼフォン。
今は皆、アスタロト、ベルゼバブ、ベリアル、アザエル、シェムハザ、クザファンと名前を変えちゃったみたいだけどね。
サタナエルも本当なら、リュシフェル様と同じ第1位階に居てもおかしくはなかったらしいんだけど、自分勝手な部分を神様が気に入らなかったみたいなの。
でも彼も・・・彼だけではなく皆、私達に優しく接してくれた。
ハーリス、現イブリースは熾天使でリュシフェル様に近しい存在だった為、リュシフェル様とは別の役割を任されて居た為、めったに会う事はなかったの。
それでもたまに顔を見せに来ていたの。
会う度にからかわれたりしていたけど、その内に段々仲良くなったんだ。
そしてそれから長い時が過ぎ、私達3人が第3位階である座天使まで昇った頃の事。
私達は別の任務で天界を離れていた時、リュシフェル様とそしてハーリスを除く6柱、そして彼に従う天使達が謀反を起こしたの。
その時は彼らがなぜそんな事をしたのかわからなくて、私はただただ絶望したのを覚えている。
本当なら私もリュシフェル様と共にいたかった・・・
でも私は彼らの行いは間違っていると思いこんでいたの。
・・・いや、そう思い込まされていたのかもしれないね。
私は今ならまだ間に合うと奮起して、彼らを止め説得するためとはいえ戦う事を決意してしまった。
私と2柱の座天使にはリュシフェル様を撃つつもりはなかったのだけれど、他の天使達も含めて神様から彼らを滅する事を命令されて動き出したの。
それは天界ほぼすべてを巻き込み長き時を争い、甚大な被害をもたらせた大戦争。
後に天界終末大戦と呼ぶようになった出来事。
終末といっても戦争の終末という意味だけどね。
その時の指揮官は、私を含めた座天使の3人。
そしてもう一人指揮官としてありながら、最前線で戦う事を任された座天使の彼を合わせて4人。
私達が4大天使と、第8位階である大天使とも呼ばれる所以はそこにあるの。
特に第9位階の天使達を統率するのは大天使の役目。
彼らを指揮するには、私達が大天使を兼任しなければならなかったから。
指揮を任されたとは言え、もちろん個々の力ではリュシフェル様を含めた7柱の方が格段に上。
私達が1対1で戦えば、間違いなく彼らに軍配は上がる。
そこで私達がとった戦法は、数で押し切る事。
というのも、彼らの軍勢は私達の半分にも満たなかったから。
ただリュシフェル様達を相手にするには、まずは他の下級天使達をどうにかしないといけない。
そのため、リュシフェル様達を相手にせず下級天使から倒す事にしたの。
本来は天使には死という概念がなく、倒れると光の粒子として散り、その粒子が形・記憶などの記録媒体となっているため、いずれ同じ存在として復活する事が出来るんだよ。
ただ、光の粒子として散るのだから、それが集まるのにものすごく長い時がかかってしまう。
それでもまた復活する事が出来るのだし、と心を鬼にしての事でもあったの。
そしてその時に神様から使うように言われ、渡されたのが神器。
私を含む大天使はもちろん、ある程度の高い位階までの仲間には全て配られ、天使によって形状が違う物。
私のはランスの形をしていたんだけどね。
その神器を使って私達は、相手の天使達を次々に倒していった。
渡された神器がどういう物なのかも知らずに・・・
相手の下級天使達の大半を倒した頃には、こちらにもかなりの被害を出していたの。
それでも数ではまだまだ圧倒している。
ようやくほぼ全ての天使を倒し、リュシフェル様達と対峙する事になったんだけど、彼ら7柱は予想以上に強かった。
私自身、彼らを倒したいとは思っていなくて本気を出せなかった事も原因の一つなんだけど・・・
倒しても復活出来るとはいえ、どれだけの時を会う事が出来ないのかと思うと躊躇してしまったの。
もちろん、何度も説得しようとリュシフェル様達に訴えかけたんだよ?
