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18 魔王の言い分

冒頭部分は「10 〈K〉と〈黄金〉」後半の続きです。

「助けてください」


 深刻な表情で哀れっぽい声を出した男を、彼は眉を寄せて眺めた。

 同僚の一人で、あの諮問会前、クラウデン・ディーツに絡んでいた男。彼の記憶が確かならば、名はエマヌエル・ゴルトベルガー。現ヒルシュピーゲル子爵の次男だ。


「アーデルベルト卿、あなたしかいないのです。あなたに見離されれば私は……」


 彼は眉間のしわを一層深める。一方的にまくし立てるゴルトベルガーを、両手を振って押し止めた。


「いきなり何です、ゴルトベルガー卿」


 ゴルトベルガーはすがりつかんばかりの眼差しで長身の彼を見上げた。


「どうか『はい』と。頷いてくださればいいのです」


 どうも話が通じていない。彼はため息をついた。


「頷くも何も。まず事情をお話しくださらなければ判断のしようがない」


 そう言ってしばらく待ったが、ゴルトベルガーは躊躇うような素振りを見せたまま口を開かない。彼は焦れてさじを投げた。


「他に何もないのであれば、私はこれで」

「まっ……お待ちを!」


 きびすを返したところを、本当にしがみつかれた。上着の袖を掴んだ男を、彼が思わず鬱陶しく見下ろしたことを咎める者はおるまい。


「話します! お話ししますから、どうか……!」


 官吏としての彼の身上は『平穏無事』である。もしゴルトベルガー家がアーデルベルト家の遠縁ではなく、エマヌエル・ゴルトベルガーが彼とは全く関係ない部署の所属であれば、彼はゴルトベルガーを強引にでも振り解いて立ち去ったことだろう。それが出来ないのが残念だ、と彼は思った。話も聞かずに立ち去ったとなれば、無駄に同僚との関係を悪くすることになり、仕事に支障を来しかねない。それだけではなく、家同士の関係悪化さえ懸念されるのだから、彼に許された選択肢は一つだった。

 誰が通るか分からない通路で話すのは、とゴルトベルガーが渋ったので、彼らは場所を移動した。打合せに使われる小部屋である。


「実は、我が兄は国王陛下の近衛を務めていたのですが、先頃国境の最前線への辞令が出まして」


 絶望的な声音で言われ、彼は片眉を上げた。


「国境の守りも近衛に劣らず重要な任務です。むしろご栄転では?」

「まさか! 体のいい左遷です」


 ゴルトベルガーはそう言うが、貴族家の跡取りを本当に命が危険な戦闘任務に就かせるとは考えにくい。それにそんなことを訴えられても彼に何が出来るわけでもない。


「左遷とは穏やかではない。なぜそう思われるのです」

「……奴のせいです」


 ゴルトベルガーは低く呻いた。


「奴が我々貴族を排斥しようとしているんだ!」


 自分の言ったことに興奮し始めたゴルトベルガーから何とか聞き取ったところ、概要は次の通りだった。

 貴族家出身の文官武官は、問題にならない程度での『余録』を得ている。一口に『余録』と言っても様々で、袖の下であることもあれば、実家への便宜を図ることもある。

 これまで、それらは、誉められることではないにせよ、目こぼしされていた。どれも王国に致命的な損害を与えるものではないし、特に文官は貴族の割合が多い以上、持ちつ持たれつであるとも言える。

 先日、ゴルトベルガーの兄は、『いつも通り』袖の下と引き替えに、とある人物にとある便宜を図ったらしい。

 エマヌエル・ゴルトベルガーは言葉を濁したが、兄という人が国王陛下の近衛であった以上、一つ誤れば国王暗殺の恐れもあっただろう、と彼は考えた。実に迷惑なことである。玉座が混乱すれば、そのしわ寄せは真っ先に王府勤めの官吏に降りかかるのだから。

