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第35話 魔王と対面


「本当に大丈夫なんでしょうか・・・」


リーエが不安を口にした。




俺達は魔界の魔王が住んでいる王宮の一室に通されて待っていた。


ベルゼバブも魔界と言っていたが、実の所はベルゼバブの仲間達が勝手に呼んでいるだけだと教えてくれた。


どういう事なのかというと、詳しい話は魔王からと言われてまだ聞かされていないが、ベルゼバブと仲間達がこの世界に来た時に瘴気が漂っている事、この世界には魔物か魔族しか存在しない事からそう呼び始めたらしい。


俺達も魔界に足を踏み入れた時、瘴気に当てられ気分が悪くなっていた。

さすがにフェンリルとガブリエルは大丈夫だったようだが。


瘴気によって体中にだるさを感じるのもあるのだが、それ以上に頭の中をかき混ぜられたような感覚に陥るのだ。


それに負けてしまうと、正気ではなくなってしまうとの事。


ベルゼバブが気をしっかり保てというのは魔王の事ではなく、この瘴気に当てられないようにということだったようだ。


俺達の姿を見かねて溜息を吐きながら、体中に瘴気を通さないような魔力を纏わせろと簡単なアドバイスをくれた事により、なんとか調子を取り戻した。



正常な状態に戻り顔を上げて周りを見渡すと、先程までの緑豊かな場所とは打って変わって、空は薄紫色で地面は茶褐色の土、枯れた木々が所々に生えており、そして赤い(モヤ)の様な物が漂っていた。


この赤い靄の様な物が瘴気らしい。


そしてこの世界は、先程までいた世界とは別の空間に存在している。

とはいえ、先程の世界・仮に表の世界と呼ぶ事にするが、表の世界とこの世界はまさに表裏一体なのだとか。


空間は違えど、表の世界が無ければこの世界の存在はありえないそうだ。


表の世界を土台として、この空間を作り上げている。

従って地形などは、表の世界とほぼ同じだとの事。


そしてその空間を繋ぐ場所は、俺達も通ったゲートのみだと言っていた。


タマモもリーエも、それについては知らなかったようで驚きを隠せないでいた。


ベルゼバブは表の世界では知られていない事だから、知っている者など一握りくらいのもんだとフォローをしていた。


ベルゼバブは自身や魔王の事に関しては聞いても、魔王に会ってからと教えてはくれないが、それ以外のことについては色々と教えてくれる。


ガブリエルはベルゼバブが放している間は何も話さず、ずっと悲しそうにベルゼバブを見ているだけだった。


そして彼らの住んでいる都市、万魔殿(パンデモニウム)へとやってきた。


そこは都市と呼んだ通りれっきとした国であり、そこには魔族という住人が家を造り街を築き上げていた。

建物の造りもしっかりしており、街並みも綺麗にされている。


魔族が都市を築き、人間と変わらないような生活をしている事に驚いたが、魔族だからどうとか言うのは完全な偏見なのだろうと割り切る事にした。


途中ベルゼバブが住人の魔族に話しかけられたりしていたが、気さくに返していた。

俺達を見て不審な目を向ける者もいたのだが、ベルゼバブが適当に濁してくれた。


街中に入ってから気づいたが、パンデモニウムには結界が張られているらしく、瘴気が少なくなっていて大分楽になった。


それからベルゼバブに王宮に連れられて、魔王に報告してくるから待っていろと、客室に通され待っている状態だ。




「さあな、少なくともベルゼバブは俺達の事を殺そうとはしていないようだがな」


先程のリーエの質問に俺が思った事を答える。


「でも、この瘴気だっけ?気を抜くと当てられそうだけど、よくずっとこんな所に居られるよね」


都市に張っている結界のお蔭で瘴気が薄くなっているとは言え、全く無いわけではない。

少しでも気を抜いて纏わせている魔力が途切れさせてしまうと、一気に瘴気に当てられそうな感じはある。


「確かにそうだな。まあそれについては、あいつらが魔族だからという理由だけではなさそうだ」


魔族だろうがなんだろうが、瘴気に当てられてしまえば正気を保つ事は難しいだろう。

だからこそ結界を張っているのだろうし、ここにいるにも理由がありそうだ。


待っている間、フェンリルに瘴気が平気な訳を聞いてみたのだが、本人は意識している事ではないのでわからないという事だった。


まあ普段から毛並みに魔力を纏わせる事が出来るのだから、瘴気も防いでくれているのだろう。


ガブリエルは相変わらず心あらずという感じで外を見ていた。



しばらく待っているとベルゼバブが戻ってきて、魔王が会ってくれるという事でベルゼバブの後について俺達は部屋を後にした。


ベルゼバブが一際大きい扉の前で立ち止まると、扉の横に居た魔族が開けてくれる。


そしてベルゼバブが「ご苦労」と言いながら歩き始めたので、俺達もその後に続いて中に入った。


中に入ると、王座どころか周りにも誰もいなかった。

俺達は王座の前で止められると「そこで少し待て」と言われ、ベルゼバブが目の前から消えた。


ベルゼバブは空間転移を使えるのだろうか?


