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目を閉じる彼女と耳をすます彼

作者: -Is-

前のに比べだんだんインマイワールドしてきてます。ご勘弁ください。


雲一つない空。澄んで照る太陽。

今の私にとってはその全てが憂鬱で仕方なかった。

「ねぇ、あんな子いたっけ?」

「ああ、あれでしょ、二組の。登校拒否してるっていう…」

「でもあの子、ずる休みって噂だよ。犬の散歩とか結構してるもん」

さっきからヒソヒソと無遠慮な会話が聞こえてくる。神経を逆撫でされているようで、非常に気持ち悪い。

「あ」

「え?…あ」

高くも、低くもない声が突発に聞こえた。声のほうを向くと、見たことのある少年が突っ立っていた。

「あ。…えと、」

「来れたんだ」

慌てて何か話そうとしてどもった私に、彼が笑う。

「良かったね」

「…うん。」

私はつい先日、公園で猫に餌をやる彼と出くわした。それで少し話したから、面識はあるのだけど…

私と彼との間には、ちょっとだけ不思議な縁があるのだ。

「おい陸海(むつみ)ー! …?誰だあれ?」

「あ、えっと…み、宮本」

「このクラス? って、ああ!アヤメ!」

「るっせぇっ」

「あれだろ!お前とおんなじ名前の!おおお、来たんだー。知り合いなん?」

「まぁ、ちょっと、な」

言葉を濁す彼-アヤメ君。…もとから綺麗な色白だったけど、少し顔色が悪い気がする。

大丈夫かな?

「あ、宮本。早く更衣室いった方がいいよ」

「え?」

「時間割り見てないだろ。次は男女別で体育だよ」

え。…あ。ほんとだ。

男女別とはいえ、グラウンドの西側と東側で別れるだけのようだ。私は体操着を抱えて、更衣室に向かった。



朝から頭痛が酷い。

身体も重いし、一時間目から体育とかもうマジふざけんなよとか思ったけど、男子はサッカーだ。サッカー部のおれは嫌でも駆り出されるんだろう。

少し暗い気分のところ、ふと見慣れない、けど見覚えのある後ろ姿が目に入った。

「あ」

「え。…あ」

病的に白い肌。大きなつり目。

どちらかと言えば童顔な彼女は間違いなく、宮本菖だった。

宮本は、おれと同じ。

敷かれたレールを辿ることに嫌気がさして、能動性を放棄していくだけの日常。

それでもおれ達は多分、レールを挟んで反対方向に逸れていってしまったのだろうな。似ているようで似ていないおれ達の確固たる違いが、そこには確かに存在していた。

そこまで思って、ふと気づく。学校に来たと言うことは、彼女は今、放棄した能動性を取り戻しているんじゃないのか。彼女は、180°振り返ってレールの方へ歩み寄ろうとしているんじゃないのか。

おれ一人を残して、彼女一人で。

…そっか。そうなんだな。

気づいてしまえばそれがなんだかやけに寂しくて、おれは貼り付けたような仮面の笑みを彼女に返していた。…あーあ。情けねェ。

軽い会話を終えて、去っていく宮本。

おれを置いて、一人でレールに乗っていく宮本。

自覚したばかりの、胸に穿たれた穴はみるみるうちに大きくなる。廊下の先に消えたはずの宮本が、その姿が、やけに大きく脳裏に浮かぶ。

そうやって、レールに乗っていく。

おれにはどうしても、その背に手を振ることができなかった。



「はぁ…はぁ…」

身体が本格的に緊急信号を発してきたのは、これから最終試合が始まるという時。

おれのチームは良くも悪くも余裕で決勝に残っていたので、おれはもう一度コートに立たなくちゃいけない。

正直、気が滅入りそうだ。

チームメイトに「顔色悪いけど、試合大丈夫か?」などと声をかけられたが、それはおれというよりは試合を最優先した心配だというのがありありと伝わってきてしまって、もう試合なんざ放り出したかった。

それでも頑張れたのは多分…宮本に、置いていかれたくないから…か?

