第34話 魔大陸上陸
魔大陸と呼ばれているこの島は断崖絶壁になっている場所が多く、島の周りを回りながらようやくクルーザーを止められそうな砂浜を見つけ上陸した。
クルーザーは、フェンリルに紐で引っ張ってもらい砂浜に上げ固定しておく。
それから辺りを見渡したのだが・・・
「思っていたよりも綺麗な場所だな」
魔大陸というからには、空は紫色で薄暗く毒の沼地があり木々が枯れていて、そこら中にコウモリが飛んでいるというようなイメージを勝手にしていた。
しかし全然そんな事はなく、普通の島と同じ様に空は青く白い砂浜に緑色の木々、そして野鳥の声が響き渡っている。
「本当だね、ニウギス大森林とはまた違った綺麗さだね!」
「ええ、魔王が居るこの島には誰も来ることが無い為、資源の宝庫だとも言われていますので」
タマモは俺に同調し、リーエが簡単に解説をしてくれた。
「タマモはこの島がこんな感じなのだと知らなかったのか?」
「生まれ変わってからは来た事ないし、前世では来た事あるのかもしれないけど覚えてないよ」
タマモの事だから、前世でもこんな所までは来ていないような気がするな。
「まあ、そうだよな。リーエは知っているようだが?」
「直接見たわけではないですよ。管理者ともなれば、危険を事前に察知する為に世界中を見ていますし、聖域を出て世界を周った時の噂話程度には知っています」
確かにリーエなら世界中を見る事が出来たのだし、魔大陸が外から見ると綺麗な島だということくらいは知っているか。
「我はこの島に来るのは数百年ぶりくらいか?」
「フェンリルは来た事あるんだな」
「我は昔、戦いを求めてあちこちに行っていたからな。強い者が居ると聞いてこの島に来たのだ」
「その時に魔王と戦ったのか・・・つーか、海に囲まれたこの島にどうやってきたんだ?」
魔王とフェンリルが戦って、よくこの島が無事だったなと考えたのだが、それ以前にフェンリルが海を渡る手段が気になった。
「むっ?海は走ればよかろう」
「・・・」
フェンリルに常識を求めるのは間違いなんだな・・・
・・・
しかしさっきから気になっていたが、この島に来てから明らかにガブリエルの様子がおかしい・・・
たまに相槌を打ったり冗談を言ったりはしているのだが、いつもよりも言葉少ないし表情に陰があるような気がする。
ガブリエルに直接聞いたところで、何でもないよ~と言うだけに決まっている。
心配ではあるが、心配しすぎても仕方がないのでとりあえず先に進む事にした。
島と言っても魔大陸と呼ばれているだけあって、結構な広さがあるらしい。
島そのものは丸い形になっているようで、その中心に魔王城がある。
馬車の速度で考えると、2日くらいかかる距離との事。
まあ実際には馬車などはないし、この島に来る人もほとんど居ないのだから感覚的なものだろう。
それに俺達はそのくらいの距離なら、おそらく半日くらいでつけると思う。
「フェンリルは一回来た事あるなら、魔王城の正確な位置はわかるか?」
「うむ、場所を覚えているというよりも匂いでわかる」
なんの匂いなのかは疑問に思ったが、それは気にしないほうがいいだろう。
「そっか、じゃあ先導宜しく」
「急いでいるのなら我が乗せていくか?」
「いや・・・そうだな、タマモとリーエを乗せてやってくれ」
「え?なんで?」
「そうですよ、キョウヤさんが乗せてもらわないのなら私も乗りませんよ」
クラウンとフェンリルと戦って実感したのだが、俺はまだ強くならないといけない。
だから訓練がてら行こうと思い、彼女達にそれに付き合わせる気はなかったのだが・・・
それに念の為に二人には万全の状態でいてほしいと思ったのもある。
「・・・わかった。フェンリルすまないが俺も乗せてくれ」
「うむ、承知した」
「全くキョウヤさんは、また一人で抱え込もうとしていますね?」
「ほんとだよね。もっとあたし達を頼ってくれてもいいのにね~」
リーエは俺の心中を察したように呟き、それにタマモが同調する。
それなりに一緒に居る時間が長くなってきている為に、二人とも俺の事を理解してきているようだ。
嬉しいのやら、見透かされていて恥ずかしいのやら・・・
仕方が無く俺もフェンリルに乗せてもらったのだが・・・
「なあ、タマモ?なんかおかしくないか?」
「え?何が?全然おかしくないよ」
「ちょっとタマモさん!なんでキョウヤさんの方を向いて乗っているんですか!」
前と同じようにタマモが前でリーエが後ろ、その真ん中に挟まれるように俺が乗っているのだが、なぜかタマモは俺の方を向き抱きついて乗っていた。
「いや、どう考えてもおかしいだろう・・・前を向けよ」
「え~!だって、リーエはきょうやに抱きついているのに、あたしは前を向いたら抱きつけないじゃん!」
「だっ、抱きついているって!人聞きの悪い言い方をしないで下さい!こうしないと乗れないじゃないですか!」
タマモは訳のわからない理由で前を向こうとしない。
リーエはリーエでなぜか慌てているし・・・
「むう、楽しそうだな・・ところでもう出ていいのか?」
「あ、ああ、すまないな。行ってくれ」
なんかフェンリルが混ざりたそうな声を上げながら、出発していいのか訪ねてきた。
タマモは向き直るつもりは無い様だし出発していいとは言ったが、その前に一つだけ・・・
「ガブリエル大丈夫か?」
(ん~?どうしたの?大丈夫だよ~!)