と疑問に思っていると、周りから途轍もない雰囲気を感じ始めた。


周りを見ると、先程までいなかったはずの場所に数人が立ち並んでいた。


そしてベルゼバブが王座の横に現れたと思うと頭を下げた。


すると王座の前に人影が現れ、こちらを見て一礼をした。


「この万魔殿(パンデモニウム)によく来たな。私がシャーターン、ブリューエンガルドでは魔王と呼ばれているようだがね。お前の名は?」

「あんたが魔王か・・・俺はキョウヤだ」


シャーターンと名乗った魔王は、周りにいる他の者とは格別な存在感を感じる。

すごく綺麗な顔をしているのに、どこか恐ろしさを含んでいるように見える。


「ベルゼバブから面白い連中が来たと聞いていたが、確かに中々面白い組み合わせだな。人間に妖狐、ハーフエルフ、そして・・・」


面白そうに笑いながら俺達を見渡している。


「久しいなフェンリル。また私とやり合いにきたのか?」

「むっ、そうしたいのは山々なんだが、力を奪われた今の我ではお前に遠く及ばないのでな。遠慮しておく」


力を奪われたとはいえ、あれだけ強かったフェンリルでも太刀打ち出来ないのか・・・


「そうか、少し楽しみにしていたのだがな」


心底残念そうに魔王は呟いた。


「・・・ガブリエル。正直お前がここに来るとは思いもしなかったぞ」

(リュシフェル様・・・)


ガブリエルは聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。

魔王には聞こえていたようで、ガブリエルを見て儚げな表情を浮かべながら話しかけた。


「その名はすでに捨てた。これからはシャーターンと呼びなさい」

(・・・はい)


ガブリエルが魔大陸に来るとなってからずっと思いつめた表情をしていたが、ベルゼバブを知っていたように魔王とも何かあったからだったのか・・・


「私たちにずっと負い目を感じていたお前がここまでくるという事は、それほどそこの人間に入れ込んだという事か」

(はい、シャーターン様が望んでいた事を知り、私も下界に目を向けるようになり、そして目を引いた人間がキョウヤです)


ガブリエルがいつもとは違う口調で話している事から、どのような繋がりかはまだわからないが、ガブリエルよりも上位の存在である事が伺える。


「そうか・・・それならばお前は私達に負い目を感じる必要はない!過去に囚われず、その人間の為に力を貸してやるがいい」

(はい・・・ありがとうございます!)


ガブリエルは泣きながら頭を下げていた。


・・・魔王はものすごくいい奴なのか・・・?


「さて、話がそれてしまったが・・・そこの人間、キョウヤと言ったか?私に話があると言っていたがどのような用件だ?」

「ああ、その事だが・・・あんたを一発殴りに来た」


俺はここに来た目的を隠さずに話した。


「「「!!」」」

「・・・くっ、くくくっ、はーはっはっは!これは面白い!私を目の前にしてそれだけの事が言えるとは。してその理由はなんだ?」


俺の言葉に、周りにいた魔族の目の色が一瞬変わったのだが、魔王が盛大に笑い出した事で周りも軽く笑みを浮かべ様子を見ていた。


「それは・・・」


俺は聖域で起こった事を全て話した。

その間魔王は真面目な顔をして、俺の話を聞いていた。


「そうか、そのような事が・・・迷惑をかけたようだな。・・・ベルゼバブ!サラマンダーとヘルハウンドがなぜ魔大陸を出たのだ!?向こうはお前に任せていたはずだが」

「それについては私もわかりかねるな。魔大陸で魔力の反応があり、向かったときには魔力痕だけが残っていて、すでに誰もいなかったのだから」


魔王に問われたベルゼバブは、やれやれといった顔で説明している。


「お前でも気づかない程の者の仕業か」

「まあ、魔大陸に侵入したことには気づいていたが、あまりに微力すぎて気にかけていなかった。それに魔力痕を調べても俺達に害を成す魔法じゃなかったから、後追いをしなかったのも悪かったな」