でも、私の思いに応えてくれる事は決してなかった。
そしてとうとう私達はやられてしまいそうになる程、追い詰められてしまった・・・
その時、私と他の2柱の大天使に変化が起こったの。
私達の体の内側から湧き出るような光。
一度周りに向けて放った光は収縮し、私達の体を包み込むとありえないほど湧き出る力。
それが私達3柱にだけ神様に仕込まれていた力の解放。
誰にも手に負えないような敵が現れ追い詰められた時の為・・・
もしくは万が一に最上位であるリュシフェル様が裏切った時に彼を撃つ為に・・・
リュシフェル様よりも力のある天使がいないから、万が一に彼が謀反を起こした時に倒せる者がいない。
だから彼を超える力が必要・・・
でもその力を常に使えるとなると、さらにそれを越える力が必要になる。
そう考えた神様が私達にその力を隠した。
それが“強制執行モード”。
その名の通り、私達の意志とは関係なく相手を撃つ為だけに力を振るう。
その力は一時的に、神様の力とほぼ同等になるの。
強制執行モードが怖いのは、自分の意識は残っているという所かな。
それなのに体は勝手に動いて相手を倒していく。
響也の世界で、TVという物を見ているような感覚に近いと思う。
ただ自分で体を動かせなくても、感触だけは残っているというのがやっかいなんだけど・・・
だから今でも脳裏に焼きつき、あの時のこの手の感触が離れる事はない・・・
私が捉えている視界の中で、私のこの手でアシュトレト、ゼブル、サタナエルを・・・
私と共にいた座天使の彼が、アシエル、ウザ、ゼフォンを・・・
それから・・・
もう一人の座天使である彼女がリュシフェル様を・・・
そして彼らを撃った時、初めて神器の役割を知ったの。
私達が使っていた神器とは、神に反した者を消滅させる物だったという事を・・・
確かに神様は滅せよと命令していたけど、本当の意味での消滅だとは思っていなかった・・・
だから私達が倒した下級天使たちは完全に消滅してしまったのだと、今更ながら気づいたの。
だけどリュシフェル様達くらいになると、完全に消滅させる事が出来ないらしくて、そういうものを撃った場合は自力では天界に戻れない場所へと堕とされる事になるの。
そしておそらく、リュシフェル様達が堕とされた時に開いた穴が、あのゲートなのだと思う。
私達は物質的な肉体を持たないから、空間にぶつかる事で開いてしまったんだよ。
話が反れたけど、私達は彼らを撃った事で嘆き、さらにその事実を知る事で絶望した。
だけど、皆は消えてしまう時に笑顔で私達を慰めてくれた。
「強くなったな」「お前達が気にする事じゃない」「なんて顔をしているんですか」など、消えてしまう自分達よりも私達の事を、最後まで思ってくれていたの。
彼らは最後まで優しかった・・・
でも当時は、その言葉は聞こえてはいても頭の中には残らなかった・・・
そして・・・
「私はお前達に撃たれるのであれば、心残りはあるが悔いも恨みもない。これからもお前達はお前達が正しいと思う事をしていきなさい。それは神の意思ではなく、お前達の意志で。・・・そろそろお別れだ・・・愛すべき・・・我が子達よ・・・」
その言葉を残してリュシフェル様は消えてしまわれた・・・
その瞬間、私の心にはぽっかりと穴が開いたような気分になったの。
人の言葉を借りると、神様が私達の生みの親だとすると、リュシフェル様は私達の育ての親だったという事に気づいたから。
そして私達は神の意志に沿い戦争を終結させたはずなのに、ただ空しさ悲しさだけが感じられたの・・・
ああ、これが感情というものなんだと初めてわかった瞬間でもあるんだ。
私と初めて話した時、キョウヤは聞いていたよね?
