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11 リーナシエラと人助け

ぬるい戦闘描写があります。

 リーナシエラは、剣術の師である青年がドルヒの建物の中に消えるのを見届けてから立ち上がった。彼に預けられた剣を目の前に掲げ、少し考える。

 さほど身長は高くないザタナスだが、リーナシエラがこの彼の体格に合わせられた剣帯を普通に使って剣を腰に吊すと、鞘の先を地面に引きずってしまう。長さの調節は出来ないでもないが、多分返した後、長さが馴染まないだの感覚が変わっただのと怒られるだろう。


「……使いにくくても強いくせに」


 自分の想像に文句を言ってみたリーナシエラだったが、師匠の不機嫌そうな表情がありありと想像出来たので、長さの調節は断念することにした。その代わり、首にかけて左腕を通し、肩掛け鞄のように持つことにする。位置を調節して、背負った自分の剣の抜剣に支障がないことを確認し、リーナシエラは夜の街を歩き出した。

 ドルヒに忍び込むつもりはない。それはザタナスに言った通りだ。しかし、何もせずあの長椅子でぼうっとしているのは苦痛だし、剣を二振りも持った子供がじっと座っていたりするのはかなり不審だと思う。巡回の兵士に見付かったりしたら多分補導される。


(それに、中から見ても分からないことが、外側を見ていたら分かるかも知れないし)


 ザタナスはクラウデン・ディーツに頼まれてマフィアの抑え役のようなことをしている(ザタナス本人は「自主的にやってんだ」と主張しているが)。しかしそれはザタナスが「自主的に」と言う通り、ほとんど収入には結び付かない。

 そんなザタナスがどうやって日々の糧を得ているのかと言えば、賞金稼ぎや単発の用心棒、そして滅多にないが魔獣退治などだ。とはいえ、賞金首はそれほど頻繁に現れるわけではないし、『自主活動』の性質上あまりビストレンを離れるわけにはいかないので収入は常に不安定である。なお、昔は王立軍に所属していたというザタナスは、フェリクスに話を聞く限りそこそこの高給取りだったはずなのであるが、貯蓄なるものは一シェカルたりともない。


(まあ、それはいいんだけど)


 いや、よくはないんだが、今のところ生活は成り立っているのでどうしようもないわけではない。

 リーナシエラが一番不満を持っているのは、実は別の点なのである。

 リーはシエラがザタナスに引き取られてから四年。剣を握るようになってからもおよそ同じ年月が過ぎた。

 うぬぼれるわけではないが、四年前からすると想像もつかないほど強くなったと思う。その辺のちんぴら程度なら負ける気は全くしない。


「だから、もっと手伝わせてくれればいいのに」


 思わず呟きが漏れた。リーナシエラはため息をつく。ザタナスは『自主活動』も含む仕事に、ほとんどリーナシエラを伴わない。今日の昼間の売人の捕縛のようなことはほんの例外である。手伝いたい、だめなら見学だけでもいいと常日頃訴えているのだが、大体において「お前にはまだ早い」、ひどい時には「邪魔すんな」の一言で却下される。

 リーナシエラは思う。金銭を得るための仕事でも『自主活動』でもいい。手伝いたい。ザタナスの役に立ちたい。

 ザタナスがそれを許さないのなら、勝手に役に立つまでだ。


 リーナシエラは入り口の前を横切り、塀に沿って右折した。塀は高くそびえているが、模様がごく大雑把な透かし彫りのようになっているのでちらちら向こう側の様子が垣間見える。リーナシエラはドルヒの店員らしき姿が近くにないのを確認して、模様の隙間から内部を覗き込んだ。

 ごく普通の建物。窓もあるが、カーテンが閉め切られていて中を見ることが出来ない。カーテンに映る影の揺らめきも、人なのか灯火が揺れているのか。

 リーナシエラは軽く失望して塀から離れた。しかしすぐ気を取り直す。そう簡単に役に立つことなど出来はしない。それでもどうにか頑張って役に立てたら、ザタナスもリーナシエラの力を認めてくれるかも知れない。いや、きっと認めてくれるはずだ。


「っていうか、認めてくれなくても実際役に立てればそれでいいんだし」


 自分に言い聞かせて胸元で小さく拳を握り、再び塀に沿って歩き出す。

 建物の北側と東側でも覗き込んでみたが、芳しい結果は得られなかった。北側の窓は西と同じくカーテンに遮られていたし、裏門には鍵がかかっていた。御用聞きとかどうするのだろう、とリーナシエラは首を傾げた。昼間は開けておくのか、それとも店に出向いて買う主義でもあるのだろうか。

