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滅びゆく世界が大嫌いだから。

作者: ルパソ酸性


ちょっと設定を入れたせいで窮屈っぽくなっちゃいましたがそこは勘弁して下さい(-_-)

 かつてこの地上は自然が溢れかえっていた。

 花が咲き、緑が生い茂り、生命に溢れた世界はそれはそれは美しかったという。

 だが、人は自らが生きるため自然を殺していった。自然の生命力は失われていき、かつての緑は見る影も無くなっていった。人は止まらず、必要以上の自然を殺し、それ以上の繁栄を求めた。

 悪化した自然が人に牙を剥いた時、自分でやってきたことの愚かさに気づいた人々だったが、同時に、何もかもが既に手遅れだということにも気づいてしまった。

 かつての美しかった世界はどんな景色を見せてくれていたのだろう。

 そう思った時、彼女は辺り一面が心から愛した水仙の花が広がる場所に立っていた。


「ああ……」


 小さく声がもれる。


「夢ね、こんなもの」


 名残惜しそうにしながらも、一言で切り捨てた。






「現実逃避でもしてたのかしら……久しぶりの単独任務で浮かれてたのかな……ま、どちらにしてもこのクソッタレな世界に引き戻すには充分過ぎるシチュエーションだわ」


 独り言だが、周りは聞いてすらいない。

 必要以上の周りの緊張がフラストレーションを溜める原因となるとわかってはいても、生存本能からくるそれをやめろと言うのは酷というか無理な話だ。一目で皆が息を飲んでいるのがわかる。ふとしたことで漏れてしまいそうになる恐怖を必死に堪えていた。


「チッ……」


 他の人とは違う立場のリコリスと言えどもそれは同じことだった。別の地での単独戦のあとに急に入った護送任務。何事もなければとの願いも虚しく帰る道のりの途中で敵を発見した。戦い終わったばかりの彼女ではいくら戦う術があっても勝負にならないであろうことを悟り、死への恐怖がじわじわと出てきていた。

 さっきも、自分の知らないうちに舌打ちをしている。

 護送車の真ん中の席で、身体を抱いて震えている孤児らしき少年越しに、車の窓から外の様子を窺う。

 塵と風とで黄色く汚れた小さな窓の向こうには奇妙な花が一面に広がっている。

 他の植物は一切無く、大地はひび割れるほどに乾燥しているにもかかわらず、まるで醜い大地を隠すかのようにそれが大量に咲き誇っていた。

 赤い水晶のような花弁が規則正しく六枚付き、拳大の大きさのそれが辺り一帯を占める。

 何も知らない者が見るのなら美しく幻想的な風景だろう。それでも知っているが故に誰もそれらを美しいと思って見るなどということはしない。

 それらは、なによりも明確に『死』を表しているのだから。


「一体どれだけがヤツに殺られたのよ……」

「紅晶花の範囲から計算すると6000は下りません」


 不意にその声がかかった。リコリスは隣からしたその声の主を見る。

 腰まで届く長い水色の髪、色素が抜けたような白い肌、小柄な身体ながらもすらりと伸びる四肢がどこか造形がかった神秘的な魅力を醸し出している。

 まるで人形のように美しい少女だ。

 いや、『人形のように』ではない。『人形』なのだ。彼女、スイセンは人の身であるリコリスの代わりに戦うために造られた人形そのもの。

 目の前の幻想的な死の光景を現実の物とした敵を殺すために造られた兵器。人だけでは勝てぬその敵を殺すためには、人ではないモノと共に、あるときは代わりに任せるしか無かったが故の人間が造りあげた物。

 ただ、どれだけ凄かろうとマスターである自分が疲労しきっていては現状戦闘では敗けは確実な上その戦闘もほとんどできることがないことに悔しさが募り、きつく拳を握りしめた。

 視線の遥か先に、紅晶花に埋もれた中で大きな影があった。

 それは塔。高くそびえ立ち、赤い絨毯の中、己を誇示しているようにも見える。

 しかしそれが誇示しているのではないことをこの場にいる誰もが理解しており、また承知していた。


「! 高い尖塔……それにあの旗……! あれは……ローグレイだ」


 護送車の一番前の席に座っていた老人が、そう呟いた。老人は震える手で望遠鏡を使い、その塔の様子を見ている。リコリスから見えるいくつものシワが刻まれたその横顔には汗と悲しみの視線が浮かんでいた。