やはり元気が無かったからガブリエルに声をかけたのだが、案の定の答えが返ってきた。
本人が言いたくない事なのだろうから、あまり深入りするのもよくないか・・・
そう考えてフェンリルに出発してもらった。
フェンリルのスピードだと、おそらく半日も掛からないだろうと言う話だ。
途中魔物らしき存在も見かけたが、さすがにフェンリルに襲い掛かってくるようなバカな魔物はいなかった。
しかし、サラマンダーやヘルハウンドなどを見かけなかったので不思議に思っていたのだが、どうやら俺達の上陸した反対側に活火山があるらしく、そこに生息しているらしい。
それからは特に何事も無く進むと塀があり、その塀の上からは魔王が住んでいると思わしき城のような建物と正面には門が見えてきた。
門の前には魔族らしき者2人が見張りをしている。
門から少し離れた所で俺達はフェンリルから降りた。
「キョウヤさんどうするんですか?」
「別に魔族と争いに来たわけではないからな。普通に正面から行く」
「大丈夫なの?きょうや」
これからどうするのか聞いてきたリーエに俺が応えると、タマモが心配の声を上げた。
さすがにゲームの世界と違って、いくら魔王の城だからといって勝手に入るわけにもいかないしな。
「まあ、何とかなるだろう」
俺はそういいながら、歩いて門へと向かって行く。
「――!!そこで止まれ!貴様らは何者だ!」
「何者と聞かれても困るが、とりあえず魔王に会いに来た」
門の前に居た魔族が俺達を見て、止まる様に指示してくる。
「見た所、人間とエルフ、妖狐に・・・フェンリル!?」
さすが魔族。
見ただけで俺達の種族がわかるのか。
魔族も魔術に長けているらしいから、魔力とかで判別できるのかもしれないな。
「なんで種族が違う奴らが一緒にいる!それにフェンリルまで!ここに何をしに来た!」
「いや、だから魔王に会いに来ただけだ」
俺達を見て興奮した魔族が、俺が魔王に会いにきたと言った事を忘れたかのように、何をしに来たのかを尋ねてきた。
「魔王様に何の用だ!魔王様を滅ぼすつもりか!?」
「そんなつもりはサラサラない」
「じゃあ何の為だ!」
「とりあえずは魔王から話が聞きたいだけだ」
本当はぶん殴りに来たのだが、魔王から話を聞いてからでも遅くはないし、バカ正直にここで言って話がこじれても面倒なので、それは黙っておいた。
「そんな事は信じられるか!」
「じゃあどうしたら信じてくれるんだ?」
「それは・・・」
魔族が言いよどみ、次の句を告げようとしたその矢先。
「おお!なんかでかい魔力を感じたから見に来たら、なんか面白い面子がいるじゃないか」
門が開いたと思うと、中から1人の魔族が出て声を発した。
見た目は精悍な顔立ちをしているが若干野性味を感じ、体全体からは研ぎ澄まされたような魔力を纏わせている。
軽い感じに見えなくも無いが、隙も無く常に周りに警戒をしている事がわかる。
「人間にエルフに妖狐・・・それにフェンリルもか!」
「よう、数百年ぶりか?」
そのセリフ、さっき門の前に居る魔族からも聞いたんだが・・・
フェンリルは魔王と戦った事があると言っていたし、他に知っている魔族が居ても不思議ではないか。
「本当に面白い組み合わせだな!・・・ん?お前、ガブリエルじゃないか!」
(ゼブル・・・お久だね・・・)
ガブリエルを見た目の前の魔族が声を上げ、それにガブリエルは応えた。
ゼブルと呼ばれた男とガブリエルは顔見知りなのか。
なぜ2人が顔見知りなのかは、今は聞かない方がいいんだろうな・・・
「違うな、私は今ベルゼバブと名乗っているんだ」
(そうなんだ・・・でも私にはゼブルはゼブルだよ・・・)
「そうか?まあどっちでも構わないけどな」
話している姿を見ているだけだといい加減な印象を受けるが、全く持ってそんな事は無い。
