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目を開けると、暖かい日差しがカーテンの隙間から差し込んでいる。
とある夏の日、俺は全身から吹き出した汗と蒸し暑さで目が覚めた。
まだ夢と現実がごちゃごちゃになっていて、余韻が残っていた。
確か小さい頃、母親の実家の山の中で、妹と遊んだ夢。
俺が6歳で、美紅が4歳の頃だったか。
今でもぼんやりとではあるが、覚えていた。
次第に意識がはっきりしてきて、今日の予定を思い出した。
明日からお盆で、今日は美紅と二人で電車に乗って、母親の実家のほうに泊まりに行くことになっていたのだ。
どんな夢を見ていたのか、この時にはもう忘れてしまっていた。
起きて居間に向かうと、美紅はもう既に起きていたらしい。
パジャマ姿で、ソファに体育座りという格好でテレビを見ていた。
「おい、妹よ。兄のお目覚め…くぁぁぁ」
喋ってる途中で欠伸が出た。
「珍しいね、この時間に起きてくるの」
驚いた表情でこちらを見ていた。
妹の美紅は今年で高校2年生。
時が経つのは早いもので、ついこの間までは泣いてばかりいる子供だと思っていたのに、いつの間にかこいつも大人になりつつある。
割とかわいいやつで、余談だが、小学校からの幼馴染は、あの頃俺と一緒になって美紅をいじめていたというのに、今になって紹介しろと言ってくる始末。
男なんてそんなもんだ。
もしかしたらあの頃から好きだったのかもしれないけど。
まあ俺にとっては今も昔も変わらず、美紅は妹でしかないが。
「あー気持ち悪い…」
「汗すごい…クーラーつけなかったの?」
「健康に悪いだろ」
「そっちのほうが健康に悪いよ…」
「シャワーでも浴びるわ。覗くなよー」
「覗くわけないでしょ」
気持ち悪い汗を流す為に風呂場に向かった。
シャワーを浴びて居間に戻ると、美紅が麦茶を用意してくれていた。
こう見えて結構気が利くよな。
「水分取らないと脱水症状起こしちゃうから」
「おう、悪いな」
それを一気に飲み干すと、体中に水分が行き渡る。
「あー生き返った」
「ねえねえ、今日楽しみだね」
「ん?」
「あの電車」
「ああ。懐かしいよな。最後に乗ったのは小学校の頃だったっけ」
美紅が言ってる電車というのは、今日の俺達の目的地が終点となっている、景観を楽しむという別の目的を持った観光列車のことだ。
最後尾が展望車両になっており、夏なんかは風が涼しくて、眺めが良くて、小さい頃の俺達が感動してはしゃいでいたのを覚えてる。
「でもあの時は楽しむどころじゃなかったんだぞ、俺は」
「どうして?」
「父さんと母さんがいなくて、俺一人に美紅のこと押し付けられて内心ヒヤヒヤもんだったぜ?」
「でも私は楽しかったなー。お兄ちゃんと二人きりだから、わくわくしてたもん」
「おまえは気楽でいいよな…」
兄というのは妹を守るべき存在だというような話を、俺は小さい頃から親に言い聞かされて育った。
それに反発して美紅のことをいじめていた時期もあった。
俺もガキだったよなー…。
今回も親には美紅のことをまかせられている。
ただあの頃と違うのは、そのことを面倒だと思わなくなったことだな。
この歳になって精神的に余裕が出来たからか、それともこいつが俺に面倒をかけるような子供じゃなくなったからだろうか。
その後俺達は朝の支度を済ませて、自分の部屋で荷物の整理をしていた。
とりあえずトランプは持ってかないとな。
なんせこれから行く場所は、文明社会に乗り遅れたド田舎だ。
ゲームセンターやカラオケボックスなどあるわけもなく、美紅や従妹と遊ぶことになったらこれが無難だろう。
…絶対飽きる!
急に行くのが面倒になってきた…。
着替え等の荷物も詰め終わって、俺は美紅の部屋に向かった。
「美紅ー、準備出来たか?」
「出来たよ。お兄ちゃんは?」
「俺も出来たぞ。下に降りてるからな」
「あ、待って、私も行く!」
美紅と階段を降りて玄関に荷物を置いた。
これでいつでも出発出来るが…
「どうする?早いけどそろそろ出るか?」
「うん、そうだね」
丁度その時、奥から父さんと母さんが見送りに出てきた。
「行くのか?」
「ああ。まだ少し早いけどな」
「拓海、美紅のこと頼むぞ」
と、父さん。
娘ばっかり可愛がりやがって。
「はいはい、わかってるよ」
「お婆ちゃん達によろしくね」
と、母さん。
「おう、よろしく言っとく。んじゃそろそろ行くわ」
「いってきまーす!」
「気を付けてねー」
母さんと父さんに見送られながら、俺達は駅に向かった。