 リコリスもよく目を凝らし、塔を確かめる。

 ぼろぼろになったそれの外壁にも紅晶花がいくつも張り付いているが、間違いなく立派な尖塔だった。回りにはあらかた壊されている建物であったのだろう瓦礫の山ができていた。それはおそらく人が居なくなってしまっている街。その中にそれでも立ち続ける塔の頂上にはもうあまり原型を留めていないぼろ布となってしまった旗が揺れて紋章のような何かが描かれている。


「この都市の名なの……?」


 だがリコリスは知らないし、老人の言うようにローグレイなのかどうかを確かめる術も、今の疲弊している状態ではひとつも無かった。

 強風が護送車を叩き、ギシリと大きく揺らす。違うとわかっていても、この場で常人の感じる恐怖は圧し殺しきれなくなるのに時間はかからない。


「! やだ……やだ……! お母さん……!」


 先ほどの孤児であろう少年がたまらなくなったのか泣きそうな顔で呟くように母を呼ぶ。だが、本来その声に答えるべき母はここにはいない。

 更に恐怖が広がる前になんと声をかけるべきかと悩んでいたリコリスだったが、話す前にスイセンが少年の手を取り、涙がたまった瞳を覗き込んだ。


「私とマスターがいる限りこの護送車は85%安全です。しかあなたが泣いてしまうと他の人やマスターの精神に影響が出てしまう可能性がありますので、安全性を落とさぬためにも泣かないでください」

「あんた本当に私以外には気の利いたこと言えないのね……」

「う……申し訳ありませんマスター」


 言葉に詰まった自分のパートナーに肩をすくめ、リコリスは少年の前に屈んで、おどけたような、しかし確固たる意思を感じさせるような微笑みを向けた。


「まあ、なんていうか。ボクを含めた車ん中に居る人たちは私等が全力で護るからさ。いざとなれば身体に鞭打ってでも逃げる時間くらい稼ぐから安心しなよ」


 保護されたほんの数人の人たちが、その声に怯えていた頭を上げ、縮こまっていた身からほんの少しだけ恐怖が和らいだ。

 それでも声は出さない。敵に自分たちがここにいることが知られれば、目の前の自分たちを護ってくれる女性は外に出て戦いになる。その内に逃げても、居ないとわかっていても、もし次に遭遇してしまえば今度は護ってくれる人は居ないのだから。

 故に、皆は小声でしか喋らない。息をするのすら恐れるように。

 そんな中でもリコリスは表に出すことはなかったが静かに息を呑み、さらに目を凝らして塔を見ていた。

 その塔は、いや、ローグレイと呼ばれた街は、もう既に死んでいた。

 何人が死んだのだろう。

 何人が逃げてくれたのだろう。

 そう考える度、不毛な苦しさは増す。


「マスター……よろしいのですか」


 隣に座ったスイセンが心配げに声をかけてくる。


「……よくはないわよ。いいはずがない。でも、ミッション後の今ではどうにもできないから」


 リコリスは自分の声が震えているのに気付いたが苦しい思いすらも呑み込んで、いまだ死んだ塔の上を旋回する敵を睨み付けた。

 敵を見るだけで冷や汗だけはとめどなく噴き出してくる。


「やるしかないのかな、スイセン……」


 悔しくなってスイセンに呟いたが、パートナーからの返事はなかった。

 どこまでも残忍で、どこまでも自然を愛した敵は、まるでこの地では自分こそが最強だと言わんばかりの強者の風格すら漂わせて、悠然と、それでいてしっかりと旋回を続けている。


 プランティス。


 それが敵の名。知能を持つ植物の集合体のことを指す憎き名。

 自然を破壊され続けた世界が文字通り『自然に牙を剥かせた』存在。他の生命体を殺し、生命力を大地へと紅晶花という形で還元する植物。いくつもの植物が集まり形づくられた姿は多種多様。それこそが、プランティスという存在である。

