第九十五話 違和感
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――――side 火神美佳――――
今日の夜。
お風呂に入ってさっぱりした後、私はゴロゴロとベットに寝転がっていた。
ちょっとみっともないけど、今日のあれは想像以上に魔力を使うから疲れちゃったのよね……
そんな時コンコンとノックの音が聞こえてきて、
「今日もやるらしいから、準備して」
美月さんから呼び出しの声が掛かった。
正直少しだるかった。だからと言って断る気はなかったけど。
私は「今行きます」と返事を返して、いつもと比べて魔力を多く消費していたために疲弊した体を起こし、そのまま部屋の外に出る。
ニコニコとした笑顔で待ち受けていた美月さんの後ろについていきながら、夏目さんの部屋へと向かう。
「ほら入った入った」
部屋に到着し中に入るとすぐにジュースの入ったコップが渡された。
いつもなら私と哲也でやる作業である、お菓子やジュースのセッティングはすでに終わっているようだ。
なんだかいつもと違う形となっているので、ちょっとした違和感を感じる。
「今日の主役は美佳ちゃんなんだから、ゆっくりしなさいね」
今日は私が主役という立場のようだ。いや、予測は付いていたんだけどね?
なんというかやっぱりこういうのって嬉しいけど、少しだけ照れ臭いし。
「あれ、そう言えば哲也はどうしたんですか?」
照れ隠しついでに辺りを見回しても哲也の姿が見えなかったので聞いてみる。
今日は哲也も優勝という結果を出している。その功績をたたえるために、当然の如く姉さんが連れてくると思ったんだけど……
その質問に答えてくれたのは美月さんだった。
「ん~、なんか今日は男子は男子の方で盛り上がってるらしくてね。ってことで今日は女子会にしようってことになったんだよ」
「……そうですか」
その答えは普通ならば当たり前の答えになる。というかきっと美月さんは姉さんからそう聞いたのだろう。
だが私には変な感じしかしなかった。
とりあえず納得した素振りを見せたものの、あの姉さんがその程度の障害で哲也を褒めたりすることを諦めることなどあり得ないのだ。
さりげなく目線を姉さんの方に向けると、その視線には気付いたようだったがすぐに反らされた。
――――――――
「どうしたの? 美佳から呼び出すなんて……?」
女子会という名の騒がしい会が終わった後、私は姉さんを自分の部屋に呼び出した。
理由は言うまでもなく姉さんの違和感を確かめるためだ。
「なんとなく聞かれることは分かっているんじゃないの?」
「…………」
「なんで哲也を避けてるの?」
きっと自分がおかしい自覚があるのだろう。私の言葉を否定しなかった。
姉さんは言いたいことは決まっているが、どんな言葉を選ぶべきか迷っているようだった。口が開きそうになってはすぐに閉じる。
そのせいかなかなか一言目が出てこない。
私が催促することなく待っていると、ようやく姉さんはその重たくなっている口を開いた。
「……怖いのよ」
「なんて言ったの……?」
口を開いたはいいが、あまりにも小さい声音だった。思わず聞き返してしまうほどに。
私が尋ねると、姉さんはスッと脇腹を抑えて、今まで見せたことのない悲痛な表情を浮かべていた。
まるでその言葉を自分では認めたくなくて、言いたくないような、そんな感じを訴えているようでもあった。
だが私の次の言葉を待っている様子を見て、決意したように再び口を開く。
「哲也が……怖いの……」
「……えっ?」
思わず声が出てしまった。
いや、だって、あの姉さんが哲也を、怖い?