 しかしこれまで通りであれば、国王や王族に被害が及ばない限り、ゴルトベルガーの兄の行為は目をつむられただろう。

 実際には、そうではなかった。だからエマヌエル・ゴルトベルガーは彼の元に泣き言を言いに来ている。

 ゴルトベルガーの兄がこれまでと違う処置を受けた背景には、とある官吏の進言があったらしい。


「一つ一つは些細なことでも、積み上げれば王国にとって血肉をえぐられるに等しい。貴族が肥え、王国がやせ細る、そんなことが許されましょうか」


 そう言ったのは――クラウデン・ディーツ。

 先の諮問会の大成功により、国王の信頼を勝ち得るに至った、若い官吏。

 これはあくまでもエマヌエル・ゴルトベルガーの見方であるが、クラウデン・ディーツは、言葉巧みに国王を操り、王府からの貴族排除をもくろんでいるのだとか。


「ここまで申し上げれば、ご理解いただけましたでしょう? ……お願いです。奴に対抗出来るのはアーデルベルト卿、あなただけなのです。どうか我が兄を、いや、我々貴族をお救いください!」


 深々と頭を下げられ、彼は困惑した。


「私などより地位が上の方、権力のある方はいくらでもおいでになる。一介の、平の官吏に何が出来ると?」

「卿は先日の諮問会を、奴と対等に渡り合って成功に導かれたではないですか。奴も卿には一目置いているはずです!」

「……ご存知でしたか。しかし私はディーツ殿の指示に従って動いただけだ。そんな私に彼が一目置くとは、到底思えないが」

「あなたでだめなら、他の誰でも望みはありません。……補弼局のお歴々ですら、矛先がおのれに向くのを恐れ、見て見ぬふりをしているというのに」


 突かれて痛い箇所がほとんどないという点なら、確かに彼は適任だろう。『平穏無事』を信条にしていたため、危ない橋を渡った経験はごく少ない。

 彼は黙してしばし考えに沈み、


「――分かりました」


 結局、頷いた。


「出来る限りのことはやってみましょう。ですが確約は出来ないということは是非にご記憶いただきたい」

「ええ……それはもちろん! アーデルベルト卿、ありがとうございます!」

「礼を言われるのはまだ早い。それともう一つ、もし成功したら兄君にお伝えいただきたい。『ご自分の職分をよくよく考えられるように』と」


 彼はそれなりに長い職歴と、チェルハ子爵という身分を持っている。そしてそれらに付随する人脈も。

 力を貸してもらえそうな人達に声をかけて周りながら、彼は少し残念に思う。七月期限の土地収用の件は、自力で処理するしかあるまい。楽を出来るところは楽をしたかったのだが。

 少しずつ王府内の意見の主流をこちら側に引き寄せつつ、クラウデン・ディーツの弱点を突く。

 すなわち、クラウデン・ディーツは土木局の所属であり、決して補弼局の職員ではない。担当外の分野について、国王に進言をする立場にはないということだ。

 そうしてあらゆる手を尽くした彼であったが――結局、既に下された勅命を覆すことは出来なかった。

 王立軍の人事担当者から、なるべく早く配置換えを行い、左遷された者を元の部署に戻すと言質を取ったことと、国王の施政方針が貴族排斥に傾きかけたのを阻止したことが希望といえば希望である。

 エマヌエル・ゴルトベルガーは、落胆の表情を見せつつも、彼の尽力に対して丁寧に礼を言った。彼は力不足を詫び、この一件はこれで終わったかと思われた。

 その彼の見通しは、実に、甘かった。




※ ※ ※





 グレゴール・メルツァーは寝台に横たわるリーナシエラの襟元を整えると、元通りに毛布をかけた。彼は顔を上げ、壁に背を預けて見守っていたザタナスに頷いてみせる。


「大丈夫だ、心配ない」


 メルツァーはリーナシエラを一瞥して立ち上がった。


「外で話すぞ。嬢ちゃんの枕元でべらべら喋ってるわけにもいかんだろ」


 片手に往診用の鞄をぶら下げたメルツァーは、もう一方の手で寝台の枕元の簡素なテーブルからランプを取り上げ、寝台の足元方向の壁に作り付けられた棚の上に置き直す。そのまますたすたとドアをくぐるメルツァーに続き、ザタナスも部屋の外に出る。ドアを閉める前に肩越しに顧みたリーナシエラの頬は、彼には冷たい人形のように見えた。


