第27話 対ヘルハウンド
俺が着いた時には、壮絶な戦いが繰り広げられていた。
ヘルハウンドは素早い動きで連携を取りながら、時には爪で時には牙で、そして極めつけには口から火球を放つ。
その火球の威力が半端ではなく、シュタイナー達はなんとか避けているのだが、避けた火球が当たった場所からはものすごい火柱が昇っていた。
守護隊のエルフ、デュメジルとトールキンスは弓と魔法で援護を、シュタイナー、ビュクヴィル、ストゥルソンはダガーやショートソードで近接戦闘を行なっている。
ただ、普通の矢だとヘルハウンドの強靭な毛並みには、弾かれてしまっている。
それもわかっていながら打っているのは、牽制の為のようだ。
所々で矢に魔力を込めて打ち込んでいる。
魔力を込めた矢であれば、致命傷を負わせる事は出来なくても、傷を負わせる事が出来ているみたいだ。
近接戦闘の3人は、さすがエルフといった所か。
武器に魔力を張り巡らせる事で、武器を折ることなく戦っている。
ただどちらにしても決め手にかけるようだ。
そして、ヘルハウンドが一番警戒しているのが、エルフの後方から援護をしている彼女だ。
彼女がクラネイアの言っていた樹精霊だろう。
クラネイアに似ているから、おそらく間違いではない。
違うとすれば髪の色が違うくらいか。
クラネイアは淡いピンク色 の綺麗な髪なのたが、彼女はクルミ色の綺麗な髪をしている。
その彼女を警戒しているヘルハウンドは、かなり知性が高く魔力感知にも優れているようで、一番強い者を認識する事が出来るみたいだ。
現にエルフ達の攻撃は、避けずに受ける事もあるのだが、樹精霊の魔法だけは確実に避けている。
樹精霊は燃え上がった炎を消しつつも、ヘルハウンドに向けて巨大な氷の塊を放っている。
その氷は何かに当たっても砕けることがないため、相当な魔力が込められているのだろう。
ただ、ヘルハウンドの動きが素早い為、中々当てる事が出来ないでいる。
・・・このままだとジリ貧になりそうだな。
もし俺が出なくても倒せるようであれば、手出しをするつもりはなかったのだが・・・
俺は頭を切り替え、全力でヘルハウンドを倒す事に集中した。
ストレージから双剣を取り出して剣を抜き、刃に魔力を這わせる。
潜伏スキルにより身を隠しつつ、隠密スキルを使いヘルハウンドの横へと移動を開始。
ちなみにガブリエルは、万が一の事を考えて結界の中で待機させている。
そしてヘルハウンドとシュタイナー達が応戦している中、飛び出すタイミングを伺う。
・・・・・・
今だ!
彼らがせめぎ合い、互いに離れて距離を取ったその一瞬の隙を突いて、俺は一気に駆け出した。
俺は双剣を逆手に持ち、ヘルハウンド同士近くにいた2体の隙間を狙う。
隠密スキルにより、足音は立ててはいない。
それに、このスピードなら気づかれないだろう。
ヘルハウンド2体を目前に、さらにスピードを上げた。
抜き去る瞬間に左右の双剣で、一太刀入れようとした。
が、しかし・・・
抜き去る直前にやつらが、俺の方を一瞬見た。
くそっ!
気づかれていたか!
案の定ヘルハウンドを通り過ぎる瞬間に、やつらは飛び跳ねて俺の剣をかわした。
いや、完全にはかわす事は出来ず、薄皮一枚を斬り少しだけ血が噴出した。
ちっ!
