第八十話 空氣調和
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『新人戦レース、決勝戦を始めます。選手は入場してください』
アナウンスの声と共に割れんばかりの歓声が湧きおこっている競技場に入場する。
「作戦の通りにやってくれさえすればいいからな。頼むぜ」
「大丈夫だ。任せとけ!」
トシは俺が声をかけるといい返事を返して自分の場へと向かっていった。
予選の時とは違って特に強張ってる様子もなく、いつも通りの調子のトシを見てどこかほっとする。これならきっと上手くいくだろう。
てか普通は決勝の方が緊張するもんじゃないのだろうか、と疑問を持たないでもないけど、気にしたら負けな気がする。
「ま、トシがたとえミスったとしても、なんとかなると思うけどな……」
トシが必要になる部分としてはどちらかというと成功率の増減でしかないことなので、たとえ失敗したとしても俺が上手くやればなんとかならないこともないのだ。
「まさかとは思うが、俺に勝てると思っているのか?」
俺が独り言をぼやいていると、後ろから声をかけられた。どうやら聞こえてしまっていたようだ。ちょっと恥ずかしい。 そんな俺の内心を捕えられないように振り返ると、そこには一番の強敵である風切雅人がそこにはいた。考えてみれば絶対的な自信と傲慢な物言いはそいつしか考えられなかったかも知れない。
「さぁ、どうだろうな」
明言することはせずに、肩をすくめるようにして俺は風切の言葉に返答した。
「美佳さんと一緒にいるだけあってそれなりにやるみたいだけど、一つ言っておいてやろう」
取り方によっては挑発とも言える言葉に気にした様子はない。逆に余裕があるのか相変わらず偉そうに、別に聞いてもいないのに俺に忠告し始めた。
「さっきのお前の試合は見ていた。少しはやることを認めてやるよ。だがな、六家でない奴が俺達六家に勝つことは不可能だ。そういうわけだから、負けたとしても自信を失ったりするなよ。負けて元々なんだから」
「……六家でない奴、か」
断言するようなその言葉に、思わず言葉が漏れてしまったが、ぼやいた様な程度だったため、よくは聞こえなかったようだ。
「何か言ったか?」
「いや、お前こそ負けても自信を失うなよって言ったのさ」
「なっ!」
「何かを言うなら、レースが終わった後でな」
今、これ以上かかわると面倒くさくなる思ったのでそれだけ言い残して少しだけ距離を取った。
「ちょっと待――」
『選手は場についてください』
距離を取ったと言っても、それを聞くかはそいつ自身だったため、再び突っかかって来ようとするところが見て取れたが、丁度いいタイミングでアナウンスがかけられたため、さすがに自制したようだった。
「……後悔するなよ」
恨みが籠ったような調子で俺にだけ聞こえるように小さく呟き、風切は自分のことに集中するためか、俺からすぐに離れていった。
「はぁ……」
風切が離れていくところを確認して、余計な感情を捨て去るように、一つ息を吐いた。があまりうまくはいかなかった。
どうやら俺はこういう風に、六家に対することを直接言われるのに耐性がないようだ。
沸々と湧きあがり始める何かにイライラしてしまっている自分がいることに気付き、思わず舌打ちをする。
『それでは始めます』
そんな俺の心境とは関係なくアナウンスは平然とかけられる。
俺はもう一度大きく深呼吸をした。
今この感情をどこにもぶつけようがない以上、こっちで思いっきりやってやろう。
そして、六家である風切に俺の力を見せつけてやろう。
俺の決意と共に、レースの開始の合図であるランプの最後の一個が灯った。
――――――――
スタートと同時に体氣で強化された足で力強く地面を蹴り駆け出した俺は、悠然とトップに立った。
今回は予選よりも強化を弱めているため予選の時と比べるとその差は小さい。小さいとは言っても、予選と比べてというだけであってそれなりに差は開いている。
強化を弱めている理由はもちろんある。今回やるそれは体氣に意識を注ぎ過ぎていると、失敗する可能性があるからだ。
そんな中、次々と放たれる魔法の軌道を見極め、冷静にかわす。当然前に進める力はほとんど緩めない。
俺がやる風切対策は絶対に成功するとは思っていないので、今のうちに出来るだけ距離を稼ぐ。
俺の予選のレースを見て学習したのか、妨害側の奴らは正面気味に魔法を放てるように、最初から距離を置いていた。
緩まることのない、そして確実に俺に向かってくる妨害に、めんどうだなと小さく毒づきながら足は前へ前へと進めていく。
そしていつかやってくると思っていた魔法の兆候を近くで感じ取った。他と比べると明らかに大きい魔力だ。
――きた!
目の前から感じ取った巨大とも言える風の魔法の気配。
それを感じた俺は一旦足を止め、トシに合図を出した。その合図と共に俺は体氣の強化を解き、最初からやっていたそれにのみ意識を集中させる。
俺が出した合図を確認したトシは、地面を少し隆起する程度の小規模の土属性の魔法を俺の数十メートル先にいくつか放つ。
次の瞬間、それはいとも簡単に、風切のペアの奴が放った風魔法によって削り取られる。
当たり前だが、トシの魔法で風切のペアの奴の魔法を止めようとは思っていない。
所詮それはタイミングとその速度を計るために作らせたものでしかないのだ。
俺はトシの魔法がやられたのを確認して準備をしていた『空氣』の塊をコントロールし、目には見えない壁を作りだす。
ゴウッ! という轟音が会場に響きだした。
その音を合図として、さっきまでは目には見えなかった空氣の壁が色づき始める。無色透明だった壁が風の魔力を象徴する薄い緑へと。
空氣の壁と風がぶつかり合っていたことによって生じていた轟音が消え去った後、壁の形をして風の魔力を吸収しきった空氣を薄く細かく拡散させる。
『空氣調和』
相手の魔法を空氣で吸収し無力化させる、今回の作戦の一番のカギであり、俺の新技だ。
今回は魔法の威力が大きかったために出来なかったが、そこまで強くなければ自分の手元に吸収した空気を集め、魔空技として跳ね返すことも可能だ。
後ろを振り返れば、唖然として完全に無防備状態の風切が、地面を隆起させるトシの魔法で文字通り足下をすくわれて、宙を舞っているのを確認し、俺は再び体氣で足を強化し地面を蹴る。
大きなものが落ちた時に聞こえるドスンという音を後ろの方で感じながら、俺はゴールまで突っ走って行った。