「お疲れ様です、先生。どうぞこちらへ」


 診察が終わるのを待ち構えていたのだろう、折良く顔を出したカミラディアがメルツァーに椅子を勧める。メルツァーが「すまんな」と椅子に座るのを確認し、彼女は台所の方へと消えていった。

 ここはカミラディアの事務所兼自宅である。気を失ったリーナシエラを抱いてハスター本拠から脱出したザタナスは、自宅ではなくカミラディアの家を目指した。ビストレンの南西の外れにある彼らの家は遠すぎる上、アロルドが馬鹿でなければ手下を使って襲撃ぐらいのことはやるだろう。また、カミラディアの家は比較的メルツァーの診療所に近い。

 リーナシエラをカミラディアに預けた後、ザタナスはメルツァー診療所に向かった。メルツァーは既に就寝の準備を整えた後だったが、ザタナスが「倒れたリーナシエラを診て欲しい」と頼むと即座に往診の準備をしてくれたのだった。

 メルツァーはザタナスが席に着くのを待って切り出した。


「ザタナス、嬢ちゃんのことだが」


 メルツァーはテーブルの上で手を組み、続ける。


「言った通り身体の方に問題はない。熱はないし、呼吸も脈拍も正常だ。今はただ寝てるだけに近いな。脚の傷の方も、すぐにふさがるだろう。うっすら痕ぐらいは残るかも知れんが」


 メルツァーの言葉を聞き、ザタナスは顔をしかめた。そこにカミラディアが湯気の立つカップを三つ載せた盆を持って戻ってきた。


「どうぞ」


 カップをメルツァーとザタナスの前に置き、自分もザタナスの隣の椅子に腰かける。

 カップの中身は温めた牛乳だった。少し蜂蜜が入っているらしく、かすかに甘い花の香りがする。ザタナスは眉間に深く皺を刻んだ。


「何よ、牛乳嫌いだっけ?」


 目敏くザタナスの表情を見て取ったカミラディアが首を傾げる。ザタナスは牛乳を一口含み、カップを置いた。


「別に、嫌いじゃねえ」

「じゃあ何なのよ、その顔は」


 ザタナスが答えずにいると、メルツァーがくぐもった声で言った。


「嬢ちゃんの傷のことか?」


 メルツァーは白くなった口の周りを手巾で丁寧に拭っている。


「傷痕が残るぐらい、嬢ちゃんの性格なら気にしないような気がするが」

「ああそうだな、俺がつけた傷痕じゃなけりゃな」


 頬杖をついて投げやりに言うと、カミラディアが目をむいた。


「ちょっ……何ですって?」


 カミラディアはテーブルに手をつき、無理矢理ザタナスの顔を覗き込んでくる。


「あの脚の傷、ザタナスがやったっていうの? どういうことよ、シエラちゃんに怪我させるなんて!」

「カミラディア、あんまり興奮するんじゃない。順を追って聞かんとわけが分からなくなるぞ」


 メルツァーが静かにたしなめる。


「その前にザタナス、その首、刃創だな? じくじくさせやがって目障りだ。消毒してこれでも巻いとけ」


 隣の椅子に老いてある往診用の鞄の中から、メルツァーは消毒液の瓶と小さく切った綿布の束、そして包帯を取り出した。それらをザタナスの目の前に並べる。


「お前がそんな急所近くに手傷を負うとはな。ザタナス、説明しろ。どうせ嬢ちゃんが倒れた理由にも関係してんだろ」


 ザタナスは奥歯をかみしめた。消毒液に手を伸ばし、綿布に振りかけて傷の当たりを乱暴に拭う。その際乾きかけていた部分が裂けたらしく、ぴりっとした痛みが走った。包帯を手に取ると、カミラディアが苛立たしげな声を上げた。


「ちょっと、いくら何でも雑すぎでしょ。貸しなさい、ああイライラする」


 カミラディアに包帯を引ったくられたザタナスは、ありがたく彼女に任せることにして背もたれに体重を預けた。イライラすると言った割にはカミラディアの仕事は丁寧で、いたずらに負担をかけることなく、優しく傷周りが拭われていく。