グラウンドの反対側、リレーのバトンを一生懸命繋ぐ宮本がいた。そうやって彼女はまた、レールに近づいていく。

それで思ったんだ。おれは彼女を「仲間」だと考えていたけれど。

それは少し違うのかもしれない。「仲間」という名の、…一番身近な敵、なのかもしれない。

堕落していく自分がいて。

落ちた先の谷底には彼女がいて。

おれは同類(かのじょ)を見て、自分を慰めていたのかもしれない。

今、おれはその同類が同類じゃ無くなっていくと知って藻掻いてるんだ。

正解なんて最初っから明らかだ。真面目に正しく行儀良く生きた方が、解答なんだって解りきってる。

なのに泣いてる自分がいた。数値化されて、比較されて、綺麗に整理整頓されたレールを嫌うおれがいた。

ああ、そうだな。知ってるよ。

おれはずっと、そのレールの上じゃ計れないものがきっと在ると信じてた。だから、おれはわざと逸れて生きてきたけどさ。

そんなもんないんだろ?おれはただの、どこにだっている凡人だったんだよな。

そうやって、結局は粒を揃えるように同格化されていくんだ。

頭が熱い。自暴自棄(なげやり)にも思えるようなプレイで弾き出されたボールは、驚くほどすんなりとゴールに吸い込まれていく。

すると同時に、試合終了の笛が鳴った。結果は2-0で、おれのチームが優勝。

チームメイトの歓声。それはどこか遠くでなり響いているようで。

視界が歪んで、身体が強く打ち付けられた。…え…?

駆け寄ってくるチームメイトが、壁を走っているように見える。何してんだお前ら。

笑いそうになってから、腹に全然力が入らないことに気づいた。…あ。

おれ、倒れたのか。

そう自覚した直後、おれの意識は完全にブラックアウトした。



サッカーのコート、崩れ落ちていく影。

アヤメ君が倒れた時、私は小さく声をあげてしまった。

「あっ!?」

リレーの応援も忘れて、ざわつく男子側のグラウンドを見つめる。ガヤガヤと、いつの間にか男子のほぼ全員がアヤメ君を取り囲んでいた。

この学校のグラウンドはそう広くない。だから、会話も何とか聞き取ることができた。

「おい、凄い熱だ!誰か先生呼べ!」

「とりあえず端に移すぞ?」

「あと何か冷やすもん持ってきて!」

ぐったりとしたアヤメ君は、チームメイトに担ぎ上げられながらグラウンドの端っこに移動されていった。女子もやっと男子達の騒がしさに気づき、戸惑いが広がる。「何?男子、なんかあったの?」「陸海君倒れたみたい」「え!ちょっと、大丈夫なの!?」「わかんないけど…凄い熱らしいよ」

