第九十三話 芸術
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応援席に向かう途中、そして応援席に座って美佳の登場を待っている今もちょっとした考え事をしていた。というのも優姉の様子がおかしい、そんな感じがしたからだ。
周りから見ればそこまでの変化はないと思っているだろうが、俺からすると違和感がありまくる。
さっき俺を出迎えたとき、なぜか優姉からの祝福の言葉が一言だけしかなかったのだ。それもみんなが声をかけたから私も一応、みたいな感じだった。昔なら考えられないことだし、今になって人前では控えるようになったものの、それなりにはブラコンぶりを発揮させてくることが多々あったのだ。
それだけならまだしも、祝福の言葉を掛けてきたときの優姉の顔が、ポーカーフェイスをつくって内面の部分をさらけ出さないように意識した、無理矢理笑顔を作った感じがありありと見えたのだ。それに目を合わせようとすることさえも避けようとしていたように見えた。
一体何を考えているのか、俺には全く分からないし、なぜそんなことをしているのかも解らなかった。
「おい、哲也。おいってば!」
「うん?」
声をかけられたことに気付き、顔を上げると、そこにはトシが心配そうに俺の顔を見ていた。
「どうしたんだよ、ボーっとして」
「いや……ちょっと考え事してた。で、どうしたんだ?」
「どうしたも何も、次、うち学園の出番だぞ。今アナウンスが掛かっただろ?」
どうやら自分の思ってた以上に考え事に没頭していたようで、アナウンスに全然気が付かなかった。
芸術の試合の場となるそこに目を向ければ、丁度美佳たちが入場してくるところだった。
美佳は六家の一員だけあって『的当て』の時と同様に、いや、あれでファンが増えたのか、さらに大きな声援が送られていた。どれくらいかと言われれば、声援の大きさに美佳の競技仲間の二人の肩がビクッと動くくらい。
「俺的には良いと思ったんだけど、さっきのところはC判定だったからな。基準がよく分からんわ。ま、火神さんならきっと高い評価をもらえるだろうけどな!」
「そうだといいな」
昨日の夕食時にしても、今日の会場に向かっていく姿にしても、美佳からは自信が満ち溢れていた。その様子を見ていると、練習ではきっと上手くいっていたのだろう。それに美佳の本番での度胸は相当鍛えられていると、『的当て』の時によく理解させられている。なので美佳には相当のことがない限りは失敗は起こらないだろう。
不安要素があるとすれば、仲間の方。さっきの声援でも驚いていたところを見ると、美佳が太鼓判を押しているとはいえ、少しだけ不安になってくる。
『それでは開始してください』
三人が位置に着いたのを確認したようで、開始のアナウンスが掛かった。
開始の合図と同時に、三人から魔力の高まりを感じた。興味本位で目を強化して視てみると、三人とも別々の色の魔力で、一人は風、一人は水、一人は火のようだ。言わずもがな最後は美佳で、大規模な魔法を放つためか、溜めている魔力は他の二人は比べ物にならない。魔法を放っていないのにも関わらず、その熱が伝わって来そうなほどだ。
少しして水の魔力が放たれた。何もない広い土のフィールドにポツポツと雨が降り始め、すぐにザーザーと本降りの雨に変化する。しっかりとコントロールもされているようで、観客席には一滴も雨粒は降ってこない。ちなみに空を見上げれば、晴天の時のように雲一つなく、青いのでなんだか変な感じではある。
さらに少し時間が経過すると、風の魔力が放たれた。すると風が吹き荒れ始め、まるで嵐のように、風と水が乱舞する。
「……凄まじいな」
「確かにすごい雨と風だな」
「いや――」
俺がつい漏らしてしまった言葉に隣にいたトシが反応する。
確かにこの雨風もなかなかの吹き荒れ具合ではある。
だが、どうやら俺の言葉に少し勘違いをしているようだったので、少しだけ付け加えておいた。
「凄まじいのは……美佳の方だぞ?」
「え?」
そう、凄まじいのは美佳だ。
最初に溜め始めた時からもその量は異常だった。
規模で言えば、その時点で先の『対人』の試合で赤江が放った火の龍のレベル。今の時点ではそれをはるかに超えていた。
それだけの魔力が観客席という離れた場所にいるのにもかかわらずヒシヒシと伝わってくる。
眼で確認してみれば、そこの部分を中心とした台風のような魔力が渦巻いている。
きっと赤江のことだから、今の美佳の魔力を感じ取っているのなら、実力の差を感じて、嫉妬深く美佳のことを睨みつけていることだろう。
やがて美佳の周りを渦巻いていた魔力が集束していき、その魔力が閃光を発したように弾けた。
変化が現れ始めたのは地面からだった。湿っていた地面からジュージューと音を立てながら、白い蒸気が立ち始めたのだ。明らかに地面に何かしらの形で熱が伝わっている。
さらに次の段階に入ると、そこは地面が渇き始め、なんと雨が地面に当たらなくなっていた。要は地面に当たる前に水が蒸発しきってしまうほどの熱が発しているということ。
そして次の瞬間――
「うわぁ……」
誰が漏らしたか分からない、いやもしかしたら観客席にいる全員が思わず息を呑み、『それ』に圧倒されていた。
輝きを放っている太陽を見るときのように、手をかざさなければ見ることのできない程の存在感。
『それ』から発せられている熱量から額に汗が滲む。
「鳳凰だ……」
数十メートルもの大きさの赤白い炎が鳥の――鳳凰の形を成して、地面から出現したのだ。
そして生きているかのように、空中で止まり、その翼をバサリと揺らす。
それだけの行動で熱風が生まれ、さっきまで吹き荒れていた雨や風がやんでいた。
「すげぇ……」
それだけでも相当な評価をもらえそうだ。
だがまるで太陽の化身のように現れたそれは、それだけでは足りないとでもいうかのように、偶然か、必然か、身に纏ったように、虹を出現させていた。
まさに『芸術』というべき演技に、観客席から惜しみない拍手が、盛大な声援が沸き起こった。
会場の声援の大きさでも物語っていたように、美佳たちの演技は審査員からもS判定が出された。