俺は舌打ちをした。
あの程度なら、ダメージにもなっていないだろう。
2体とも仕留めるつもりで行ったのだが、さすがは犬型の魔物といった所か。
おそらく奴らの超感覚により、最初から俺がいる事に気づいていたようだ。
ただ、俺は魔力を隠しているため、取るに足らない存在として危険視されなかっただけなのだろう。
俺としてはその方がありがたかったのだが、俺の動きを見たヘルハウンドは俺を危険な存在として認識してしまった。
面倒だな・・・
「キョウヤ殿!なぜここに!」
「そんな事は後回しだ!俺が最前線に入るから、タイミングを見計らって援護を頼む!」
シュタイナーが俺の姿を見て驚き、近くに寄ってきて俺に疑問を投げかけた。
まさか手助けに来るとは思っていなかったのだろう。
「話の途中に恐れ入ります。キョウヤ様、お初にお目にかかります。私、樹精霊のカリュアと申します」
俺がシュタイナーと言葉を交わしていると、俺の目の前に一瞬で現れた女性が挨拶をしてきた。
先ほど後方支援をしていてカリュアと名乗った彼女は、やはり樹精霊だったようだ。
「ああ、宜しくな。つーか、今は自己紹介をしている場合じゃないだろう」
「もちろんわかっております。ですが、キョウヤ様が私共に協力していただけるのなら、お互いを知っておかないといざという時に困るでしょう」
「まあ確かにな。ただ、こうしている間にも奴らが襲ってくるかもしれないぞ?」
「それは大丈夫です。今は私が威圧と魔法による牽制をしていますので、そうそうは近寄れないでしょう。キョウヤ様が来て下さったお陰で私も多少は無理を出来ますので」
「そうか、ならいいが・・・そんなに俺を買いかぶられても困るがな。それに俺が信用できるのか?」
「クラネイアから貴方の事を伺っております。彼女が信じたのであれば、それを疑う余地はありません。強さに関しても、クラネイアから聞いていただけでなく、こうして向かい合っているだけで十分伝わりますので」
あんまり信用されすぎるのも、むず痒くて困るな・・・
俺は頭をポリポリ掻きながら、今はそれを気にしている場合ではないと頭を切り替える。
「わかった。それなら、俺は奴らが連携とれないように撹乱するから、そこをカリュア・・・さん?が・・」
「カリュアで結構です」
無理に敬称をつけた俺に対して、呼び捨てで呼んでくれとカリュアに言われた。
「ああ、じゃあ俺も様はいらないからな。で、そこをカリュアが確実に倒してくれるか?シュタイナー達は、奴らに近づきすぎない程度に、奴らの隙をついて最大の攻撃を仕掛けてくれ」
「かしこまりました、キョウヤさん」
カリュアは俺の言う事に素直に従ったのだが、シュタイナーは苦虫を噛むような顔をしていた。
後から来て、かつ森に関係のない俺が指示をした事が、面白くはないのだろうな。
というより、守護隊の中では前線向きの彼が、下がらないといけない事が悔しいという感じか。
「よし、じゃあやるぞ」
俺はカリュア達にそう言いながら、最大限の殺気をヘルハウンドに向けて放った。
ヘルハウンド達は一瞬たじろぎ少しだけ後ろに下がったが、引く事は無く歯をむき出しにして唸っている。
さっきは魔力を感知されないようにと身体能力のみで向かったが、今度は魔法で身体能力の強化を行なう。
俺は足に力を込め、一番近くにいたヘルハウンドを目がけて一気に駆け出す。
一瞬でヘルハウンドの後ろをとり、順手に持ち替えた右手の剣を上から振り下ろす。
剣が捉える瞬間、ヘルハウンドは既の所で前に躱した。
しかし、敢えて躱されるように剣を振り下ろしたので何も問題はない。
現にカリュアが魔法の構築を終え、機を伺っていた。
俺の攻撃を躱したヘルハウンドの着地を狙い、カリュアが魔法を放つ。
その結果を見る暇を与えず、一匹のヘルハウンドが俺の後ろから飛び掛ってくる。
魔力感知で動きを捉えていた為、すかさず左足を軸に右のつま先をヘルハウンドの腹に向けて回転蹴りを食らわせる。
その瞬間に『吸収』して身体能力とスキルを奪っておく事も忘れない。
俺は意識すれば、体のどこの部位を使っても吸収を使えるようにしていた。
ヘルハウンドを後方で控えていたビュクヴィル達が攻撃しやすい場所に飛ばした為、彼らは一斉に魔法を仕掛ける。
が、それではまだ弱い!