アヤメ君、大丈夫かな。

知り合いっていう知り合いなんてこの学校にいないから、アヤメ君は唯一話せる人だったんだけどな。

ていうか何で今日倒れたし。この前会って、少し興味と憧れを抱くことができたからこそ、私は今日久しぶりに学校に来たっていうのに。

彼への心配はモノノミゴトに変な方向へ八つ当たりして、その授業は終わりを迎えた。

それからこの後あんなことになるなんて、この時の私は知る由もなかった。



昼休み。

相変わらず慣れない空間で、読書をして過ごしていた。

…つまんない…

こうなったら、気分転換に校内ふらつくか!アヤメ君のことも気になるし、保健室の場所わかんないけど。

私は思い付きで教室を飛び出した。

窓が全開にされた廊下は風がよく通って気持ちいい。やっぱり私、外が嫌いな訳じゃないんだよね。どっちかっていうと好きなくらいだ。

じゃあ何で学校にあまり来ないのかというと、

「宮本さん。ちょっと良いかな?」

…こういう面倒な人たちがいるからでして。

「うん。何?」

あ。ちょっと無愛想だったかな。

女子の間では、少しの愛想でも生存に関わることがある。私なんて外は麗しい乙女(笑)でも中身は大分雄々しいものですから、その傾向が強い。

「放課後さ、ちょっと私たちと一緒に来てほしいんだ」

「良いよね?」

あら。複数人でございましたか。

「…わかった。良いよ。」

「そう。じゃあ、放課後に。」

この時の私は、多分今までで一番愚か者だった。

まだ、そういうことをちゃんと理解していなかったのかもしれない。でもそれ以上に、私はきっと、浮かれていたんだ。

友人と呼べる、人を見つけたから。



「ねぇ、宮本さん。何で今まで学校来なかったの?」

「ええ、っと…私、人付き合い苦手で…」

「それは皆だよwwずる休みなんじゃないの?」

顔は笑ってるけど、目は笑ってない。退屈そうに冷めたその目こそ、彼女たちの本心である気がした。

ていうか、結構、毒舌だなあ。

「そう言うのじゃなくてさ…」

「じゃあなんなのよ?w」

「…私、昔学校で嫌なことあって。トラウマなの」

「そりゃそうでしょー、皆一つくらいあるよ、嫌なこと」

何でそんなヘラヘラ笑っていられるんだろう。

そんなにつまらなさそうなのに、わざわざ笑う必要はあるのだろうか。

「で?」

「…え?」

「何で来なかったのって聞いてるんだよー?」

「………」

「あっは、やっぱずる休みなんだ」

「違っ…」

「じゃあナニ?w珍しく来たら来たで男子にくっついてるしさぁ。尻軽が」

あーあ。ほら。

何で皆そうやって妬むことしかできないんだろうね。

「なんだ、羨ましいの?w」

ダメだ。こういう時、相手を挑発しちゃうのが私の悪い癖。しかもタチの悪いことに、それとなく相手の真似をして挑発するものだから、余計相手を苛つかせる。

「はぁ?」

「じゃあ皆そうすれば良いのに」

「んなことするわけないでしょ、バッカじゃないの?」

「しないのにこうやって呼び出してなじって…妬むことしか頭にないのかなぁ?あは、醜いね」

あたしのバカ…!

ここまで挑発すること無いでしょ!いくら気にくわないからといって!

てゆーか私が言えたもんか!人は大抵そういうもんだってのに!

なんて胸中は露知らず、私の目の前で仁王立ちになる彼女達は(私の、勝手に動く口に)腹をたてた。

「調子のってんじゃねえよ!」

「! きゃ」

突き飛ばされた。ここは女子トイレ、床がタイルなので痛い。

そのまま睨み上げる。彼女達は一層ニヤニヤして、私を見下ろしていた。

「……」

「何睨んでんだよ」

また突き飛ばされるかと思って身構えると、予想外のものがきた。

水を、全身にかけられたのだ。

寒っ…

「アッハハ、お似合いw」

何がだよ…!

足がガクガク震え出す。やだ。

怖かった。彼女達の狂気の矛先が、私に向いた。

いや、やっぱり私のせいもあるんだけど、でも、それでも怖かった。

「あれぇ?さっきまでの威勢はぁ?」

「……っ」

睨み上げる。せめてもの抵抗。

昔の二の舞は、もうごめんだ。

立ち上がって、彼女達を見据えた。

怖い。

でも、ここでなんか終わりたくない。



誰かの悲鳴が、聞こえた気がした。

「……ん」

目を開くと、全身が重かった。

ダルいし暑いし、それでああ、おれ倒れたんだって思い出した。

「あ!陸海!起きたぁ!」

周りが騒々しい。霞む目を擦ると、よくつるんでいるクラスメイト達の顔が見えた。

「大丈夫か?お前、大分寝てたんだぞ」

「一、二時間な」

「まだダルいか?」

「ああ…」

「まだ熱あるな。結構」

部活前、だろうか。何部のものかはわからないがユニフォームを来て、何処かへ行くついでに立ち寄った風情だ。

「部活は?」

「やだよ、あんなめんどくせえの。ここで時間潰そうとしたら、お前起きちゃうし」

「お前が騒いだからだろ」

「バッカでー、お前もギャーギャーうるさかったくせに!」

「お前には負けるよ」

二、三人で言い争いを始める。声が頭の中で響いて、ガンガンした。

不快感で身体の中をぐるぐるかき混ぜられるような気がして、思わず口許を押さえる。

「……」

「…あ?陸海?気持ち悪いのか?」

「えっ、マジかよ。洗面器かなんかあったっけか」

「先生は?」

「こういう時にいねえでやんの」

「ちょ、お前うるさい。陸海、何か言ってる」

「え?」

「…るさ…声、響くから…やめて。気持ち悪…」

いや、結構本気で。

クラスメイトの手によって洗面器が差し出され、それに覆い被さるようにして咳き込んだ。

いつぶりだろう、こんなに本格的に風邪を引くのは。

「陸海、大丈夫か?顔色もまた悪くなってるし…」

「何も食ってねえから何も出ねえだろ。落ち着いたら、水飲めや」

「…ああ」

一通り吐き出して身体が軽くなった気がした。その分またなけなしの体力を削られたけど。

言われた通りに水を飲む。冷たくて、身体に染みた。

「…おいし」

「水美味しいってお前、おい」

苦笑される。正直ものを食べる気にはなれないし、これでもうしばらくは何も口にしないでもいける気がした。

さぁっと風が部屋に吹き込んでくる。カーテンがあおられ、ヒラヒラと宙を泳いだ。

「…ん?」

窓の外。駆けてく背中。

女子だ。誰だろう、そう思った途端、頭が真っ白になる。

宮本?