「……そうしてると姉さん女房の若夫婦って感じだな」


 メルツァーが真顔でそんなことを言い、ザタナスは思い切り鼻の頭に皺を寄せた。


「冗談でもやめてくれ。こいつならシエラ目当てに本当にやりかねねえ」

「馬鹿言わないでよ。いくら何でもあなたと結婚なんて願い下げだわ」


 手際良く処置を終えたカミラディアは、心底嫌そうに言う。


「っていうか、あなた別にシエラちゃんの親でも親戚でもないでしょ。結婚しても意味ないじゃない」

「そのことが分かってんなら、何ら問題ねえな。ちなみに結婚なんて願い下げってのは俺も同意見だ」


 適当に答え、ザタナスはメルツァーに向き直る。


「なあ、メルツァー先生。母親に『自分に子供なんかいない』って言われた子供の心境ってのはどんなもんなんだろうな」


 唐突な質問にメルツァーは目を丸くし、次いで苦い表情になって顎をなでた。


「状況や事情にもよるだろうが……まあひどい衝撃だってことは確かだろうな。……おい、今聞くってことは、まさか嬢ちゃんのことなのか」


 メルツァーは眉をひそめる。


「いや、だが嬢ちゃんの母親ってのは四年前の抗争で死んだはずだったよな」


 ザタナスは軽く頭を振り、隣に座るカミラディアに目を向けた。


「お前はもちろん知ってるんだよな?」


 カミラディアは視線を落とし、「ええ、そうね」と頷く。


「ハスターの首領ともなれば、愛人の情報だっていい商品になるから」


 数瞬置いてメルツァーが目元を険しくする。


「カミラディア、お前が言ってるのは嬢ちゃんの母親がハスターの首領の愛人だってことか? 冗談にしちゃ笑えんぞ」

「……本当に。冗談よ、って言えたらいいのに」


 目を伏せたまま呟くように言ったカミラディアを、信じられない事物を見る目で凝視したメルツァーは、ザタナスに視線を移す。


「ザタナス、お前も知ってたのか」

「あいつを引き取ってから一通りは調べたからな」


 数は少ないが、ノーデンスの残党は今でもビストレンに息を潜めている。当時ノーデンス内では、ハスター首領の愛人がティモシオ・マジエストの押しかけ女房になったというのは有名な話だったらしい。また、ハスター首領もすんなりリタを手放したわけではなく、再三彼女を連れ戻そうとしたという噂もあった。

 彼らの話をたどり、少しの想像力を働かせれば、愛人の座に出戻ったリタに行き着くのはさほど困難でもなかった。


「何だよそりゃ……そのこと、嬢ちゃんは?」

「ハスターの幹部殿がご丁寧に説明下さったよ」


 メルツァーは口元をひん曲げ、荒々しく頭をかいた。口の中で幾つか悪態をつき、息を吐く。


「なるほど、そりゃあ半端な衝撃じゃねえな。倒れもするか」

「多分それだけが理由じゃねえがな」

「……おい、まだあんのかよ」


 ザタナスはハスター本拠での出来事をざっと説明した。メルツァーはしばらく絶句してから手のひらを首に当てる。


「……嬢ちゃんの父親がノーデンスの構成員で、それをハスターに雇われたお前が殺して、大抗争の原因を作った、だと……?」

「意外だな。先生は全然知らなかったのか?」

「知ってるわけがあるかよ。自慢じゃねえがうちの患者はほとんどが一般人だ」


 憮然と言い、メルツァーは今宵何度目か、深いため息をついた。


「ザタナス、お前これからどうするんだ?」

「どうって何をだよ」

「嬢ちゃんのことだ」


 ザタナスはカップに口を付けた。ぬるくなった牛乳を無理矢理飲み下す。


「今まで嬢ちゃんは明るく振る舞っとったし、お前に全幅の信頼を置いていた。でも今日、それがひっくり返ったんだろ?」


 全幅の、と言い切れるのかは今日の昼までのリーナシエラに聞いてみないと分からない。だが、今夜全てが崩壊した。そして取り返しがつかない。それは確かだ。


「嬢ちゃんは大抗争で両親もそれまでの生活も失っとる。今までの明るさが無理くり振る舞った結果とは言わんが、年相応の、寂しさ、悲しさ、苦しさ、理不尽さへの怒り――そういう感情も必ずあったはずだ」