俺達の話を聞いて、ベルゼバブもその時の判断が失敗だったと感じたようだった。


「なるほどな。おそらく捕縛するための魔法であいつらを捕らえていったのだろう。その後に精神操作であいつらを操り襲ったという所だろうな」


魔王はその時の状況を冷静に分析していた。


「少なからずこちらに非がある事を認めよう。して、キョウヤはどうするのだ?私を殴るというなら受け入れてやろう」

「シャーターン様!」


魔王が素直に殴られると言い出すとは思わなかった。


それは魔王の隣にいた女性の魔族も同じだったのだろう。

魔王を諌める様に声を張り上げた。


「よいのだ。そこの人間がどうするのかも気になるしな」


魔王は楽しそうに俺の目を見つめて、隣にいる魔族を宥めている。


「それでキョウヤよ、私を殴るか?」

「じゃあ、遠慮なく殴らせてもらおう・・・と言いたい所だが、今の俺の力ではたいしたダメージを与えられないのが現状だろうな」


フェンリルの足元にも及ばない俺の力では、魔王を殴った所で意味はないだろう。

下手をすれば自分がダメージを受けてしまう可能性の方が高い。


「ほほう?ちゃんと自分と相手の強さを見極める事は出来るようだな。では、どうするのだ?」


正直それについては特に考えていなかった。


ここに来るまでは、どんなに力の差があろうともとりあえずは魔王をぶん殴って、その後は状況に応じてタマモやリーエ達を逃がす事。

それだけを考えていた。


魔王がここまで好戦的ではない上、殴ってもいいと言われるとは思ってもみなかったし、自分が殴れないとも考えていなかった。


「その前に質問してもいいか?」


だからこれからの行動を考える為にも、今は状況を把握しようと考えた。


「なんだ?質問によっては答えてやろう」

「ベルゼバブにも聞いた事だが、今居るこの世界は一体なんなんだ?それにあんた達はなぜこんな所にいるんだ?あんた達の目的は?」


「質問が多いな。ふむ・・・この世界は何なのか・・・そうだな、元々の世界、まあ言い換えれば表の世界に渦巻く負の感情のみが魔力に混ざり合う事で出来上がった異空間とでも言えばいいかな」

「負の感情で出来た異空間・・・」


「そうだ。お前もこの空間に来た時に感じただろう?頭の中をかき乱されるような感覚を」

「ああ・・・」


確かにあの時、どす黒い感情の様な物に頭をかき乱されていた。

ベルゼバブが正気を保てなくなると言っていたのも、そのせいだったのか。


「憎悪や嫉妬、強欲など、知性のある者なら誰しもが持つ感情。それらが表立っているいないに関わらず、そうした感情を持つ事により生まれた空間なのだ」


なるほどな。


確かに俺にも色々と憎んだり嫉んだり、羨ましく思った事がある。

それが表に出なくても、感情としてそこに存在するという事実。


この世界では魔力があるため、それと混ざり合う事で空間が歪み別空間として存在するという事か。


「他の質問に関してだが、我々の過去と関係する事なので一々それを話すつもりはない。目的に関してもしかり。なので現状に関してのみ答えよう」

「ああ、わかった」


「どうしても過去の事を知りたければ、そこのガブリエルにでも聞けばいい。答えてくれるかは知らんがな」

(・・・)

「いや、それはいい。続きを話してくれ」


魔王がガブリエルに話を振ると、悲しそうな表情で下を向いたのを見て、俺は先を話すように促した。


「端的に言えば、表の世界とこの世界を繋ぐ場所は、お前も通って来たあのゲートのみ。それを私達は守っているという事だ」

「なぜそんな事を・・・?」


魔王がそのゲートを守っている理由がよくわからない。

表の世界の連中がこちらに来ても意味はないし、魔王達もこの世界に居続ける必要もないだろう。


「・・・この世界には魔族が存在する。それはこの瘴気から突如発生する者であったり、何かしらの原因により精神生命体が受肉をしたりと様々だ」

「・・・」


「そして表の世界にも国があるように、この世界・・・私達は魔界と呼んでいるが、魔族が集まり国を作っている。表の世界では魔王は一人だと勘違いしているようだが、魔王とはその国の王の事を指して呼ぶのだ」


確かに俺も魔王としか聞いていなかったから、一人だけなのだと早合点していた。

そして彼らが魔界と呼んでいる理由もわかった気がした。


「自分達に無い物を欲しがる。これは魔族に限った事ではなく、知性のある者であれば誰しも考え得る事だ。だから魔族は表の世界を欲しがり、表の世界の者は魔界を知れば魔族の力を欲しがる。それらを未然に食い止めているという訳だ」

「・・・あんた達も魔族なんだよな?」


魔王が言っている事はわかるが、今の話からなぜ彼らがそうしているのかが見えてこない。


「魔族かと聞かれれば、そうだというのが答えだな」


あいまいな表現だな。

ガブリエルが魔王を敬うように接していた事にも関係しているのかもしれない。


これ以上深く聞いたところで答えてはくれないのだろうな。


「そうか・・・最後に一ついいか?」

「なんだ?」


「ゲートを狙う魔族は頻繁に来るのか?」

「ああ、魔族は倒しても直ぐに別の魔族が生まれるからな」


そうか、だったら俺のやるべき事は決まった。


「俺は・・・」



お読み頂きありがとうございます。


本作では神話等の名前を使用するとき

あまり一般的ではない名前を使っている事もありますが

これはあえて、そのようにしています。


違和感を感じる人もいらっしゃるかもしれませんが

読み方や言語によって違う中、

マイナーな名前を使用したりしています。



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