第八十三話 聞き込み
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会場を出て歩くこと十数分。いろいろと店が構えてある通りにやってきた。
大会が開催される関係か、良い店が並んでいるせいか、恐らく両方の理由からだろう。このあたりは結構な混み具合だった。その人垣の中を平然と通り抜けていく。こういうところを見ても、ギルド代表は伊達じゃないなとしみじみと感じる。
土御門さんは気づけば足を止めていた。どうやらここにするらしい。
ほかの店と比べると、比較的人の入りが多くない喫茶店だ。扉を開くとカラン、コロンという小気味の良い音が店内に響く。
この音を聞いてマスターと思われる人がいらっしゃいと声をかける以外のもてなしはない。誰かに席の案内をさせないところを見ると、好きな席に座っても良いようだ。
土御門さんもそう判断したようで、窓際の二人席のテーブルのところに腰を下ろした。
「コーヒーでいいか?」
「はい」
短いやりとりをした後、土御門さんは店員さんを呼び注文を済ませる。
数分間の沈黙が流れ、二人分のアイスコーヒーがテーブルに置かれる。
お互いによく冷えたそれを一口飲み込んだ後、ようやく土御門さんは口を開いた。
「一応だが、改ためて自己紹介をしよう。俺は土御門隆次。六家に該当している土御門家の現頭首だ」
「楠木哲也です」
スッと差し出された手に応えるべく、名前を名乗り返して、その手を握り、握り返してもらう。がっしりとした力強い、いや力強過ぎる握手だった。どのくらいかと訊かれれば、握りつぶされそうなほどだった。思わずやり返そうとしてしまったが、何とか自制して堪えることに専念した。
数秒後、ふっとその手から解放された。
土御門さんの様子を伺えば、口元が少し歪んでいるように見えたが、一瞬のことですぐに戻る。
「どうやら肉体は相当鍛えているようだな。結構力を込めたはずなんだが……おまえは平然としている」
「やっぱり何か試していましたか……地味に痛かったですよ」
実際はあまり痛くないが、何度もこういうことをされる可能性を消すために、手をさすりながら、避難するような視線を送る。
「地味に、か。これでも握力は相当のものだと自負していたんだが、な」
不意に感じた圧力に身構えると同時に顔を横に少しだけずらす。
瞬間、自分の耳の横を何かが通り過ぎた。
目視した限りでは、小さく紙を丸めた物体のようなものだった。
「……とりあえず、こういう風なやり方でいきなり試すのは、やめた方がいいと思いますよ」
「いや、すまんな。強いものには目がないんだ。つい、色々と試したくなる」
これ以上言っても無駄のように感じたが、これはこの人なりのコミュニケーションの取り方ということで割り切ることにする。
そう思いつつも、ついこぼしそうになるため息をコーヒーとともに飲み込み、視線で早く本題に入ってくれと訴える。これ以上何かとやられるのは、正直言ってうざったい。
俺の内心を感じ取ったのか、土御門さんはコーヒーに口に含んだ後、姿勢を整え話し始めた。
「何となくは予想がついているかとは思うが、俺がこうしておまえを呼んだのは、ギルドの推薦についての話をするためだ」
土御門さんが言っていた通り何となく予想はついていたので、特に驚くでもなく続きに耳を傾ける。
「開会式の時にも言ったが、推薦にのってギルドに入る場合、普通に入るより色々と優遇される。色々と言うだけあってその処置は様々だ。一番多いのは最初のランクが数段上の状態でスタートするとかだな。ちなみに今回おまえが推薦に乗る場合もこれにしようと思っている」
ギルドには興味があったし、入りたいとも思っている。だから優遇されると言うのであれば、それは願ってもないことである。
「だが、この推薦を受けるにあたって、重要なことがある」
なんだろうかと思ったが、いくつか思い至った節があったので、すぐに予想がついた。
「……その人の実力の確認ですね」
「ああ、その通りだ。確かに推薦をする際に競技を見てはいるが、根本的な能力については、実際に試してみたり、直接話を聞くしかない。ここで正しい実力の確認ができずに、本来の実力に合わないランクに所属させてしまった場合、最悪のケースとして若く力のある芽を失ってしまうことになるからな」