 また、東側では一階には換気窓程度の小さなものしかなかった上、草が生い茂っていて見づらいことこの上ない。正面、西、北と見苦しくない程度に手入れされていたのに、この東側はどうしたことか。正面から時計回りに手入れしていった結果、東側だけが時間内に終わらなかった、ぐらいしか思い付かない。

 建物の周囲を一周回ったリーナシエラは腕を組み、眉間に皺を寄せる。

 役に立ちそうな情報は全く得られなかった。やはり、外観を塀の外から見て回るだけでは無理があるかも知れない。


「あとは聞き込みとか……?」


 リーナシエラは呟いた。しかし誰に聞き込みをすればよいのだろう。正門の前に立っている黒服の青年に聞いても軽くあしらわれるのが落ちだろうし、行き交う大人には相手にされないと思われる。

 リーナシエラは自分の小さな手、華奢な身体にくっついた細い脚を見下ろし、つきかけたため息を押し殺す。

 自分が子供であるのは仕方がないことだ。誰でも子供時代はあるのだし、自分はそれが今であるというだけなのだから。


「……あ」


 リーナシエラは思い付いて顔を上げた。周囲を見回したが、良さそうな人物がいなかったので路地を一本入る。

 通りの角に固まって座っている三人の子供を見付け、そちらに近付こうとしたところで足を止めた。

 大人がだめなら子供に聞けばよいと思ったのだが、手ぶらでというわけにもいかないのではないか。カミラディアは日頃から「情報はただではない」と、主にザタナスに対して口を酸っぱくしている。こちらにとって有用な情報をもらう以上、見合う対価を持参しなければならないだろう。

 リーナシエラは腰に吊した小振りな鞄に手のひらを当てた。現金はいくらか持っているが、現金のまま渡すのには抵抗がある。裾がすり切れ薄汚れた服をまとう彼らと、カミラディアが作ってくれた小綺麗な服を着ている自分とでは服装からして格差が目立つので、この際あまり関係ないのかも知れないが、現金は自分と彼らの間に堅固な壁を築いてしまうような気がする。

 四年前クラウデンに助けられ、ザタナスに引き取られなければリーナシエラは今頃彼らの中に混ざっていたか、ひょっとすると死んでいた可能性も高い。だからこそ、現金を『恵んでやる』ような形にはしたくないのだ。

 手持ちの食べ物を分け合って食べる、ぐらいの感じならいいのに、とリーナシエラは路地の先を見やる。

 既に日が沈んで久しい。今の時間に開いているのは酒場や賭場、綺麗な女の人がいる店ぐらいだと思うが、どこかでパンかそれに類する物を売ってもらえはしないだろうか。


 店の明かりを目指して歩く。賭場や女の人の店よりは酒場だろうとそれらしき店のある角を曲がったリーナシエラは、思わず立ち止まった。

 明かりから外れた薄暗がりの中、男女が向かい合っている。女性の方はごく淡い色の髪を高く結い上げ、一房を首筋に垂らしている。夜だというのに胸や肩の開いたうそ寒げなドレスをまとい、肩掛けを羽織っているようだ。顔立ちや表情は男性の影になっているのと暗いのとでよく分からないが、すらりと背が高く、身体は綺麗な曲線を描いている。男性の方は、女性より少し背が高く、肩幅が広い。こちらに背を向けているため、暗色の後頭部と広い背中しか見えない。

 男性は女性のか細い手首を握り、女性はその手を引き戻そうとしているように見えた。


「いいだろ、どうせ一人なんだろう?」

「放して。あんた程度の男に付き合ってやる暇はないのよ」


 どうやらもめているようだ。リーナシエラはさり気なくその場にしゃがみ込んだ。石畳の間から小石を幾つか拾い上げる。


「放せっつってんのよカス野郎! このあたしがあんたを相手にすると思うなんて、野暮臭い上に救いようのない身の程知らずね!」

「何だと、下手に出てりゃ、このくそアマ!」

「あら、あれで下手に出ていらっしゃったつもりでしたの? 気付きませんで失礼いたしましたわ」


 ほほほと笑ったその声に何となく聞き覚えがあるような気がしてリーナシエラは視線を上げた。

 男性が右手を大きく振りかぶったのが目に入り、慌てて立ち上がる。「喧嘩もなしだ」と言った時のザタナスの顔が頭をよぎったが、構わず小石を投げる。


(だってしょうがないじゃない。こんな時に限って巡回の人がいないんだもの)


