朝食スイーツはおやつの前に
「よぉ。兄ちゃん」
烈に声をかけてきた男は、烈と比べて倍の体積はあろうかという、どっしりと体格の男だった。
「俺、弱い者いじめが好きなんだよ。でも金も好きなんだ。少しばかり、工面してくれないかなぁ?」
「他を当たれ。お前より弱そうな奴をな」
烈は肩を竦めた。
「へぇ」
その偉丈夫が拳を上げる。拳が超自然の炎熱で燃える。これは、明らかにデザートを食べていることを示威している。
「俺は今朝ホットケーキ(111円税込み)をデザートに食べている!ホットケーキを食べた俺は当然拳が燃える!殴ればお前も燃えちまうぜ?」
烈はほくそ笑んだ。
「何が可笑しいよ!悪いもんでも食ったか?」
「甘い!」
甘い、それは今朝烈が食べたアイス(135円税込)のことだ。アイス(135円税込)を食したことで烈の体は冷気を纏うことができるのだ!
「何!?貴様まさか食したのか!?アイスを!朝から!」
「そうだ」
「バカな・・・・・・お腹を壊すぞ・・・・・・」
偉丈夫は体の拳、体、全てが氷結する。
「覚悟があるのさ。ホットケーキ(111円税込み)しか食べない奴とは違う、覚悟がな」
烈は氷柱に飲み込まれた偉丈夫を背に、視線を上げる。
ここは魔窟ハリオンモール。その白を基調として原色をアメリカンなアメのようにまだらに配置したこの空間は、住人が高級スイーツによって異様な戦闘能力を持っていることを伺わせる。そして、その頂点に立つ全てのスイーツを集める美食神アルガタがいる。
復讐。
そのために彼はここにいる。
あの日の悲しみと屈辱が、頭をよぎる。
烈は拳を軋ませた。
「あーアルガタ姉さん!俺のプリン知らない?」
「あー。食べちゃった!」
去来する過去を胸に燃やして、烈はハリオンモールの門をくぐった。
烈はハリオンモール第一店、喫茶から顔を出した女がいる。
「あら?新入りかしら?それともお客様?」
「アルガタを葬りに来た」
「へぇ!」
クンッ!と指を上げる。地面を割り無数のツタが鞭のように烈を縛り上げる。
「私は今日の朝イチゴのタルト(860円税込み)を食している!故に植物を操り敵を撃滅することができる。貴方の動きは封じたわ。尋問に応えてもらおうかしら。貴方何者?」
「フン・・・・・・。相性が悪かったな」
「アイス!?」
喫茶女が操る植物は、一瞬で氷結され枯れ果てた。
「まだ!」
だが、タルトである。タルトの能力者は、拳にまぶすことでコンクリートを破壊することも楽になるとWikipediaに書いてあった。
タルトを拳にまぶし、喫茶女は烈に殴りかかった。
「これは・・・・・・!?」
だが空を切る。喫茶女はわずか5秒の迷いで正確にショートケーキを二等分することができる。その正確無比な一撃が、空を切った。
女が地面に叩きつけられた。
「・・・・・・」
「アルガタはどこにいる?」
「ふ、ふふふ。無理よ。あなたじゃ美食神には勝てないわ」
「・・・・・・俺を誰だと尋ねたな。問いに答えるよ。俺は復讐者だ」
「そう」
向こう見ずな蛮勇は、復讐者の特権である。
女はゆっくりと指をさした。
「あの通りを曲がって右。そこから先は交番があるからそこに聞いて」
「分かった」
「殺されろ!行って!殺されろ!」
女の呪詛である。その声を胸に、烈は足を進めた。
「殺されろ!お前は!・・・・・・え?あ、お客様?あ失礼いたしました一名様ですねー?」
「アルガタの居場所を探している」
「へぇ」
交番の男は眉を上げた。
「こっちの二個先の交差点を右に曲がってだ」
「ありがとう」
烈は頭を下げた。
だが、ふと足が止まる。まるで高級茶菓子を地面に落とした瞬間のように烈は足を止めざるを得なかった。
「へぇ。強いねぇ、気づくんだ。本官の殺気に」
「お前が弱いやつしか相手してこなかっただけだろ?」
警察官の両腕を突き出すように構え、体を傾ける。這うよな体勢からの上段蹴りだ。
カウンターに対し無防備な一撃だと烈は断じ、烈は拳で迎撃するが、手ごたえがない。まるでこの感触は豆腐にくぎを打つような・・・・・・
「杏仁豆腐か!」
