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33、ギャンビチャ

 おれは誰だ。おれの名前を思い出せ。おれの名前は。おれの名前は。

 自分が誰だかわからない。おれの心を遠隔読心術を使う魔術師たちがのっとりつづけている。おれは操られながら戦いつづけている。何を斬っているのかもわからぬ。頑強な戦士を倒したこともあれば、幼い子供を殺したこともある。今までにあった誰よりも美しい女を殺したこともある。魔術師たちはなぜおれに殺しをさせるのか。

 おれは不死身の体をしている。そういう薬を飲んだのだ。自動蘇生液だ。それ以来、体を操られて、心をのっとられて戦いつづけさせられている。心は魔術師の奴隷戦士だ。必ず、おれを地獄へ落とした魔術師たちに復讐すると誓う。それには、まず、名前を思い出さなければ。

 異国の軍と戦い、おれは死んだ。戦場ではよくあることだ。味方が敗戦する頃、おれは生き返る。そして、驚き恐れる敵兵士に向かって、おれは戦いつづける。おれは不死身だ。そう簡単に負けはしない。傷は自動蘇生する。ただし、心は操られている。おれは早く心をとり戻したい。魔術師が敵か味方かもわからない。幼い頃のおれの友人が悪戯心におれを操っているだけなのかもしれない。魔術師が誰かもわからず、おれは戦いつづけた。おれの心を操っている魔術師は一人じゃない。大勢いる。信じられないくらいたくさんの者たちがおれの心を操っていく。おれに考える余裕すらない。おれは不幸だ。苦しい。戦場の修羅。発狂した病人だ。

 腕はちぎれ、口から血を吐き、体中が傷だらけになりながら、おれは戦場に立つ。味方が何人いるのかもわからない。心を奪われた戦士として、不死身の悪魔として、おれは戦場に立つ。おれが殺したいのはもちろん敵兵じゃない。魔術師どもだ。だが、それは叶わない。戦場から逃げ出すために、戦いを終わらせるために、結局おれは敵兵と戦いつづける。魔術師の思うつぼだ。

 そして、戦場で味方を勝利へと導き、おれは戦場の英雄となる。ちぎれた腕も蘇生する。心はのっとられたままだ。誰か、おれに心を返してくれ。

 味方と思わしき戦友がおれに話しかけている。みな、おれを恐れている。いつ暴れ出すかもわからない狂犬。殺人鬼。味方殺し。そういうあだ名がすでにおれについている。おれの名前はなんだったか。

「戦いは終わったのか」

 おれは問う。まさかとは思うがな。

「いや、次の戦場へ行かねばならぬ」

 ああ、わかってはいたさ。

 そして、おれは時をさすらい、戦いつづけ、魔術師たちに操られながら、戦場を巡りつづける。国は興亡し、王朝は交替し、傷の痛みは相変わらず苦しく、それでもおれは心を奪われ戦いつづけた。

 戦場で女を見た。印象に残るのは、悲劇の女と笑顔の女だけだ。友だと信じた男たちはみな裏切った。王だと思っていた者たちはみな敵だった。

 戦いつづけ、戦いつづけた。ずっと戦場にいた。戦争はいつ終わるんだ。魔術師たちはいったい何と戦っているんだ。苦しい。苦しいよ。

「あなたはいったい何年生きるのです。あなたは二百年は生きているのではないのですか」

 そう兵士が話しかけてきた。

 二百年かあ。そういや、そろそろそれくらいの時間がたつかなあ。その間、おれはずっと操られて戦いつづけていた。戦争が終わったことはなかった。

「おまえ、おれが二百年生きていることを知っているならさ、おれの名前知らないか。ちょっと思い出せなくてよ」

 兵士は驚いていた。そりゃ、そうだろうな。二百年間ずっと殺しつづけている男だもんな、おれ。相当の極悪人だぜ。もう救われることはないだろうな。

「あなたは伝説の戦士ギャンビチャです。この世界で誰も知らない者はない伝説の戦士ギャンビチャです」

 ああ、そうか。名前を思い出した。おれの名前、ギャンビチャっていうんだ。

「おれの祖国はどうなった」

「わかりません。あなたの祖国は今では、夢と幻の王国といわれています」

 そうだろうなあ。ずっとおれを操って戦争をつづけてきた魔術師たちの国だもんなあ。

 あ。やばい。心を操られる。おれ、この男を殺してしまう。心を操られて、おれに名前を教えてくれた男をぶち殺した。

 ああ、やっちまったなあ。

「なぜ」

 男はそう言い残した。

「なぜだろうなあ。おれ、頭悪いからなあ」

 魔術師がおれに対して証拠隠滅しているに決まっているだろ。でも、そこまで論理的に考えて話して伝えるのは難しいなあ。もうすぐ、おれは自分の名前を忘れるだろう。また、自分の名前を忘れるだろう。

 名前の次は、休息の時間がほしいかなあ。ずっと二百年間、戦いつづけた世界ってどうなっているんだろうなあ。きっと、荒れ果てて、荒廃して、みんな惨たらしく死んでいるんだろうなあ。苦しいなあ。苦しいなあ。

 そう考えたら、魔術師たちが心を操るのをやめた。身に覚えのない男や女たちが集まってきて、おれにいった。

「平和の時間です」

 何がなんだかさっぱりわからなかった。平和の時間にもすぐに魔術師が心を操るのは始まった。おれは操られながら、平和の時間とやらをすごした。

「魔術師はどこにいる」

「夢と幻の王国です」

「場所を教えろ」

「無理です」

「おれは誰だ」

「奴隷戦士ギャンビチャ」

「最悪だな、おれの人生」

 びっくりするくらいかわいい女が来た。

「わたしは影の玉座からの使者です。あなたに心の癒しを」

「おれはバカだからよ。不死身になっても幸せになれねえ。永遠の修羅道か、おれの人生は」

 女はいった。

「影の玉座には、あなたが魔術師に復讐したいことは心を読んでわかっています。だから、あなたは決して魔術師に会うことはできません」

「はあ。地獄だな」

「もっとつらい人もいるんです」

「そういえば、おれが満足するとでも思っているのか」

「いえ」

 おれは激しい挫折感にとらわれた。この先ずっと魔術師に勝てる気がしない。もう、自分の名前も忘れちまった。

「今、世界はどうなってる」

「あなたも世界を気にするようになったんですね」

 おれは自分でも驚いた。ただ、日常をすごすしか知らない視野の狭い男だったからだ、おれは。

「もう、かなり戦ったぞ。世界の半分くらいは征服したんじゃないか」

「反撃があるので、たいした戦果はありません」

「はははは。がっくりくるな。同時に、魔術師どもにざまあみろと思うぜ」

 本当に、肩が落ちるくらいがっくりきた。

「命、終わらせたいですか。もう死にたいですか」

 女はいった。かなり緊張してこの質問を発しているようだった。

「いや、まだまだ生きるよ、おれは。そのうちなんとかなるだろう。だが、心を奪われるんで、作戦の立てようがないんでな」

 女はいった。

「ああ、赤ん坊の頃から聞かされつづけた恐怖の戦士、暗黒の魔剣士、最強の人間、不死者ギャンビチャ。あなたもまた人間らしい心の持ち主だとみんなに伝えましょう。あなたの伝説は、あまりにも悲しく、この二百年間の矛盾です」

「どんな矛盾だ。バカにされてるようで腹が立ってくる」

「夢と幻の王国の王は、あなたの息子の子孫です」

「そうか」


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