第八十六話 読み合い
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第一試合目を終えた俺たちは、いったん控え室に戻ってきていた。次の試合までの空き時間は一試合分。つまりはプログラム的に言えば三試合目であり三十分後。所詮は予定上のことなので、実際はどうなるか分からない。早い段階で決着がついても始まる時間を調整すればいいだけであるから早くなる心配はないが、遅くなることはあるかもしれない。
この三十分という時間は正直言って短いと思う。ありがたいことに俺自身の作戦は上手くいったので、そこまで体力的な消耗も魔力的な消耗もないはずなので、この時間をちゃんと休めば全く問題はない。俺が思う問題は、作戦についてだ。
さっきの試合は、相手には失礼だが、脅威となるようなものが全くなかった。下手にでていたとしても、なんだかんだで勝っただろうと思っている。
だが、次の相手第五学園。六家である葵、そして新谷がいる。
葵の混合魔法の技術にチームプレイが可能なメンバーを組んでいると考えたら、それだけでも厄介だ。それにあいつら二人は俺の使うものを知っている。すべてを曝したわけではないし、それで止められるつもりもないが、対策は立ててくるだろう。相手の術中に嵌まってしまったら、きっと敗北する。
せめてこっちも少しくらいは対策を立てておきたい。少なくとも葵の混合魔法についての話だけでもちゃんと訊かせておきたい。そんな風に考えているときだった。
「おい、楠木」
声をかけてきたのは野上だった。赤江もそっぽを向きながもちゃんとこっちに来ている。
どうしたのだろうかと思い、首をかしげる。
「どうしたんだ? 二人して」
「どうしたじゃねえ。作戦立てんだろ?」
「あ、ああ」
俺は驚きを隠せないまま、曖昧な返事を返すことしかできなかった。
一体どんな心境の変化があったのだろうか? そんな疑問が頭の中を駆け巡っている。
ありがたいことではあるが、ここまで考え方が変わってしまうのはさすがにビビる。
「勘違いするんじゃないぞ? 僕はただ今さっきの試合みたいに、君の心の中だけで描かれているがままに動くのが嫌なだけだ。それだったちゃんと話を聞いて自分の意志として行動したい」
「こいつと同じ考え方ってのは癪だが、俺もそんな感じだ。こんなんだったらこいつをからかってないで朝の時からちゃんとしておけばよかったぜ」
行き当たりばったりで適当にやったことが、こんなにうまくいくとは……
いろいろと頭の中で考えを巡らしていた俺が馬鹿みたいじゃないか。
そんな風にも思ったが、何がともあれ話を聞いてくれるというのだから、これを生かさない手はないだろう。
「それじゃあ、まずは──」
――――――――
『選手は位置についてください』
あれから三十分の時間が過ぎ、予定通りに試合が開始されることになった。
ちなみにもう一つのブロックの第一試合は風切の魔法が思い切り炸裂したようで、かなり早い段階で決着がついたそうだ。ここあたりはさすがに六家といったところだろう。
そんなこんなで俺らの試合。
俺の前方には今回の敵となってる葵、そして新谷がいるはずだ。
準備に抜かりはないと自負しているが、それがうまくいくかどうかはまた別物だ。当然負ける気はないが。仲の良い友人ならなおさらだ。
先の試合が異常に早く終わったことで待たされていた観客は鬱憤が溜まっていたのか、アナウンスが掛かるとともに雄たけびのような声が飛び交ってきた。
いきなりの怒声にも似た大声に少しばかり反応を示したりもしたが、呑まれるような味方ではないようで、そこあたりの精神的状態に関しては、全く問題はなさそうだった。
『それでは試合を始めてください』
開始の合図と共に俺は体氣で眼の強化を行使して相手がどう動いて来るかを伺う。
もし相手も俺らと同じように動向を探るような動きをしているんだったら、攻め立てるつもりでいた。
だが、どこにいるのかを認識したところで、いきなり青色の魔力がはじけた。つまりはあっちの誰かが、いきなり魔法を放ったのだ。その目的はまだ分からないが、放たれた魔法は競技の場全体に広がるように、どんどん大きくなっているのが分かる。そして困ったことに、その大きな魔力の存在によって視界は遮られてしまい、あっちの三人がどのように動いているのかが見えなくなってしまった。ただ、分かるのはその青い魔力がこちらに向かってきているということだけ。それがどのような代物かはすぐに肉眼で理解することができた。
「あれは、霧?」
呟いたのは赤江だった。
今ほど赤江が呟いた通り、その正体は霧だった。
細かい水の粒子が白い煙となってこっちに向かってきている。
それは視界を奪う力もありそうで、そして俺の眼もうまく機能しなくなるくらいの濃い霧。その霧がすでに会場の半分近くを覆うとしていて、未だ止まる気配はない。
正直言ってこれは予想外だった。
勝つための作戦として、俺が相手の動きを読むことが一つの要素として入っていたのだが、この霧、というよりは魔力の存在のせいでそれができない。
「二人とも聞いてくれ」
というわけで、とりあえず俺は二人にそれを伝えることにした。
「この霧のせいでさっきの試合のように相手の動きが見えなくなった」
「……つまり、先制攻撃が出来るかは運次第ということか?」
「そうなるな」
赤江の言葉から分かると思うが、まずは先制攻撃を叩くつもりでいた。そこから相手がどうしてくるかによって、いくつかパターンがあったので、立てた作戦は少しばかり無駄になってしまいそうだった。