私の事、ガブリエルって熾天使のか?って。
キョウヤが何で知っていたのかはわからないけど、それは私達3柱と先の大戦で指揮を任され最前線で活躍した座天使の功績をたたえ、4大天使と呼ばれつつも空白となった熾天使の位階を与えられる事になったというのが答え。
前線で活躍した彼は誇らしくしていたけど、私達3柱は正直そんな事はどうでもよかった。
だから彼女は天使筆頭というリュシフェル様と同じ地位を与えられてしまった事に、最初の頃は戸惑いを隠せずにいたの。
自分が最高位の天使として君臨していてもいいのだろうかと、よく相談も受けていたんだよ。
だけど、しばらくすると私に相談する事もなくなり、神様に従順になっていったの。
私は自分の使命を果たそうと頑張っているのだと、気にも留めなかった。
私はそれよりも、なぜリュシフェル様達が謀反を起こしたのかという事の方が知りたかったから。
リュシフェル様側についていた残存の天使が捕らえられている事を知った私は、神様に処分される前にすぐに聞きに行ったの。
そこで聞いた話に、私は愕然としてしまった・・・
リュシフェル様は誰に対しても、どんな相手に対しても何より優しかった。
その彼が謀反を起こした理由・・・
それは・・・
人間を守ろうとしたから!
ここではない、そして地球でもない、全く別の世界に住んでいた人間。
その人間を神様は滅ぼそうとしていたのだと・・・
なぜ?
神様は御自分がご創造されたはずの人間は失敗作なのだと。
だからまず始めに、ある世界の人間を滅ぼし新たに造りなおす。
それが上手くいけば、次々に別の世界の人間を滅ぼし新しく造りなおすのだと言ったらしいの。
それを聞いたリュシフェル様が激怒した・・・
どんな者であっても、全てを愛し見守っていたリュシフェル様がそれを許すはずがなかった。
一度も、誰にも怒ったことの無いリュシフェル様が、初めて激怒した相手が神様だったの。
そしてリュシフェル様は考えを変えない神様を打倒すべく立ち上がり、事情を知り彼を慕っていた他の天使達も反旗を翻したという事。
私はそれを聞いて罪の意識に苛まされたの。
なぜあの時、説得ではなく相手の話を聞かなかったのか・・・
私は最初からリュシフェル様についていればよかった・・・
でも、どうしようもなかった・・・
それに今更何を言っても、もうすでに遅い・・・
それからの私はその事を必死で忘れようと、もしくは正当化しようと神様に命に従ってきた。
もしかしたら彼女も、リュシフェル様の事を知っていたのかもしれないね。
だから私と同じように必死になって神様の指示に従っていたのかもしれない。
ただ、人間に興味の無かった私が、リュシフェル様が人間を守ろうとした事を知って興味を持ち始めたのもこの頃。
都合よく私に与えられた役目が信託だったしね。
色々な世界の人間を見てきたよ。
正直最初の頃は、人間同士で戦争をしていたり、人間同士を騙したり、蹂躙したりしているのを見て、リュシフェル様はなんで守ろうとしたのかわからなかった。
でもそれはごく一部の事で、大半の人間が互いに手を取り合い一生懸命に頑張り、笑顔で居る事がわかった。
その時に、間違いを起こすのが人間なんだと気づいたの。
リュシフェル様はその間違いを含めて、人間に自分達で考え道を決めさせるべきだと考えていたんだ。
神様に行く先を決められるのではなく・・・
それはきっと、リュシフェル様は神様も愛していたのだと思う。
人間そのものを愛し守りたい、神様が創り上げた物を愛し守りたいと考えていた。
神様が創り上げた物が間違いではないと伝えたかった。
今では、当時リュシフェル様がそう考えていたんじゃないかって思っているの。
・・・今話した事が、天界で起こった出来事と私が目を背け逃げ続けていた事だよ。
そうそう、リュシフェル様が堕ちた世界・場所を知っていたのは神様のみ。
私達が知る由もなかった事。
だけれども各世界の監視役をしている事で、この世界の魔王がもしかしたらという情報に辿り着くことが出来たの。
今回、魔大陸に来た時に初めて出会った人物。
姿・形は全く違ったけどすぐにゼブルだと気づいた。
