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13 師弟合流

戦闘描写があります。

 窓から垂らした綱が伸び切ったところで手を放し、草地に飛び降りたザタナスは、即座に塀に取り付いた。飾り彫りが施してあるお陰で登りやすい。

 苦もなく塀を乗り越え、通行人の胡乱な視線を無視して正門の方へ目をやると、黒服の男がこちらを指差して何事か叫んでいる。初めて見る顔だが、カジノの係員と同じ服なのでドルヒの人間に間違いないだろう。黒服の男の背後から二人――否、三人が現れる。うち一人はあの案内係だ。人目を気にしてか、早足で近付いてくる彼らに背を向け、ザタナスは細い路地に入った。追ってくる足音が駆け足に変わる。ザタナスも足を速めながら更に角を曲がる。

 裏通りを進むうち、いつの間にか後ろから追ってくる足音は一つになっていた。曲がろうとした道の先に黒服の姿を認め、ザタナスは小さく舌を打つ。曲がるのを断念して正面を向けば、そちらにも既に見慣れた黒服がいる。

 どうやら彼らはこの近辺の地理を知悉しているらしい。ごく細い脇道から顔を出し、行く手に回り込むような彼らをかいくぐって走るうち、大分奥まった区画にまでやって来てしまった。

 元々行き止まりだったのか、ごみやがらくたが積み重なるうちに道が閉ざされてしまったのか。上部にアーチらしきものがわずかに見えているので、恐らく後者だろう。腐敗臭漂うがらくたの山を前にザタナスは立ち止まった。

 追い付いてきた足音の方へゆっくりと向き直る。


「へっ、ようやく追い詰めたぜ。手間取らせやがって」


 しきりに揺らめく街灯の下、案内係の背後にたたずむ三人の顔を順番に眺め、ザタナスは唇を歪める。


「カジノの交代要員でも連れて来たのか? 毒抜きに専念させとかなくていいのかよ」

「店員として働いてる程度じゃ影響はねえよ。炉の近くで直接吸い込むか、馬鹿な……おっと、ありがたいお客様みてえに毎日開店から閉店までずーっと入り浸ってりゃ別だがな」


 案内係はそこで一度言葉を切り、にいと口の端をつり上げた。


「だから俺やこいつらが薬でへろへろになってるなんて期待はするだけ無駄だぜ。おとなしく捕まれよ。無駄に痛い思いしたくなかったらな」


 ザタナスは緩く腕を組んだ。


「捕まったらどうせ痛め付ける気なんだろ? だったらここで抵抗しても変わらねえと思うがな」

「その辺のちんぴらと一緒にすんじゃねえよ。てめえが聞かれたことに素直に答えりゃ利き腕折る程度で勘弁してやる」

「ニグラート様は随分と矜持が高いようで。余所の土地でこっそり金儲けってのはちんぴらと何が違うんだ?」


 案内係の頬が固くなった。奥歯をかみしめる音まで聞こえてきそうな表情。


「てめえ……どうしてそれを」


 ザタナスは鼻で笑う。


「天知る地知るってやつだな。自分達の秘密が誰にも漏れないなんて思うのはただの傲慢……いや、そんな上等なもんじゃねえな。単なる間抜けだ」

「……気が変わった。この場で死なねえ程度に痛め付けてから縛り上げて連れて帰って丁寧に拷問してやる」


 低く凄む案内係から視線を外し、ザタナスは腕を解く。そのまま無造作に間合いを詰め、


「……ぅがッ……!」


 案内係の鳩尾にめり込ませた拳を戻し、胃液を吐いて前のめりになるところを蹴り飛ばす。ザタナスは案内係を見下ろし、片頬で笑った。


「やれるもんならやってみろよ」


 飛びかかってきた黒服の男を一歩下がってかわし、顔面を狙うと見せかけて牽制してから顎下を打ち抜く。うまく脳に衝撃が伝わったらしく、男はその場にくたくたと崩れ落ちた。

 残りの二人は左右から同時に拳を繰り出してきた。一人の突きを避けながらもう一人の拳をいなし、二人が向かい合ってたたらを踏んだところで、向かって右にいた方を上段蹴りで吹き飛ばす。彼が派手な音を立ててがらくたの山に突っ込んだのを確認しつつ、最後の一人に膝蹴りを見舞って地に沈めた。

 ザタナスは右肘を払った。小さな衝撃の後、音を立てて地面にナイフが転がる。そちらを見れば、最初に沈めた案内係の男がゆっくりと身を起こすところだった。


「ったく、非戦闘員を連れて来んなよな。素人を痛め付けんのは好きじゃねえんだよ」


 ザタナスは案内係が体勢を整えるのを眺めながら言う。

 この男以外の三人は、ほとんど戦闘訓練を受けた跡が見受けられなかった。手が空いているというだけの理由で駆り出したのだろうが、適性を少しは考えろよ、とザタナスは思う。


「それとも端から時間稼ぎの捨て駒扱いか? こいつらが叩きのめされる間に、てめえはそうやって体勢立て直せるもんな?」

「……くそったれ、不意打ちなんて卑怯な真似しやがって」


 呻くように言う案内係に、ザタナスは鼻でせせら笑った。


「簡単に不意打ちされといて言うことがそれかよ。ニグラートは正々堂々の決闘推奨か? 素晴らしいこったな」


 先程案内係の男が投げたナイフを蹴る。投擲用ではない比較的大振りのナイフは、ザタナスの目測通り案内係の足元で止まった。


「来いよ。先手とらせてやる」


 案内係はザタナスの言葉を疑るようにじっと見つめてくる。それでもザタナスが動かないことで少しは安堵を得たか、ザタナスと足元を交互に見ながらゆっくりと腰をかがめる。手を伸ばしてナイフを拾うと、慣れた様子で構えた。