 今目の前で飛んでいるのは、プランティス=ドラゴと呼ばれる竜の姿をした植物。数いる種類の中で、やっかいな部類に入る嫌われ者なので、当然リコリスも戦いたくはない。戦わずに済むならそれに越したことはない。


 しかしそういった期待は、叶うことは少ない。


 その奇妙な球根のような瞳と、リコリスの目が一瞬あった。ような気がした。

 遠い、だがしかし間違いなく気づいただろう。実際に、羽ばたきながらこちらを向いたことでスイセンも一瞬固まる。


「護送車を出して!」


 追い詰められた獣のような声で吠え、その声で反射的に運転手がアクセルを踏む。

 轟音とともに走り出すが、プランティス=ドラゴはまるで弾丸のように体を捻じり空から一直線に護送車を目がけて飛んだ。

 足止めをせねば、追いつかれ死ぬ。自分はおろか、ここにいる人たちも……。

 そう悟ったリコリスは共に戦うパートナーに短く告げる。


「いくよ」


 共に戦ってきたパートナーだ。死地に赴くのにこれ以上の言葉はいらない。


「……イエス、マイマスター」


 スイセンもまた、主の思いを感じて立ち上がり、運転手へそのまま告げる。


「私たちがアレを足止めします。止まらずに予定通りロアール支部経由で本部まで向かってください」

「だ、ダメだよ……お姉さんたちも死んじゃうよ……!」


 外に出ようとしたリコリスの裾を先程の少年が掴んでいた。まさか自分たちが気遣われると思っていなかった彼女は少しだけ驚いた顔をして、また先程と同じ様に屈んだ。


「ボク、名前は?」

「……ギド」

「そっか。ねえ、ギドくん」


 ギドは自分を呼んだ女性を見上げるとすぐに眉間に衝撃が走る。痛む眉間を押さえて何事かと目を開けると中指が突き出されていて、指で弾かれたのだと理解した。


「泣きながらする心配なんて縁起が悪い! 本当に心配するならもうちょっとキリッとしなよ」


 その言葉にギドは流れそうになっている涙を必死にこらえる。


「……うん。それでいい! じゃあ、心配してくれたお礼にお姉さんと帰ってきたときの約束をしょうか」

「約束?」

「そう。次に会うときは、笑って会うこと! 約束だよ?」


 それだけ言うとリコリスとスイセンは護送車から飛び出し、二度と振り返らず来た道を戻って行った。

 護送車は止まらずに進んでいく。

 少しでも早く、あのおぞましい敵から遠ざかろうとそれこそ飛ぶような勢いで護送車は走る。

 次第に二人もプランティス=ドラゴの姿も見えなくなる。


「もう……大丈夫だ。きっと彼女も大丈夫さ」


 だいぶ離れてから、誰だかわからないが、安心させようとギドに声をかけた。


「……うまく笑えないよ……お姉さん」


 だんだんと緊張がほぐれていく護送車の中、ギドは涙をまだ堪えたまま、心から辛そうにそう吐き出した。




 それから三日後、ギドの元に連絡が来る。

 それは、吉報などではなく、約束をもう果たせなくなったことを告げる無慈悲なモノ。


 マスター。リコリス・ジードエーン、死亡。

 パートナー。スイセン、損傷甚大。数年中の修復は不可能。


「ハ、ハハ……」


 涙を流し、膝をついて愕然としても、彼は約束を守りたい一心で必死に笑い顔を作ろうとする。


「笑顔ってどうするんだっけ」


 引きつった笑みがやがて出来上がるも本当の笑顔には程遠く、ギドは笑顔がどんなモノかもわからなくなって来た。約束をした女性の顔が瞼に焼き付いていて、歪な笑みのまま彼は絶叫する様に涙を流し続けた。


「……笑えない」


 ギドの中で、このとき何かが壊れていたのかもしれない。

 近くで止める者がいたら、彼は壊れなくて済んだかもしれない。

 だが、彼は壊れた。

 壊れてしまった。




『はい、対プランティス組織本部ーー』

「頼む……僕にーー」









「奴等を、根絶やしにする方法を教えてくれ」









 後の歴史で、『静謐の暴君』と呼ばれた、ギド・ジードエーンが生まれた瞬間でもあった……



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