「みや…」

名を呼び終える前に、立ち上がっていた。背後でクラスメイトの声。身体のことを気遣ってくれているようだったけど、ごめん今それどころじゃない。

走っているうちに、身体は苦しくなっていったけど、頭はどんどん冷静になった。

宮本。

正直、あんな闇雲な走り方から考えられる理由は一つくらいだ。普通の女子だったらまあ、フラレたとかもあるんだろうけど。でも、だって…宮本だし。

いや、これで恋愛絡みなら心から謝罪する。

宮本はまだ、そういうのを見られるほど日々に退屈してない気がする。彼女は決しておれのような諦観ではなく、燻った躍動を秘めていると思った。

そして不意に考えた。おれは何がしたいんだ。

レールに乗っていく彼女を妬んで、なのにまた底へ落ちていくであろう彼女の背中を見た途端に追いかけるなんて。

我ながら女々しい。

おれは1でも0でもない、中途半端。0の宮本とも、1のユウトウセイ達とも違う、その中間の0,5だ。

1になれないまま、でも0よりはと自分に言い聞かせて留まってる、言うなれば最もタチ悪い奴。下手に四捨五入すれば1になれてしまうもんだから、余計に。

ほんと、バカみてえ…

そんなおれが、なんで0にすがるんだ。おれはもしかしたら、最も軽蔑されるべき人間なのに。

結局のところ、弱虫なんだよな。

それは苦しいくらいにやりきれなくて、号哭したい衝動をおさえるにはもっともっと走るしかなくて。

宮本の背中。もう少し、もう少し、

届いて…!