そういった理由があるのなら、最初の握手や突然の攻撃に関しても少しは納得がいく。『少し』なのはこの人の少なくない私欲が明らかに混じっているのを感じたからだ。
「……それで、自分はどの程度の優遇処置を頂けるんですか?」
「そう慌てるな。まだ決定するには材料が足りない」
「今度は何をする気なんですか?さすがに手合わせをしろなんて言わないですよね?」
「ほう、それもアリだな……って冗談だからそんなに嫌そうな顔をするな」
言って良い冗談と悪い冗談くらいの区別は付けてほしいもんだ。
この人の場合、俺が拒絶の視線を送らなかったら、冗談にしないで何らかの形でやっただろうけど。
「とりあえず、これまでのようなことはもうしようとは思ってないから安心してくれ」
「それじゃあ、何をするんですか?」
「質疑応答だ。まぁ、俺がおまえのことについて、一方的に質問するだけなんだけどな。そうそう、ちゃんと正直に答えてくれよ。嘘なんてつかれたら実力を正確に測れないからな」
「わかりました」
やられてきたことを踏まえれば、それほど嫌なものではない。それにこれを断ってしまえば、手合わせという冗談が、冗談ではなくなりそうだ。そんなわけで俺は素直に頷くことにした。
「それじゃあ遠慮なく質問していくからな」
――――side 土御門隆次――――
結論から言おう。俺の目の前に座っているこいつは色々とやばい。聞きたいことの三つ中の二つを聞き終えた時点で、俺はそう思わざる得なかった。
俺が聞きたかったこと。
まず一つは『氣』の習得について。
こいつは『氣』を使った身体能力の強化を完璧に使いこなすことができる。そう、完璧にだ。自分の中に秘められている『氣』を無駄にしない部位強化も可能だという。ただ『氣』を習得しているだけでも末恐ろしいというのに。さらに俺を呆れさせたのは「え? 部位的な強化が基本なんじゃないんですか? 身体全部を強化するのって疲れますよね?」と本当に驚いたような顔で言われたことだ。こいつの中にある常識を疑いたくなった。
二つ目は、あの技についてだ。
どうやらこいつの使っていた技の原型はやはりというかなんというか、あいつのものと同じようだ。
名前は空氣調和というらしい。
さすがに守秘義務みたいなものがあったらしく、どういう仕組みでやっているのかまで訊くことはできなかったが、魔法を吸収し、それを返すことが可能なそうだ。
まだ聞いていない三つ目は、こいつの師(こいつが言うには姉さんらしい)の正体についてだ。
正直言って訊くことに戸惑いを感じている。それを聞くために今この状態に持ち込んだというのに、その正体を知ってしまうのかもしれないと思うと、どうにも腰が引けてしまうのだ。
このままだったなら回り続けるはずの平和の歯車が、これをきっかけに崩れてしまう。自分でもなんでかは分からないがそんな気がしてならないのだ。
訊かなければと思う自分と訊いてはダメだと止める自分。
普通なら何の問題のないはずの質問。それなのに、ほんの少しの可能性が自分の脳裏にちらついてしまうせいで、その引き金を引くことがどうしてもできなかった。
「おまえの師は……」
「ん? 姉さんがどうかしましたか?」
俺が踏ん切りがつかず、曖昧に言いよどんでいると、あっちから声がかけられた。
「その姉さんとやらは、おまえにどんなことを教えてくれた?」
結局のところ、本当に訊きたいことではない言葉が俺の口から流れ落ちた。
「どんなことか、ですか……」
俺の質問にうーんと唸りながら、頭をひねって考え始める楠木。
急かさずに待っていると、やがて楠木の口が開かれる。
「教えてもらったことはいっぱいありますけど、一番はやっぱり生きることの価値、ですかね」
俺は本来ならば暖かく感じるはずの言葉に、どこか薄ら寒い感情を覚えていた。
「そうか……良い師をもったな」
「はい! 姉さんは最高の師です!」
そのまぶしい笑顔には陰りの一つも見えない。
もしこいつの師が奴だったとしても、こいつはそんなことをしない。この笑顔を見て確信には至らないが、そんな風に思った。
「それじゃ、話は以上だ。あ、そうそう。今ここで話した推薦についての内容は他言無用で頼む」
「分かりました」
「よし。会計は済ましておくから、先帰って良いぞ」
こうして楠木との初めての接触は、何かが起こるでもなく、平然とすぎていった。