常に俺達の一挙手一投足を伺っている。
こちらを見てはいないが、指一本動かしただけで奴は反応するだろう・・・
それだけの圧倒的な存在感を見せ付けられている。
「それで、お前達は何をしに来たんだ?」
ゼブル?ベルゼバブ?は俺の方に向き直り、思い出したように尋ねてきた。
「ああ、俺達は魔王から話を聞くために会いに来ただけだ」
「おお、なるほどな。戦いを挑むのではなく、話すために来た人間は始めてだな」
何が嬉しかったのかわからないが、ニヤニヤしながら頷いている。
「よし、わかった!久しぶりにガブリエルと会って気分がいい。魔王様の所まで私が連れて行ってやるよ」
「ベルゼバブ様!!」
「いいんだよ」
ベルゼバブの言葉に聞いていた魔族が声を上げたのだが、ベルゼバブはそれを諌めた。
召喚された後、自分の目や耳でこの世界を感じてきたのだが、イシュタール王が言うほど魔族に悪い印象を持ってはいなかった。
実際に門の前に居た魔族も問答無用で襲ってくるわけではなく、普通の人間と同じような対応をとっていたし、目の前の魔族に関しても俺達に警戒はすれこそ襲ってくるわけではない。
しかし、この魔族のここまでの対応に関しては驚きを隠せなかった。
「いいのか?自分で言うのもなんだが、得体のしれない者を招き入れるなんて」
「まあ、いいんじゃないか?お前達程度なら、何かした所で別に大したことじゃない。それにフェンリルも全盛期の力はないようだしな」
「むぅ」
「「「・・・」」」
フェンリルは二の句が告げず、俺達3人は言い返すことが出来なかった。
もし目の前の男が本気になったら、フェンリルが居たとしてもかなり状況は悪いと感じたからだ。
「昔なじみに会えた礼と・・・それにな、なんか楽しいんだよ。中々俺達に会いに来るようなやつはいないからな」
「そうか・・・ありがとな」
初めて会ったにも関わらず、心の内を吐き出してくれたことに素直に礼が口を出た。
もちろん、相手にとって取るに足らない相手だと思われているが為に、魔王の所へ案内してくれている事は承知の上だ。
「まだ何もしてねえよ。礼を言うのは後にして、とりあえず私について来い」
俺が礼を言った事に、若干不満げな顔を覗かせながら先を歩き出した。
その歩いている先は門の中へと向かわず、俺達がここに来た道とは別の道を進んでいる。
魔王の所に連れて行ってくれると言いながら、城の中に行かない事を不審に思いながらも俺達は彼の後についていく。
「どこに行くんだ?」
「ああ?だから魔王様の所へだって言っただろう。いいから黙って付いて来い。取って食いはしねえから」
それ以上は何も言う事はせずに俺達は黙って歩いていた。
しばらく進むと少し開けた場所に、大きな正方形の建物が見えてきた。
そして建物の入り口に近づいたベルゼバブは扉に手を添えると、魔法陣の様な物が浮かび上がり扉は開かれた。
中へと進むベルゼバブに続いて俺達も入ったのだが、そこには上下左右に広々とした空間で何も置いていなかった。
しいて上げれば、広い空間の中央の床に魔法陣が描かれているという事だけだ。
そしてベルゼバブが魔法陣の手前で止まると、振り返って口を開いた。
「さて、これから魔王様の所へ行くわけだが、気をしっかり保てよ」
魔王はそれほどの相手なのかと気を引き締めながら、俺はベルゼバブの様子を伺っている。
そしてベルゼバブ は魔法陣に向き直りパチンと指を鳴らすと、魔法陣の中心にゲートのような物が現れた。
それには俺だけでなく、タマモもリーエも驚いていた。
フェンリルは特に驚いている様子はないが、知っていたのだろうか?
そしてゲートの横に進み出て両手を広げたベルゼバブは、俺達に向けて口を開いた。
「さあ、ここを通れば魔王様がいる魔界だ」
お読み頂きありがとうございます。