案の定、ヘルハウンドにダメージを負わせる事は出来たが仕留めきれず、エルフ達に向かって突進していった。
だが、ダメージのせいかスピードは半減しており、そのヘルハウンドをストゥルソンが剣で胴を貫き、シュタイナーが首を切り落としていた。
エルフ達の連携も中々だな。
最初の1体も、どうやらカリュアがちゃんと仕留めたようだ。
残りは2体。
どういう風に倒そうかと考えていたその時。
「やはり我々だけでも倒せるのだ!ビュクヴィル、ストゥルソン、私に続け!」
シュタイナーがそう言いながら、1体のヘルハウンドに向かって行った。
「ばっ!」
ばか野郎と告げる間もなく駆け出したシュタイナーに、ヘルハウンドが照準を合わせ距離を詰めていた。
そしてヘルハウンドの最大の魔力を込めた、火球がシュタイナーに向けて放たれた。
「くそったれ!」
火球は当たるのと同時にものすごい火柱をあげ、しばらくしてからその火が消えた。
シュタイナーは?
・・・
無事だ・・・
なぜなら火球が当たったのは、ヘルハウンドが火球を放った直後に、シュタイナーとの間に縮地で入り込んだ俺なのだから。
シュタイナーには多重結界を張り、余波が届かないようにしておいた。
俺自身にも、もちろん多重結界は張っていたのだが、その多重結界とアールヴァスから貰ったローブの耐性を突破して、ダメージを受けてしまった。
ダメージにより、体が若干動かない・・・
・・・くそっ!
なんつー威力だよ!
「お、おい、大丈夫なのか!?」
シュタイナーは自分の取った行動で、それを庇ったが為にダメージを食らった俺に、負い目を感じるような顔をしながら声をかけてきた。
「・・・この・・ばか野郎が!!死にたいのか!?」
俺は声が若干掠れながら怒鳴った。
「自分に・・自信を持つのはいい・・だがな・・過信はするんじゃない!相手を・・ちゃんと見極めろ!」
俺はシュタイナーに掠れ掠れ声をぶつけた。
シュタイナーは、俺の言葉を黙って聞いている。
「それに・・お前のせいで・・仲間を危機に・・陥れたくはないだろう!?」
俺にそういわれたシュタイナーは、はっとしたように少し俯いた。
話している間に少しだけ回復してきたのか、大分体が動くようになってきた。
よし、これならいけるな。
ダメージを負った俺に追い討ちをかけようとしていたヘルハウンドは、他のエルフ、ビュクヴィル達が牽制をしてくれているお蔭で襲ってはきていない。
もう一体はカリュアが相手をしている。
俺はビュクヴィル達が牽制をしているヘルハウンドに向き合った。
今の体の状態だと先程のスピードを出す事は出来ないと考え、他の手段で追い詰める事にする。
「ビュクヴィル!今からあいつを無防備にするから、その瞬間にお前達が魔法で攻撃しろ!」
俺はビュクヴィル達の返事も待たず、双剣を鞘に収めストレージに仕舞い両手を地面に付けた。
その直後、ヘルハウンドの立っていた地面が一瞬で10m程盛り上がり、その勢いでヘルハウンドが俺達の方へ投げ出された。
そこに、俺の後方からヘルハウンドに向かって魔法が飛び交う。
ビュクヴィル達はちゃんと動いてくれたようだ。
魔法を受けたヘルハウンドは、瀕死ながらも生きてはいたが、落ちてきたと同時にシュタイナーが剣で止めを刺した。
なんだ、シュタイナーも自分の役割をわかっているんじゃないか。
俺はシュタイナーの後姿を見ながら笑みを浮かべた。
さて、残り1体。
カリュアが小手先の魔法で攻撃を仕掛けながら、ヘルハウンドを倒す魔法を当てる隙を伺っていた。
俺はストレージから弓を取り出し矢に魔力を流し込み、筈(矢の端、弦を挟む部位)に風の魔法を仕掛けておく。
そして弓を引き、魔力感知でヘルハウンドの動きを察知しつつ射るタイミングを計る。
・・・・・
カリュアの放つ魔法を避け、飛び跳ねた瞬間。
今だ!