「あ…」

とん、と。

指先が、宮本の背に触れて。

そのまま軽く、宮本を押し出した。

車道へ。

「…!?」

脆く車道に倒れそうになる彼女の手をつかみ、抱え込むようにして引き戻した。

心臓がバクバク鳴って止まらない。指先は宙を掻いたけど、なんとか宮本を逃さずにいることができた。

よかった…

「宮…本、」

「ごめん」

泣きはらしたような赤い目。

宮本は無表情におれの言葉を遮って、妙に焦点をおいてけぼりにしたまま告げた。

「私もう、学校にはいかない。」



それからはまるで風だった。

本当に風ならいいのにと思った。

だったら、こんなにも胸のしこりとなって残ることはなかっただろうから。

宮本は、学校をやめた。

散歩で見かけることも、なくなった。

おれはまだ猫達に煮干しをあげ続けている。

多分、心のどこかで待っているんだ。この代償行為にも似た日課を、あの元気な犬が遮ってくれる日を。

そしてこれまた元気な、その犬の飼い主を。

おれは0になった。或いは、0に限りなく近い0,5になった。

この思いを他の人に話したら、恋だなんて今のおれには似合わない陳腐な言葉でカタがつくのだろうな。

でも、そんなんじゃない。おれ達の間には、今考えれば一種の同盟みたいなものが存在していたのだと思う。

信頼関係だけで成り立った、その割にはやけに脆い同盟。

「…おれの方こそ、ごめんな」

なにも理解できないであろう猫に、語りかけた。

ごめん、宮本。おれ、流されまくって悩んで悩んで、結局お前になにもしてやれなかった。きっと宮本に夢を見せてしまったのはおれなのに。

悔やむ日々は、終わりを告げやしない。むしろその悔恨が、深く根のようにこびりついて錆び付いて、後悔に心を麻痺させた。

猫は煮干しを食らうとさっさと尻尾を翻した。おれの死んだ目を、恐れている気がした。

どうしようもないモノクロな日々を過ごすうち、やがて担任に呼び出された。

これといった悪事は働いていないし、もしかして急降下中の成績か…

「お前、宮本と仲良かったんだって?」

担任が告げたのは、そんな一言。

その名を耳にした途端、ズキンとなにかが鈍く痺れた。

「…仲良かったってほどじゃないですけど。面識くらいは」

束の間の沈黙。でもさほど重いものではなくて、小さな風が部屋を横切っていった。

「そっか。実は、宮本のお母さんから連絡があって」

一度、様子を見に行ってやってほしいんだ―




断ろうかと思った。

何を今更、とも思った。

でも、謀られた気もした。

おれが、これ以上道に迷わないように。

「…ここか」

担任に渡された手書きの地図、示すのは確かにここのようだ。

アンティークな外見といい、纏う静かな雰囲気といい、何か、らしい気がする。

これと言って躊躇う訳でもなく、気怠くチャイムに手をのばす。

「アヤメ君?」

頭上から声がした。

ハキハキした声だった。

一瞬頭がフリーズして、

…泣きそうになった。

「ちょっと待っててね」

窓から出していた顔を引っ込めて、宮本は階段を駆け下りてきているらしい。

膝に力が入らなくて、体を引きずるように座り込んだ。

何だよ。

底に落ちてなんか、いないじゃんか。

0に戻ってや、しないじゃんか。

「…良かった」

宮本の様子に安堵して、全身の力が抜けた。

俺が彼女を突き落としたんだって罪悪感が少し、和らいだ。

「あ、アヤメ君?どうしたの」

宮本の戸惑う声。顔をあげると、宮本は無邪気な幼さを残した顔で笑った。

そして、ああ、違うんだなと改めた。

宮本は、元から0なんかじゃなかったんだ。

レールの上にはない、新しい1だったんだ。

頬を涙が伝う。正直、何でかわからなかった。だって、おれが泣ける立場じゃないだろ?

妬んで、迷って、助けることさえできないで、おれは…

生粋のバカだな。

「宮本…宮本。」

「どうしたのってば…あ。もしかして、私が塞ぎ込んでると思ってた?」

せーかい。

「あはは…そりゃ、一日くらい泣いたよ?でもさぁ、元から学校ってものに意義を見いだせなかったタチだからね。

アヤメ君のお陰だよ」

突然そんなことを言うものだから、おれはしゃがみこんでいた足のバランスを崩して塀に頭をぶつけてしまった。

…痛い…

「…大丈夫(^-^;?」

「なんとか(ー ー;)」

「そう。 …私はさ、あの学校でうまくやれなかったけどさ。

まだ、大学がある。これで終わりじゃないんだよ。あと2年だって、もしかしたらまたチャンスが来るかもしれない。他の高校でなら、やり直せるかもしれない」

宮本は、少し無理をしているようだったけど、生き生きしていた。

おれなんかの方が余程沈んでいたから、その状況があまりにおかしくって。

まだ滴のこぼれる目で笑うと、変な顔になった。

「宮本」

「んー?」

「ごめんな」

「…いいよ、別に」

宮本なら、やり直せるさ。

口にはしなかったけど、そう確信した。今のままでも良いとも思ったけど、本人が望むのなら。

是が非でも、そうなってほしいと思った。

だから、そんな彼女に会わせる顔がない自分なんてカッコ悪いから、彼女に誇れるように、おれも頑張ろうと思った。

おれも、頑張るよ。だからお前も-

もう一度、心のなかで呟いた。

それは、気持ち良く心に溶けていった。




嘘。

本当は、ちょっと無理してた。

いじめられたって誰が泣いてなんかやるもんか思考の私だけど、今回は流石につらかった。

アヤメ君に憧れて、彼みたいな「ちゃんとした人」に近づきたくて学校に行ったのに、その学校から逃げてしまったこと。

いじめられたって、別にそれだけなら構わない。誰かが隣にいてくれるなら。

そう思ってたけど、隣に誰もいてくれないからそうなるんだね。

でもさ、ほら、私にはもうアヤメ君がいるじゃん?

なにも、怖くなくなったんじゃないの?

そう考えてるうち、よく解んなくなってきた。そりゃそうか、こればっかりは半ば哲学的な話だし。

でも、これは確信したんだ。よく解んなくなってきたってことは、悪いことだけってことじゃあないよね?

良いこともあるから、迷うんだよね?

だから、やり直せるかもしれないって思ったのは、本当。

アヤメ君も、しっかりした目で頷いてくれた。やり直せるって、言ってくれている気がした。

アヤメ君の去った玄関先は、すこし寂しい感じがする。

でも、上に何もないすっからかんな道は、お前のやりたいようにやれって教えてくれているようで、わたしは胸いっぱいに息を吸い込んだ。

ここは、宮本菖の第一ゴール。

ここは、宮本菖の第二スタート。

頑張れって声が、聞こえた気がした。






ちなみに、主人公の名前は

(女) 宮本 菖

(男) 陸海 菖

です。漢字も同じです。

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