第九十一話 変化
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「トイレに行っただけのわりには遅かったじゃないか。何かしてたのかい?」
「行く途中で知り合いにあってな。ちょっと話してた」
控室に戻ってくると赤江から遅くなった理由を聞かれたので、あった出来事のほんの一端部分だけを答える。
赤江は別に詳しい答えは求めていなかったようで、「そうか」と一言応えただけだった。
詳しく聞かれたとしても回答に困る部分があったので、この対応はありがたい。
「それで、どうするつもりだい?」
赤江は俺にそう尋ねてきた。
言葉が少し足りないが、赤江が聞きたいことは、次の試合の作戦のことだろう。
次の試合は別ブロックの一位である風切たちのところだ。普通に考えれば無策でつっこめば簡単にやられてしまうだろう。だから俺は作戦をちゃんとそれなりにではあるが考えてはいた。
だが、ちゃんと考えていたにもかかわらず、俺はそれを言うべきか、少しだけ答えに詰まってしまった。
「……まさかまだ何も考えていないのかい?」
「考えてないというよりは、まだ決まりきってないって所じゃねえの? 相手はあの風切だし、確実に勝利をって思ったら時間も必要だろ」
呆れたような調子で赤江は言ってきたが、野上が俺をフォローするように言っていた。
野上はちょっと勘違いをしているが、時間は確かに必要なので少しばかり助けられた気分だった。
思い返すのは姉さんに言われた言葉。
『速攻で試合を決めなさい。何が起こったか相手に悟られないくらいに』
これを実行するとなると、俺が考えてた作戦では不可能なのだ。
それに姉さんのこの言葉に含まれているのは早さだけではない。相手に悟られないほどのスピード。この条件を達成することができるのは俺のスピードくらいだろう。つまり姉さんは三人を俺一人で速攻で片付けろと、そう言っていたに等しいのだ。
これで分かっただろうが、それを可能にするには作戦を逆に無くさなければならない。というよりはいらないのだ。
だから俺はどうするのか迷っている。
いや、迷ってはいないか。なにせ俺にとって姉さんからの命令は絶対に等しいのだから、挑戦することは決定している。
問題は二人にどう説明したものかということだ。
さすがにあれだけ作戦をどうのこうの言ってたくせに「俺一人でやるから、なにもするなよ?」と言ったところで、納得するどころか、赤江の場合は「君一人でやるんだったら、僕が一人でやろう」とか言い返されそうだ。
そこまで考えたところで一つの案を思いついた。
「二人とも聞いてくれ」
俺のその一言に二人はこっちに注目する。
その視線に朝までだったら考えられないなと思いつつ、俺は二人に告げる。
「次の試合、作戦はなしだ」
「「は?」」
俺の言った言葉は当然理解されずに、何言ってんだこいつみたいな視線が飛んでくる。
「いやいや、そんな顔すんなよ」
「……作戦、なしだと?」
「そう、作戦はなし。というか俺一人で全員潰すから、二人は後ろで控えててくれればいいよ」
「「はあ?」」
いっそうきつい視線が送られてくるが、俺は気にせず続ける。
「とは言ったもののそれだと主に赤江が納得しないだろ?」
「当たり前だ! 君がつっこむというなら、僕が二試合目の時のように魔法で相手を焼き尽くした方がいいだろう?」
「確かにそれもありかもな……だけどそれだと俺がつまらない。だからさ勝負しようぜ」
「勝負?」
「そう。ただ単純にどっちが多くの相手を倒せるかってだけの勝負。勝った方は、ありきたりかもだが負けた奴になんでも命令できるってのはどうだ?」
考えるのは数秒間。赤江はすぐに答えを出した。
「良いだろう。そう言ったことを後悔させてやる。勝った暁にはちゃんと命令に従ってくれよ?」
「もちろんだ。そっちこそ負けた時に逃げるなよ?」
うん、こいつはやはり馬鹿で扱いやすい。
少しばかり罪悪感がないわけではないけど、今回は仕方ないということにしておこう。
「おい、これって俺きつくないか?」
そう言ったのは先ほどまで会話に参加していなかった野上だ。
確かに野上にとっては魔法で赤江と競い合うというのはきついだろう。
こういった場合の対応もちゃんと考えてある。
俺は野上に耳を貸すように言う。
「……もし俺が勝ったら、俺の言うことを聞かせる権利をお前にやろう」