俺は引いていた矢を放つ。
放たれた矢は、筈に仕掛けておいた風の魔法により超加速する。
それはヘルハウンドの後ろ足の付け根に命中した。
後ろ足の付け根に矢を受けたヘルハウンドは、着地の瞬間に膝を落としてしまう。
その隙をカリュアが見逃すわけがない。
俺が何かを仕掛ける事を予測していたカリュアは、予めヘルハウンドを仕留める魔法を待機させていた。
1m程の長さの氷の槍が数十個、ヘルハウンドの真上から降り注ぐ。
ヘルハウンドはそれでも逃げようとしたのだが、足の付け根にダメージを負ってしまっている為に、避ける事も叶わず全て受けた。
しばらくはピクッピクッとしていたが、それも次第に無くなった。
ふう・・・
ようやく全てのヘルハウンドを倒したようだ。
まだダメージが残っている俺は、その場に腰を下ろした。
その俺の目の前にシュタイナーが歩み寄ってきて、深々と頭を下げた。
「すまなかった・・・」
「・・・それは何に対して謝ってるんだ?」
「え?・・・それは勿論、キョウヤ殿に怪我を負わせてしまった事だ」
「・・・お前はまだわかってないのか?」
「何の事だ?」
「・・・戦いにおいて怪我をするなんて事は、当たり前の事じゃないのか?だったら俺は、それについて怒ったりはしない」
「・・・」
「俺が言いたいのは、相手の力を見誤った上に勝手な行動を取った事でお前自身が危険に晒された事、そのせいで仲間を危険に晒してしまう可能性があったという事。俺はそれが許せないだけだ。だからお前自身が反省し次に活かせばそれでいい。そして謝るのであれば俺ではなく、お前を信頼している仲間に対してだ」
シュタイナーは俺の言葉を受け、深く心に刻み込むように目を閉じていた。
「・・・ああ、わかった。色々とありがとう」
ありがとう・・・
すまなかったではなく、ありがとうと彼は言った。
俺を受け入れていなかったシュタイナーから出たそれは、心に響いた言葉だった。
それからシュタイナーは他のエルフ達に謝ったりしていたが、ビュクヴィルなんかは全然気にしていないように笑っていた。
それを見ていると、カリュアが近くに寄ってきた。
「キョウヤさん、此度はありがとうございます。貴方様のお蔭で助かりました」
「ああ、いい、いい。そんなに畏まらなくて」
「しかし貴方様がいなければ、こちらが負けないまでも被害は大きかったはずですので」
「そんな事はないだろう?カリュアだけでも勝てた相手だろうし、最悪クラネイアも出れば大丈夫だったはずだ」
「いえ、私だけではヘルハウンド4体は魔力が持たず無理でしょう。そして私や守護隊が来ている上に、クラネイアが出てきてしまっては聖樹を守る者がいなくなってしまうので、それも無理だったのです」
「・・・そうか」
「はい、ですから貴方様が来てくださった事で、戦況が大きく変わりました」
「あんまり買いかぶり過ぎないでくれ。そしてあんまり気にすんな」
「畏まりました。キョウヤ様がそうおっしゃるのであれば」
いやに俺を持ち上げるカリュアを、なんとか収めることが出来た。
そのままカリュアと少し話をしていると、タマモとリーエが近づいてくるのを感知した。
どうやら二人も無事に終わったようだな。
「――!!キョウヤさん、怪我をしているじゃないですか!?」
「ちょっと、きょうや大丈夫!?」
リーエとタマモが到着し、俺の姿を見た瞬間に駆け寄ってきて心配の声を上げた。
怪我をしている事をすっかり忘れていたな。
二人に言われて気づき、治療をしようと思ったその時・・・
「やれやれ・・・まさか我の出番が来るとはな」
俺の後方から聞こえるその声に、身の毛がよだつように俺の背中がゾクリとしたのを覚えた・・・
本当は次話分も今話に載せるはずだったのですが、
分けて載せることにします。
聖域での話は、もう少しだけお付き合いください。