 カミラディアも何か喋れよ、とザタナスは思う。いつもはこちらの言葉を途中で遮って自分の話を始めたりすることすらある癖に、どうしてこういう、ザタナスが反応に困る話題の時に限って黙り込んでいるのだ。


「これからも一緒に暮らしていくんだったら、嬢ちゃんのそういう部分を受け入れんわけにはいかん。その上嬢ちゃんがお前に不信を持ってる状況でな。……〈魔王〉、お前にそれが出来るのか?」


 メルツァーの強い視線を受けたままザタナスはしばらく黙っていたが、短く瞑目すると観念して口を開いた。


「俺が出来るか出来ないかじゃねえ。シエラがそれを望むか望まないかだ」

「詭弁だろうが」

「それを言ったら俺とシエラの関係自体が詭弁だ」


 ザタナスは唇を歪める。


「あいつの父親のことを抜きにしても明らかに不自然な状況を、『師弟』の単語で無理矢理正当化してるだけなんだよ」


 血縁もなければ元々顔見知りだったわけでもない。四年前のあの夜、クラウデンによって引き合わされただけの間柄。


「ザタナス……お前」


 ザタナスは首を振ってメルツァーの言葉を遮った。


「先生、今夜は本当に世話になった。夜遅くにいきなり連れ出して悪かったな」


 メルツァーは何か言いたげに口を開いたが、何も言わぬまま閉じる。ザタナスから視線を逸らし、数度小さく頷いた。そしてザタナスに目を戻すと、


「いや、医者の看板を掲げてる以上当然のことだ。明日の午後にでもまた寄って嬢ちゃんの傷を見せてもらうが、いいな?」


 ザタナスが「よろしく頼む」と頷くと、メルツァーは大きな鞄を抱えて立ち上がった。


「先生、家まで送らせてくれ」

「せっかくだがいらんよ。この辺は俺の庭みたいなもんだ」


 ぎこちなく微笑み、メルツァーは夜道を帰っていった。

 メルツァーの背中が角を曲がるところまで見送り、ザタナスはリーナシエラの様子を見ようときびすを返す。


「ねえ、ザタナス」


 カミラディアに呼び止められ、ザタナスは振り返った。


「何だ?」


 カミラディアはわずかに躊躇する様子を見せた後、問うた。


「ザタナスはどうしてシエラちゃんを引き取ったの?」

「はあ? 何だよ今更」

「ディーツ市令が、……こう言っては何だけど、あなたにシエラちゃんを押し付けたっていう事実は知ってるわ。でも、本当に嫌だったらいくらでも逃れる方法はあったわよね」


 カミラディアはそこで一度息をつく。


「でも、あなたは受け入れた。それはどうして?」


 カミラディアの碧い目を見やり、ザタナスは静かに言った。


「知るかよ」

「知るかよって、ザタナス……」

「正確な情報は値千金。お前の口癖じゃねえか。そう簡単に喋るわけねえだろ」


 言い捨てて歩き出す。


「売り物にはしないわよ! って言うか売れないわよそんな情報!」


 憤慨した声が背中に飛んできたが、ザタナスは答えずにリーナシエラの眠る寝室に入り、ドアを閉めた。

 元々寝室として造られたのかは知らないが、狭い小部屋である。リーナシエラが寝ている寝台に簡素な作りのテーブルと椅子、そして造り付けの棚と扉付きの物入れ。人間が四人も入れば一杯で、五人目が入ると息苦しく感じそうなほどだ。

 ザタナスは診察中にメルツァーがかけていた椅子に座った。カーテンの隙間からこぼれ入るあえかな光の中でリーナシエラの頬がやけに青ざめて見える。ザタナスは彼女の顔の前に手をかざした。呼気が手のひらをくすぐったのを確認し、手を引っ込める。


(……どうしてリーナシエラを引き取ったのか、か)


 正直に言うと、ザタナス自身も不思議に思っているのである。子供好きでは断じてない、むしろ敬遠したいという自分が、どうしてクラウデンの言葉を受け入れてしまったのだろう。

 ザタナスは背もたれに背中をつけ、目を閉じた。

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