そしてその事で皆がここに堕とされたのだと確信至ったの。
ちなみにハーリスは天界終末大戦には参加していないんだよね。
私ははっきりした事は知らないけど、大戦が起こる前に別の理由で神様に逆らって堕とされたって聞いてる。
きっと堕とされた先が同じで、元々皆と仲が良かったから一緒に行動しているんだと思う。
皆、姿・形が違うけど、それはきっと彼らが堕とされた時に彼らの粒子が魔族の肉体に受肉した結果だと思うの。
でも雰囲気は当時と何も変わっていなかった・・・
・・・関係ない話も混じっちゃったけど、これがキョウヤに・・・キョウヤ達に聞いてもらいたかった事です・・・
◇◇◇◇
ガブリエルが話し終えた後、しばらく誰も口を利く事が出来なかった。
(今回、私はここに来たくない気持ちも少なからずあったんだけど、やっぱり来て良かったと思ってるよ)
「・・・そうか」
俺達の様子を見て、ガブリエルが再び口を開いた。
俺はガブリエルの話を聞いている間は、連れて来ない方が良かったのではないかと思ってしまっていた。
でも、来て良かったという言葉を聞いて俺は安心した。
(うん、皆の当時と変わらない元気で楽しそうな姿を見て。そして私が欲しかった言葉を言ってくれて・・・)
「・・・」
(そう、私は許しが欲しかったんだと思う。あんな事があっても怒る彼らではない事は知っていても、それでも心のどこかで私達を憎んでいるんじゃないかと考えてしまったから・・・)
「・・・そうなのかもしれないな」
戦いたくて戦った相手ではない。
それは相手も同じ事・・・
だからといって、倒された相手が自分を憎まないとも限らない。
そして相手を倒した自分が、自分を責めてしまう事も道理だろう。
忘れたいと思う気持ちと、忘れてはいけないと思う気持ちが入り混じってどうしたらいいかわからない状態に陥ってもおかしくはない。
ガブリエルがその後とった行動が良いか悪いかは別として、俺が考えられないほどの苦悩を乗り越えてきた事は事実なのだろう。
ようやくそれが完全にではないのだろうが、払拭できたようだ。
「俺の生きてきた時間よりも遥かに長い時を過ごし、比にならない程の苦悩してきたガブリエルに、俺はお前の気持ちがわかるなど軽はずみな事は言うことは出来ない」
(・・・うん)
「だけど、これだけは言っておく。これから俺達と過ごす時の中で、お前が許しを請いたい場合は全て俺が許す!」
(・・・うん!ありがとう!キョウヤ~!)
なんか偉そうな事を言ってしまったが、俺が言いたいことは伝わってくれたようだ。
「ぷっ、キョウヤさんは本当に口下手ですね」
「本当だよね~!普通なら何言ってるのさってなるよね」
ガブリエルだけでなく、他の皆にも理解出来ているようだった。
「我は元々許しなど請わん」
いや、フェンリルだけは何も考えていないな。
「そういう時は俺が守ってやるくらい言ってあげませんと」
(いいんだよ~!それがキョウヤなんだから~)
「きょうやはあたしが守るよ~!」
また訳のわからない事を言っているが、いつもの光景に戻り少し安心した。
ガブリエルもいつもの口調に戻っているみたいだし。
(でも~、リュシフェル様に子供が居た事にはビックリしたなぁ~)
「ああ、やっぱりそれは知らなかったんだな?」
確かに今は魔族に身を堕としたとはいえ元天使。
子供を作るなんて、ありえない事なのだろうな。
(うん、でもなんか嬉しかったよ~)
「そっか」
でもガブリエルは、何だか嬉しそうにしているようだし良かったのだろう。
しかし、シャーターン達と違って彼女は俺達の事を嫌っているようだったな。
これからしばらくは色々と世話になるわけだし、少しでも仲良くなれるといいが。
そしてここにいる間に、彼らに対するガブリエルの心の壁が完全に消えてくれればと思った ・・・
お読み頂きありがとうございます。
ガブリエルの話の中で、自分達の数え方を3人から3柱に変わっていますが
格を持っているかいないかで分けております。
それと
天使の階級の役割やその階級の天使については諸説あるようです。
なので、この話では単純に力・能力・神への忠義で
決められていると考えていただいて大丈夫です。