「ご名答。杏仁豆腐(680円税抜込み)を朝食に食った本官は、なんか、すごいグニャグニャになるのだ」
流体のような滑らかな体の遠心力を受けたアッパーが烈を捉える。
「くっ」
重い。これは烈が朝に食べたデザートの感想ではない。
「さらに、杏仁豆腐(680円税抜込み)は中華料理のデザートっぽいので中国拳法すら使える!豆腐の滑らかさと中国拳法の力強さ!さらに!」
警察官の拳が烈の体を捉える。杏仁豆腐の柔らかさとは異なる弾力が烈を捉えた。
「グゥー!?」
「本官の朝食デザートにはナタデココも入っていた。その弾力!うおおお!」
烈は、息を大きく吐いた。目算を誤って想像以上にでかいパフェが出てきたかのような、絶望とそれに抗うべき闘志を、目に宿す。
「俺は朝食にアイスを食べている!一撃で凍らせる」
「そんなことは翌日のデザートの献立並に検討済みよぉー!」
警察官の拳はバナナのような円旋回からの一撃。それは烈を、屋台のあんずあめに対する少年の視線のように捉えて離さない。だが、
「!?」
「ペラペラと喋りすぎだよ、お前」
体勢は、変わる。まるでヨーグルトに大量のハチミツを入れるかのように。
ぐるりと警官は一回転して地面に叩きつけられた。
「今のは?」
寝そべって、呆然と警察官が呟く。
「合気」
烈は警察官の体に右手を添えた。
「二重朝食者か!?」
「・・・・・・いいや。俺が朝食べたアイス(135円税込)は、抹茶味だ!死ね!」
抹茶。すなわち和の心。和の心を得たものは自他共栄の精神、無一物の境地、明鏡止水とかあるので合気とかもできる。
「詰みだ」
烈は寝そべった警察官の鳩尾に手を添える。
「しまった!凍る!体の水分が!グォォォォー!」
警察官の体を冷気が包む。杏仁豆腐やナタデココは体積に対して水分が多いため、カロリーが少なくダイエットにもお勧めです。
「来たぜ。アルガタ。貴様を葬りにな」
「あらあら、烈。久しぶりね」
アルガタは目を細めた。
「どうしたのかしら?」
烈は、状況を確認する。スイーツ店だらけの通りにあるなかで、アルガタの家はこじんまりとした一軒家だった。まるでスイーツのお品書きで豪華絢爛な多数のパフェの中に書かれているチーズケーキのように。
「復讐しに来たぜ」
「そ」
アルガタは笑って、指を鳴らす。烈の目が眩む。
「丁度いいわ。貴方に惨たらしい制裁を与えることは美食神たる私の力の誇示に繋がる」
あるがたが指で示したのは、街頭のTVだ。
『貴方の無様な敗北は、私という神の覇業の象徴、クリスマスケーキのサンタ砂糖菓子のようになるでしょう』
アルガタの口から、そして街頭のTVから声が、響く。
『やってみろ!』
烈は両腕を開いた。天地上下の構え。まさにシュークリームを一口で貪り食おうとする巨人の咢のような構えだ。
喫茶店で、女は祈るようにTVを見た。
「烈さん・・・・・・」
警察官は、TVを見て小さくつぶやく。
「まずは小手調べ、ね」
アルガタはゆらりと揺れた。
烈の天地上下の構えを巨人の口とするならば、その口の中にはすでに入っている。うすい膜上の冷気の盾が。
アルガタは拳を構えた。
烈は、動かない。
すでに二人はお互いの制空権の中、デザートバイキングでケーキの最後の一つを取り合うように、お互いに手を読む。
先に動いたのは・・・・・・。
「邪ッ!」
烈の掌が舞う。アルガタの動きに反応して、閉じたのだ。
だが、そこには何もいない。気配だけが、残っていた。
「幻でも見たかしら?チェリャアアアア!」
打突。中国拳法に由来する中支一本拳が一撃が烈の胃袋を抉る。
「ぐう!」
さらに蹴り。これは空手の上段回し蹴りだ。
だが、察知した烈は体を緩ませて、その回し蹴りを受けて投げ返そうと・・・・・・。
「幻でも、見たかしら?」
烈の体が別方向からの一撃で吹っ飛ぶ。
「ぐわ!」
烈はかろうじて体勢を立て直す。
「どう?私の」
烈の脳裏には今の一瞬の、何もつかめなかった屈辱が蘇る。だが、
「黙れよ、二重朝食者」
アルガタは口をつぐんだ。そして拳を構える。
「シェァ!」