 自分に言い訳をしながら二つ、三つと続けて投げる。弧を描いて飛んだ小石は、男性の広い背中に当たって地面に落ち、小さな音を立てた。男性がこちらを振り返る。

 リーナシエラの手のひらよりも二回りは小さい石くれだ。目にでも当たらない限り大した痛手にはならない。最後の一つを男が払い除けたのを合図に、リーナシエラは地面を蹴った。

 男性としては比較的小柄ではあるが、リーナシエラは更に小さい。素手での攻防となれば体格差がそのまま実力差に加算される。とはいえ、この状況で先に剣を抜くのも躊躇われるので、リーナシエラは地を蹴る脚に力を込め、加速した。

 目を見開いている男性の間合い直前で飛び上がる。リーナシエラは右の爪先を、男性のがら空きの鳩尾に突き込んだ。

 男性は見開いていた目をより一層ひんむく。女性の手首を放し、鳩尾を押さえてかがみ込んだ。

 うまく急所に入れられたらしい。リーナシエラは女性を見上げ、声を張り上げた。


「逃げて!」


 女性はリーナシエラを凝視していた。眉根を寄せて目を見はり、肩からずり落ちかけた肩掛けもそのままに口から下を手で押さえている。

 暴力が苦手な人なのだろうか。それにしては堂に入った罵声を浴びせていた。あれほど挑発すれば、男性が腕力に訴えることは分かりそうなものであるが。


「早く逃げて! この人は私がもう少し抑えておくから!」


 女性は数歩後じさったが、その場で足から根でも生えたかのように動かない。手でも引いてあげた方がいいのかとリーナシエラが考えていると、左脚をがっちりと男性に掴まれた。


「ガキィ……何しやがんだ、てめえ」

「だっておじさんが女の人を殴ろうとしてたんだもの」


 答えながら自由な右脚を振り上げる。男性の右腕にかかとを叩き下ろすと、声ならぬ悲鳴と共に足首を掴む指が緩んだ。リーナシエラは跳びすさって間合いを取る。

 男性が右腕を押さえながら立ち上がるのを眺めながら、リーナシエラは念のため確認した。


「骨は折れてないと思うんだけど、大丈夫ですよね?」


 とっさの時にでも力加減と当たり所を正確に制御しろとはザタナスの教えの一つである。今はさほどとっさというわけでもなかったので、もし折ってしまっていたら師の叱責は免れない。

 男性は荒い息をつきながらこちらを睨み付けた。


「あのアマといい、こけにしやがって……ちょっと殴らせろ、ガキ!」


 リーナシエラは鞄の中から手探りで縄を取り出した。四つに折って右手に持つ。男性は右拳を固めて近付いてきているため、骨に異常はなかったようだ。大振りに拳を繰り出してきたのを体さばきでかわし、先程かかとを落とした場所を狙って縄の先を叩き付ける。

 走っただろう痛みに男性が怯んだ隙に、リーナシエラは背後に回った。左の膝裏に下段蹴りを入れる。

 軸足を取られて体勢を崩した男性は、強引に身体をねじってリーナシエラに手を伸ばした。その手を縄の輪になった部分に引っかけてぐるりと体を回転させる。リーナシエラは重心を失った男の身体の下に入り込むように身を沈めて、伸ばした足先で右の足も蹴り上げた。男性は声を上げて背中から地面に倒れ込む。

 それに巻き込まれないよう、素早く縄の輪をほどいて飛びすさり、リーナシエラは女性がいた方を振り返ったが、そこにはあの長身の美女の姿はない。うまく逃げてくれたようだ、とリーナシエラは一息つく。

 倒れた時に打ったらしい後頭部を押さえつつようよう起き上がった男性に、リーナシエラはぺこりと頭を下げた。


「えーと、蹴ったりしてすみませんでした。じゃ、私はこれで」


 絡まれていた女性を助けるためとはいえ、最初の目的から大分外れた状況になってしまった。これ以上この辺りにいるのは危険だろう。


(とりあえず、巡回の兵士がいる表通りまで戻ろう)


 くるりときびすを返して逃げ出そうとしたリーナシエラの背中に、ドスの利いた声が叩き付けられたのはその時だった。

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