「それにしても邪魔な霧だな……」
「確かにそうだな……でもこれだけ濃い霧だと、放っている相手自身も見えなくなるんじゃないのか?」
目の前にだんだんと迫ってきている霧を見て、野上はうんざりしたような呟きを洩らし、それに反応するように赤江が状況を冷静に分析する。
その分析を聞いて、当たり前とも言える疑問を覚えた。俺たちにだけではなく、相手自身にも負担がかかるのにわざわざこんなことをする必要があるのかと。同じ条件下になるのなら、別にこんなことはする必要はないように思える。これだけ大規模な霧ともなれば、単純な初級魔法だとしても、それなりに魔力を使用するはずだからだ。
なぜだかは分からないが、この霧の本当の意味について早く分からなければならない。そんな気がしてならなかった。
思考を必死に巡らし、俺はようやくそれに思い至った。
「合成魔法だ!」
なんですぐに思いつかなかったのか。
作戦を立てているときに、それについて何度も注意を払うようにしていたのに。
さらには作戦の前提である先制攻撃すら相手にされてしまう形になっている。
だが、ここで後悔していても仕方がない。なんとかして対策を考えなければならない。
恐らく次に使ってくるのは雷。これは合宿の時に見たことがある『ライジングミスト』を大規模にしたものだろう。
防ぐには霧を身体に浴びないようにするか、雷を遮断するかのどちらかだ。
霧はもうほとんど目の前にある。どちらにしろ急がなければならない。
「野上!」
「なんだ?」
「土魔法で俺らの周りを覆うように壁を作ることはできないか?」
「わかった!」
俺の言葉を聞いて、野上はすぐに詠唱に入る。
合成魔法の危険性を伝えてあるためか、とにかく必死に対応しようとしてくれる。
そしてなんとか魔法が完成し、俺らを覆うように土の壁ができた。
「くそ! 後手に回りっぱなしじゃないか!」
密室になっている空間だけあって、声が耳に響いてくる。内容的にも耳が痛い。正直ここまで後手に回ってしまうとは思わなかった。ここまでは話し合ったことをいかして、攻勢に出れていない。全く持って上手くいっていないし、話し合いをした意味が希薄になっている感じだ。だからといって、話し合いをしていなければ、そのまま霧に突っ込んでただやられてしまっていたかもしれない。だから、時間を使って作戦を話し合ったことは決して無駄にはなっていない。
だから、ここで慌てても仕方がない。とにかくできることをやっていく。
「とりあえず落ち着こう」
まずは落ち着いて現状を把握する。
壁で密室にしたそこは、光を差し込む隙間もなく暗い。外の景色も見ることができない。要は相手の動向がうかがえない。
所詮、この空間はその場しのぎにしかならない。
次の手を考えなければならない。
「てかよ、今更ながらこれって不味くないか?」
「そんなのは考えなくとも誰だって気づくことだろう? ほんとに今更だな、君は」
「それがわかってるなら、皮肉を言い放つことにじゃなくて、今の状況をどう打開するかに頭を使ってくれ」
赤江はそれに対して、ふんと鼻をならしながらも、俺の言葉にしたがってくれる。
良い奴とは決して言えないが、持っている能力は決して悪くない赤江。そして勘も良い。
「……もしかしたらだが、あいつらはこっちがどう対応するかする予測できているんじゃないか?」
だから突然呟くようにして言った言葉には、どこ確信めいた何かを感じた。
「つまり、俺が葵の攻撃手段を伝えただろうと考えて、その上でどんな手段をとってくるかを予測している、ということか?」
「追加すれば、あいつらは一試合目を見れる余裕があった。それに僕が『赤江』だと知っているだろうし、楠木が魔法がダメだということも知っている。防ぐ手段は野上の土魔法だと予測することは容易いことに思えるしな。要は僕らは状況判断することができない状況に追い込まれている。そして相手はそれを予測できるんだとしたら、この間に距離を詰めてくるのは妥当な判断だろう」
「だからといってこの土の壁をどかすわけにもいかないよな……」
「そうだろうね。定期的に雷を放っていると考えられる」
打つ手はないのか、と心に焦りが生まれてくる。
「じゃあよ、楠木がレースの時に使ったアレは駄目なのか?」
「あれ?」
「ほら、魔法を無力化してた」
「ああ、あれか……残念だが無理な可能性が高い。周りの霧が邪魔になって、相手の雷を吸収する前に、霧だけを吸収して、すぐに吸収力の限界がくる。実際試してみたら、一瞬とも言える時間で球が青く染まりきって、塵のように霧散した」
「そっか……」
野上は自分では良い案だと思っていたのか、その案を否定されたことに対して残念そうに声を漏らしている。
「一瞬の時間は確実に稼げるんだな?」
「え?」「は?」
野上と重なる疑問の声。
「ちょ、どういうことだよ? なんか良い作戦でもあんのか?」
「それでどうなんだ、楠木? 出来るのか、出来ないのか?」
「無視かよ!?」
野上の声など完全に度外視したようにして、赤江は俺の方に声の矛先を向ける。その声音は自分勝手な行動と言った感じではなかった。
「一応は可能だけど……ホントに一瞬だぞ? 稼げて一秒とちょっと」
俺の心配するような言葉に、赤江はただフンと鼻を鳴らして、
「魔法の勝負というのは一瞬で片が付くということを奴ら、いやお前らにも教えてやる」
仲間同士だというのに、背中の当たりに寒気を感じさせた。
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