アルガタの拳だ。
だが、烈は反応しない。烈が地面に張り巡らせた凍気の膜も反応しない。
先ほど烈が拳に感じた感触は、綿であった。故に、アルガタの一つ目のデザートは綿アメ(祭単価400円)だと見切りをつけたのだ。
「そこだ!」
そしてカウンター。和の心を持った烈ならば相手の機先を制して叩き伏せることなどたやすい。
ただし、
「私も持っているのよ。和の心をね」
アルガタがそのカウンターを交わす、さらにクロスカウンター。
「!?」
烈は、膝から崩れ落ちた。
「私はあんまん(132円税込み)を食している。すなわち中国っぽいし餡はなんか日本的な味付けだった。さ。最期の時間よ」
その声は、烈の耳には届かない。
「い・・・・・・だ・・・・・・」
意識を半ば失いながら、呟く。
警察官は首を振った。
「終わりだな」
それは、警察官だけではない。この街の誰もが思ったことだ。
アルガタに敵うものはだれ一人いない。
それが、街の人間の総意だ。一人を除いて。
喫茶女は拳を小さく、祈るように握った。
「い・・・・・・だ・・・・・・」
あの時、喫茶女が呪詛を叫んだ時、烈は足を進めてきた。
喫茶店にだ。
「殺されろ!お前は!殺されろ!」
「イチゴのタルトください」
「・・・・・・え?あ、お客様?あ失礼いたしました一名様ですねー?」
「いまだ!烈さん!」
喫茶女は叫んだ。
「今だ!」
烈は二重朝食者だった。
イチゴのタルト(860円税込み)を食したことにより、アルガタの体にイチゴのツタが絡みつく。
「――!?」
烈は走り出した。そしてその勢いをのせる。拳は冷気とタルトをまぶした直突きだ。
「グ!?」
アルガタの能力ではこの一撃を防ぐことはできない。
「グアアアア!?」
アルガタは、直撃を受けた。イチゴのツタは引きちぎれ、壁を突き破った。
烈は、息を吐いた。
砂埃が巻き上がりアルガタは煙の中に姿を隠している。
警官が叫ぶ。
「やったのか?アイツ!」
喫茶女は小さく、だが強く拳を握った。
「烈さん」
だが、煙の中に人影がうつる。
血とチョコソースにまみれたアルガタが、笑う。
「ククク!ハハハハ!お前がここまでやるのは読めていた!」
全身が満身創痍だが、嗜虐的な視線は変わらない。アルガタは、月例ロシアンルーレットシュークリームで自分が当たった次の月に、シュークリームすべてにワサビを入れてくる悪魔のような女だ。
烈は拳を構えた。
「チョコケーキ(450円税込み)は!チョコレートは、かつて体力回復のための飲料として使用されていた!デザートとして食えば全ての傷が一瞬で回復する!」
右手にチョコケーキ。
「さらに、アップルパイ(1620円税込み)!リンゴはブルーフォレストパワーとシナモンの幻惑効果は貴様を瞬殺するにもオーバーキルだ!」
左手にアップルパイ。
「四重朝食!?バカな!体がもたんぞ!」
「ハハハハハ!私は神を超越する!美食超神の新世紀の始まりだ!」
『ハハハハハ!』
警察官も、喫茶女も、その放送をおびえるように見ていた。
四重朝食者は歴史上だれ一人いない。だが、仮に誕生すれば、
「世界の、終わりだ」
一人で四重にデザートを食う人間が、まともに治世を行うわけがない。
『ハハハハ!死ね!烈!私の・・・・・・オボッ!』
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――しばらくお待ちください。――
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「あー」
中継の中断したTVを見て、人々は、察した。
アルガタは自らの力に耐えられず(生放送で吐いたので社会的に)死んだ。
復讐は何も生まない。そんなことは最初から分かっていたことだ。
ハリオンモールの門を見上げる。
食うのを忘れていたスイーツを冷蔵庫の奥から発見したかのような、虚しさの風が吹く。
「烈さん!」
喫茶女が、声をかける。
「また、来てくれるわよね!」
烈は答えずに、手を振ってハリオンモールを後にした。
アップルパイが好きです。