第九十二話 進化
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一歩目を踏み出した時、今までにない感覚を全身で感じていた。
自分が出している速度ははっきりとは分からないが、とにかく速いことだけは分かる。
だが不思議と視界に映る光景はやけにスローモーションではっきりと見える。
次々と正面に現れる木を問答無用で粉砕し、つき進んでいく光景がはっきりと。
一本目をなぎ倒す前はやばいと思い避けようと思ったが、想像以上に力強く地面を蹴ったせいか、足が地面に付く範囲に自分の体はなかった。要は超低空飛行状態。
そんなわけで無抵抗のまま木に突っ込むことになったのだが(今思えば何かしら行動を起こして避けれたかもしれない)面白いことにほとんど当たった感触がなかった。その代わり木が粉砕する音は嫌になるくらいはっきりと聞こえてしまった。
その時は一瞬何が起こったか分からなくなったが、二本目、三本目とやらかしてしまうにつれて、自分の体氣での強化が恐ろしくなっていると自覚できたと同時に、もうどうにでもなれと自棄になってしまった。
今となっては木なんて気にせずに最短距離で相手のところに向かっている。
「見つけた」
眼での氣での認識ではなく、ただの肉眼ではっきりと三人の相手の姿を捕えることができる距離まで来た。風切が真ん中で左右に少し距離があるところに一人ずつ。
相手はこっちの方に気付いているようで、目を向けている。まぁこれだけ派手になぎ倒して相手に一直線に向かっていけば、ばれないことなどあり得ないだろうとは思っていたけど。
だがなぜかは分からないが、魔法を放つ素振りが、つまりは詠唱している様子がない。
俺が後一歩踏み込めば届く範囲にまでやってきたところで、ようやく相手の魔力の高まりを認識することができた。
俺は最後の一歩を踏み込み、次の瞬間には一番右にいる奴の隣に移動した。そして左足を軸にして回転しながら相手の横腹に蹴りを放つ。
それを喰らった相手はくの字にひん曲がって、呻き声のようなもの出しながら、落ちることなく一直線に吹っ飛んでいく。その向かう先には風切。
風切は飛んできた味方に寸前のところで気付いていたが、反応が遅くそれに衝突した。
それなりの重量があるものに、かなりのスピードがあったので、風切に衝突するも勢いは止まらず、巻き込まれたように二人して吹っ飛んでいく。
二人とも吹っ飛んだことで三人の位置が重なったのを確認し、俺は足に空氣を集めることに集中する。
その時、開始時に体氣を使った時のような、いや、それ以上に力が溢れてくる感覚に襲われた。
理由はすぐに予測がついた。
何せ今まで体氣と空氣を同時に使ったことはあったが、混ざり合わせることなどなかったのだから。
正確には、今までは体氣を外に出すことが出来なかったので、ないというよりは出来なかったんだけどね。
さらにそこに風の魔力も組み合わせていく。
三つの力が組み合わさったそれは、使っている自分自身ですら怖ろしいと思ってしまうほど、凄まじいものだった。
自分の髪がそれによって生まれた風でバサバサとなびいている。
まだ技を行使してないが、これはヤバい。そう確信できる。
だからと言って手加減をする気は毛頭ない。
これで終わらせてやる!!