 案内係はすり足で円を描くように、それでもじりじりと距離を詰める。一対一の戦闘としては正統派の部類に入るやり方だが、ザタナスはあっさりと焦れた。


「先手とらせてやるっつってんだろ、早くしろよ」

「……誰が敵の口車に乗るかよ」

「口車ね。つまり俺が後の先狙いだと思ってるってことだよな」


 後の先――先手を取って打ち込んだ相手の迎撃。確かにザタナスの得意分野である。もっとも戦闘に関しては、ザタナスの苦手分野などごくごくわずかだ。


「……だったら何だ。違うとでも言う気じゃねえだろうな」

「言わねえよ。言うとしたら別のことだ」


 ザタナスは足首に隠していたナイフを抜き放つ。


「『てめえがごちゃごちゃ言いやがるから気が変わった』」

「なっ、てめっ、それいつから――」


 街灯の光を弾く刃の先端をゆらゆらと動かし、ザタナスは笑った。


「最初からだ。いくら何でもボディチェックが甘すぎる……つっとけ、あの呼び込みの野郎に」


 言い様、ザタナスは踏み込んだ。本気で先手をとらせてやるつもりだったのだが、案内係の罠だと決め付ける口振りが勘に障った。ならばお望み通り後の先ではなく、先手をとってやる。

 下から斬り上げたナイフが、辛うじて構えを上げた案内係のそれに弾かれる。まずまずの反応だ。構えから感じた通り、男の得意分野はナイフでの戦闘らしい。


「くそっ!」


 罵声を上げて案内係がナイフを突き込んでくる。ザタナスは余裕を持ってその切っ先をかわした。


「この程度かよ」

「の野郎ッ!」


 激昂した案内係の斬撃や刺突をよけ、時にナイフで受け流し、「遅い」だの「狙いが甘い」だの「下手くそ」だのいちいち煽ってやる。男は面白いほどに、あるいは簡単すぎて面白くないほどに、ザタナスの言葉に反応して熱くなる。そうやってさんざん遊んだ後、疲労の見えた案内係の斬撃を、ザタナスはナイフで受け止めた。力の角度を変えて、男の手からナイフを弾き飛ばす。


「なっ、くっそ……!」


 案内係は間合いをとろうとしたが、ザタナスには彼にこれ以上付き合う義理はない。軸足に体重を移動して右脚を振り上げる。足刀が狙い過たず男のこめかみを直撃し、案内係は吹っ飛んで建物の壁に当たり、倒れ込んだ。

 加減したので死にはしないが、意識は飛んだだろうし、仮に意識があっても頭部への衝撃で当分立ち上がれまい。


「時間食っちまったな」


 そちらこちらに倒れている黒服の男達を顧みもせず、ザタナスはその場を後にした。


 来た道を逆にたどり、程なくしてドルヒ東側の通りに出る。

 二更の鐘にはまだ時間がある。追っ手が気を失っているうちに、その辺で待っているだろうリーナシエラを拾って早めにずらかるのが賢明だろう。リーナシエラと別れた長椅子に近付くと、剣を二振り抱えた少女がザタナスに気付いて小さく手を振った。彼女の笑顔にどこか不自然さを感じ、ザタナスは近くを見回す。――と、リーナシエラの隣に座っていた若い男が立ち上がった。

 蜂蜜のような金色の髪に甘く整った顔立ちの優男だが、ザタナスを凝視するその目に険しい光がよぎったように見えた。どこかで顔を合わせたことがあっただろうか、と首をひねりつつ近付くと、優男の方でも数歩足を進めてくる。

 彼が持つ長剣の間合いの外でザタナスは足を止めた。それに合わせるように優男もそれ以上は近付いてこない。つい先程見た険しい眼差しが気のせいだったかと思うほどの穏やかさで、彼は口を開いた。


「失礼ですが、ザタナス・ロゼケニー中尉――ですよね」


 久々に聞いた音の連なりに、ザタナスは遠慮なく顔をしかめた。


「さすがにもう懲戒免職で除籍処分になってるっつーの」

「いえ、除籍ではなく自己都合による退役という扱いです。懲戒処分も特にありません」


 ザタナスは改めて目の前の男を見つめた。街灯と月の明かりでは瞳の色彩までは判別出来ない。また、彼の表情も、穏やかさの下に何があるのか見極めることは出来なかった。


「王立軍の関係者か。どういうつもりだ」


 低く問うと、大抵一歩分ほどの距離を開けて立つリーナシエラが、珍しいことに密着しそうなほど身体を寄せて上着の裾を引っ張り、ザタナスを見上げた。


「ザタナス、あのね……」

「話は後で聞く。しばらく口閉じてろ」


 言って優男に視線を戻す。彼は困ったように右腕を軽く広げた。


「中尉、リーナシエラを叱らないで下さい。リーナシエラが絡まれているところに首を突っ込んだのも、今まで一緒にいさせてもらったのも僕が無理にお願いしたことなんです」


 指摘したいことがありすぎて、どういう順番で進めたらいいものかとザタナスは乱暴に頭をかく。優男の地顔めいた微笑を見つめて短く息をつき、ザタナスは近くの酒場を示した。


「とりあえず場所変えるぞ。見世物になるのは願い下げだ」


 言ってザタナスは他二人の同意を得もせずきびすを返した。

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