「よし、俺もその勝負乗った!」
俺がそれだけ言うと野上は大きな声で宣言した。
こいつはたぶん二対一の状況で有利になったと思っているのだろう。そして勝利の核心でもあるのか、さっそく赤江に何をしてさせてやろうかと考えるほどだった。
気付けば二人とも嫌な笑みを浮かべながら何か考えていた。きっと勝ったことのことを考えているんだろうなと思う。そのおかげというかせいというか、作戦うんぬんはこいつらの頭の中から抜け落ちているようだった。
こうして容易く俺の勝負の環境を整えることができた。
――――――――
『これよりマジックバトル、決勝戦を始めます。選手は位置についてください』
アナウンスの声と共に前までの試合とは比較にならないほどの歓声が会場に轟く。その歓声で地面が揺れてそうなほどだ。思わず耳を塞ぎたくなる。
「負けないからな、楠木!」
「分かってるとは思うけど、本当の相手はあっちにいるんだからな?」
確かに俺らは俺らで勝負をしている設定になっているが、本当の勝負の相手間違えてないか? とつっこみたかったが、その役目は野上が率先してやってくれていた。
その言葉に赤江はフンッと鼻を鳴らして相手を馬鹿にするような仕草で野上に応える。
「それくらい分かってるさ。だが僕にとってはこの勝負もまた重要なのさ。以前受けた屈辱、この勝負の命令を持って返してやるから、覚悟するんだな、楠木よ!」
以前というのは模擬戦のことだろう。まだ根に持ってるのか、この御方は。
「それとこの試合で僕の魔法に巻き込まれたとしても文句は言うなよ?」
「お前、本当に分かってんのか……?」
分かっていると思いたいが、この野上の疑問にきちんと応えられるやつはここには存在していなかった。赤江が不気味な笑みを浮かべているところを見れば仕方ないだろう。
恐らく大規模魔法でもうって、相手を倒すついでのように俺も一緒に倒すという魂胆なのだろうが、出来れば自重してもらいたいものだ。
俺はその辺で周りの会話に耳を傾けるのをやめて、自分のことに集中することにした。
姉さんからのミッションを達成するためにも、ここは全力を持ってことを成さないといけない。
目を瞑り自分の中にある『体氣』に意識を向ける。
『体氣』を全身に向けていつものように操作した時、不思議な感覚に包まれた。
いつもと同じことをしているのにいつもと違う感覚。
感覚は違うが、一つだけ言えることと言えば、いつもよりも力が溢れてきて、漲ってくる。
溢れてくるその力に戸惑いを覚えるが、これまた不思議なことに操作をすることは容易い。
実際、腕に『体氣』を集中させればしっかりと移動は出来る。
そして腕に『体氣』が集まった時、目に見えて今までとの違いが分かった。
体氣というのは本来、身体の内側にあるものなのだ。『体氣』で身体で強化する際も、それが表に出ることなどない。
しかし、今自分の腕を見つめてみると、限りなく透明に近い何か――『体氣』が、自分の腕にまとわりついている。
そう、身体の外に『体氣』が出てしまっているのだ。
『たぶん今日中に解るわ』
姉さんの言葉の意味が確かに分かった。
今までとは違う扱い方になるのかもしれないが、今までの訓練のおかげか、全くもって問題なく操作は可能だった。むしろ今までの体氣の操作よりも目に見える分、楽に感じるくらいだった。
俺は今までにない高揚感を覚えた。
自分の頬が無意識につり上がるのを感じる。抑えようとはおもはないし、出来るとも思わない。
自分自身の伸びしろが肌で感じ、目に見えて分かるのだ。
にやけるなという方が無理だろう。
「楠木?」
戸惑いを含んだ声が後ろから聞こえてきた。
恐らく俺の体氣を目にして少し驚いているのだろう。俺だって驚きを覚えているくらいなのだから当然と言えば当然と言える。
『それでは試合を開始してください』
俺は振り返って呼びかけに微笑みで答えた後、『体氣』を脚と眼に集中させて思いっきり地面を蹴った。
「消えっ――って何だよこのクレーター!?」
後ろからの声は気にせず、俺は一直線に相手の方に向かっていった。
話を合わせるために大会の日程(具体的には六十三話のところ)を少し変えました。
それによる話の影響は恐らくないはずですが、もし違和感を感じたり、変だなと思ったところがありましたら、お知らせいただけたら幸いです。