心の中で決意を固めて、身体全体を使いながら全力で足を横に振り切る。
足先の軌道に沿いながら放たれた三日月状のそれは空気を切り裂き、大きく砂煙を上げながら相手に一直線に向かっていく。
その技が相手に接触した瞬間、砂煙が上がっていたせいで氣で強化した目でしか確認できないが、三人全員の魔力の反応が一瞬でどこかに消えた。敗北の条件である転移魔法が発動したのだろう。
「ふぅ……」
俺は相手がいなくなったことを確認した後、氣での強化を解き、一度大きく息をついた。
いくら量が増えたとはいえ、使い方が荒々しかったせいか、いつもよりも重い疲労感に襲われる。
立っていられないほどではないが、これは明日が怖いかもしれない。まぁ、朝起きた時にどんなに体が痛かったとしても、修行時代の時の地獄の日々のおかげで、起き上がって動けると思うが。
そんなことに思考を巡らしているうちに、砂煙が晴れてきた。
視界がはっきりした時、俺の目の前に映ったものは更地のようになったフィールドだった。よく見れば粉々になっている木の粉が存在している。どうやら切り裂くのではなく、切り刻む技に昇華しているようだ。
技の影響を受けていない俺の後方は、走って通ってきた道筋以外は緑で生い茂っている。前後を見比べるとひどく対照的な光景となっていた。
人間を風圧で吹っ飛ばせるほどの威力があったのだから当然と言えば当然なのかもしれないが、改めて技の威力を理解させられる、そんな光景になっていた。
『勝者、第六学園』
アナウンサーはいつもと変わりなく勝者を告げるが、観客の方はいつものようにすぐには歓声が上がらなかった。
静まり返っているフィールドに居心地の悪さを感じてきて、問題はないはずなのになんだか悪いことをした気分になってきてしまう。
「わあああああ!!」
だが次の瞬間には、そんな馬鹿げた考えを払拭するかのように、観客席から盛大な声援がフィールドに向かって送られてきた。
俺はその声援を受けて喜びを感じているのを実感し、思わずニヤついてしまいそうな頬を必死に抑えていた。
――――――――
「おめでとう、哲也!」
開口一番にそう言って出迎えてくれたのは美佳だった。
それに続いてトシや生徒会の面々が次々とお祝いの言葉を送ってくれたので、控えめにお礼の言葉を言って頭を下げた。
「ありがとうございます」
「意外に冷静だねー? 優勝だよ、優勝! 新人戦とはいえ、普通にすごいことなんだよ! もっと喜びなよ!」
「は、はぁ……」
美月さんはまるで自分が優勝したかのようなテンションで、掴みかかってくるかのようにグイグイと来る。あまりの勢いに若干引いてしまうが、仕方ないだろう。
「でも……本当に、すごい……です」
相変わらず言葉は控えめな鷹已さんだが、うっとりしたかの頬を上気させて、上目遣いでキラキラした視線を向けているところを見ると、美月さんと同様とまではいかないまでも、いつもよりも興奮していることが伺える。
「確かにすごいわよね。相手はあの風切だったのに。何をやったのかは速すぎてよく分かんなかったけど、一瞬で終わっちゃったもんだから、なんか変にスカッとしちゃったわ」
「それはよかったな」
そういえばパーティーの時、美佳に対して風切はしつこかったもんな。美佳の態度を見れば無駄ということも分かりそうだが、それでも粘って話しかけるから、美佳にはストレスがたまっていたわけで。そういうこともあり、今回の試合を見て、美佳は少しばかりのストレス解消になったわけだ。
そう考えると、なんというか風切って哀れだな……もちろん他人事だからどうでもいいけど。
「それにしても、ホントに一瞬だったな」
まあ、そういう命令だったしな……
周りの顔を見れば全員うんうんとトシの言葉に頷いてる。
「外からみてどんな感じだった?」
「どんな感じって……そうだな……お前の姿を探してるうちに終わっちゃったって感じだな」
「……大袈裟すぎないか?」
「いや、これでも控えめに言ってるくらいだ」
その発言が控えめだったら、大袈裟に言ったらどうなるんだ、とか考えてしまうじゃないか。
そんな俺のどうでもいい思考を他所にトシはどこかの解説者かのように試合の展開を説明し始めた。
「入場してきて、お前の姿はあったんだけど、スタートしたと同時にさっきまでお前のいた場所にはクレーターみたいなのができてて、敵の攻撃か何かか!? とか驚いてたら、すんげえ音と一緒に木が次々と粉砕されていくんだよ。んで次の瞬間には砂嵐か!?って思うほどの砂煙が起こってて、気付けば試合終わってた。会場全体が静まり返ってたのは、あまりに速すぎて何が起きたのか分からないうちに終わったせいだと思うぞ? ちなみに俺もそんな状態だったと思う」
「そうか……」
なるほどとは納得したくないような解説だったが、確かに人間というのは受け入れづらい、異常過ぎる何かを見たときには、黙りこくってしまうものだ。ちなみに俺も実体験はある……
とは思うものの自分がそんな領域に入ってるとは思いたくないものだ。
そんな感じで自分の中で締めくくった。
「ま、内容はどうあれ、おめでとう! そして、次は美佳ちゃんの番だよ。この優勝の勢いに乗って、頑張ってね、美佳ちゃん!」
「はい! 頑張って来ます!」
美月さんの言葉に美佳は堂々とした佇まいで返事をして見せる。表情を伺えば、緊張している感じも少なからずあるが、それよりも大きな自信で満ち溢れている。
ここにいる面々からいくつか激励の言葉を受けた後、美佳は試合の場へと向かっていった。