一体何におびえているのか、全く理解ができない。
まさか哲也に脅されてるなんてありえないし……いやもし脅されていたとしても、姉さんがその程度で哲也に対してそんな風に思うとは、私には考えられない。
逆に姉さんの場合、哲也相手なら脅されることに悦びすら感じてしまいそうで怖い。
ちょっと頭の思考がずれそうになった時、姉さんから昔の話が持ち出された。
「……知っての通り、昔は哲也が可愛くて仕方なかったわ。弟ってあんなに可愛いもんなんだって驚いたくらい。もちろん美佳も可愛かったわ」
「別に付け足すように言わなくていいから」
姉さんが私のことを思ってくれてたのも知っているし、それを超えた愛情を哲也に持っていたのも知っている。
「それで哲也って魔力の扱いが下手で、私に教えを請うことがあったのよ。当然のごとく私は親身になって教えたわ。それでも上手くいかなかったけどね」
それは私も覚えている。
私も一緒になって教えてもらってたこともあったはず。
「そして私が八歳で、あの子が六歳、測定する少し前の時よ。私は少しだけスパルタに当たったことがあったのよ。いつもの私からは考えられないくらいに。っていうのも測定結果次第では家を追い出すって話を聞いたからなんだけどね。だからどうしても家に残ってほしくてつい、ね」
「姉さんはなんで出ていったか、知ってたんだね」
「……知ってたけど、口止めされてたの……」
きっと聞いたというのもたまたま耳に入ったというところだろう。そこを父親に見つかって口止め。十分あり得る話だった。
「まぁそういうこともあってちょっときつめに指導したの。哲也も必死になってついてきてくれたんだけど、やっぱり無理があったみたいで、いきなり糸が切れたように倒れたの。その時はどうしようと思って、すごい慌てようだったと思うわ」
実際人がいきなり倒れたら、普通は慌てるだろう。それも姉さんはその当時八歳だ。
「でもすぐに立ちあがっってくれたわ。それを見てほっとしたんだけど……次の瞬間に私は意識がなかったわ。はっきりと覚えているのはあの時の哲也の目。生気がなくて……まるで死んだ魚のようだったわ」
それを聞いて私は合宿の時の哲也を思い出していた。
無残で残虐で凄まじい力を見せたあの時の哲也を。
「結果を見れば、結局上手くはいかなかったわね。哲也は家を出て行っちゃったし。あの時は本当に悔しかったし悲しかった。残ったのは気を失う前にやられたと思われる脇の痛みだけだった」
確かにあのときの姉さんの落ち込みようはヤバかった。私と口をきくまでも凄い時間がかかった記憶がある。
「……それで今日の話になるんだけど……あの時と似てたのよ、たぶん」
「えっ?」
この場で二度目の声を上げてしまう。
だって合宿の時の哲也と今日の哲也は似ても似つかない。
てかたぶんって何さ、たぶんって。
それにあの時のことを姉さんはほとんど覚えてないって……
「なぜだか分かんないけど、哲也が風切君たちを攻撃する光景を見た時、あの時受けた痛みが蘇ったように脇腹が疼くの……本能的にあの時のことを思い出して恐れてるのかもしれない。またあの時のようにやられるんじゃないかって。突然なんの前触れもなしに今度は脇腹だけじゃなくて……そう考えると哲也のことがまともに見れなくなった」
思わぬ告白に正直驚いた。
まさか姉さんにそんなことがあったなんて……
「……これからどうしたらいいと思う?」
弱弱しく俯きながら姉さんは尋ねてくる。
私は大きく息を吐いた。
解決するため何かを言う前に、一つだけ言っておきたかった。
「……全くもって姉さんらしくない」
そう、全く姉さんらしくない。
「姉さんにそんな過去があったなんて驚いたし、疼いてくる痛みの感覚にしても襲われるかもしれない不安にしても、私にはわからない。だけど、姉さんが哲也のことをそんな風に思うなんて私にとってはあり得ないわ。あれだけ哲也のことを気持ち悪いくらいに考えてる姉さんが……そんな姉さんが、そんな過去のトラウマにとらわれた程度のことで、哲也と上手く接せられないなんて、私には考えられない。姉さんが今やっていることってただ逃げてるだけだと思う。それじゃあダメだよ」
「ダメって言われても……」
「……哲也があんな風になって、またやられるのが不安だっていうなら強くなればいい。そのトラウマを乗り越えられるような強さを手に入れればいい。哲也がまたそんな風になった時、今度は止めてあげられるように。私も協力するから」
「美佳……」
「とにかく今のままじゃ、私も心配だし、哲也が特に心配するよ……もしかしたら避けられてると思って、逆に姉さんを避けて離れるかもしれな――」
「――それは絶対に嫌だわ!!」
ちょっとした脅かしで言うつもりだったが、効果は想像以上な物で、姉さんはガバっと顔を上げて、泣きそうになりながら詰め寄ってきた。
あまりの反応につい言葉を失ってしまう。
「……解ったわ。私やる」
姉さんは決意めいたようにそれだけ言うと、何を『やる』のか詳細を聞く間もなく部屋を出ていってしまった。
嫌な予感がしなくもないが、その後ろ姿を見る限り吹っ切れた感じがあったので、上手くいったかどうかは別としてとりあえず良しとした。